僕は、家を売ることが天職です!

香 祐馬

第1話

「見て!ター君。

玄関開けてすぐに見えるこの開放的なリビング!!最高に気分が上がるね!!」

「そうだね、疲れて帰ってきても、君の笑顔とこのリビングで疲れも吹っ飛びそうだね。」


ふふ、と幸せそうに笑い合う二人。


その姿を、数歩離れた場所で姿勢よく見ている僕。


ここは、分譲マンションの一室。

新しく合計3棟建ち、総部屋数220室。

主な間取りは、3LDK。少ないが4LDKも5LDKもある。

中庭には、大きな公園。

木でできたアスレチック。もちろん、定期点検も忘れない安全仕様。

雨の日でも、子供が退屈しないように、室内プレイルーム完備。

あとは、有料ジムや、レンタルキッチンスペースなど、趣味に便利な部屋も管理している複合的なマンションである。


このマンションは、3LDKが中心なので、これから子供が生まれる新婚家庭が主なターゲットだ。

今、見ているお客様もきっとそう。

幸せオーラが半端ない。

見ている僕も、幸せをお裾分けされて気分がいい。


「子供が生まれたら、この部屋は子供部屋かなぁ」とか言いながら、回るお二人。


ほらね。未来が明るい新婚さんでしょ?


そんな僕は、提案をすべく、そっと近づく。

決して、びっくりさせないように、落ち着いた声でそれでいて明るく声をかける。


「そうですね。この部屋を見て、将来のお子様の部屋と考える方は多いです。小さいうちは、十分なんですが、中学生とか体が大きくなるとちょっと手狭って感じるかもしれません。

ですが、実はこのお部屋隣がウォークインクローゼットになってまして。

こちら叩いてもらってもいいですか?ちょっと壁が薄いんです。

この壁、将来取り外すことできるんですよ。

大きなウォークインクローゼットなので、十分な大きさを確保できます。」


わぁーっと、顔を輝かせる奥様。

壁が外せる構造になってると聞いた旦那様はワクワク顔である。


そうでしょう、そうでしょう。

夢が広がるでしょう?


好感触を掴んだ僕は、畳み掛ける。

威圧的にならないように、自然な感じで提案していく。


キッチンは、セミオーダー製でおすすめのコーディネートをいくつか。

お子様を考えてるご夫婦なら、キッチンに入るところにドアをお勧め。揚げ物や包丁を使ってる時にお子様は危ないですからね。


これが、老後のご夫婦だとまた変わる。キッチンの台の高さを低めにし、将来車椅子になっても大丈夫なように広めの空間を提案。


こういった、入居者によって変化する部屋を売るのは、とても楽しい。

自分も、お客様の仲間になれたような気がしてウキウキする。

ここ仕事は、僕の天職だと常々思う。




「あ!不堂さん!お帰りなさい!」


事務所に戻ると、事務の女の子がにこやかに迎えてくれた。


「今日は、5件成約できたよ。」


「5??それはすごいですね、全戦全勝じゃないですか!

つまり、今日はだったんですね!!よかったですねぇ!」


周りの社員もみんなうんうんと微笑んでくれている。


そうなんだ!今日は当たりだったんだよぉ!

僕は嬉しい!!



僕の名前は、不堂三次郎。

家を売るために生まれてきたかのような名前。

揶揄われることも多かったが、ここ名前のおかげでこの会社にするりと入れたから、親には感謝をしている。

僕は、家を売る時のお客様の笑顔が大好きだ。

本当、天職だと思ってる。

僕の営業成績は常にトップ!天職でしょ?

でもね....、

僕はを引くことが異常に多いのでも有名なんだ。

だから、さっきジムの子が当たりを喜んでくれたんだ。


ちなみにハズレというのは、あり得ないことに遭遇する事。


例えば、内見中に離婚に至る方が今まで10組以上。

価値観の違いってあると思うから、少なからずあるっちゃあることなんだけど。

僕の場合、勤続年数が少ないのにありすぎる。

みんなびっくりする...。

あ、僕を疫病神扱いしないでね!

ちゃんと、成約数トップだから、幸せのお手伝いもトップだからね!


印象が強い別れ案件は、夫婦じゃないけど婚約中の方で、僕も大変だった。

軽く聞いてくれるかな?


すっごい馬鹿ップルって言っていいほどラブラブな結婚秒読みのカップルさん。

結婚したら、一緒に住むマンションを購入するため、いらしてました。

担当は、僕。不堂三次郎。

いっぱい、幸せのご提案させていただきます!っと、意気揚々とご案内。

しかし、何やら雲行きが怪しい。


「ねぇ、この部屋すっごくいいよね。ここ、私の部屋にしてもいい?洋服とか小物多いし、ここに鏡台置いてさ。いいよね??」

「え?小物類は、収納がたくさんあるんだからお前の専用の部屋いらないだろう?俺とお前の部屋にして、将来の子供の部屋ってところが妥当だろう?」


うんうん、そうですよ。

この部屋は、子供部屋って考える方多いですよー。


僕が、そう旦那様(仮)同意しようとすると、奥様(仮)が豹変した。


「なにいってんの?私の部屋がないの??

えっ、あり得ない。じゃあ、私ここに住めない。」


さっきまで、ニコニコしてたのに、すんっと表情をなくした奥様(仮)。

怖いんですけどぉー、二重人格ですかってくらいオンオフが激しい!


このままじゃ、まずいと思った僕はすぐに提案する。


「それでしたら、もう一部屋多いタイプのお部屋をご案内します。」


すると、にこやかな顔に戻る奥様(仮)。

ホッとしながら、違う階のお部屋にご案内。


今度は、お二人ともご納得。よかった...と安堵し、契約内容の確認へ。

すると、やはり部屋を一つ増やしたことでご予算が大幅に越えてしまったようだ。


旦那様(仮)が、部屋を諦めて、最初のにしようと言う。

奥様(仮)が、ずっと暮らすかもしれないのに、妥協はできないと言われる。


うんうん、わかるよー。

いつもこういうやりとり多いです。

どちらにも、共感を示しながら、落とし所を探す僕。


ここまでは、いつも通りだった。


しかし、状況は一変。

奥様(仮)が、子供が生まれても自分の部屋を開け渡さないと宣言。

旦那様(仮)は、それに唖然。


「お前っ、子供優先だろうがっ!!」

「は?何言ってんの?私が居て、子供が育つのよ。私に方が偉いに決まってんじゃない!!」

「偉いって何だよ!自分の子供と優劣つけるって、どうかしてるよ!」

「じゃあ、何?あなたは、私が子供を産んだら子供中心になるわけ?私のこと、一番大事にしてくれるって言ったじゃない?嘘だったの?」


何と、ヒートアップ!

あわあわとする僕は、すぐに仲裁の入る。


「お子様のことを考えて、お部屋を決める方がは本当に多いので、***さん(旦那仮)のいうことも良くわかります。

それと、家は一生物なので、***さん(奥様仮)のおっしゃる通り自分だけの空間を持って、落ち着くのもやはり必要かと思います。」


「そう!そうだろう。子供のために思うのは間違ってないよな!」

「そうでしょう。一生ものなんだから、自分の部屋を持つのは悪いことじゃないでしょう!」


二人とも、僕に縋るような、若干血走った目を向けて、各々の意見を肯定する。


「はい。ですから、僕の方から提案を。

まずは、奥様の部屋ありきで、最初見た部屋にしていただき、お子様が増えて手狭になりましたら、家を売却して、新たに家を購入していただいたらいいと思います。

そのための、ローンの組み方の説明をこれからさせていただきます。」


すると、得意げに奥様(仮)が旦那さん(仮)に言う。


「ほらぁ。不堂さんのいう通り、私のいうこと間違ってないじゃない!

自分の部屋持つ人結構いるじゃん。」


ムッとする旦那さん(仮)。


不穏な雰囲気を残しながらも、ローンの説明をしていく僕。

しかし、途中で旦那さん(仮)ががたんっと椅子から立ち上がった。


「やっぱり考えたけど、無理だ!」


「はぁ?何が無理なの??予算内に収まってるじゃない。」


「違ぇよっ!このマンションのことじゃねぇ!お前が無理!!

子供がかわいそうだ!お前と結婚しても、子供ができたらシングルファーザーになる未来しか浮かばねぇ!!」


「はぁぁ?結婚やめるって言うの??

結婚式はどうすんのよ!もう招待状も送っちゃったのよっ!!」


「そんなん、キャンセルだ!キャンセル代くらいなら俺が払ってやる!お前と別れる手切金だと思え!」


「何それ!私がフラれたみたいじゃない!!

このクズ!妻を大切に考えない男なんて、こっちから狙い下げよ!あんたなんて一生結婚できないわ!!」


目の前で婚約破棄がなされてしまった.....。

まあ、こんなことは、経験上何回かあるからなんてことない。

しかし、その後が初めてのことだった。


「不堂さん!!」


ガシッと、僕の手を掴む旦那様になる予定だった男性。


「あなたの私を、肯定してくれる優しさ。内見中も、絶やさない柔和な笑み。そして、目の前で言い争っても、動じない心...。

素敵です。日本じゃ結婚はできませんがパートナーになりませんか!」


....。えーーーー!!!


旦那さん(仮)、もういいや、以下旦さん。

旦さん、男でもいい人っ!?さっきまで馬鹿ップルだったじゃん?

しかも、この破局の原因、お子様問題。

僕じゃ、子供できないから...、この奥様(仮)、こっちもいいや、以下奥さん。

それなら、奥さんでいいじゃん!!


「何、手ぇ握ってんのよ!!あんた、ホモだったの!?私の時間返して!結婚詐欺じゃない!偽装結婚だったの!?」


「そんなわけねぇだろ!!愛してたから、家だって買おうとしたし、子供も欲しかったに決まってんだろう!

男に惚れたことなんて今まで一度もねぇよっ!!

だが、こうこんなわけわかんない状態で、不堂さんが優しくて、この人ならって思ったんだ!!つーか、お前もう帰れ!今俺は忙しいんだ!!」


おいおい、僕を巻き込まないでくれ....

そして、手を離してくれぇ....


てな感じの修羅場と求愛は、得難い体験だった。

この出来事も印象的だったが、僕史上一番印象的だった出来事は、あの件だ....。



ある時、すっごいイケメンのお兄さんが一人で内見にやってきた。

でも聞くと、彼女と二人で住む家を探していると。

彼女か...、内縁の妻って感じか?家を買うってことは、そう言うことだよな。結婚のご予定はないって言うし。


「わかりました。では、若いお二人で住むのに最適なお家をご紹介させていただきます。」


まず、一件目。

日当たりのいい、デザイナーズ系の1戸建て。

ちょっと狭いが、おしゃれで立地がいい。

イケメンの林さんも好感触。


ただ、なにか違和感が...。

ちょこちょこと、ちょっと離れてくださいと言われて、一人ドアを閉めて内覧。

扉の向こうから話し声??

それが各部屋で行われた。


まぁ、いろんなお客様がいるからと、納得して2件目。


今度は、築件数が浅い新しめのマンションへ。


入った瞬間に、怪訝な顔をされる林様。


「どうかしましたか?」


「不堂さん、この部屋。なんで売れてなかったんですか??」


「そうですね、私としてもいい間取りで日当たりもいいのに、この部屋だけが何故か売れないんで不思議なんですよ。

でも、こちらのお部屋は、うちの会社一押しです。

周りのお部屋の売り値よりも600万下がってますし。」


考え込む林さんに、首を傾げる。

そうなのだ、この部屋すっごいおすすめなんだが、何故かいつもご成約されない物件なのだ。会社のみんなが首を傾げる不思議物件。

この部屋以外は、全部成約され、皆さんいい笑顔で住まわれている。


「あの、今から私、独り言が多くなりますし、リアクションもおかしくなりますが、気にしないでください。」


林さんが真剣な顔で言われるので、否はない。

お客様は神様です。

どうぞ、どうぞ。将来の夢を空想して、ご検討を。


くるっと、背を向けた林さんは、廊下を進む。

そして、


「はな。この部屋はどうだ?」


何と、虚空を見つめて話し出した。


「そうだよな、ちょっと違うよな。」と、一人納得する林さま。


........。怖い。

まるで、何か見えているようだ。

それに、内覧アンケートの入居予定の欄に、『高橋 花』って書いてあったのを思い出した。

もしや....。


訝しげに、それでいて不快に思われないようにこっそり窺う。


見てると、林様が右手を上に向けて歩き出す。

??

まるで、その手の上に何かが乗ってるようだ。


その手の斜め上の方を見ながら、林様が話し出す。


「はな。近いよな? ..そうだろう。」


誰が、いらっしゃるんでしょう。林様...

僕は、何故か、あなたの手に左手を乗せた女性が見える気がします。

変ですね。林様が、紳士にエスコートしてるように見えるなんて。


「あー、この部屋だよなぁ。」


林様が、天井を見上げながら目を細める。


林さまぁ!!何がですかぁ!!


僕は、ガクブルと心中震えております。

そんな中、林様は花さんとお話し続けます。


「はな。ちょっと天井見てきてくれ。」と言うと、手を天井に向けて放る仕草をした。

腕を組んで天井を睨む林様。


しばらくすると、うんうんと頷く林様。

その目線は、目の前に誰かがいるようである。

くるっと、こちらを見る林様にドキッとする。


「ご提案があるんですが、不堂さん。」


もう何を言われるんでしょう。僕は、想像できなくて、心臓が痛いです。


「実は、もうお分かりかと思うんですが。私、幽霊が見えます。そして、今度一緒に住む予定の方は、幽霊です。ここに愛する彼女がいるんです。」


そういうと、左を見て愛おしげに笑う林様。

はい、わかります。そこに花さんがいらっしゃるんですね。


首を縦に振り、理解しましたと示す僕。


「それで、この部屋入った時、嫌な空気がしてまして。

その原因を探してましたら、この上にありました。」


上を指差し、そう言われました。

な、何があったのでしょうか?

固唾を飲み続きを待ちます。


「この上、はなに見てもらったら呪物がありまして。これが、この家が売れない原因みたいです。」


「呪物..ですか...?」


「はい。それで、ご提案です。この呪物を祓ってあげるので、購入価格さらに200万ほど下げれます?」


「は?200万ですか??」


「だってこの部屋、このままだと一生売れませんよ。私、祓い師なんですが、大体依頼されますと80万ほどです。

ですが、私がこれを見つけなければ、不堂さんの会社は損失でしたよね?それで、どうしますか?」


もう、何が何だかわからないけど、この物件は売れないのか...?

200万??ちょっとぼったくりでは??


「会社に確認を...。」


と言うと、林さんはわかりましたと了承してくれた。

そのままそこであぐらを描いて、花さんと話し出す。


きっと見えないですが、花さんは胡座の上に座ってるんでしょうね。

あー、髪の毛長いんですか?すいてあげてるんですか?幽霊の髪って、絡まったりするんでしょうか?



電話をしながら、僕は林さんと花さんのイチャイチャを見ておりました...。


「林様。会社から150万ならお値下げ可能と言われましたが、いかがでしょうか?」


電話を切って、おずおずとご提案すると、林さんはいい笑顔で快諾してくれました。

おうっ..イケメンの笑顔、素敵ですね。


そのまま、林さんは懐から数珠を取り出すと、指で印をかく。

『....かしこみかしこみ....祓たまえ!』と、重低音の声音ではきだすと、天井の電気が激しく点滅した。


しばらく続くと、チカっと電気がつきっぱなしになった。


「終わりました....?」


恐る恐る僕が声をかけると、林様は「あとは、呪物回収すればおっけいです!」と爽やかに言われました。

さっきの声とは別人すぎて、驚愕です。


「ちなみに、花様は一緒に祓われないんですか??」


気になったことを聞いてみると、大丈夫とのこと。そのために印を書いたそうです。


そうですよね、花さんが居なかったら、家要らないですもんね。本末転倒ですよね。


そして、林様とご成約をさせていただきました。

うちの会社としても不良物件がなくなってウィンウィンです。


まぁ、呪物は無くなりましたが、花様と言う幽霊は住み着いてしまうわけですが、それはそれ。

まぁ、些事ということで。




こんな感じで、僕はハズレを引く不動産社員です。

毎回、みんなには期待をされて帰社します。

今日は何かあった?と、言われて説明するのが僕のルーチン。


さて、明日は当たりで終わるでしょうか?

ハズレを引いても、僕はこの仕事が好きです。

幸せオーラをいただけて、プラスマイナスプラスです!!


今日も僕は家を売ります。


皆さん、ぜひ一度いらしてください。

家の購入には、不堂三次郎をご指名ください♪




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僕は、家を売ることが天職です! 香 祐馬 @tsubametobu

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