第6話 <フィン> 襲撃者を蹴散らす女魔法剣士

 家さんに泊まった次の日は王城に帰る。

 家さんは笑顔で(?)僕を送り出してくれた。


 昨日あんな口論をしてしまったのに家さんはとても優しかった。

 暖かかった。

 食事は美味しかったし、湯加減もちょうどで、寝室も居心地が良かった。

 どうやってるんだろう。

 ものすごい魔法スキルだったから、それで何とかしてるのかな?


 王城に戻るのが憂鬱だ。

 今日は父上から任されている仕事の打ち合わせがあるから、どうしても戻らないといけないけど。

 打ち合わせの場所は行政区だけど、一度王城に戻って準備してから行くつもりだ。


 僕は王城に戻る道すがら、会議の進め方を考えていた。

 どう考えても警戒していないといけなかったのに。


 そして王位継承争い中なのに気を抜いたバカな僕は当然ながら襲撃を受けた。


 その剣を避けられたのは偶然としか思えなかった。

 ただ、偶然にしても避けた。

 僕は逃げる。


 特徴のない風貌で僕の横をすれ違いながら死角から斬りつけてきた男から。

 相手は追ってくる。

 僕は逃げる。





 おかしい……。

 なぜ捕まらない。

 僕はお世辞にも足は速くないし、体力もない。

 なのに捕まらない。

 わざとか?


 わざと襲撃して何がしたいんだ?


 家さんと王城の間には大規模な商会のお店がならぶ商業区と公共機関や官舎が立ち並ぶ行政区がある。

 それを抜ければ王城だが、僕は今、商業区の中を逃げ回っている。

 お昼過ぎの商業区は人は少ない。

 

 僕は大きな建物の陰に入り、そこで立ち止まる。

 襲撃者が追い付いてくる。

 そこで立ち止まっている僕を見て不思議そうにしている。


「観念したのか?」

「どうして僕を追う?」

 僕は質問に質問で返す。


「そんなわかり切った質問をするために立ち止まったのか?」

「第2妃の手の者……もしくは公爵の手の者か?」

「悪いが答えられん……というか知らない。指図したものなんて辿れなくしているのが当然だ。案外お前の母親かもしれない……」

「貴様!」

 僕は剣を抜き斬りつけるが、簡単に弾かれてしまう。


「未熟……技も精神も」

「くそっ」

 僕は剣を構える。


「そこまでにしておきなさい」

「誰だ!?」

 あらわれた女が僕の前に立つ。

 真黒な衣装だから日陰では見えづらい。


「そこの坊やの護衛ってやつだな。シャドウストライク」

「なに?」

 女は襲撃者に向けて魔法を放つ。

 闇属性の中級魔法だ。

 襲撃者はなんとか避けるがそこに僕が剣を投げる。


「ちっ」

「これで終いです」

「ぐぁ……」

 襲撃者が僕の剣をはじく隙に女が近づき切り伏せる。


「お見事」

「もう、フィン様。お帰りが遅いと思って迎えに来たのにこんなとこに迷い込んで」

「すまない、ローザ。助かったよ」

「もちろんです。私はフィン様の護衛なのですから。さぁ帰りましょう」

 そう言って僕の手を引こうとするローザ。

 少し恥ずかしい。


 彼女はローザ・メルロッテ。

 僕の護衛だ。

 整った少し冷たい印象の顔立ちで黒い髪を後ろで縛った細身の女性で、全て黒で統一された軍服を着ている。

 正式には王城警備隊所属の魔法剣士で、諜報部隊にも籍を置いている。

 僕より4つ年上だが色恋の匂いはせず……。


「フィン様?」

「うっ……」

「なにかよからぬことを考えておられませんか?」

「そんなことはないよ、ローザ」

「ならいいのですが……」


 彼女は真面目で頼れる護衛だ。

 真面目過ぎるのが玉に瑕だが。


「気を付けてくださいね、フィン様。ただでさえ王位継承の問題で事件が起こりやすいのですから」

「わかってる。気を抜いたよ。すまない」

「わかればいいのです。人間だれしも失敗して大きくなるのです。ただ、取り返しのつかない失敗というのもあるので、ちゃんと警戒してくださいね。というか、次回からは付き添いますので……」

「……」

「よろしいですね?」

「うん、ありがとう」

 仕方がない。

 家さんのところに行く間に襲われたのだから。


 家さん、盛大な勘違いをしそうだな……。

 女を連れ込んだとか言いそうだ。


「フィン様?」

「ん?」

「笑っている場合ではありません。全くもう。ちゃんと気を引き締めてくださいね!」

 彼女は僕を推してくれている。

 正式には彼女の実家が僕を推している。

 なににって?当然、王位にだ。


 彼女は僕の母上の実家である子爵家と縁の深い伯爵家の出身だ。

 もちろん分家筋ではあるが。

 彼女は伯爵家の軍学校を卒業してたたき上げで出世し、僕の護衛にあてがわれた。

 それが彼女にとっていいことなのかはわからないが、僕にはありがたい。

 なにせ強い。


 ちゃんと注意をしてくれる人は貴重だ。

 王位継承権を意識する前はそうでもなかったけど、兄がいよいよ体調が悪くなり、争いが起きると、明らかにみんなよそよそしくなった。

 王位継承争い自体は弟が優勢だけど、もしかしたら王位に就くかもしれない人間にまっすぐな意見をぶつける人は少ない。


 父上からは人をよく見ておくようと言われている。

 ここで反応を変える人間は信頼には値しない。

 本当に国王になった暁には良いことしか言わないだろう。


「フィン様、馬車に乗ります」

「あぁ、ありがとう」

「これからは毎回馬車にのって移動なさいませ。今年は選定会議なのですから」

 選定会議というのは次の国王を選ぶ会議だ。

 この国では王位継承は50歳の時と決まっている。

 そこから引き継ぎや教育などの時間を逆算してだいたい国王が45歳になる年に選定会議が開催される。

 我が父上は今年45歳。つまり選定会議は今年だ。

 

 正直、王位につきたくない僕にとっては何事もなく終わってほしいイベントだが、家さんの言う通り次の王が決まっても気は抜けない……。

 せっかく戦争もない平和な時代なのに内紛は避けたい。

 そうなると、王位に選ばれなかった僕はどこかで身をひそめないといけないのかな……。

 

 

 そうして、僕らは馬車に乗って行政区を抜けてとある建物へ向かう。


 時間が遅くなってしまったから会議に直接向かうためだ。

 本当は王城で着替えたかったのだが仕方がない。




 


「お待たせしました」

 僕はそう言って部屋に入る。

 ここは行政区の中のある建物の3階にある会議室だ。


「いえいえ、さっきまで別の会議をしておりましたので問題ありませんよ、王子」

 迎えてくれるのは壮年の落ち着いた印象のある紳士だ。


「ありがとうございます、バロット財務卿」

 彼は財務を司る文官の長、財務卿だ。

 国のお金の管理をしている。


「用件は聞いております。魔道具に関する研究に予算をつけたいとのことですが?」

「はい、ぜひ」

 そう、僕は魔道具研究を進めたいと思っている。

 家さんに言われたことは僕だって想像している。

 だから自分にできることをするんだ。


 この国にも魔道具職人がいないわけではない。

 そんな彼らに予算をつけて王都に集まってもらい、研究したい。

 隣国では普通に進められている政策だ。


「しかし、反対は根強い」

「それはそうですが……。魔道具の実用性は注目すべき点だと思います。隣国ではより高性能なものが開発されています」

「魔導騎士団はなんと?」

「それは……」

 魔導騎士団は賛成しない。

 だからここに来たのだ。

 財務卿の説得のために。

 父上の許しはあるのだから。


「いかに私としても魔導騎士団に反対される事案に大っぴらに予算をつけるのは憚られます。表向きは何も言われないでしょうが……」

「しかし財務卿!」

「王子。世の中には筋というものがあります。その筋を通さずに事を起こせば、たとえ一時的に成功を収めたとしても、結局は失敗します。寝首をかかれるのです。筋と権威は違うのです」

「くっ……」

 話を聞いてくれるというから期待したのに、この反応ではやはり難しそうだ……。

 僕は無力だ。


「もし魔導騎士団が認めたら予算はつけてもらえますか?」

「もちろんですとも。魔導騎士団が認めれば賛成するものは多いでしょう」

 僕は財務卿を半ば睨みながら部屋を出る。

 魔導騎士団に認めさせる方法なんて思いつかない。

 それでもやらなければ。


 周辺国は魔道具の開発を進めている。

 生活が便利になるだけじゃなく、高い攻撃力を発揮するものもあるという。

 魔導騎士団のプライドに邪魔されている場合じゃないんだ。


 なぜみんなわからない。

 今が平和だからって、ずっと平和なんてことはありえないんだぞ?

 

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