第9話 もう、絶対に逃がさない オニール視点

「おい!ディラン!!杖をしまえ!話せば分かる!!」



 私は、友人のロジャーに杖を向けたまま、愛しいクレア嬢の事を考えていた。


 まだ、名前呼びは許されていないが心の中でなら何と呼ぼうと問題ない。


 クレアと呼びすてをするのもいいし、愛称呼びのリアも悪くない。二人きりの時はクレアちゃん、リアたんと言って甘えるのもいいかもしれない。私の事はディランと呼び捨てで呼んで欲しい。ディーと愛称呼びも捨てがたい。恥ずかしがって少し頬を赤らめて、「ディラン様・・・」と言うのもアリだ。うん、全部愛おしい。



「杖を向けられる理由が分からないのか?ロジャーがバーキントン嬢に話をしなかったから杖を向けるのだろう?説明はしなかったのか?」


「ああ、だって、その方が面白・・いや、まて、ディラン!違う。恋人と別れてすぐに男を紹介するなんて言っても断られるにきまってるだろう?クレアは真面目だ」



 私は火球を出そうとして止めた。



「ああ、確かに。彼女は真面目で勤勉で、愛らしい人だ」


「そうだろう?ただ、飯の誘いなら断らないと思ったんだよ。俺も近くの食堂だが何回か連れて行ったことがあるか・・・おい、ちょっと待て!!仕事の話だ!!エマやポール、ハナも一緒だ!!それと娘のプレゼントをクレアの知り合いに頼んで貰った事のお礼だ!!」



 私はやっぱり火球を打ち込もうとして、ギリギリで止めた。



「ロジャーがバーキントン嬢と二人きりで食事をしたのかと思うと、火球を打ち込みたくなった。で、職場にはあの男も女も出禁にしたか?」


「ああ!!職員にも知らせてある。しばらくはクレアは一人歩きはさせん!!だから杖はしまえって!!杖先をこっちに向けんなよ!!」



 私は杖をゆっくりと振りながら、ふーむと考える。



「あの男の成績や勤務態度は可もなく不可もなく。大きな問題はない・・・。ッチ。一応、私の方でも手は回しているが、上位試験を受ける気であればと言う話で地方に三年程行って貰う。一応上位魔術士予備軍の中に入れておけば地方に飛ばしても本人も喜ぶだろう」


「今、舌打ちした?大丈夫なのか?そういうの、公私混同って言うんじゃないのか?」


「ロジャーが難しい言葉を使ったな?明日は槍が降るのか?いや、今、水矢を降らそう」


「おい!ディラン!俺、丸腰!かすっただけでやばいから!あ!そこに、クレアのペンが落ちてるな!!」



 私がくるりと振り返ると、綺麗な緑色の石がついた可愛らしいペンが椅子の下に落ちていた。



「バーキントン嬢の?なんて可愛いペンだ・・・、緑色が好きなのか・・・」



 私が可愛らしいペンを拾うとすると、ロジャーがふう、と言いながら頷いた。



「ああ綺麗だよな。オリバーと一緒に買いに行ったやつだな。緑が好きかは知らんが、オリバーの眼は緑色だったな」



 私は勢いよくペンの上に足を下ろした。



「おっと、いけない。踏んでしまった」


「おい!!壊すなよ!」


「私としたことが。今度のデートで私と新しい黒か赤い石がついたペンを探す事にしよう」



 私はペンを念入りに踏みつけると、ロジャーに向き直った。



「おい、クレアを怖がらせるなよ。彼女は真面目でここでも好かれている。ただ、少しお人好しで、変な男に好かれやすいんだ」


「それは大変だ。大丈夫。私がしっかり守ろう」


「ああ、お前も含む、と言いたいんだが。まあ、ディランはクレアを傷つけたりはしないだろう?なんだかんだで今回の事も傷ついていると思うんだよ。優しくしてやってくれ」


「言われなくても大丈夫だ。怖がらせる事はしたくはない。ロジャーも見ていただろう?あの男にも私は軽く氷魔法を使っただけだ。まあ、少し風魔法も使って弾きはしたが。そうだ、ロジャー。バーキントン嬢はプロポーズをされたらしい。もう少し遅かったらロジャーを氷漬けにするところだった」


「いやいや。面白い冗談だな!!冗談だよな?冗談だろ?」



 ロジャーは私の杖を見て、頭を掻いた。



「あ?マジで?ギリセーフだろ?俺だってお前をクレアに紹介したのはなんだかんだ言って、お前は良い奴だからって知ってるからな。クレアを大切にしてやってくれよ」


「言われなくても。大切に大切にバーキントン嬢が私だけを見るように、念入りに包み込もう」


「ああ、もう。やべえ。さっきの言葉、撤回してえ。でもなあ、悪い奴ではないんだよなあ。で、クレアの前の恋人にも変な事するなよ?クレアが知ったら傷つくぞ?」


「男の力になるだけだ。やる気があれば上位試験には役に立ち、王都に戻って来ることも可能だ。まあ、途中で腐ればその後は地方の下位魔術師として転々と国内を回って貰うが、地方の役人達から喜ばれるだろう」


「いや、それいいのか?って、だから!杖向けんなって!」


「ロジャーは煩いな。女の方も、実家に戻る手はずになっているから、遅くとも五日後には王都にはいない。あの男とあの女をくっつけてもいいのだが・・・。それだと、あの女が喜びそうで面白くない」


「とにかくデートは上手くいったんだろ?」



 私は杖をぴたりと止め、バーキントン嬢とのデートを思い出した。



「とても素晴らしい時間だった」


「そ、それは、良かった」


「彼女の趣味を教えてくれたロジャーには感謝している。次のデートの約束も出来たしな。次のデートは一週間後。それまでには終わらせて、ランチデートの時には彼女と晴れて交際がスタート出来るようにしなければ」


「クレアは交際を承諾したのか?って、おい!凍らせるのも無しだ!!杖向けなければいいって話じゃない!!」


「私の好意は伝えた。次のデートで返事をくれる事になっている。それまで毎日、職場にランチを届けよう。まあ、良ければ同僚と食べるように言ってくれ。そうすれば外に出ずに昼休みも安全だ」


「分かった。皆にはランチは一週間持って来なくていいと言っておく。クレアの胃袋、がっちり掴んでおけ」



 ふーむ、と私は考えて煩いロジャーに目を向けた。



「バーキントン嬢の好物、または苦手な食べ物は何だろうか?」


「そうだな・・・。エマが詳しいだろうから、エマに聞いてディランに魔鳩で送ろう。俺がよく見るのはそこの食堂の日替わりランチを食ってる姿と、サンドイッチはよく食べてるな。甘い物はなんでも好きなんじゃないか?よくエマがお菓子をやってるのを見るぞ」


「早急にエマ嬢に聞いてくれ」


「わ、分かったよ」


「ああ、次のランチが楽しみだ・・・」


「ああ・・・。ああ・・・、良かったな・・・」


「コレはお礼だ。子供が怪我が多いのだろう?」


「いいのか?上級ポーションか?ありがとな」


「これはロジャーに。じゃあな」



 私はそう言うと、大ぶりの魔石をロジャーに投げ、魔力事務所を出て、待たせてある魔動車に乗り込んだ。



「はあああああ~~~~~!!!!」



 新しいクレアの情報を手に入れた!!


 ロジャーは余計な事ばかり言うが、私の数少ない友人でもある。


 クレアに恋して一年半。告白をしようとロジャーに相談した瞬間に、彼女が先日恋人が出来たと聞いた時は、この世の終わりかと思ったが彼女の幸せを壊す気はなかった。


 影からクレアの幸せを願おうと思っていたが、彼女が手放したのなら遠慮はいらない。



「あああ!!デート!!デート!!」



 来週が待ち遠しい。


 これから三日ほど遠方で仕事だが、来週のデートの事を考えれば頑張れる。



「セバス!!」



 私が声を出すと、運転席から「は」とすぐに返事があった。


「昨日指示した事はどうなってる?」


「は、つつがなく。女の実家からすぐに呼び戻すと手紙が届きました。男の実家からも、女をすぐに追い出すと連絡が。そしてバーキントン嬢に今後一切の接触をしないと契約書を頂いております。南部魔術事務局から手紙が届いております。おそらく、男の転勤の話の返事かと」


「よし、何かあれば、連絡を。三日ほど家を空ける。バーキントン嬢についてであれば夜中だろうと構わん、いつでも連絡をするように。父上は?」


「かしこまりました。旦那様もバーキントン嬢をお待ちしております」



 私が会話が終わるとマジックバッグから手帳を取り出し、今日新たに知ったクレアの新情報をウキウキして書き留めた。


「はは。もう、絶対に逃がさない」


 私は来週のランチデートの事を考え、ぽつりとつぶやいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る