第13話 曹操孟徳

 後漢末期、ひとりの恐るべき人物が台頭していく。

 董卓のような傍若無人な人ではなく、呂布のような突出した武勇を持つ人でもない。

 知的で不正を憎む極めて有能な人物、曹操孟徳。

 

 曹操は、155年に豫州沛国譙県で生まれた。劉備より六歳年上。

 祖父は宦官の頂点、大長秋まで出世した曹騰。

 父は曹騰の養子の曹嵩。軍の頂点、太尉に昇りつめた。

 腐れ者と陰口をたたかれる宦官の家系であることが、曹操のコンプレックスだった。それをバネにして、名門出身の袁紹らに対抗した。

 

 曹操は十九歳のとき、人物評価家の許劭から「きみは治世の能臣、乱世の奸雄だ」と言われた。

「乱世の奸雄か。それも面白そうだ」とうそぶいた。


 二十歳で洛陽北部尉になり、治安維持の仕事についた。

 法令違反をする者は棒叩きの刑に処す、と宣言した。

 あるとき、後漢朝廷の高官の親戚が、夜間通行禁止の門を通った。

 曹操は忖度せず、棒叩きの刑を執行した。

 彼はその高官からうとまれ、頓丘県令にされて、洛陽から遠ざけられた。


 黄巾の乱が勃発したときには、騎都尉になっていた。

 彼は一部隊を率いて豫洲で戦い、賊軍の後背を攻めて、武功を立てた。

 その功績で、済南国の相に任じられた。

 そこで辣腕を振るい、汚濁県令八人を罷免したり、汚職や反乱の原因となりやすい官吏の祭祀を禁止したりした。

 曹操は済南国でまさに、治世の能臣として働いたのである。


 董卓の恐怖政治時代になると、兵を集め、反董卓連合軍に加わった。

 ほとんどの群雄が様子見をして動かなかったが、曹操は果敢だった。

「諸君はなんのために立ちあがったのだ。巨悪の董卓を倒すためではないのか。いまここに十数万の兵がいるのに、どうして戦わない?」

 曹操は諸将の前で演説をしたが、それでも群雄は董卓を怖れて戦おうとしなかった。洛陽を包囲しているだけだった。


 曹操軍は単独で突撃し、汴水の戦いを起こした。

 これは少数で大軍に挑む無謀な戦いだった。曹操は敗北した。

「私は戦って敗れた。きみらは戦わず、保身のことばかり考えている」と叫んで、反董卓連合軍から去った。


 その後、袁紹の本拠地に身を寄せた。黒山賊を討つよう頼まれ、見事に任務を達成した。

 黄巾賊の残党を討ち果たす功績もあって、彼は兗州牧にまで出世し、自立した勢力になった。


 曹操は人材を愛する性格で、彼の下には、数多の優秀な人物が集まった。

 武将では、曹洪、曹仁、夏侯惇、夏侯淵、楽進らがいて、参謀としては、荀彧、荀攸、郭嘉、程昱、賈詡などがいる。


 挙兵からその後の数々の戦闘に至るまで、父の曹嵩は、曹操を経済的に支援しつづけた。

 曹嵩は黄巾の乱のときに洛陽を離れ、徐州へ避難していた。乱世で懸命に戦う息子のことを気にかけ、援助を惜しまなかった。


 息子よ、おまえの活躍を見守っている。

 操の戦いは、私の戦いである。

 おまえの飛躍は、私の飛躍である。

 存分に戦え。そして天下を安らかにしてくれ。


 これは曹嵩が曹操へ送った手紙の一部である。父から息子への愛情にあふれている。

 曹操は、心から父に感謝し、いつか親孝行をしようと心に決めていた。

 兗州牧となり、父を身近に呼び寄せようと思い立って、使いを出した。

 曹嵩もその気になり、徐州から兗州へ居を移すことにした。彼は一族を連れて移住の旅に出た。その荷物は、車百台にもなった。


 徐州牧の陶謙は、部下の騎兵隊を曹嵩の護衛につけた。

 その部下のタチが悪かった。

 彼らは曹操の父、母、弟、妹とその従者たちを皆殺しにして、財産を奪ったのである。


 曹操は烈火のごとく怒った。

 その怒りは、彼の武将や参謀たちをおびえさせるほど大きかった。

「陶謙を生かしてはおかない。それだけでは済まさない。徐州の住民をことごとく殺してやる」


 193年、曹操軍は徐州へ侵攻した。

 彼は大虐殺をしながら進軍した。

 人民数十万人を殺し、犬や鶏まで斬り、その死体で河が堰き止められるほどだった。

 このときの曹操は、さながら魔王であった。

 奸雄とは、悪い英雄を意味する。 

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