番外編その3 第3話 <勇者> 聖戦

 やあみんな!オレは勇者だ。

 今日はあの可愛い魔王との決戦だ!


 この世界の皆が笑って過ごせるように。

 未来の皆が生きていけるように。

 オレと魔王の望みを満たすために。


 なんだって?魔王の望みを知ってるのかって?

 もちろんだ!

 あの透き通るような美しい銀の長髪を持つステキな魔王の望みは俺と添い遂げることなのさ!

 あぁ?なんでだよ!妄想じゃないよ!


 俺のパーティーの性悪女たちじゃダメなんだ!

 あの細身ながら凹凸のしっかりある美しい魔王様がいいんだ!!!



 そんな遠い目をしないでくれよ。

 えっ?

 そもそも魔王なんて倒せるのかって?


 安心してくれ、オレは最強だ。そして今、オレたちは魔王の部屋の前にいる。


 ついさっき最後の魔物……力こそ正義と言い張る魔王の下僕に戦いを挑まれ、倒したところだ。

 オレのパーティーである性悪な聖女、金の亡者な女騎士とともにな!

 殺してしまう必要はないんだけど、魔族たちは完全な決着を望むやつばっかりなんだよね……。

 こちら側も残念ながら魔導士と竜女はここまでたどり着けなかった。



「ようやくここまで来たわね……特に苦労はしていないけども」

 性格が悪い癖に聖女という肩書を最大限に利用するために表向きはお淑やかな王女を演じる女が抑揚のない声で呟く。


 オレたちの前では取り繕う必要がないからといつもこんな感じだし、お腹がすいてはパン買ってこいとか煩いやつだ。

 これでオレに結婚を迫ってるとか頭おかしいんじゃないか?裏で浮気してるくせに。


「あぁ、これで魔王を倒せば世界は救われる……そしておんしょ……」

 さすが金の亡者。騎士の精神はどこかに捨ててきたらしく、今も恩賞とか言ったな。

 

 なんど盾や鎧の修理代がもったいないとガードをさぼってきたことか。

 お前のせいでこの前四天王とか言うやつらに負けかけたんだぞ!?反省しろ!


「さっきの魔物。魔王の下僕とか言っていたけど、たいしたことなかったわね。"次元の羽"っていうアイテムを落としたけど何かしら」

 まるで息を吐くかのように自然に魔物を見下す性格が悪い聖女。

 あいつらだって必死だったんだと思うぞ?美しい魔王を守るために。


 まぁ、こいつには何を言ってもムダだ。配慮ってものがないからな。

 この性格を知らずに外見に騙されて憧れていた頃の自分を消し去りたい。


 まだ少年だったオレに対して「小っさ」とか言って暴虐なまでのダメージを与えたのは特に許せん。

 もちろんナニかしようとしたわけではなく、旅の途中で草むらを覗きやがったんだ。



「それも売れば高いのだろうか?」

 もういいよ金の亡者め。


「それはオレが預かっておこう」

 このパーティの荷物持ちでもあるオレが自然にそう言い放つと大人しく渡す聖女。

 収納袋をこいつらに渡したら、きっと常に中身はすっからかんだ。



 そしてこいつらは知らないようだが、この"次元の羽"は離脱用のアイテムだ……。

 行先はオレの隠れ家に設定しておこう。

 なにがあるかわからないし、保険だ。

 


 そしてオレはこっそりと準備する。

 なにをって?魔導具だよ?

 なんでも"配信の魔導具"っていうやつだ。

 いいかな?聖女や女騎士には内緒だぞ?

 

 これはとあるダンジョンで拾った、ものすごく便利な魔導具なんだ。

 くっくっく。

 これを起動しておくと周囲の音や光景が記録されていてあとから見えるんだ。


 しかも、オレ以外の誰かがオレたちの様子を見ていて、なんか楽しんでいて、その結果としてお金やアイテムがもらえるんだ!すごいだろ?

 1回だけ変な赤い本もらったから使ったらなんか凄そうなスキル覚えたし……。


 それにしてもこれ見てるの誰なんだろうな?

 感想とか送られてくるけど聖女たちにバレてないということは人間じゃないのか?


 そう、聖女達にはバレてないんだ!

 それをいいことにこいつらの悪巧みや浮気現場もバッチリ確保してやったぜ!



 でもまさか魔王討伐のあかつきには俺を捨てようとたくらんでいるなんて酷いよな……。

 それを見たとき、こんな俺でも泣いた。


 とっくにこの聖女たちへの幻想は捨て去っていたはずなのにな……。

 長年旅してきたのに、こいつらの中でオレはもう追放確定なんだ……。



 まぁいいさ。目が覚めたから良しとしよう。



 


「さぁ行こう。この扉の向こうに魔王がいるはずだ。

 作戦はオレが魔王を強襲するから女騎士は聖女を守れ。

 聖女は突入と同時に聖句を唱えてセイントクルスをぶっ放す。いいな!」

 素直に頷く2人。

 どんなに酷い企みを持っていたとしてもあの神々しい魔王を倒さないと始まらないから、今はまだ従順だ。


 そしてセイントクルスで弱ったかわいそうな魔王を最後にオレが救うんだ。


 そうしたらきっとオレと添い遂げてくれるはずだ!

 というのは内緒だ。

 いいよねみんな!内緒だよ!?


 

 そうして魔王の部屋になだれ込むオレたち。


「来たのですね……」

 部屋の中に佇む魔王。 

 

 彼女は目を閉じ、落ち着いた様子だ。

 銀色の長い髪に、すらりとした体躯。ローブの上からでもわかる凹凸。


 久しぶりに見る彼女は、オレの脳裏に焼き付けたままの姿だった。美しい……。


 いや、以前よりキレイだ。

 化粧変えたのかな?

 もうドキドキが止まらないんだが……。



「あぁ、魔王よ。これで終わりにしよう。これが最後の決戦だ!」

「……」

 そんな悲しそうな目をするな。

 大丈夫だ。救ってやるからな!

 もうお前の周りには魔族はいない。あと少しだ!


 そこへ斬りかかる女騎士。

 バカ、何やってんだよ。


「ふん……ナイトフォール!」

「うわぁぁあああああ!」

 あっさりとやられる女騎士。

 お前何しに来たんだよ。


 どうせ自分が倒したらもっとお金がもらえるとか考えてたんだろうバカ。

 俺の作戦を何だと思ってるんだよ!


 しかし、チャンスだ。

 あぁ見えてもさすがに騎士。

 あの上品な魔王が放った強力な魔法を一身に受け止めてくれてる。

 性悪女……じゃなかった、聖女を見ると指示通り聖句を唱えている。


 飛び掛かったオレの剣を杖で受ける端麗な魔王。


「勇者よ!我が四天王の敵を討たせてもらおう」

 声がやばい。脳が溶けそうだ。

 しかも、そのキリっとした素敵な表情を前にしてつい求婚してしまいそうになる……いかんいかん。

 衝動を必死に抑えて、オレは剣を振るう。


 まだだめだ!

 きっとまだ魔神とかの監視があるだろう。


 飛んでくる魔法を受け流しながら、オレは魔王の麗しいお顔を眺め続ける。

 言葉は不要だ。

 剣と杖をぶつけ、魔法を打ち合う。

 抱きしめたい……。

 

「なぜ?なぜ本気で来ないのです?」

 くそっ、声まで素敵だ。ハーブのように美しく鳴り響く音に、オレの耳が感動に打ち震えている。

 今すぐその唇を奪いたい衝動を抑えてオレは引き続き切り結ぶ。

 お前が可愛いからに決まってんだろうが!



「完成しましたわ。これで魔王を……」

 そうしているうちに完成する聖女……じゃなかった性悪女のセイントクルス。

 この魔法は聖属性魔法。つまり、闇属性である魔王に効果絶大だ。

 でも、あれ?なんかでかくない?

 そんなにおっきかったっけ、その魔法。


「今、わたくしのもとには神々の助力があるようです。さらに、皆の祈りの力も。これで魔王を消し飛ばしてやります」


 だめぇぇぇええええええええ。


 性悪女の性悪さが表に出てきてるのに、なんで神様とか世界の皆が力を差し出してるの!?


 さっさと発射しやがったし。


 やめてぇぇぇえええぇえええええええええ。



「なんという神聖な力。そういうことですね、私を跡かたなく消し飛ばすための魔法。そのためにあえて力を抜いていたと……勇者……」

 呆然とし、全てを諦めきった表情。


 なんて美しいんだ。


 じゃない、違うんだ。

 こんなはずじゃない。


 オレは考える。


 どうしようと。


 誰か助けてくれないか……。

 

 ???:四天王が落としたアイテムが使えるのではないか?

 ???:伏線をコメントしない方がいいのではないか?

 ???:あっ……。

 

 あっ……。


 オレの頭に現れる天啓。じゃない、"配信の魔道具"に届いたコメント。ありがとう!


 その通りだ!

 あるじゃないか良い方法が!


 オレはこの部屋に入る前に性悪女から預かった"次元の羽"を性悪女に、そして念のため倒れたままの金の亡者からも見えない角度で取り出して魔王に使う。


 ???:さすが、手際が良いのう。

 ???:もう欲望一直線だな。

 そんなコメントいらないから!



 ちゃんと魔王からは見える場所で使ったその"次元の羽"は効果を発揮し、セイントクルスが当たる寸前に魔王を転移させる。


 やったぜ。


 ナイスオレ。


 オレ天才。


 あとはここの後始末をしたら……。


 麗しの魔王とのイチャラブ生活への妄想を脳の99%で展開しつつ、残りの1%で金の亡者を回復し、自分が魔王を倒したという勘違い性悪女をヨイショして王都に帰還した。


 そこでは国王が歓待してくれた。


 面倒なパレード。

 鬱陶しい貴族たちとのパーティ。

 魔王の前にひれ伏せてこいと言いたくなる豚とのダンス。


 料理だけはちょっと美味しかった。

 そこで振るわれる国王の弁舌は当然受け流した。だって1%だもん。


 そうして性悪女をヨイショしまくって王都に残し、金の亡者にはお前は寝てただけだと言い張って報酬を渡さずにオレは王都を抜け出し、隠れ家に向かった。

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