第21話 ディラン様を知らないから

 ディラン様が出張から帰ってきて、一週間が経った。


 魔鳩は毎日飛ばしてくれるし、「美味しい物を見つけた」「新しくカフェがオープンするらしい」「クレア嬢に似合いそうだ」そう言って贈り物も一緒に届く。


 優しいし、手紙が来ると嬉しい。でも、何が書いてあるのかと、手紙を開くのにドキドしてしまう。


(新しい恋人が出来た、別れよう)


 夢の中でディラン様から何度もそんな事を言われた。


 夢と分かってても、言われると辛い。そして、私の対応は毎回違う。


 一度目は、「え?ディラン様もう嫌い!」と言って別れを了承したが、夢だと分かっても辛かった。だから二度目の夢では(婚約者がいるんだ、別れて欲しい)と言われた時に「別れたくない」と縋った。そしたら(君は物分かりがいいと思ったんだがな)と言われて呆れられて、綺麗な女の人と去っていった。


 何なのよ・・・。何が正しいのよ。


 もう、ディラン様の言う通りがいいのかな。と思っているとまた夢を見た。そして、(別の人と結婚はするが、その後も恋人でいいだろうか?)と聞かれたので「ディラン様の言う通りに」と言うとディラン様はにっこり笑われて、(君が恋人で良かった)と言われた。


 幸せな結末なはずなのに、起きた時は涙が流れていた。


 三度の夢、すべてが辛い。でも、よく考えたら一度目が一番マシだった気がする。


 好きな人を誰かとシェアするなんて冗談じゃない。


 しかも、私は愛人。


 私の家にやって来て、屋敷に帰って行くディラン様を見送るの?それならもう、別れた方がいい。


 夢と考えすぎのせいで寝不足になった私の眼の下には立派なクマが出来ていた。「酷い顔よ?どうしたのよ?」とエマには心配されたけど、「兄のいびきがうるさいせいよ」とごまかした。


 おにいちゃん、ごめん、と心の中で謝ったけど、兄が余計な事を言ったせいでこんなに悩んでいるんだから兄のせいにする事にした。


 ディラン様に聞きたい事は聞けていない。所長にも会えていない。


 兄はあれからディラン様の事を聞いてこなかった。私の顔の事も気づいているだろうけど、何も言ってこない。


 そして今朝、少ない荷物をまとめて私の家を出る時に「クレア気をつけてすごせよ。俺もポンポン言い過ぎた。ただな、お前の事が心配なんだ。幸せになってくれ。何かあればすぐに連絡をくれ。俺も色々調べているからな」と言われたので、「大丈夫。分かってるよ。お兄ちゃんも気をつけて」と返事をした。


 兄が心配して言ってくれているのも分かる。私も兄を心配する。怪我しないで欲しいし、命は大切にして欲しい。



「じゃあ、またな」


「うん。気をつけて」



 私が部屋の外まで出て兄を見送ると、兄は一度大きく手を振って王宮の方へ向かった。


 姿勢よく歩いていく兄の背中を見送り、私はゆっくりと手を下ろすと、部屋へ戻った。


 さ、明日には所長が事務所に顔を出すから、やっぱり所長に聞いてからディラン様に確認しよう。そして、兄にも手紙を書こう。


 うん、そうしよう、と顔を洗い、朝の支度を終え仕事へ行くと、午後から王宮の方へお使いを頼まれた。そのまま直帰でいいと言われたので、王宮勤めになった友人とお使い後に待ち合わせ、仕事帰りにお茶をする事にした。


 久しぶりに会う友人の近況を聞いていると、「ね。クレア。オニール様とお付き合いしてるって聞いたけど本当?」と、聞いてきた。



 うわあ。会う人会う人から聞かれるけど、まさか王宮まで話しが回っているとは思わなかった。


 あ、オニール様は王宮の魔術棟に勤めているから王宮の方が噂は回っているのか。



「あ。うん。そうなの。でも、貴族の事で悩んでて」


「あー。そうよね。オニール様、侯爵家だし。でも、オニール様からの告白なんでしょ?」


「うん。それはそうなんだけど。貴族の人達って、恋愛は平民の私達と違うのかな?」と聞くと、


「うーん。恋愛ねえ・・・。うちのお母さまは元貴族なのね。商家に嫁入りしてるけど、私のマナーにはうるさかったわね。お母さまの実家が子爵家で、貴族でも割と自由なはずなんだけど、叔父様、叔母様は恋愛結婚ではないわね。確か、お爺様同士で結婚を決めたと聞いたわ。あと、古いしきたりなんかがあるわね。それに私達よりも男尊女卑の考え方はまだ残っている気がするわ。おじい様達の世代はなおさらね。だから家が認めないとみたいなのはあるんじゃないかしら?」


 と答えられた。


 やっぱり。兄の言ってた事は正しいかもしれないのね。



「親戚の集まりですら、平民ってだけで席が違ったりするのに、うちは裕福だからパーティーには必ずよばれて、遠回しに金銭援助を頼んでくるんだけど、貴族特融の言い回しでしかお願いしないの」と、一気に話し出した。


「なんだか、大変なのね・・・」



 私が返事を返すと、


「私、絶対貴族と結婚は嫌。その人が良くても周りがうるさいもの。価値観も違うし。だから出来れば平民のしっかりした人と結婚したいわ。ま、クレアはオニール様だから大丈夫よ。王宮でも話題だから」


 と、言われた。


 この話を聞いて、余計にディラン様に聞きづらくなってしまったし、これ以上、友人に聞けなかった。


 何が大丈夫なんだろう。


 もし、夢のような事を言われたらどうしたらいいか分からない。


 どうしよう。


 私は友人とのお茶を終え、真っすぐに帰る気にもならず、気分転換に買い物をしようと、大通りに向かって歩きだした。



 ディラン様の事を考えると胸がズキンと痛む。


 ディラン様とは期間限定の付き合いなのかな。


 三ヵ月?半年?一年?私はディラン様の次の相手が見つかるまでの相手?


 私が野菜をみながらぼーっとしていると、買い物中の奥様達のひそひそ声が耳に入ってきた。



「でね。あそこの大店の御主人。別邸を買ったんですって」


「ま。やっぱり。若い女の人に入れ込んでるって噂、本当だったのね」


「そ。奥さんも大店の娘でしょ?でも、ご主人は貴族の次男だから奥さんから離婚は出来ないんですって。結局愛人を別邸に住まわせてご主人はそちらに通うそうよ」


「まあ」


「うちも別邸を買うような甲斐性があればね。でも、やっぱりねえ、若い愛人にデレっとした顔を見るのは嫌だわ」


「うちなんて週の半分は家にいないでしょ?出張って言ってるけど、本当かどうか怪しいものだわ」


「まあ。お互いお金をしっかり貯めておきましょ」


「その通りよ。子供が巣立ったらどうしようかしら。今から準備しとかなきゃ。あら、もうこんな時間」


「本当」



 二人の話に聞き入ってしまった。


 やっぱり、よくある話なのか。


 別邸に愛人。貴族の結婚。嘘の出張。


 どうしよう。ディラン様としっかり話をした方がいいのか。それとも。知らない方がいいのかな。嘘と分かるよりも、何も聞かずに別れた方が騙されるよりもいいのか。ディラン様の事を良く知らないから不安なのか。


 知らなくて付き合うって、こういう事もあるのね。



「ディラン様と別れた方がいいのかな」



 私が呟くと、近くにいた人が果物を落としたのでリンゴやオレンジを拾って渡した。


 気分転換にもならず、とぼとぼと歩き、アパートの前まできて顔を上げると部屋の前にディラン様が立っているのが見えた。



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