第10話 <フィン> 研究成果漁り
家さんはやっぱり家さんでさすがだった。
安っぽいとか言われても凄いとしか言い表せない。
僕は父上の言葉も思い出していた。
”時勢を支配しようとせず、必要だと思うことをやれ”というのは、家さんの言った、”まずできることをやろう”というのと同じに思えた。
魔道具を認めてもらう方法は全く思い浮かばないけど、気分はだいぶ変わった。
そして僕は王城の図書室を訪ねた。
ここには貸出可能な本のほかに、古書なども保管されている。
この国では今はあまり使われていない魔道具だが、かつて研究されたことはあるんだ。
もしかしたら資料が残っているかもしれない。
僕は司書さんに話をして古書を保管している場所に入れてもらう。
鼻に感じるのは時の風に包まれた香り……ではなくほのかな古紙の匂い。やはり僕の語彙は少ないのだろうか?それとも表現力だろうか?
「フィン様、こちらに過去の研究資料があります。どのような研究をお探しでしょうか?」
「ありがとう。ここからは自分で探すよ。どんな研究かをそもそも特定できていないんだ」
「そうでしたか。こちらに研究成果のリストなどもあります。作りかけですがもし参考になれば。それでは何かありましたらお声がけください」
司書さんはとても優しい雰囲気の人だったが、どこか憂いを感じさせるその眼差しは気品に満ち、深淵の貴族の令嬢のようだった。
たしかエルメリアさんだ。美しい透き通るような銀髪を背中に流している。
ハザウェイ公爵家のご令嬢だったと思うのでイメージはおかしくない。ただ、あまり社交の場に出てこない人なので記憶が薄い。
司書をしていることを知って少し驚いた。
ハザウェイ公爵は中立の立場だったと思うが、血のつながりや交友関係はわからない。
王位継承争いをしている中で、どういうつながりを持った人かわからないからあまり込み入った話はしづらい。
僕は研究成果のリストを漁る。
ある程度まとめられている中にそれっぽいものがあった。
僕が選んだのは”魔力病に関する研究"、"人体に関する研究"、"癒しの術に関する研究"の3つだ。
魔力病に関する研究を選んだのは、一応だ。
家さんを信じているけども……。
僕はひたすら研究資料を読む。
今日も明日も予定はない。
ひたすら読む。
そして気になることをメモする。
魔力病に関する研究はあんまりだった。
家さんから聞いた通りで魔力的な問題だという前提に立っているものばかりであまり参考にならない。
その中で唯一これはと思ったのは魔力病にかかった人の子供が同じような症状が出たときに回復魔法をかけたら治った場合があるという記述だ。
厳密には魔力病を発症したとされていないからメモ書きのような感じだったが、これは肉体の不調の段階で治せたからじゃないのか?
すべてではなく"場合がある"、というのがわからないが。
ただ、それは人体に関する研究でわかった。
おそらく不調の原因には回復魔法で治せるものと治せないものがあるんだろう。
厳密に言ってケガなのかどうか。
生まれてきた時から形がおかしい場合、奇形と呼ばれるがこれは回復魔法で治せない。
体がその形を覚えているからと魔法の観点から言われているが、人体を構成しているなにかによるものだとその研究には書いてあった。
どうか兄上の魔力病の原因が回復魔法で治るものでありますように……。
いや、例え奇形だったとしても治せばいいのか。
人体の研究は興味深かった。
外的要因によって治すというか、機能を取り戻すこともできるようだ。
これならどんな原因でも回復させられる気がする。
そして魔道具に関する研究だ。
こちらは案外資料があった。
もしかして……もしかしなくても魔道具を求める人は多いのかもしれない。
考えてみれば魔導騎士団なんて国の中ではごく少数だ。
魔法で仕事をしている人だってそんなに多くない。
だから魔道具で便利にと考える人は多いんだろう。特に研究者には。
僕はどんどんページをめくっていく。
魔道具の話は面白かった。
「フィン様……」
「えっ?」
「フィン様、申し訳ありません。そろそろ施錠の時間でして」
もう夜だった。
びっくりするくらい時間が早く経過したみたいだ。
「すまない。熱中してしまって」
「お気持ち、わかります。探し物は見つかりましたでしょうか?」
「あぁ、うん……」
ハッとなる。
警戒を怠ってはいけない。
「申し訳ございません、探るような真似を」
「いえ、大丈夫だ……」
まずい……魔力病の資料を出したままだ。
「魔力病の研究をされているのですか?」
「あぁ。すまない。あまり詮索は……」
完全に僕の失敗だ。
彼女にはわかってしまっただろう。
「ミカエル様……でしょうか?」
「……はい」
彼女は公爵令嬢だ。
失礼をするわけにはいかない。
でも、放っておいてほしいという思いは消えない。
特に興味本位なら……。
「どうかお願いします。ミカエル様を……助けてください」
「えっ?」
とつぜん頭を下げられて僕は混乱する。
彼女は……?
「申し訳ありません、はしたない真似を」
「いや……エルメリアさんは兄上を心配してくれるのか?」
僕は正直にそう言った。
もしこれで彼女が敵だったら仕方ない。心に決めた。
「はい。フィン様はわたくしのことをご存じでしたでしょうか?」
「お名前は。ハザウェイ公爵家の方だったと記憶している」
間違っていたらとても失礼だが……。
「覚えて頂いていて光栄です」
ほっ……あってた。
「わたくしはミカエル様とは幼馴染でして、小さいころから親しくさせて頂いておりました」
「そうだったのか」
驚いた。
僕の中で兄上はずっと臥せっているから。
本当に小さいころにお菓子を貰ったことがある気がするくらいだ。
それくらい兄上との関わりは記憶にない。
「もしお許しいただけるのであれば、わたくしにも手伝わせていただけないでしょうか?」
「いいのか?」
「はい。お望みなら一晩中ここをあけておくこともできます」
とても助かる。
まだまだ調べたかった。
しかもここには当然だが防御結界が張ってある。
大事な古書を焼失したりしたら大事だからだ。
襲撃者を気にせず調べられるのはありがたい。
この結界は魔導騎士団の仕事だ。
いつか彼らと肩を並べて議論できたらいいなと思う。
そのためにはまず僕が結果を出すことだ。
彼らに認められるくらいのものを出せば、話くらい聞いてくれるかもしれない。
まずはそれを信じて兄上の魔力病を治す魔道具を作ろう。
「では、エルメリアさん、お願いする。私がわかっていることを伝えるので」
「よろしくお願いします」
エルメリアさんに魔力病が身体の不調が原因で起こる病気であること、溜まった魔力を取り除き、回復させれば治るはずであることを伝える。
彼女は驚きながらも理解してくれる。詮索はしてこない。
「教えていただいたことを順番に実施する魔道具を作ればいいわけですね」
「そうだと思う」
「溜まった魔力を放出し、異常部位を治す。間で体力回復なども行った方がいいのではないでしょうか?」
「そうかもしれない。魔力病のせいで病床に伏せて長いから」
僕らは資料を漁り、メモをして、たまに議論しながら整理していく。
兄上のことを考えれば切羽詰まった状況なのだが、この時間は楽しかった。
「異常部位を治すというのがやはりネックになりそうだね」
「そうですね。どうやって治すか?ですが」
「兄上の病状をもっと掘り下げた方がいいのかもしれない。それでわからないかな?」
僕には兄上が不調となったころの記憶はない。
まだ6歳とかだったから……。
「ミカエル様が最初に体調を崩されたとき、私はご一緒させていただいていたのです。あの時ミカエル様は突然ティーカップを落として胸を押さえられていました」
「胸を……」
「はい。とても怖くて……だからよく覚えています」
「すまない、辛い記憶を」
「気になさらないでください。ミカエル様が治るかもしれないのですから」
申し訳ない。必ずや兄上を治して彼女の心意気に報いたい。
「そうなると、肺か心臓か……そうなる前に何かおかしいことはなかったかな?」
「倒れられる前ですか?」
「そうです。この資料によると人体の不調はあるとき大きな症状となって現れますが、多くの病気にその前段階があると書いてあります。これでどこが不調なのか特定できるのではないかと思ったのです」
「思い出します。少し待ってもらえますか?」
そう言うと彼女は目を閉じる。
……とても綺麗な人で、不意に心が慌てる。
いや、もしかしたら兄上の婚約者とかだったかもしれない人だから。
今からでも敬語にしておくか……。
落ち着け自分。
家さん、カーム唱えてくれないかな。
バカなことを考えてると、エルメリアさんが目を開く。
「思い出したことを整理しましたので聞いてください」
「はい」
真面目に真面目に……。
「まずミカエル様はもともと運動神経の良い方でした。小さい頃なので比較は難しいですが。
でも、ある頃から急に体力がなくなったように思います。
私では当然ながら追いかけっこをしても追いつけませんが、友達との遊びの中で急に勝てなくなりました。
あの頃はその友人の体も大きくなったのでそのせいかと思っていましたが、思い返してみるとちょっと変です」
「なるほど」
やっぱりこの資料に書いてある通りだ。
身体の不調が先に起きてたんだろう。
「あとは、兄上は咳込んだりといったことはあったかな?」
「いえ、それはなかったと思います。走った時にむせるようなことはありましたが……」
これはほぼ間違いないんじゃないか?
「心臓だ……僕はこの後兄上を見舞いに行ってくる」
「お願いします。私は友人の魔道具職人にも訪ねてもよろしいでしょうか?」
良いと思うけど派閥とかはどうだろうか……。
「もちろん信頼できる人です。私がミカエル様と親しかったことも知っていますし、私がミカエル様を治したいと言って学院で研究機関に足を運んでいたのも知っています」
そうだったのか。
そんなにも兄上のことを。
恥ずかしながら全く知らなかった。
もっと早く調べに来ていたら話もできたのかな。
「エルメリアさん、お願いするよ。もし兄上に会って心臓病だと確認出来たら使いを送る。その後、僕はお祖父さまに聞いてみようと思う。なにかわかるか、と」
「わかりました。よろしくお願いいたします、フィン様。ではまた来週くらいにここでお話しませんか?」
「ぜひお願いしたい」
そう言って僕らは約束をして図書室を後にした。
もう完全に夜が明けてる。
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