第10話 洛陽
涿県へ帰って、劉備は母の死を知った。
「十日前、突然倒れて死んだ。長くは苦しまなかったよ」
叔父の劉子敬が教えてくれた。
「そうですか……」
劉備は悲しみ、落涙した。もう少し早く帰ってきて、ひとめ会いたかったが、どうにもならない。
苦しまなかったという叔父の言葉が救いだった。
彼は半年ほど喪に服した。
187年夏、劉備は関羽、張飛、簡雍を居酒屋に集めた。
「いつまでも悲しんではいられない。なにか始めようと思う」
劉備は白濁した酒を飲みながら言った。
「兄者、なにかとは、たとえばどんなことですか」
「洛陽へ行ってみたい」
洛陽は、漢王朝の首都である。
「おう、いいじゃないですか、洛陽。おれも行ってみたい」
「ここにいる四人で行かないか」
「殿、もちろん付き合うつもりはあるが、闇雲に行っても、路銀の無駄遣いになるだけだぜ」
「完全な闇雲でもないさ。盧植先生が尚書令になっているらしい。なにか仕事を斡旋してくれるかもしれない」
尚書令とは、皇帝の文書を扱う尚書台の長官である。かなりの高官で、権力の中枢のひとり。
盧植は左豊に讒言されてしばらく牢に入っていたが、大将軍の何進にその有能さを買われて、再び活躍するようになっていた。
「殿の師匠が尚書令なら、確かに仕事にありつけるかもしれないな。行ってみる価値はありそうだ」
「行きましょう、兄者」
「おれは、劉備兄貴にどこまでもついていくぜ」
「決まりだな。旅に出よう、洛陽へ!」
いつものように張世平と蘇双に出資してもらい、四人は涿県から出発した。
幽州涿郡は中国の北東部にある。
冀州に入って南下。司隷に至ってから、西へと進路を変えた。
洛陽に到着。五十万人が住む華やかな都である。宮殿が建ち、官衙が並んでいる。立派な屋敷や商店も多数ある。
「すげえ! 綺麗な女の子がたくさんいる!」
張飛ははしゃいだ。
一行は飯屋に入り、旨い酒を飲み、美味しい料理を腹いっぱい食べた。
劉備たちは尚書台へ行き、盧植に会った。
「よく来たな、劉備。そして簡雍、関羽、張飛」
盧植は劉備たちを忘れておらず、歓迎してくれた。尚書令となっているが、気さくである。
簡雍はさすがだと感心し、関羽と張飛は感激した。
「先生、おれたちは皇帝陛下と民衆のために働きたいんです」
「素晴らしい志だ。しかし、いま洛陽は陛下の外戚と宦官とが対立して、いろいろと大変だぞ」
「世の中が乱れていることは承知しています。だからこそ、おれはがんばりたいんです」
「その言やよし」
盧植は彼らを何進に推薦してくれた。
劉備は何進配下の将校となり、関羽たちはその下で兵士となった。
各地へ赴き、乱を何回も平定した。
その功で劉備は、高唐県の県令となった。
彼は汚職を取り締まり、県内で公平な政治をして、民に慕われた。
仕事を終えると、劉備、関羽、張飛、簡雍はたいてい酒場へ行き、飲んだくれた。
劉備の酒は陽気で、彼の周りには人がたくさん集まった。
高唐県は平和だったが、洛陽は乱れに乱れていた。
外戚の何進と宦官の蹇碩が対立。何進は蹇碩を殺した。
その後も外戚と宦官の争いはつづいた。何進と袁紹は、宦官を威圧するため、外部勢力の董卓や丁原を招き入れようとした。
董卓の凶暴性を知っていた盧植や曹操は反対したが、彼は洛陽へやってきた。
盧植は洛陽の政治に絶望し、辞職して故郷へ帰った。
何進は宦官に殺害された。
袁紹が激怒して復讐し、宦官たちを殺しまくった。
洛陽は大混乱に陥った。皇帝が宮殿から脱出するほどの乱れようだった。
その隙をついて、董卓が皇帝を手中にし、政権を掌握した。
董卓は丁原の部下、呂布を篭絡して味方にし、丁原を殺させた。
袁紹と曹操は洛陽から逃げ出した。
董卓の恐怖政治が始まった。
彼は皇帝を交代させた。新皇帝は董卓の傀儡。
董卓は前皇帝とその母を毒殺した。
皇帝陵をあばき、財宝を私物にした。
富商から金を巻きあげた。
美人を集めて、ことごとく犯した。やりたい放題……。
袁紹や曹操、孫堅などの董卓を排除しようとする勢力が集まり、反董卓連合軍を結成した。
董卓は洛陽を焼き払い、守りやすい長安に遷都した。
董卓軍と反董卓連合軍が対峙した。
袁紹が連合軍の盟主となったが、彼は敗北を怖れて、動こうとしなかった。
曹操は汴水で董卓旗下の武将徐栄と果敢に戦ったが、敗北し、逃走した。
孫堅は陽人の戦いで勝利し、董卓軍に損害を与えたが、猛将呂布を殺すことはできなかった。
劉備は高唐県にいて、董卓との戦いでは出番はなかった。
董卓は反董卓連合軍との戦いでは生き延びたが、呂布に裏切られ、暗殺された。
その呂布も、李傕と郭汜の軍に敗れ、長安から追い払われた。
中国は混沌とした群雄割拠時代に入った。
劉備は、盧植が辞職した後、高唐県令を罷免された。
四人は涿県へ帰った。
「これからどうしようかなあ……」と劉備はつぶやいた。
黄河の北、河北で袁紹と公孫瓚が争っている。
「公孫瓚殿の加勢をしようか」
191年、劉備たちは公孫瓚のもとへ行った。
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