3章

第16話 お付き合いの報告

 休日明け、私が職場に行くと、早番の同僚達から「おめでとう」「つきあったんだって?」「よかったな」と口々に言われた。


 私がポカンとアホ面になって、「なんで皆知ってるんだろう?」と考えているとエマがツンツンと私の頭をつついて休憩室を指さした後、可愛い包みのお菓子を見せてくれた。


「おはよう、エマ。なんで皆、知ってるの?」


「おはよう、クレア。コレ、オニール様からの差し入れよ。クレアと付き合う事になったから今後とも宜しく、と手紙が添えて届いたわ」休憩室に置いてるわよー、と付け加えられ、エマの言葉に皆が頷いている。


「高級な味だよなー。疲れた時にバターたっぷりって旨いなー、口に入れた時の香りがいいよなー」


「あ、俺も思った。娘に貰って帰ってもいいかな」


「皆でもう分けましょうよ。一人幾つずつかしら。色々な味があったけど、適当に分けていいわよね?」


「いいんじゃない?この紅茶も最高だよ」



 皆がお菓子の前でニコニコ、もぐもぐして「クレア、有難う」「オニール様、最高」と私にお礼を言っている。



「うわあ」



 ディラン様の差し入れのセンスが良すぎる。皆が朝からご機嫌だ。


 もう皆知ってるいるのか。


 凄く恥ずかしい。


 恥ずかしいが、お菓子は私も食べたい。


 高級焼き菓子の魅力には勝てず、私も休憩室から一つ焼き菓子を取ってきた。席に戻って包みを開けるとふわっと香りが広がった。



「うわ、いい匂い。無事、オニール様とお付き合いする事になりました。皆さんからアドバイスを頂いたおかげです」



 私が皆にお礼を言うと、皆が「よかったよかった」「流石だな」「いい人そうだな」「頑張れ」と言ってくれた。


「ふへへ」と笑いながら美味しいお菓子を食べ、「あ。本当、美味しい。高級な味がする」と、口を押えた。


 最近は美味しい物ばかり食べているな、と思いながら、仕事前にディラン様にお礼を書く為に手紙を出し、お菓子のお礼と、もうお昼の差し入れは不要と書いて魔鳩を飛ばした。


 ディラン様はお金持ちだろうけれど、私と付き合ってディラン様が貧乏になってしまったら大変だ。お付き合いをするうえでお金の事は大切だ。


 私が「あー、美味しかった」とお茶を飲んで、仕事の準備をしているととすぐに始業の鐘が鳴り、皆が「さー、仕事仕事」「今日は魔力塔かあ」「点検依頼が来てたなー」と言いながら各業務へと向かった。



「クレア。幸せそうね」



 作業着に着替えたエマが隣に立って、私の横からファイルを抜くとファイルに書かれた今日の検査項目に目を通しながら話し掛けてきた。



「エマ。今日は臨時で魔力同線の検査が入ってたわ。あと、安全靴の新しいの、今日の午後には届くって。頼んでいたマスクも今日中に届くんじゃないかな」


「あら。了解。同線かあ・・・。細かいのよね。今日は午前一杯かかりそうね。オニール様とは上手くいきそう?」


「まだ分からないけど。オニール様、優しい人だったわ。私もお付き合いが上手くいくようにしっかり向き合う事にする。はい、水筒」


「有難う。ま、頑張って。じゃ、動力室に行ってくるわ」


「エマ、いってらっしゃい。またお昼に」



 私の背中をパンっと叩くとエマは水筒をぶら下げて動力室へと向かった。


 私は皆から持ち込まれた請求書を細かく分けながら、伝票を作ろうとペンに手を伸ばして、「そうだ、古いペンはボロボロに壊れていたから引き出しに入れたんだった」と思い出し、鞄から新しいペンを出した。


 机の引き出しの中の壊れたペンはもう捨ててしまおう。


 新しいペンの蓋を外すと、シュっと気持ちよく音がした。



「すぐに使えるようにしてくれてるって言ってたけど。どれどれ」



 新しいペンを伝票に滑らせると、すーっと書き心地が良くて、「おお!」と思わず声がでた。


 凄く書きやすい。しかも軽い。素晴らしい。字も綺麗になった気がする。インクの色も綺麗。


 インクの補充の仕方を聞かなかったけど、前のペンとやり方は同じかな。今度ディラン様に聞いておこう。


 今度、インクをディラン様と選ぶのもいいな。


 綺麗な色のインクを見つけたらディラン様にプレゼントしようかな。


 ふふ。お付き合いを始めたばかりで、なんだかくすぐったい気持ちだけど、ペンを見てこんなに楽しく仕事を出来るなんて幸せだ。


 私は蓋に付いている黒い石を見ながらディラン様の事を思い出し、「ふへへ」と笑いながらペンを走らせ請求書の束を片付けていった。


 途中で、伝票のチェックをしに来た所長から「おい、気持ち悪い笑いすんなよ。ディランを宜しくな。あいつは良い奴なんだ。ちょっと重いかもしれんが、害はないはずだ」と言われ、こそっと請求書も混ぜられそうになったのでそれは突き返した。


 お昼休み前になると動力室からエマが戻ってきた。


 久しぶりにエマと近所の食堂に行き、サンドイッチを買って近くの売店に寄り、事務所へと戻った。



「エマ、売店の男の子と仲良くなったの?いつもより沢山喋ってたよね?」


「ええ。ちょっとね。知り合いの知り合いの知り合いって分かったの。もう少し仲良くなれたらランチに誘ってみるわ」


「おお。頑張って。でも、よくそんな遠くの知り合い見つけたね?」


「まあね。手を組みたい相手ではなかったけど利害の一致があったのよ」


「おお?とにかく良かったね」



 私はエマの恋が上手くいきます様にと思いながら、エマの恋の女神様に感謝をした。


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