第4話 あたし、メリ二ちゃん。今、お魚さんと一緒に居るの。

 あたし、メリちゃん。

 ううん、本当は、メリーさん、なんだけどね。

 でも、いつか再会した時に、胸を張って名乗りたいから。

 あたしは、メリ二ちゃん。それでいいの。そう、ありたいの。だから。


 あたし、メリ二ちゃん。


 え、ちょっと、やめて、何!?

 きゃっ、冷たい! 水? なんで!?

 怪異かいいだから窒息ちっそくなんてしないけど、でも、え、お魚? なんであたし、お魚さんとさせられてるの?


 こほん。わけはわからないけど、きちんと名乗らないとね。挨拶は私達メリーさんの基本だわ。

「あたし、メリ二ちゃん。今、あなたの隣に居るの」

 なんて、見ればわかるわよね。お魚さんに言っても仕方がないことよ。でも、続けて話しかける。

「少し透き通った煌めく身体に、黒い模様……あなた、綺麗ね」

 返事は、勿論もちろん無い。怪異は人に語られなければいけない、というのは、そういうこと。――でも、本当に綺麗。


 これから、どうなっちゃうのかしらね。

 良い取り憑き先ひとと出逢う前に、捕まっちゃう(?)だなんて。

 どこにでも居てどこにも居ない。私達メリーさんはそういう怪異のはずなのに、どうして……。

 考えてもわからないことは、考えない。ううん、考えるんだけど、そこだけに集中しないで、つまり別の事を考えながら、思考の隅で端緒たんしょを探す。

 メリ二、やるのよ。大丈夫、きっとメリ一さんおねえちゃんの幸運が導いてくれるわ。


 どれくらい時間が経ったのか、わからない。

 変化と言えば、時々餌が投げ込まれて、パクパクしてることくらい。あたしがじゃないわよ。お魚さんが、ね。それで――いえ、やめておきましょう。他人様ひとさま、じゃなくて、他魚様のことをあんまり話すものじゃないわ。

 それにしても、自分でもわからなくなるくらい長いこと、全然語られていないはずなのに、不思議と意識ははっきりしていて、消滅きざしは無いのよね。いいことではあるんだけど、ちょっと、怖い。

 ふふっ、あたしこそが怪異なのにね。困っちゃうわ。


 明らかな変化が、あった。

 人が、居る。それもたくさん。いえ、ずっと居るわけじゃないけど、しばしば通り過ぎる。

 そういう場所に、連れて来られた……移された、と言った方が良いわね。お魚さんと一緒に、放り込まれたんだもの。

 もしあたしが捕食型の怪異だったなら、あるいは通行人みちゆくひとに直接取り憑く怪異だったなら、これで十分だったのかもしれないけど……私達メリーさんはそうじゃない。経験が無いから細かい条件はわからないけど、今は出来ない、ってことだけは、はっきりわかる。電話出来る環境じゃないから? そうかもしれない。でも、確かめられない。


 日がな一日、お魚さんと一緒に、通行人を眺めている。

 ううん、あたし達が眺められているのかもしれない。時折ときおり、立ち止まってこっちを観ている人が居るもの。それでたまに、お魚さんが減る。

 そう、減るの。最初から一緒だったお魚さん以外にも、似たような見た目のお魚さんがたくさん居て、その中から、誰かが居なくなる。

 多分、立ち止まった人に、選ばれてるのよね。こっちを指差して『こりどらす』がどうこう、なんて話をしてるんだもの。きっと、お魚さんのことだわ。『こりどらす』なんて不思議な名前だけど、他魚様のことは言えないわ。あたしだって、お名前は大切だもの。


 あたし、メリ二ちゃん。今、お魚さんと一緒に居るの。

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