第2話 中パン大好きメリーちゃん

 あたしゃ、メリーさん。長い長いときを過ごしてきた怪異かいいさ。

 そんなあたしにも、青春時代ってのはあるもんで。たまたま思い出したから、あんたに話しておこう。

 そう、あれはあたしが生まれて間もない頃だった――


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、館山駅に居るの」

「え、めりい……女里井めりいさん? あんた、掛け間違ってるぞ。交換手は何をやっとるんだ。……って、あれ? 切れた」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、中村屋に居るの。あんパンがとっても美味しいわ」

「おいおい、また掛け間違って……というかその報告は何なんだ。中パンが美味いのは常識だろう。いい加減正しい相手に掛けてくれ、な? ああ、また切れた」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、安房中前に居るの。くりぃむパンも美味しいのよ」

「なあ、いい加減にしてくれ。安房中がどうしたって……クリームパンはそうだな、あれはいいもんだ。あ、こんにゃろめまた切りやがった。次は知らねぇぞ」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリ「知らねぇっつったのになんでまた掛けてきやがる。どんな面の皮だよ。家族は居ねぇのか」

「居ないわ」

「なっ」

「家族なんて、あたしには、メリーさんには、居ないのよ」

「あっ……そ……それはその……悪かったよ。そんな、知らねぇとはいえ、俺……切れてやがる」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん、今、あなたの家の前に居るの。ぶどうパンも美味しいわよ」

「嗚呼、嗚呼、そうだな。中パンは神様だよ。それで、どうしたって、俺の家の前? どうしてまた、うちなんかに……また切れた、か」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、あなたの後ろに居るの。チョココロネって、最高ね」

「嗚呼、チョココロネも美味い。美味いよ。ってぇか後ろ? 後ろったっておめぇ居るわけねぇじゃ……あん? チョココロネがなんでこんなところに……あいつ、まさか本当に……」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、あなたの家の前に居るの。ビスケッタ―も大好きよ」

「お前、何勝手に来て勝手に帰ってんだ。ってかどういうことなんだよ、電話といい、あのチョココロネといい……はぁ、勝手に切れるのも慣れてきちまったぜ」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、安房中の前に居るの。チョコビスも素敵だわ」

「お前、わけわからねぇのはもう諦めたから、せめて人の居るところで過ごせ、な? 約束だぞ? わかってるんだかわかってねぇんだか」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、中村屋に居るの。宝石箱の中みたいで、わくわくしちゃう」

「そんだけ好いて貰えりゃ中村屋さんも本望だろうよ。どうやら帰って行ってるみてぇだが、安全にな」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、館山駅に居るの。ドーナツも幸せの味がするわ」

「ははっ、そりゃあそうだ。あんまいからなぁ。達者で暮らせよ、女里井めりいさん……」


ジリリリリリ ガチャ

「あたし、メリーさん。今、中村屋に居るの。買い占めちゃっても、いいのかしら」

「なんで戻ってんだよ! しんみりした気持ち返せよ! てか迷惑だから程々にしとけ!」


――それ以来、中パンで買うにしても、全部は買わないようにしてるのさ。偉いだろう?

 え? その時の少年? 知らないねぇ、中パン好きの同志だったってこと以外、なんにも知りやしない。でも、多分、幸せに生きたんじゃないのかねぇ、あんなに面倒見の良い子だったんだから。


 ところで、あたしゃメリーさん。今、あんたの後ろに居るのさ。そのチョココロネ、分けてくれないかい?

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