番外編その3 第4話 <聖女> 聖戦

 ごきげんよう。私は聖女です。

 今日はあの憎き魔王との対決です。


 ついに私の悲願が達成されるのです。

 これでこの世界は私のものです。

 私と彼の未来は明るいのです。

 

 どうしたのですか?聖女が世界を望むのはおかしいですか?

 そんなことはありません。

 私はこの厄介な称号のせいで危険な旅を強要され、私生活も犠牲にさせられたのです!

 王女なのにです!

 

 魔王など、私の聖魔法で消し飛ばしてやるのです!

 そうして魔王討伐の栄誉を手にして凱旋し、彼と共に国を手に入れるのです!

 

 どうしたのですか?

 えっ?

 どうして聖女なのにそんなことを考えているのかですって?

 

 私はこんな称号に興味はありません。私が興味あるのは彼と、王位だけなのです。


 ついさきほど最後の魔物……汚らわしい魔王の下僕とやらに戦いを挑まれ、倒しました。

 私のパーティーである残念な勇者と金の亡者な女騎士とともにです。

 私の世界には全く必要ない魔族など滅べばいいのです。必要なのは彼だけなのです……。

 そういえば妹の魔導士と竜女はちゃんと戻れたでしょうか。

 


「ようやくここまで来たわね……特に苦労はしていないけども」

 みすぼらしいとはいえ聖剣に選ばれただけのことはある勇者は確かに強いので煽てておけば楽に進めるのです。


 いずれは放逐することを決めている相手に取り繕う必要性が感じられませんし、平民の彼に指示を与えてあげているのです。

 この私が仮にでも婚約をしてあげているというのに喜びすらしない失礼な相手ですが。


「あぁ、これで魔王を倒せば世界は救われる……そしておんしょ……」

 さすが金の亡者。騎士の精神はどこかに捨ててきたらしく、今も恩賞とか言いましたわね。

 

 彼女は旅の中でおかしくなってしまい立派な金の亡者となりました。

 彼女が手を抜いたせいで四天王に負けかけたのはさすがに反省していただきたいですが。


「さっきの魔物。魔王の下僕とか言っていたけど、たいしたことなかったわね。"次元の羽"っていうアイテムを落としたけど何かしら」

 期待はしていませんが、落としたのはよくわからないアイテムです。

 魔王城で魔王の目前に戦う魔物のくせに、全く役に立たない魔族です。


 まぁ、魔族などに何を期待してもムダです。思考がないのですから。

 高位になると知能を持つものもいるようですが出会いたいとも思いません。


 まだ少女だった私は魔族が怖くて自分の境遇を嘆いたこともありましたが周囲は止まりません。

 聖女だからなにかをしてほしい、聖女だから魔王を倒してほしい。そればかりです。



「それも売れば高いのだろうか?」

 もういいです金の亡者。


「それはオレが預かっておこう」

 このパーティの荷物持ちでもある勇者がいつものように収納袋に入れてくれます。

 彼はもともと平民なので、雑用をやるくらいがちょうどいいのです。


 勇者は何かを企んでいるようですが、あのアイテムくらいなら構いません……。

 どう使うか分かっているのでしょうか。

 勇者の行動はたまに意味が分かりません。

 


 こんな場所なのに神を感じます。

 なぜですか?聖戦だから?

 多くの神の目がある気がするのです。

 どうして?ここは魔神の勢力圏なのに?

 

 不思議なこともあるものですね。でも私にとっては助けになります。

 うふふふふ。

 あと少し、あと少しで私は解き放たれて望みを叶えることができるのです。

 

 きっと、神々も期待して私たちの戦いを眺めていて、私が聖なる魔法で魔王を倒すのを心待ちにされていることでしょう。ご覧ください!

 これまでは2度対峙して決着がつきませんでしたが今日こそ終わらせます……。


 そして神々の祝福を受けて私は結ばれるのです。

 愛しきテオドール様との聖なる婚姻の贄に捧げてやりますよ魔王。喜ぶでしょうか?


 そう、テオドール様です。愛しき人。

 彼は公爵家の三男ですが勇敢で優しく、さらに頭脳明晰な私の真のフィアンセです!



 申し訳ないですが残念な勇者では魔王討伐後の王侯貴族の世界を生き抜けません……。

 それがわかっているので、捨てます。


 殺してしまってもいいのですが可愛そうなので追放にしてあげます。

 聖剣を王国に帰していただき、あなたには勇者の看板を下ろして頂きますが……。



 その剣は、テオドール様に捧げますので。



 


「さぁ行こう。この扉の向こうに魔王がいるはずだ。

 作戦はオレが魔王を強襲するから女騎士は聖女を守れ。

 聖女は突入と同時に聖句を唱えてセイントクルスをぶっ放す。いいな!」

 悪くない作戦。

 この戦いの後のことは一先ず置いて、まずはこの戦いに勝たなくてはなりませんので、ちゃんと従います。


 最後にセイントクルスによって魔王を倒せるのであれば文句はありません。


 それによって魔王を倒したのは私となるのです。

 それが大事です。

 いいですわね。内緒ですよ?


 

 そうして魔王の部屋になだれ込んだ私たち。


「来たのですね……」

 部屋の中に佇む魔王。

 

 彼女は目を閉じ、落ち着いた様子だ。

 銀色の長い髪に、すらりとした体躯。相変わらずムカつきますわね。


 久方ぶりに対峙する魔王は以前と変わらぬ姿で私たちの前に立ちはだかります。


 さあ、魔王を倒すのです。

 全力で戦いましょう。

 心臓の鼓動が止まりませんわ……。

 


「あぁ、魔王よ。これで終わりにしよう。これが最後の決戦だ!」

「……」

 残念勇者が何かを語っています。

 大丈夫です。あなたもあと少し。

 これが終わればあなたも"さようなら"よ!


 そこへ斬りかかる女騎士。

 何をしているのでしょう。


「ふん……ナイトフォール!」

「うわぁぁあああああ!」

 あっさりとやられる女騎士。

 バカにもほどがありますわ。


 どうせ自分が倒したらもっとお金がもらえるとか考えていたのでしょう。

 勇者の作戦を聞いてなかったのでしょう。


 しかし、チャンスです。

 あぁ見えてもさすがに騎士。

 あの憎き魔王が放った強力な魔法を一身に受け止めてくれました。

 残念男……ではなく勇者の作戦通りセイントクルスの聖句を唱えます。

 

 飛び掛かった勇者の剣を杖で受ける憎き魔王。


「勇者よ!我が四天王の敵を討たせてもらおう」

 勇者と魔王が撃ち合います。

 強力な戦士であり魔法使いでもある彼らは激しく戦っています。さすが勇者だけのことはあります。

 癪ですが、その強さだけは認めてあげます。

 

 あと少しです。

 あと少しでセイントクルスが完成します。


 勇者と魔王の戦いはブサイクなダンスでも踊っているかのように稚拙です。

 なぜでしょう。

 剣と杖をぶつけ、魔法を打ち合う。

 早く終わらせたい……。

 

「なぜ?なぜ本気で来ないのです?」

 醜くても互角の戦いと思って見ていましたが、魔王からすると勇者の戦い方に不満があるようです。

 もうすぐ捨てられる勇者ともうすぐ消える魔王の戦いです。

 ただそんな儚さは私には価値のないもの。

 


「完成しましたわ。これで魔王を……」

 彼らが何らかの熱を帯びて戦っている間に私のセイントクルスが完成しました。

 この魔法は聖属性魔法。つまり、闇属性である魔王に効果絶大です。

 しかも神の加護なのでしょうか?

 以前使った時よりも明らかに巨大です。


「今、私のもとには神々の助力があるようです。さらに、皆の祈りの力も。これで魔王を消し飛ばしてやります」


 いけぇぇぇええええええええ。


 私の全身全霊をもって生み出した聖魔法セイントクルスを憎き魔王に向けて放ちます!!

 

 さぁ魔王、消え去りなさい。


 くらえぇぇぇえええぇえええええええええ。



「なんという神聖な力。そういうことですね、私を跡かたなく消し飛ばすための魔法。そのためにあえて力を抜いていたと……勇者……」

 呆然とし、全てを諦めきった表情。


 さようなら魔王。


 同情はしないわ。

 私のために消えて。


 私は思いにふける。


 やりましたわ。


 ついに達するのです……。

 

 ???:ありがとうございます。美しき聖女さまに感謝を!

 ???:あなたのおかげでこの世界が平和になります!

 ???:聖女さま!

 

 えっ……。


 今何か聞こえました。幻聴でしょうか?いえ、もう関係ないですわね。さようなら!

 

 テオドール!

 私たちは未来を掴んだのよ!


 勇者がこそこそと何かをしているような動きをしていますがどうしたのでしょうか。でももう私の魔法が魔王のもとに届きます。憎き魔王を消し去ります。

 

 ???:幸福をもたらす聖女様!

 ???:あなたこそ神の使い!

 また頭の中に何か聞こえますわね。



 そして私のセイントクルスが魔王を飲み込んでいき、その周辺もとろも唖然としている魔王を完全に消し飛ばしました。


 やりました。


 自分を褒めます。


 お疲れ様。


 あとはここの後始末をしたら……。


 愛しのテオドールとの甘い生活への妄想を膨らませながら、同じように心ここにあらずな残念勇者と一緒に金の亡者を回復しますが、なんと勇者が私を讃えてきます。

 

 そしてお父様が歓待してくれました。


 面倒なパレード。

 鬱陶しい貴族たちとのパーティ。

 檻の中で餌を食べてなさいと言いたくなる豚とのダンス。


 テオドールの祝福だけは嬉しかった。

 興奮して私の功績を讃え続けるお父様の言葉は、受け流しました。


 そうして国をあげて私を褒め称え、諸外国からの使者にも感謝された後、私は最後の仕事として勇者に婚約破棄を伝え、聖剣を奪い、彼を王都から追放しました。

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