第3話 誰がために

 砲弾が空を切り裂き、地面に激突する。

 爆発の衝撃波が周囲を揺らし、煙と火と土が舞い上がった。

 耳をつんざく轟音と共に、金属の破片や人体の断片が飛び散る。

 空気が朱い。

 滑らかな陽光が丘を照らし、寒気がするほどの美しい朝焼けは、凄惨な光景を鮮やかに見せつける。


 兵士たちは塹壕に身を隠しながら、必死に銃を撃つ。

 敵の姿がはっきりと確認出来なくても、銃声と銃弾の飛び交う方向から推測する。

 もう味方の魔導師はいない。攻勢に、反撃に移る起点は望めない。

 撃ちまくるしかないのだ。

 

 獣が獲物の骨を舐めて、肉を刮げこそ落とすが如く、圧倒的戦力差は少数を確実に駆逐していく。

 

 寡兵の味方は弾切れになれば、次の弾倉を素早く装填して射撃を続けた。

 装填が間に合わなければ、あるいは弾が無くなれば、手榴弾を投げた。

 味方の死体から銃を取って、弾倉を抜いて、撃てる限りに撃った。

 

 敵が近付けば銃剣で突き、それも無理ならば銃身で、銃床で、拳で殴る。

 殴れなければ、歯で噛む。相手の肉を噛み、骨を砕く。

 あらゆる手段で、生き延びる。

 味方を生き残す。

 

 血と汗と涙と鼻水と唾液と糞尿が混じり合う。


 肉と、骨と、臓器と、皮膚と、髪と爪が散乱する。

 

 生と死と痛みと恐怖と、怒りと悲しみと絶望と、希望が交錯する。

 人間という名の獣が、互いに殺し合う。


 

「君は逃げなさい」

 

 ――でき、ません!――俺も、ここで…!――

 

「もう、ここは陥ちます」


 敵方の、随分遠くで青白い光が瞬く。

 空気の焼ける匂いがした。

 刹那に、隣の陣地が激しく爆散した。人の形をしたが空に吹き上げられる。

 一瞬の間を置き、同じような光景が周囲で散発する。

 敵の魔導師に、陣地が捉えられたのだ。

 隠れた穴の上から、その地形ごと捩じり潰される。

 火薬の力は強大だ。だからこそ皆が知っている。

 単体では、魔導の脅威はそれを軽々と凌駕する。


「そう何人も生き残れるとは思いませんが、今ならまだ後退壕の一部が生きています。そこを使いなさい」

 

 ――だったら、隊長がまず――

 

「部隊に先んじて撤退する指揮官がいますか。逃げる時は、あなた方が全員撤退した後です…どのような形でもね」

 

 ――俺は!俺は引きませんよ!引いてたまるか。まだ、ここでこんなに味方が…!――

 

 隊長は、こっちを見て笑う。

 執務室で、訓練場で、行軍中で、陣地の中で見せていた、いつもの厳しい顔を向けてはいなかった。

 

「これが」

 

 何も恐れることはないよと、穏やかな目元にうっすらと優し気な微笑みを浮かべていた。

 背筋が凍るようだった。

 恐怖や畏怖ではない。

 これほど、人が穏やかに笑えるのかと、まだには分からなかった。

 そしてこの人に、何を俺が抱いていたか、分からなかった。

 だからこの時の感情に名前をつける事が、出来なかったんだ。


「戦場です」

 

 戦場には、文字通り血が通っていた。

 生きるもの、生きられないもの。逃げるもの、逃げられないもの。どれもが人間であり、そして物になり、土に還る。

 生き残った者は何が残る。


 ――生き残ったやつらに、何が残った。


 いまだに答えが出ないのは、誰の、せいなんだろうな。

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