第11話 別部司馬

 この頃、公孫瓚は幽州の西部を地盤として、郡雄のひとりとなっている。

 袁紹は冀州東部を支配している。

 両者は勢力を伸ばそうとして、敵対している。


 公孫瓚は漁陽郡漁陽城にいた。

 城を訪れた劉備に会い、笑顔を見せた。

「元気そうだな」

「元気ですよ。公孫瓚殿は立派になられた。力を持っている」


 公孫瓚伯圭は、劉備より四歳年上である。幽州遼西郡出身。

 鮮卑族を討伐したり、遼西郡の反乱勢力を鎮圧したりして、のしあがってきた。涿県の県令を務めたこともある。


「私は目下、袁紹と戦っている。きみは私とともに戦う気があるか?」

「ありますよ。いまは戦乱の時代です。戦わなければ、未来を切り開くことはできません」

 劉備は気負いなく、自然体でそう言った。

 公孫瓚はにやりと笑った。

 自分の配下に、使える者がひとりでも多くほしい。劉備の下に、関羽と張飛という豪傑がいることは知っている。

「きみを客将として迎えよう。別部司馬となってくれ」


 別部司馬とは、独立部隊の指揮官である。

 公孫瓚は、劉備に兵の指揮を任せてみることにした。


「別部司馬……。兵隊はどれほど与えてくれるのですか?」

「歩兵五百を率いてもらおう」

「任務は?」

「田楷を将軍として、州境で袁紹軍と戦わせている。彼の指揮下に入り、別動隊長として働いてくれ」

「承知しました」


 劉備は、関羽、張飛、簡雍に、公孫瓚の別部司馬となったことを伝えた。

「殿、公孫瓚に利用されるだけじゃねえのか?」

「それでもかまわないさ。おれが戦えることを、世の中に見せておくことが必要だ。たとえどんな形だろうと」  

「兄者の考えはまちがっていないと思います。傍観しているだけでは、いつまでも力を持つことができません」

「兄貴の下で戦えるなら、なんでもいいぜ」


 劉備隊五百は、幽州と冀州の境界へ行った。

 田楷は、袁紹配下の高幹と戦っていた。

 

 袁紹本初は、155年生まれ。豫州汝南郡出身。劉備より六歳年上である。

 袁氏は、後漢の高官を輩出した名門中の名門。

 袁紹は反董卓連合軍の盟主を務め、その後、有力な郡雄のひとりとなっていた。


 戦場に到着。

 劉備は早速、田楷にあいさつした。

「劉備玄徳です。公孫瓚殿から、別部司馬となるよう命じられました。よろしくお願いします」

 彼はにこにこと笑っている。人当たりがいい。

 

 田楷は公孫瓚旗下の大物武将で、青州刺史の肩書きを持っている。

 ただし、青州は黄巾賊の残党が多く、治安が悪くて、実効支配できていない。

 彼はこのとき、二千の兵を率い、高幹と対峙していた。

 敵の兵力も同じ程度で、拮抗している。


「歓迎する、劉備殿。敵が存外に強く、困っていたのだ」

 田楷は陰険そうな笑みを劉備に向けた。こいつを利用してやろうと考えていた。

「先鋒となってくれないか。敵を切り裂いてほしい」

 初対面の劉備など殺されてもかまわない。田楷は新任の別部司馬を、露払いに使うつもりだった。

「わかりました。懸命に戦います」

 劉備は笑顔のまま答えた。


「やっぱり利用されてるぜ」と簡雍は言った。

「おれたちにはもっと戦闘経験が必要だ。利用されているか、逆に利用しているかは、結果しだいさ。勝てば問題ない」

「そのとおりです」

「おれと関羽兄貴だけで、高幹なんてやつは蹴散らしてやる」

 張飛は不敵に笑った。関羽も余裕綽々としていた。


 三日後、田楷から総攻撃の命令が下った。

 関羽と張飛が、劉備隊の先頭に立って、高幹軍を突き崩していった。

 ふたりは飛び抜けて強く、敵兵の中に対抗できる者がいなかった。彼らは無人の野を行くがごとく進撃した。


「劉備は、すごい将をふたりも持っているな」

 田楷は驚いた。

「しかしこれは、敵を倒すよい機会だ」

 彼も馬鹿ではない。全兵力を高幹軍に向けた。

 敵は総崩れになりかけた。


 だが、突如として伏兵が現れ、田楷軍を側面から攻めた。

 田楷は粘らず、退却した。

 主力が退いたので、劉備軍も撤退した。


「伏兵を指揮していたのは誰だろう?」と劉備はつぶやいた。

 鮮やかなタイミングで押し出してきた。見事な進軍だった。

「調べてみよう」と簡雍が答えた。


 後日、「曹操という名の将軍だった」と彼は劉備に報告した。

「曹操か……」

 劉備はその名が妙に気にかかった。

 曹操孟徳。終生のライバルとなる男であった。このとき、袁紹の客将となっていた。

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