第3話 あたし、メリーさん。え、あなたも!?

 あたしゃ、メリーさん。色んな経験をしてきた怪異かいいさ。

 ふっと思い出したことがあるから、あんたに話しておきたい。

 あれはそう、あたしがまだ娘っ子だった頃のことさ――


「「あたし、メリーさん」」

「「え、あなたも!?」」

 驚いたねぇ。こんなことがあるもんか、と。正しくってやつさ。方言? 知らないねぇ。何しろ、あたしゃメリーさん。どこにでも居て、どこにも居ない。そんな怪異だ。ま、それは置いといて。電話口で同じように驚いてる相手に、あたしはこう言った。

「じゃああたしはメリ、あなたはメリってことでどう?」

「なんであたしがなのよ! あんたがになりなさいよ!! っていうかそこで数えるってどうなのよ!?」

「ひとりなのに、かしましいね。でも、あたしは好きよ」

「あ、あら、ありがと……ってそうじゃなくて!」

「別に良いわよ。あたしがメリでも」

「えっ、いいの?」

「いいわよ。ただ、そうなると、あたし、嘘つきになっちゃうわ」

「どうして?」

「この間った男の子に、『あたし、メリーさん』って名乗っちゃったから」

「あ、もう、ったこと、あるんだ」

「あなたは、まだなの?」

「ええ、そう」

「あたしが、初めて?」

 返事は無かった。でも、頷いてるってのは、雰囲気でわかったよ。何しろお互い『メリーさん』だからねぇ。

「じゃあ、あたしが、色々教えてあげるわ」

「本当?」

「もちろん! あんパンも、くりぃむパンも、チョココロネだって!」

「何のことかはわからないけど、よろしくお願いするわ」

「うん、こちらこそよろしくね!」


 ま、そんなことは言ったけど、あたしだって大したことは知っちゃいなかった。何しろお互い、生まれてからさほど経っちゃいない、娘っ子だったんだ。たまたまあたしの方が先に『遭った』だけ。

 でも、あたしの小さな体験談を、あのは楽しそうに聴いてくれたし、あたしも話せて嬉しかった。怪異は語られることで存在するものだからね。自分の話を広めることには、快感が伴うのさ。あたしがと知ったのは後のことだったがね。

 何にせよ、一通り話し終えたら、あの娘は言った。

「それで、どうなったの?」

「ううん、それっきり」

「もう、逢わなかったんだ」

「うん」

「なんだかちょっと、切ないわね」

「そう?」

「だって、初めての相手、でしょう?」

「ええ」

「しかもそんなに付き合いの良い、優しい子だった」

「そうね」

「初めての取り憑き先ひととしては、最高じゃない」

「言われてみれば、そうね」

「もうっ、なんであたしが教えてるみたいになってるのよ!」

「アハハッ、面白いね」

「あんたもね!」

 瞬きくらいの時間を空けて、ふたりして、笑った。鈴のように、花のように。娘っ子ってのはそんなもんさ。

「はぁ~、あたしも、そんな良い取り憑き先ひとに逢えるかしら」

「遭えるわよ。だって、最初があたしだったんでしょう? もう運は向いてるじゃない」

「ふふっ、そうね、あんたにあやかって、良い取り憑き先ひとを探すわ」

「怪異だけに?」

「え?」

「怪異、つまりはあやかし、だから」

あやかって、って絶対違うでしょそれ!」

「そうかしら?」

「そうよ!」


 いつまででも、下らない話をしていられそうだった。何度も言うけど、娘っ子ってのはそういうもんさ。いいもんだよねぇ、若さってのは。でも、怪異同士で話していても、怪異としての力は強まらない。人の口の端に上らなくなれば、いつか、消えちまう。

「じゃあ、あたし、行くわね」

「ええ、行ってらっしゃい」

「あんたも行くのよ!」

「ふふっ、じゃあ、行ってきます」

「まったく、なんでこんなのがあたしより先に……」

「中パンのおかげ?」

「はいはい、中パンでも運命でもいいから、あたしも逢いたいわ、っと――それじゃ、またね、メリさん」

「あら、あたしがメリで、いいの?」

「だって、そんな素敵な出逢いを、嘘にしちゃいけないもの」

「ふふっ、ありがとう。メリちゃん」

「……やっぱり相当な違和感ね」

「じゃあ、やっぱり、メリちゃん?」

「ううん、いいの。あんたは、メリって呼んで」

「ええ。じゃあ、またね、メリちゃん」

「ええ、またいつか、メリ一さんおねえちゃん


 それからずっとメリさんなのか、って?

 ハッ、が下がるからずっとだよ。さっきも言ったがね、語られなきゃ、呆けるわ消えるわで大変なんだよ怪異こっちは。

 しかし、あれからずっと噂も聞かなかったけど、あんたのおかげでメリも、どこかで復活したかもしれないねぇ。

 おっと、忘れるところだった。


 あたしゃ、メリーさん。今、あんたの後ろに居るよ。チョココロネ、食べるかい?

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