冷たくて愚か

@DojoKota

全編

 私は、ぼんやりと、よそ見をする。

「あれはなんだ」と内科医の男が叫ぶ。男は、どこか知らない河川敷を、散歩していて、私には、見覚えのない水流を、指差していた。「あれは赤血球じゃないか」男は、自ら叫び声として発した疑問文に、そう回答を与えた、が、その声も上ずって叫んでいて、なおかつ、疑問文だった。永遠に答えにたどり着けないのか、彼は。常に驚き続け、常に発見し続ける、研究肌な男だった。彼の指差す川面には、どんぶらこどんぶらこ、と、子供の使う浮き輪サイズの赤血球が、赤血球たちが、川一面を覆い隠し、流れていく。「もしや」と彼は呟く、考えを整理するような間がある。「俺は、近所の河川敷を散歩していたつもりだったが、いつの間にか、血管の隣を歩いていたのか」「けれど、だとすると、これは何物の血管なんだ。近所の川は、いつどこでこの血管と繋がっていたんだ。俺は今、どこにいるんだ」

「違うよ。夕日に、川面が照り映えているだけ」と私が呟くと、男は心落ち着いたように、元来た道を戻って行った。

 私は、授業中だったから、よそ見していた視線を、黒板へと向け直した。

「赤血球と熱血球児ってどこか似てるよね。どこが似てるんだろう。わからないや」

「けど、まあ、白いユニフォームに身を包んだ彼らは、どちらかというと、白血球みたいだね」

「でもでも、血小板と、決勝戦って、なんかいい感じだよね。やっぱり、甲子園の決勝戦なのかな」

 皿血では、更地というか、だだっ広い校庭では、部員数の多い野球部たちが、掛け声をあげて、訓練をしていた。

「勝つといいね。強くなるといいね。強いね。すごいね」言葉を吐き出すと、芒の穂みたいに揺れてしまう。

 私は無口に俯いている。

「春子どうしたの、俯いちゃって」

「なんでもないよ。夜眠れなくって。眠たいだけ」

 三人の女友達が川の字に横たわってくれて、その上に、私が卅の字になるように横たわった。眠たげな私のために、即席のベッドになってくれる女友達の肉体は、私に比べふくよかだった。

 福岡だった。

 私は、福岡にいた。

 ちがう、ちがう。ここは、福岡じゃない。

「勘違いするな、私。意識をしっかり保て、自分」

 川の字になった三人の女友達が、ごろごろと丸太のように、転がり始める。私は、その流れ始めた川の字の上で、私なりに絶妙なバランスをとって、なんとか、流されないように落ちこぼれないように、身をよじる。ウナギのように、川の流れに逆らって、泳ぎ続ける。

「こんなところに川が流れている」と私たち四人に寄り添うように、男の人が歩いていた。「川沿いの道を、気ままに散歩するのは、気持ちがいいなあ」

「私たち褒められてるね」

「褒められるって嬉しいね」

 川のせせらぎ。

 せせらぎには、心落ち着くけれど、せせら笑いには、心が傷ついてしまう。不思議だった。

 土手くん、という苗字の野球部員の男の子がいた。彼に、私たちの土手になってもらった。散歩男は、思い切り伸びをすると、土手くんの上に寝転がって、鼻歌を歌い始めた。

 夕暮れになった。

「それじゃあね」と三人の女友達は立ち上がって、川を解散した。

「川が立ち上がって、三つに別れて、それぞれが一人の女の子になった。しかも、しゃべっている」と散歩男は、びっくりしていた。「びっくりしたぁ」

 勘違いされて、過度の期待を抱かれるのが嫌だからだろう、

「私たちは、ウンディーネではありません」

 と、女友達の一人が、用意周到に、断りを入れた。

「ウンディーネを孕ませた。ウンディーネは言った。産んでいいね?俺は答えた。ダメだよ、俺たち、まだ学生だろ、そんな金なんかないし、大学だって卒業しなきゃ、親がなんていうか。というか、堕ろせよ。俺たちまだ若いんだし。それで、何もなかったことに。つーか、安全日って言ってたろ、俺知らねえよ、お前が悪いんだろ。嘘だろ。ああ、産みたいなら、勝手に産めよ。俺は知らないからな」と散歩男は言った。

「サイテー」と女友達の一人が言った。

「サイテー男の股裂いてー」と散歩男は言った。

「そういう暴力は良くないよ」と私は言った。

「土手くん、大丈夫だった?」

「たいしたことないよ」

 見知らぬ男に、ずっと押し倒されていた土手くんは、赤目で、少し涙ぐんでいた。

 充血し、そして、涙ぐむ眼球は、消防隊員たちが、猛火に散水する様に少し似ていた。相似形だ。

 すごく小さい、放火、そして、消火。

 目も赤くて、火も赤い。

 そんな土手くんの横で、安穏とunknownと知らん顔で寝そべっていたのが私だった。私は、少し恥ずかしくなった。今更のように彼のことを気遣いたくなった。恥ずかしくなると、取り戻したくなるんだ。奪われたわけでも、盗まれたわけでもないのに、取り戻したくなるから不思議だ。落し物を、遺失物保管室へ取りに行くような気持ちだった。

「ごめん。大丈夫?あの。よくわからないけれど。いやじゃなかった?」

「いやだったけど。たいしたことない」

 私と土手くんは、一緒に下校した。月光に照らされて、郭公の夜鳴き聴きながら、川沿いの道を二人で歩いた。

 私の足元を流れる川は、一見確かに、川だけれど、実は、かつて私たちがそうであったように、三人の女の子が、川の字になって擬態してて、私が踏みしめるこの道も、本当は一人の男の子なのかもしれない。

「騙されるな。見誤るな。考えるんだ」私は、自戒を込めて、つぶやいた。呟きが、風鈴になったかのように、夜風って、冷たいな、と思った。

 土手くんは王手をした、しかし、それは一手違いだった。土手くんは死んだ。ダンプカーがトランプになって、土手くんはババを引いた。テールランプが、尾を引いた。土手くんは死んだ。

 交通事故現場を交通事故現場として、川が流れていく、つつつー、と。いつだってそうだけれど、死ぬほどのことはない。内科医の男が川面を眺めている。終わってしまう、ということを考えることができない。考えるとカンガルーになれるなら、私は考えることを選ぶ。大根とレタスとが組体操をして白菜となった。私は、白菜の白くやや硬い芯の部分をかじかじとかじりながら、大根と白菜の違いに想いを馳せながら、夜を過ごす。鍋から湯気がもうもうと沸き上がり、副流煙がすごい。

「副流煙ってさ」警察手帳を見せてくれた男の人が呟く。

「はい」私は聞き手。私の利き手は聞き手。私は聞き手で箸を構え、器用に、男の言葉を掴まえた。掴まえては、耳に放り込んだ。実は私は両利き。左手でも箸を構え、道ゆく雑音を掴まえては、左耳に放り込む。聖徳太子は、もっと、私より、もっと、これが、もっと、すごかったのだろう。猟奇的両利き。道ゆく雑音がすごく、道ゆく。

「俺の話、聞いてるのか」男は怪訝げに私の挙動を見つめていた。

「はい」

「ならいいけど」

「はい」

「副流煙ってさ」

「はい」

「吹く、竜、炎だと思うんだよね」

「はい」

「君はどう思う」男はスパスパと紙タバコを吹かし、雪と喧嘩するみたいに、暖かい息をあたり一面に吐き散らしていた。

「私は…」私の意見を言わないといけませんか。はい、そうですか。「私は、悲しいです」私が、かつて考えたことを、他の誰かも考えついていた、なんだ、私の考えは、私だけの考えじゃなかったのか、家宅侵入された気分、私ってなんなんだろ、つまらん、つまらん、つまらん、と思っているうちに、降り積もる雪を眺めていると、寒いし、夜だし、眠たいし、で、苛立ちが潮引いて、悲しみが地肌を見せる。時間の経過とともに、無力感が彫琢されるということだろうか。いや、無力感など私にはない。考える私はカンガルーだからだ。

 考えるカンガルーは、考えるカレールーだった。そして、カーテンレールだ。

「悲しいか。そうだな」

 インスタント信頼。

 警察官の男の人は、仕方ないからなのか、優しいからなのか、取り残された私に、話しかけてくれる。お湯でもかけられたかのように、湯気が出る。湯気だと思ったら髭だった、毛毛とあたり一面、髭が、漂っている。私はそれを目で追う。

 飛蚊症。

 始末に負えない。

「中学生?高校生?」

「中学生です」

「ふーん、学校は楽しい?」

「一晩考えさせてもらってから、回答してもいいですか」

「いいよ、時間はいくらでもあるんだし。何しろ、君は中学生なんだし」

「はい、中学生です」

「若いねー。俺にも、君くらいの時があったのかなあ。思い出せない」

「思い出したいですか?」

「思い出したくないかな。思い出せないってことには、それなりの理由があるんだろう」

「なら、思い出すためのお手伝いをしてあげます」

「まあ、それはそれでいいだろう。どうぞよろしくお願いします」

 私は、ボランテイアを始めた。

 散歩男が私を嗅ぎつけたようで、くんくんと、すんすんと、小刻みに鼻から空気を吸引する音が、四方八方から聞こえ始めた。その四方八方さは、しんしんと降りしきる小雪のようだった。

 脱ぎ捨てた外套と似たり寄ったりな土手くんの遺体は、分厚い手で葬られ、墓までの道を私は歩いた。線香の煙のように、細く細く、まっすぐ続く道だった。

 私は、考え考え歩く。警察官からの問いかけに私なりの答えを出すためだ。けれど、私は今、学校から遠く離れて、夜道を歩いている。夜道を一人歩く私は、心理的にも物理的にも学校からは遠く離れており、私にとって学校が楽しいのか、楽しくないのか、実感を持って考えることができなかった。

 今の私は楽しい。夜道を歩くのは楽しい。

 キーホルダーになった気分だ。夜道にぶらぶら、私はぶら下がっている気がした。

 月に向かって話しかけている人がいた。月に恋人でもいるのだろうか。道の傍らに撫で心地の良いベンチがあり、私は、そのベンチの隙間を、髪を撫でる時のように、撫で、それから座った。何事にも、確認、というワンステップが必要な人もいて、よく道ゆく人々などを観察していると、私には、意味がわからない、種々様々な確認を、小首を傾げるように、さりげなく繰り広げていて、音のようで楽しい。何かと何かの接点を、心の中で見出しているのだろう彼らは。ミイデラゴミムシ。その、確認、という動作は、触手に似ている。

 月に向かって話しかけて続けている人を、ここは劇場で、彼は役者で、これは劇の始まりなのだ、と思って眺めた。昔話夜伽光のない舞台。脚本さえあれば、この世はもっと楽しくなるだろうに。男は、書き損じの原稿用紙のように何度も何度も何度か、くしゃくしゃになった。

 私は頬杖をついた。

 両腕で頬杖をつくその姿勢の安定性は、三脚に乗った一眼レフカメラのようなものだ。

 観客たちは演じる、透明人間を演じる。

 月に恋人でもいるのだろうか、と思った。だとしたら、これは恋愛劇だ。けれど、月と決闘しているのかもしれなかった。月が友達なのかもしれない。月は、

 月面には、万人の観客がおり、彼の一言一言に笑い涙しているのかもしれなかった。月面に暮らす人々は、低重力のため、地球に暮らす私などよりはるかに、視力と聴力がよく、月と地球の距離ですら、彼の言動が手に取るようにわかるのかもしれなかった。あの、月面のクレーターは、彼のためのアリーナで、彼の演劇を見守るために、苔や菌糸類のように、一面に、月の住人がすし詰めになっているのかもしれない。

すし詰め、

寿司爪。

私はfoot、ふっと、私の両手の指を見遣った。両足のつま先を見遣った、なら、より語感がぴったりなのだろうけれど、やはり、とっさに目視するとなると、手先だった。暗中とはいえ、思いの外、ピンク色で血色の良いそれは、ぴんとろのような色をしていた。血抜きされた魚と同じ色。酢飯の上にネタを乗せるにぎり寿司と、爪で覆われた指先とでは、形状が、まるで似ていた。幼馴染なのかと思った。私はそれぞれの五指に、車海老、アワビ、ウニ、たまご焼き、穴子、など寿司ネタを模したネイルアートを施したくなった。そして、寿司職人になりたい。月の役者はまだ何かを話している。

 私はまだ答えを出せなかった。

 警察官はとんだ難問を、気軽く私に投げかけたものだ、と思った。図書館に行って、解法を調べようにも、こんな夜更けじゃ、図書館は閉まっている。図書館のまぶたは閉まっている。

「お前は、私の傘だよ、と外気は言っている」月の役者は、ようやく日本語で聞き取り可能な台詞を言った。

 何かを叙述しているような、話し方だった。

 耕すみたいにスキップで跳ねた。

 演じる猿人はエンジェル。

 英語の木を喋れるようになりたかった。英語を喋れる木になりたかった。私は手足が短かった。樹木にしては、手足が短く、血色が良かった。血色が褐色だったなら、な。皺が和紙みたい。移動図書館が、ヤドカリみたいに、我が家へ押しかけてきたことを今でも覚えている。蟻たちの行列のように、本が、トコトコと、パラパラと、バラバラに、行進して、やってきていて、開けっ放しだった、なぜならば夏だから、我が家に侵入した。もともと我が家に棲息していた、数少ない書籍類は、叫び声をあげながら、移動図書館に追い出され、路上に点々と散らばる物語を、私は拾っては読み拾っては読んだ。

 祖父は胃瘻図書館だった。寝たきりで、本が読めなくなってからというもの、胃に穴を開け、図書館を流し込んだ。

 流しには私がいた。流しの前に、揺り椅子を置いて、本を読んでは、ちょくちょく手を洗った。本はべたべたになった。ページを潜水していく水を眺めていた。少しずつ少しずつ餅になっていく本は、私に知識欲から食欲へというグラデーションを与えた。欲望を色彩のように使い分けるすべを、その時私は見つけた。

 夜道には、いつまでも、ここにいてほしいためだろう、座り心地のよいベンチが、二脚あって、私はそのうちの一つに座り込んでいたはずなのに、スコップにすくい取られた土は、スコップに座り込む私みたいだ、地面はいつも寝そべっているけれど、掘り起こされた土は、体育座りで、座り込んでいるみたいだ、行儀よく、石はどれも正座みたい。私は、ベンチを笹舟のようにして、気がついたなら寝転がっていた。猫がっていた。いきがっていた。息がかかった。

 そのような姿勢で、月の役者の、演じる劇を、横目と耳で見ていた。

 私は引用註みたいで、その劇から、さまざまな記憶を引き出された。その劇は、空き巣のように、次から次と、箪笥を引き出し、中を不注意に漁った。

 預金通帳を手にした時のように、月の役者が歓声をあげた。両手を高々と掲げた。

「まだ、こんなところにいたのか」

「はい」

「寒くない?」

「そんなに」

「家まで送っていこうか」

「待ってるんです」

「誰を?」

「時間とか、太陽とか」

 警察官の男の人が、見とがめたように、私に話しかけてきた。テレビの中から。カラーテレビが置かれていた。

「今日は、俺、夜勤じゃないんだよ」

 カラーテレビの中で、警察官の男の人が、お酒らしきものを飲んでいた。

 塩が似合った。

「今日も、何事もなく、まあ、男の子が一人亡くなったとはいえ、何事もなく、仕事が終わったなあ、と思って、パチンコに行くでもなく、アパートへ直帰した。缶ビールのプルタブを引き開け、擦り切れた畳の上に腰を下ろし、テレビのスイッチを捻ったら、深夜番組なのに、君がいた。どういうこと?」警察官は、割合フランクに、割り切ったような口調で、時折、ゲップの発生源となりうる、炭酸アルコール飲料を飲み込みながら、言った。「どうでもいいけどさ、こんな夜更けに、なにしてるのよ。さっさと帰れ帰れ。あー、野球が見たい」

 えへへ、と私は笑うことにした。

「笑うところじゃない」

「見てください」と言って、月の役者を指差した。

「見ましたよ」と警察官は、胡乱げに言った。

「今夜は、夜道で、見知らぬ男の、劇を見ています」

「文化的だな」

「一緒に見ましょう」と言って、私は、カメラを月の役者に向けた。

「一緒に飲みましょう」と、辟易したように警察官は呟き、ビールを、一ミリほど飲んだ。

 私の背景に隠れていた、公園の、水飲み場から、闇夜だからよく見えないけれど、金色のアルコール飲料が、噴き出した。夜道を所々照らす、街灯が、物欲しそうに、その様を眺めていた。あの匂いに、私はふらふらとした。

「チャンネルは、そのままで」私は、一度、言ってみたかった。

「この頃流行ってるんだ」警察官が、世間話に教えてくれた。「狂言師誘拐。気をつけろよ」

 私は星座を眺めていた。星星星星。点点点点。天天天天。天井の染みは、天井の井の中にある、「、」のことだ。つまり、天丼。だから、染みのある天井は天丼。そんな出来すぎた、言葉の仕組みにも思いが流れるけれど、天には点点点点。ただ、それらを星と星、ただのランダムな点の分布、と捉えるならば、なんとも思わぬのに、点と点、線と線、一次元から二次元へと、図形として捉え始めると、私は星座に、ぶら下がりたくなる。

「なぜだろう」

「なぜだろうな」

 点ならば、掴みたくなる、指差したくなる。線ならばなぞりたくなる。線と線の組み合わせなら、ハンガーのように、ぶら下がりたくなる。ハンガーそのものが、針金という線で巧みに構成されているからか。夏の大三角形も冬の大三角形も、夏の大ハンガー、冬の大ハンガー、と私には思える。けれど、ハンガーとはカタカナだから、夏の大バーゲンセールや冬の大バーゲンセールと重なり合ってしまう。バーゲンセールを無事好評のうちに終了した衣類小売店は、後に残るは、衣類を剥ぎ取られた、ハンガーとマネキンばかり。

「マネキンは、マネー金玉」と、散歩男なら呟きそうだ。たくさんある言葉の中で、好きな単語にしか反応しない男の言葉。

 落ち葉の準備はいいですか、というように、青すぎる樹木に、話しかけたかった。話しかけるために、裸足で駆け寄ったならば。

「アルコール飲料を飲みすぎたのか、尿意を催したのか、俺は、急ににゅっとテレビの画面から這い出すと、扉をがちゃんと締めもせず、扉をちゃんと締めないことは罪ではなく、ただの不注意だ、まあ、いいじゃないか、スタスタと、お前の背後に広がる公園の、しかし、公園はお前の広背筋ではない、公衆トイレへと、歩み寄った。放尿すると全てがアルコールくさい。長生きしたいならば酒を絶った方が良いのだろうか。たった今酒を絶った、と思ったら、なんだこの公園、水飲み場から、ビールが溢れ出てるじゃねえか。こりゃたまらん、とぐびぐび飲んでいたら、またトイレへ行きたくなった、公衆トイレへ歩み寄り、酒を絶ち、しかし、ふと見ると、水飲み場ではまだビールが溢れ出ているじゃないか、また水飲み場で酒を飲み、うへえ、とトイレへ歩み寄り、酒を絶ち、しかし、水飲み場では、まだ」ループに入った、警察官を眺め、私は夜を過ごす。

「困ったな」と警察官はつぶやいた。

 吐くまで終わらないな、と私は思った。

「ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ」と川には小川が流れていて、警察官の往来により踏まれるたびに、音がなった。

 警察官はフラフープになりかけていた。

 テールランプになりかけていた。テールランプは、天ぷらに少し似ている。

 私が、パトカーの上で海老反りになっていたら、と思った。

「踏むなあ」と、警察官に踏みつけにされながら「ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ」とつぶやいていた小川が言った。

「秋子の声だ」

「春子の声だ」と、小川から返事があった。川から谺が返ってきたのは生まれて初めてだ、と思ったけれど、その声は私の女友達の秋子のものだ。聞き飽きるくらい、学生生活を通じて聞かされてきた声で、その声で「さらさら、さらさら」と小川がせせらいでいた。「こんな真夜中に奇遇だね」

「うん」

 私には特に、話すべきことがない。

「あ、そうそう。土手くん死んだんだ」思い出したように私は言った。

「本人の口から聞きたかったな」

「本人?」

「もう死んでいると申し出る、土手くん」

「たしかに、説得力があるね。本人の口から聞かされたなら」私は同意をした。

「ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ、だから、何度も言うけれど、踏まないでください、ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ」警察官は、もう、ゾンビのように行ったり来たりを繰り返していた。

 私の手には、一本のストローが握られていた。「いいことをしてあげるね」「いいこと?」「うん」私は、嬉しかった。私は、小川になった秋子にストローを差し込んだ。私は、小川になった秋子をちゅうちゅうとストローで吸い込んだ。それなりの吸引力が、私のほお肉の活躍で実現した。ストローは透明な材質だった。吸い込まれていく秋子に、ストロー越しに目が合った。ストローの中の秋子と、キスする寸前で、吸引を止めた。その全身がすっぽりと、つむじからつま先まで、ぴったりと、ストローに収まりきった、秋子だった。襟の高すぎるコートで、すっぽりと身を覆っているみたいだった。着ていたスカートやブラウスの裾が、そそくさと、めくれ上がっている。波紋のように広がりかけた状態で、静止した、衣類の皺、彼女の皺。ストローには、キャラメルみたいな、キラキラした装飾が施されていた。万華鏡みたいだった。お酒を飲みすぎたからなのか、全身の毛穴という毛穴から、黄金の液体をオブジェのように、噴き出し始めた警察官は、夜光虫のように輝いていたけれど、そういうの私は知らないから、脇へ置いた。息を止めながら、秋子を眺めていた。

「初体験」と秋子がつぶやいた。

「そっか」とストローの吸引口を指で押さえて、水圧で、秋子がずり落ちないようにしながら、私は気の無い返事をした。気の無い返事が嫌だというなら、植林でもしてみたらいいのだ。私は私の体表面に植林されたことはない。

「あのさ、あのさ」ストローのが秋子の発声で、震える。地震に見舞われた、化学実験室で、ぷるぷると震える試験管のようだ。試験官は、試験管みたいなコンタクトをはめ、受験生を、眺めていた。「このまま、春子が私のこと、ぷうううう、って吹いたなら、私シャボン玉みたいにならないかな」

「なせばなる」

「ウォータースライダー」と叫びながら、秋子はシャボン玉になった。

 表面活性剤。

 転落する王国。

 ぴかぴか、と、半ば虹色に、映り込む、自身の顔が面白いのか、月の役者は、しげしげと秋子の表面を眺めていた。そして、跳躍していた。私は、そんな月の役者のジェスチャアが、面白言っちゃあ面白くて、月の役者と横並びして、秋子の表面を眺めやった。なんだか、その様はプリクラ撮影のようだ。垂れ幕の中、二人並んで撮影に臨む、友達同士のようだ。シャボン玉が、パチンと割れた瞬間、私と月の役者の横並びの写真シールが、目の前をひらひらと落下していそうだ。

「妊婦さんみたいでしょ」と秋子が見当違いなことを言った。

 月の役者は演じ続けていた。驚き。驚き。驚き。悲しみ。苦しみ。驚き。笑い。失笑。苦笑。捨て鉢。憐れみ。と演じ続けていた。私の心拍数は、指揮棒のように、上下、左右に、揺れ惑った。月の役者は、まんざらでもなさそうに、眼球の底の方で、私を見つめていた。いつか、月の役者が、他の役者と出会えれば良いのに、と思う。

 吐ききった警察官は、少し元気になったようだ。

 けれど、いくら絞りに絞っても、雑巾は汚ない。

 夜道の中で編み込まれたような公園で、ぼんやりと、していても、時は過ぎていく。砂つぶを数える、という単調な作業でも、時が流れていくのが不思議だった。

「秋子」

「なに」

「私は、秋子のこと嫌いじゃないよ」

 手品師の掌に包み込まれたかのように、あるいは、碁盤に初手で、いきなり、天元打ちされた碁石のように、私は、教室の、中学の、三十人教室の、私自身の席の真ん中にいた。ぽつん、と。それからしばらくして、がらら、と引き戸が開いて、三々のあたりに、夏子が現れた。「よ」

「よ」

「今の、よ、は、おはよ、の、よ」

「今の世はおはよの世」

「うん」

「おはよ、と挨拶を交わさないと、打ち首にされてしまう」

「そうなの」と夏子は驚いていた。

 がらら、がらら、がらら、と流星群のようだった、男たち女たち男たちが、教室へ集まってくる。

 担任教師の生首が喋った。「土手くんが死にました」

 担任教師は、「花瓶」とあだ名されていた。担任教師は、いつも、花瓶みたいに、薔薇を咥えていたからだ。いつも煙草を加えている同級生は、「灰皿」と渾名されていた。茶筅みたいな髪型のものは「茶筅」と呼ばれ、剣山みたいな歯のものは「剣山」と呼ばれた。私の、呼び名は。

「春子・春子・春子」

 立て続けに、名を呼ばれた。

「おはよう、おはよ、おは」

「うん」

 成長期なんだ、と思った。だから、いつも元気なんだ。

「土手くんが死にました。みんなは長生きしよう」が、ホームルームの結論だった。

 新聞部の部員が突如現れた。

「昨日、土手の死に立ち会ったんだって?それ、ぜひ記事にしたいんだよ。話せよ。学校新聞に載せるんだ。取材費も出すからさ」

 しんぶんし。死が二つもある。しんだだんし、しが二つもある。新聞紙、分身部。新聞部が、分身を始めた。細胞分裂のように、増える様は、迫ってくるものがあった。

 私たちは、いつも元気だった。

「起立、立ちション、着席」

 教室は、理科室でもないのに、アンモニア臭かった。

 全身ダンゴムシに覆われているのかと思ったら、それは全身ペンチでつままれたたためにできた、内出血、血豆だった。そのような状態の人間を、教室の中で、私は眺めている。いい眺めとは言えない。

「いい眺めだ」

「いい眺めだ」

「いい眺めだ」

 と三人ほどがつぶやいた。

 クラスメイトの彼女は、どちらかと言えば、厚化粧だった。具体的には、マントヒヒくらい厚化粧だった。しかし、マントヒヒなのかもしれなかった。私には、よくわからなかった。

 苔が空を飛んでいる、と思ったら、鶯だった、というくらい驚きに満ちた授業が、私の五感の前で展開された。音や光や圧や味や匂いに驚かされた。それら諸々の発生源が教師だった。奇妙だった。

「土手くんが死にました。真っ二つになって死にました。ま、ふつうは死ぬよな、というくらい真っ二つでした。まぶたまで、縦に、膝まで真っ二つでした。片手の指が十本になるくらい真っ二つでした。スライサーにかけられた、スライスのようでもありました。カレーライスのようでもありました。つぶつぶと泡立っている側面もありました。その面積は、拡大の一途を辿りました。しかし、今はもう、清掃されています。例えば、和紙の上で死んだのなら、その痕跡を、魚拓のように、後世に残せるだろうに、と思いました。思った後で後悔しました。私の目がもし、和紙で出来ていたなら、飛蚊症のように、終生、修正できない残像が、私の目に染み付くからです。死滅してしまいます。それからというもの、土手くんはいません。土手くんの買っていた、土手二号、と名付けられた柴犬ならいます。あと十年ほどは生きるのだと思われます。我々の取材力を持ってしても、そのくらいの未来予測が限界です。十年たっても、土手くんは死んだままでしょう。死んだまま、わがまま。私の掌の上には、土手くんはいません。先日、近所のスーパーのおもちゃコーナーとアーケードゲームコーナーに挟まれた位置に、集住するガチャガチャを回したところ、出てきたカプセルの中にも、土手くんはいませんでした。生前はよく、そのような場所に身を潜め、私たちの感興を買ったものです。お手玉のつもりで投げた土手くんがホームランになった時の快感。新幹線の先端で、十字架にかけられた土手くん。私の体を、よく撫で回していた、土手くん。しかしながら、その土手くんの手が、こちらです。私が現場から採集したものです。手前持ちいだしたるは、四六の土手くんの手です。片方の手は、親指が欠損しており、もう一方の手は、親指がプラナリア見たく分裂しています。深爪より悲惨な、幹竹割です。割り箸状です。最終的にはこの手は干からびて、願い事を三つくらい叶えてくれるようになるでしょう。こちらが、土手くんのお墓の写真です。捗々しいですね。脛をぶつけると痛そうな固そうな暮石です。親戚です。土手くんの親戚が、墓を中心にマイムマイムを踊っている写真です。タイムマシーンと、マイムマイムは違います。時は戻りません。」

「春子」

「なに」

「春子・春子・春子」

「なに」

「読んだよ、学校新聞」

「そっかー。笑ったらいいのかな」と、褒められた気分で、顔の半分だけ、脂下がる準備をした。

「すごいすごい・えらいえらい」と冬子と夏子が、私を挟み込むように、私を褒めてくれた。

「全然、すごくない・あんなのダメだ・ダメダメだ・ダメダメダメだ・ちくしょうめ」と何人かのクラスメイトが、私のこと、けなしている。

「すごく好評だったよ。ありがとう。また、書いて欲しい。『土手くんが死にました2』『土手くんが死にました3』『4』『5』『6』『・・・』と書き継いで行こう。これはすごいぞ。人気連載記事だ。十年書き継いだら、土手くん、学校の怪談になれるぞ」新聞部の人はとても喜んでくれていた。私は目の前の人が、喜んでくれることが好きだ。

 お昼ご飯の時間になった。

 私は、私の語り下ろした新聞記事に、誇りを持っている。誤字の、ないところとか。忍者のように、シャボン玉から戻ってきた秋子が、私の手を掴まえた。掴まえたまま、私を引っ張ろうと頑張ろうとした。走り出した。私も、走り出した。「ガタンガタンガチャン」などと楽しげに叫びながら、冬子も、私の手を掴んだ。夏子も、手持ち無沙汰に腕組みをしながら、私たちの後を追った。どこで、食べようかなー、わからなかった。四人は仲良し。だから、重箱のような、というより、小型の重箱に入った四人前の、ピクニックにでもきたみたいな、毎日が運動会、四人が四人揃って食べるための重箱弁当箱を、秋子が小脇に抱えながら、走った。冬子の肩には、一リットル水筒に入った、豚汁が、ぽちゃんぽちゃんと揺れていた。「あははは」と笑い声を立てると、笑い声の隙間から、風が喉の奥へと入り込んだ。そのくらい、風を感じるくらいの速さで走った。どの教室も騒がしくて、屋上は立ち入り禁止で、運動場も、体育館も、人がいて、体育館倉庫の裏側は、ものさびしくて、シェイクスピアの河合祥一朗訳の『リア王』を読んでいる人が一人いたくらいなもので、だから、そこに、夏子が脇挟んでいた茣蓙を広げた。

 私たちは、ストンと座った。

「お、こんなところにいたのか。お、うまそうだな。俺はしけてるから、カップラーメンだ。混ぜてくれよ。一人で食うのは寂しいからな」と、フェンスをよじ登って、警察官が着座した。

 秋子が少しだけ怒っている。昨日、散々踏まれたからだろう。思い返せば、警察官、謝っていない。

「いただきます」

「イタタ、叩きます、だと、因果関係が逆だよね」という話題で盛り上がりながら、卵焼きを四膳の箸がついばんだ。「居た、叩きます、なら、search&destroyでいいんじゃないかな」

「search安堵でstrawか」警察官が、中学生女子の話題に、無理やり付いて行こうする。それに、私は、つい抵抗する。一対一で話した昨日は、私は彼に懐くほど、彼が自然だったけれど、こうして夏子秋子冬子の前で話すと、彼の話題と、私の話題をすり合わせるのが、なんだか恥ずかしかった。秋子は、始終、警察官を睨んでいるし。

「板橋を、叩きます、は」

「石橋を、叩いて渡る、みたいな」

「うん、うん」

「痛く、叩きます」

「やめて。やめて」

「板前を、叩き切ります、は、立場が逆だ」

「こう、金目鯛が包丁握って、フランス革命の第三身分みたいなね」

「頂、増す、で、造山運動、みたいな」

「そっか、そっか」

「カップラーメンの残り汁と豚汁交換しないか」

 私は別に、警察官のこと嫌いじゃないから、彼のこと、配慮してあげた。

「i tada kimašu、クロアチア語で、そしてうなずく、だって」電子辞書をぽちぽちして居た、夏子が顔を上げる。

「うん」そして冬子がうなずく。

「さびしくなるね」

 天国なんてない。それは、年末なのに、郵便局は休みで、郵便ポストもない、みたいなものだ。

「居た、抱きます」

「イタタ、抱きます」

「居た、焚きます」

「イタタ、抱きます」

「居た、滝来ます」

「イタタ、滝聞きます」

「言っときます」

「一時、聞きます」

「一時、来ます」

「居た、叩きます」

「いささか気まずい」

「いろいろありますね」

「いろいろだね」いろいろ異論。ごろんと昼寝。雲というのは、いつもムーンウォークしているみたいだ。手品師が笑う。八重歯が抜ける。

「ごちそうさま」

「お地蔵様」

 弁当箱は余らなくて、空っぽになる。消化液がとろとろと染み出す、音に、耳をすませる。何も聞こえない。それでも、耳をすませる。横たわった私たちは、それぞれに聴診器を両耳に突っ込み、隣に寝転ぶ、私なら秋子、秋子なら夏子、夏子なら冬子、冬子なら私と、自分とは違う女の子の心臓の脈動をそれで聞く。私たちの秘密の一つとして、私たちの心臓の音は、太鼓のようなドンドンという音じゃない。不可解なほどに違う。私の音は、小さな音を立てる。ヴァイオリンのような小さな音を立てる。秋子の音は少し野太くてヴィオラのような音を立てる。夏子もヴァイオリン。冬子は、深みのあるチェロ。四人の心臓を、同時に聞くなんて芸当、どうすれば可能かわからないけれど、私たちは、だいたいいつも、四重奏を、不随意的に奏でている。他の人はどうなのだろう。他の人の心臓の音、あんまり、聞いたことがない。

 試しに、リストをカットして見なよ、その音は、素人の弾くヴァイオリン。

 音を聞いていると、歌いたくなるものだ。

 あるいは、眠たくなるものだ。

 眠りながら歌いたいから、人は鼾をかくのかもしれない。いまは、そんなに眠たくはない。

 歌詞など、そうそう思いつくものでもないけれど。あるいは、恥ずかしくて、ごにょごにょしてしまうけれど。

 私が秋子、秋子が夏子、夏子が冬子、冬子が私、とそれぞれの音に合わせて、ハミングするものだから、さらに音が輪唱のように重複、重層化する。警察官は、蚊帳の外の蚊のような鼻歌を歌っている。

「気をつけんだ。狂言師誘拐に、気をつけろよ」

「うん」

「こないだの日曜日ね。県北に、苺狩りに行って来たんだ。ビニールハウスの中で、一人黙々と母を食べた。苺は食べごろに実ってた。母は真っ赤だった。青いのは少なくて、触ったら、その圧力でへちゃけてしまうようなのばかりだった。むやみにツンツンしてると係員に怒られるんだ。食べるなら食べる。つんつんしない。母を食べてると、口の周り、果汁で真っ赤になっちゃう。水気たっぷりで、柔らかくて。甘すぎず、ちょっと酸っぱく。摘んで食べる摘んで食べる、じゃなくて、摘んで摘んで摘んで摘んだのを籠の中に積んで、それから、いそいそと、食べる食べる食べる食べる、が、充実感があった。バイアスロン競技みたいで。わざとどんな味なのかなって、青い苺もかじって見た。やはり、赤い母の方が美味しかった。なんてね。ビニールハウスの中で、一人もぐもぐと母を食べていると、へただけになった母を指先で摘んでいると、私を苺狩りに連れて来てくれた母も、輸血の代わりみたいに、赤いイチゴを頬張っていた」と夏子が最新の思い出話、を披露したものだから、お食事会は、雑談会の様相を呈した。

 かといって、そうやすやすと口当たりの良い雑談があるわけでもない。

 人によってはさ。今日はずっと黙っていたよ。今日はずっと、人の話に、うなずいていたよ、みたいな、こともよくあって、私など、そうかもしれない。

「うん」

 いや、そうじゃないかもしれない。よくわからない。

「だから、今は母、半分苺なんだ」

「じゃあ、夏子は」

「うん」

「半分母なのか」

「うん」

「一足先に、大人になった。夏子は成長が早い。夏草のようだ。大人びている。髪の毛も長いし。髪なびいてる。夏子、半分、母になった感じってどんな感じ」

「分母って感じ」

 お昼休憩は、緩慢に長く、野球部員たちが、サッカーをしている。

 ラーメンの残り汁を飲み干した私は、少しだけ、気分が悪い。

 こんな日もあるのだろう。自分の中のバランスが取りにくい。

 私たちのかかりつけの内科医は、私たちの秘密に気づいていて、でも、まあ、今の所、誰かにバラしているそぶりはない。心臓が死にそうな時、心不全と言うけれど、そう言うわけでもないからだ。ただ、弦楽器なだけだ。元気だった。

 冬子は、私の耳たぶを摘んで遊んでいた。

「うに」

「うな」

「私の手がどこまでも伸びるようなら、星を掴めるのに」

 授業が始まった。

 授業が終わると、明日になっていた。

「いいじゃないか。糸電話でいいじゃないか」

「違うの。そうじゃないの。スマフォがいいの。アイフォーンじゃなきゃダメ」

「糸電話の方が、リアルな音声だぞ。軽いし。お茶を飲むときにも使える」

「だから」

 という諍いを聞きながら、私はしゃこしゃこと歯を磨く。

「朝だな」と授業を終えたばかりの担任の先生が言った。

 教室で、朝シャン始めた同級生の男子の周りから湯気が立ち始めた。

「毎朝毎朝、同じ話ばかり。あなたたちいい加減、結論出したら。矢文でいいじゃない」

「やだやだやだ、アイフォーンじゃないなら、貿易船買って」

「矢だ矢だ矢だ、弓矢だ?そうよね、矢文よね」

 朝になると、いつだって騒々しい。

「夏子、さびしい」私は、夏子と手を繋いだ。夏子は、エプロンの中に私を潜り込ませてくれ、そのまま、目玉焼きとウィンナーを三つ焼いてくれた。けれど、フランスパンをフライパンと思い込んで挙動するその様は、少しだけ、おかしかった。福袋みたいに、同じエプロンの中、私と夏子は、隣り合って包まれていた。「夏子、今更だけどさ、お母さんは食べない方がいいよ」

「後の祭り」

「後夜祭」

「春子だってさ」拗ねたように夏子が言う。言うけど、着々と、目玉焼きと焼きウィンナーをお皿に盛り付けてくれる。それから、フライパンを切り分ける。「乳搾りで、父縛ってたくせに。父の乳、縛って絞ってたくせに。その上、父の父の乳、縛って絞ってたくせに」

「あ、あれは」私たちに反抗期なんてない。あるのは、半狂気だろう。「だって、縛ったって、死なないし」

 朝だから、目覚まし時計が、鳴った。いけない、学校に行かなくちゃ。登校途中の風景は、民放の、朝のニュース番組だった。走れば走るほど間延びする画面が、猫の鳴き声が。顔を洗って、化粧をした。起床して、まず何よりも第一にすることは化粧だ。私は私に私を明記する。私は私に私をメイクする。顔面は縁取られる。私に私が私を明記された私は、春子って感じだった。鏡を見た。鏡だと思って見つめた、冬子の顔面に、おでこがぶつかる。なんだ、鏡だと思っていたけれど、冬子だったのか、と思ったその直後三面鏡。冬子、夏子、秋子。それ、にらめっこバトルロワイアル。私は私に私を銘記する。

「じゃじゃーん。お前が欲しい欲しい言ってたからさ、買って来たんだ。ほら、壊さず使えよ。あと、いくら楽しくても、夜更けまでいじってるんじゃないぞ。ほら、糸電話」

「パパ、これ糸電話じゃないよ。糸蚯蚓だよ」

「いいじゃないか。糸蚯蚓をこう、耳の穴に入れると、気持ちいいんだ」

「よく見ると、パパの穴という穴から、糸蚯蚓が顔を覗かしてる」

「違うよ、よく見てごらん。パパの輪郭線そのものが、糸蚯蚓だろう」

「わあ」

「そして、矢文で射抜かれたママが死んでいる」

「わあ」

 私は、教室のドアを、がららと開けると、学校へ向かって、ゆっくり走り出す。ゆっくり走らないと、すぐ疲れちゃうからだ。通学路の風景は、やはり、民放のテレビニュースの笑い声。猫の声。ねえ、愛してる?ああ、忘れて来た、学生鞄と学生服と教科書と革靴が、形状記憶合金のように、従順の飼い犬の精神を宿したままの飼い主に生皮剥がれて鞣されて出来上がったゴールデンレトリバー由来の皮衣のように出来レースみたいに、学生鞄、学生服、教科書、革靴が私を追いかけ、追いついて、魔法少女か、変形合体ロボットのように、私に、空中分解を起こす、私に装着される。ねえ、愛してる?私は走った。化粧して真っ裸で走っていたなんて、なんて竜頭蛇尾、なんて羊頭狗肉、魑魅魍魎で百鬼夜行もいいところだ、今は夜ではないけれど。恥ずかしさの中、私は走る。

 そんな風にして、中学校にありとあらゆるものを残して、走り出したから、私はさびしい。

 それでも私は起き上がろうとして、疲れ目を目力に変えようとして。

 私の手のひらを小さな女の子か、あるいは野良猫が駆け抜けようとして、マチ針で仮留めされたみたいに、未就学女児と首輪をつけない野良猫は、繋がっているけれど、私がウエイトレスだった頃、手のひらに乗せて持ち運ぶお盆とは、スクランブル交差点に似ているな、としばし思っていた。お盆の上を、とことことメロンソーダやらビーフステーキやらが、行き交う。私はただ、それが傾かないで平行に交わるように、お盆を水平に保持するだけだった。客席の前でぺこり。

 小学校へ行こうか、それとも高校へ行こうか、あるいは大学、幼稚園、はたまた中学校へ出戻ろうか、と走りながら考えるのは、難題だった。さびしさは私の中で半分に割れた。半分に割れたさびしさとさびしさを接着するのは、美学に過ぎなかった。意図的な誇り、勲章だった。

 裏門表門西門東門とそれぞれに分かれて走り出した、私、夏子、秋子、冬子、だったから、だから、ばらばらに一人一人が迷子になりそうだった。

 背後から、中学校校舎が、影のように伸びて来た。その突端は長い長い廊下でできていて、その廊下に追いつかれたら、私、怒られてしまう。私を追いかけるように成長する廊下の先頭には、教頭ではなく、生活指導員の先生が、腕組みをして立っている。私が成長する廊下に飲み込まれたが最後、一歩でも慣性の法則に従って走り続けようとしたものなら、「廊下は走るな」と怒られ、難詰され、抑留されるに違いない。不吉な前兆のように、私に先立ち、廊下に飲み込まれていった自動車、バイク、自転車とその運転者は、「廊下で、自動車、バイク、自転車を走行するな」と怒られ、免許を剥奪され、晒し者のように全校生徒の前で小突き回されていた。私は走り続けるしかなかった。私は走り続ける鹿、嘶かなかった。否、泣かなかった。かわいそうだった。廊下に絡め取られた彼らが少しかわいそうだった。電信柱が何本も学校の廊下へと飲み込まれていった。宇宙創生実験を行っていた理科室がビッグバンを起こし、無限に拡大を始めた、というのなら、わかるけれど、そんな廊下ばかり、どこまでもどこまでも、謎の推進力で、伸びて来なくても、と思った。

 しかし、私の目の前に壁が迫って来た。それは、学校とは別の原理で、膨張拡大を遂げる、町立病院だった。無数の鳥のフンを重ね塗りしたごとく真っ白な外壁の一部が、カタンと押し開かれた。看護師らしき女性が、扉の内部から、私を手招く。「早くこちらへ」病院の白さを野球ホームベースの白さと重ね合わせて、私は滑り込むように駆け出したけれど、ふうわりとスカートがめくれ上がった。垂直落下するジェットコースターの中、まぶたがめくれるよりましだった。私の入室と同時に、だから、私の影は切り取られた、私の背後でカタンと扉は閉められた。膨張する病院外壁と、生え伸びる学校廊下が激突し、無数の結晶を飛び散らせる音、というか、振動が、背後でした。影の切り取られた私は、尾の折れ曲がった猫のようだ。

「助かりました」

「助けました、看護師ですから」と着古した看護服と着古した看護帽を身につけた着古した看護師が言った。

「ここは安全ですか」

「ここは安静です」

「安全と安静は違いますよ」

「強いて言えば安心です」

「安心と安全も違いますよ」

「この世の中に安全な場所などないですから」

 それもそうだと思い、私は問いを引っ込めた。

 看護師は、夜勤明けなのか、眠たげに背伸びをすると、上半身が空に、下半身が海に、そのつなぎ目が水平線になった。背伸びを戻すと、元に戻った。夜勤明けの背伸びとは、それはそれで気持ちが良いのだろう。太平洋のど真ん中にぽつん、おへそがハワイ島かグアム島になるくらい、気持ちが良いのだろう。その島嶼を形作る火山が噴火したなら、看護師のおへそから、へそのゴマが無限に噴き出すのだろう。そんな風に死んで欲しくはなかった。死ぬのは怖いから、珈琲を飲みたかった。私は、空の青さや海の碧さに憧れて、看護師を真似て背伸びをしようとした。尾の折れた猫に似た私は、きっと背伸びも猫のように上手いだろう、それは食わず嫌いに似た経験値のない自信過剰だったけれど、でも、空にはなれなかったにしろ、トランポリンの上を飛び跳ねる新体操選手と、その選手を飛び跳ねさせるトランポリンとが、一心同体となって、しかも、最高の飛び跳ねを実行したときのようにはなれた。私の上半身は、空中で回転する新体操選手に、私の下半身は地上でたわむトランポリンとなった。私のおへそは、何にもならなかった。

「ここも安全とはいいかねます」

「なぜですか」

「知らないのですか。病院では、たくさんの人が死ぬのです」

 確かにそうだった。

「死体で編み物できるくらい死ぬんです」

「死体で編み物したんですか」

「私が、ではないですよ」

 病院には色々な患者さんがいた。押し花みたいな人もいれば活け花みたいな人もいた。そこは、どこか戦場とつながっているような感じがした。

「はい、はい、はい」と看護師が虚空に向かって応答していた。

 そして、しばらくの間、私は、看護師の「はい、はい、はい、はい」を聞きながら、そこら中にある植木鉢から伸びる緑が、はたして模造品か生の植物かを手触りで確かめて回った。何かの法則性があるだろうと思っていたけれど、まるでランダムで、全てを触り終えた後振り返ると、どれが模造品でどれが生の植物なのか、記憶が定かでなかった。ただ、布、プラスチック、むちむちした生の感触、が重ね合わせに私の指先に記憶として感じられた。指先の感触が、一枚の絵画のように、えらく瞬間的同時的だった。異なるものの重ね合わせは絵になるな、と思ったけれど、「はい、はい、はい、はい」看護師の応答は続いていた。その一つ一つの、「はい」が、異なる問いかけ、異なる確認事項への、異なる意味合いの「はい」であることが、不思議に思えるくらい、一定のリズムを刻んでいた。

「はい、はい、はい、それでは」と応答が終わってからも、私は余熱のようなものを感じ、看護師に話しかけられなかった。

「どうかしたのですか」

「長い長い話を聞いていました」

「はい、そうだろうと思ってました」植木鉢から伸びる緑色を触り過ぎた私の指は、緑色に去年の大掃除以来降り積もって来たのであろう埃でべたべたしており、それがやましいことのように感じられ、背中で手を結び、看護師を見つめていた。ふと観察すると看護師は私と似たり寄ったりな背丈で、その看護師はおそらく成人しているだろうけれど、成人する頃の私もおそらくそのくらいの背丈で、私の背は、もうあまり伸びないのだろうか、と思われた。似たり寄ったりな背丈の人たちが集まり、その集団の中に私も一人加わってしまうと、それは、例えば、春子、夏子、秋子、冬子、のような集団だけれども、まるで個というものが分解して、いや、融合して、一つのスライムのような実感が湧いてしまうから、モンゴロイド女性としての中央値目指して、背が伸びていくというのは、無数の春子たちの中へ、吸収合併されてしまうような、漠然とした不安を感じさせる。とはいえ、その不安は、独立変数のようなものだ。不安と平行に、数多の不安じゃない心が存在している。どちらかと言えば、不安じゃない心が一致協力してある一つの主体を形成し、一方客体となった余り物の不安を、虎のような目で眺め観察し形容しているというところだろう。なんだかそれは、孫を眺める老人のようだ。自分の心のごくごく一部を眺めるというのは、自分の心の中に遠近法を生むというようなもので、寝そべりながら映画でも眺める感覚に近かった。私は、不安だった。

 看護師と私は、向かい合って、立ち尽くして、会話を続けていた。私には私の気持ちがよくわかるけれど、看護師の気持ちはよくわからなかった。表情が笑っていた。

「今、診断を聞いていました。読経のような診断でした。しかし、それは裏を返せば、丁寧な診断でもあったわけです。千の可能性のある選択問題を、一つ一つ消去法で正解に至る、その過程を解説する予備校教師のような丁寧な診断でした。仕事熱心なんだなあ」

「そうですか」

「はい、まるでQueenのBohemian Rhapsodyのように重層的な構成の診断でした。この病院の全ての科の総合知といった具合でした、というより全ての科の先生が代わる代わるにそれぞれの判定を述べるものですから、やはり、QueenのBohemian Rhapsodyと例える他ないような音律でした」

「はい。私の知識では対応しきれない例えですが、だって、私まだ中学生ですから、でも、そういうことなのだな、と辞書を引いて、初めて知らない言葉の意味を読んだ時のような、、目に入ってくる辞書的定義には実感が持てず、右から入って左から抜けるような感覚で、でも、そういうことなのだな、と思う、そんな感じです」

「医師からの厳粛な診断を聞く時、人はだいたいそんな気分になるものです。多分、誰だってそうです。だから、そんな緊張しなくても大丈夫です。しゃっちょこばらないで。確かに言い得て妙ですが、医師とは辞書のようなものです。生き字引です。わからない言葉を定義的に教えてくれます」

「はい」

「診断結果を、一言でまとめますと、あなたの学校、癌なんです。残念ですが、症状はだいぶ進行しており、治癒は、難しいですね。十年後には確実に廃校でしょう。あなたが結婚し、子を成し、我が子を母校へ通わせることはまず不可能ですし、教師などになり母校に奉職することも不可能でしょう。教員実習を母校で行うこともまず不可能に近いです。せいぜいできることといえば、廃墟と化した母校で、肝試し、くらいなものです。二十年後のあなたにそのような稚気があればの話ですが」

「あの、私の卒業まで、えっとその」

「それは、なんともいえないです。廊下があんなに伸びるなんておかしいですよね。転移がどんどん進んでいるんです。癌細胞化したリノリウムの床が急速に増殖中です。そのうちプールも肥大化していくだろうし、教室も八百畳くらいになるでしょう。八百畳になった教室ってどんなだか想像できますか。後ろの席だと黒板が見えないんです。それに、冬、暖房が行き渡らず寒いです。プールは確実に足がつかないし、蛍光灯は取り替え不可能なくらい東京タワーです。いえ、つまり、蛍光灯の取り替え作業が、東京タワーの電飾取り替え作業に匹敵する、という意味です。用務員さん大変ですね。下手したら扉の取っ手さえ手が届かなくなるかもしれません。学校は、その規模に学生数が伴わなければ、過疎化して廃校です。まあ、この病院だって、十分に癌化してて、もうそろそろ、なのですが」

「事業整理ですか」

「そうそう」

 看護師は優しい目で笑った。

 私は中学校を卒業できなくなってしまった。卒業証書を入れる筒をポンポンならせなくなってしまった。あの筒で、能狂言のお囃子ごっこしたかったんだけどな。

「せめて、校庭の、桜、銀木犀などが、癌化すればよかったのに」あるいは、公園の滑り台。

私は私より幼い子供達が病院で暮らしていることを物珍しく眺めながら、とぼとぼと長い廊下を歩いた。窓の外はどこか別次元のように思える。

 たとえば、だけれど、全てが刃物でできているみたいな気がする。窓枠の向こう側にあるありとあらゆるものが、割れたガラスの破片ではないだろうか、と思われる。

 触ったら血が出そうだ。私の血が、割れたガラス片の輪郭をなぞりそうだ。

「春子、私だよ」

 私の背後で佇んでいた看護師が、私に呼びかけた。

「え」

「ほら」

 看護師は、着古した看護帽を脱ぐと、冬子だった。

「え」

「先回りして、待ってたんだ」

 よくわからないけれど、着古した看護服を脱ぎ捨てる冬子は、冬子だった。

 でも、予覚はしていた。友達とはあみだくじみたいなものだ。

「先ほどの診断に嘘はないです。だけど、私は冬子なんだ」と冬子が言った。

 せめてもの抗癌治療に、土木建設業者が奔走している。ショベルカーが、幾台も横並びして学校の廊下や病院の壁を打ち崩していく。けれど、それだけ使い物にならない資材が堆く積まれていく。白衣を着た医師が、人足たちを指揮している。燃やしてもいいですよ。埋めてもいいですよ。生活指導員の先生が分裂増殖を繰り返しながら抗議している。雪合戦のような気分で、私はその中に加わりたくもあった。

「歩こうか春子」

 私たちが片足立ちの時だけ世界は動き、私たちが両足立ちの時だけ世界は止まる、というよくわからない法則があった。だから、私たちは、好き勝手にどこの上でも歩くことができた。冬子はどことなく大人びていく。私と同い年なはずなのに、冬生まれだったよね、すごいな。私たちはショベルカーの首の部分を歩くこともできたし、崩壊しかけている学校や病院の屋根上や走行中の四トントラックに積まれた廃材や土砂の上も歩くことができた。水や生コンクリートの上を渡る時は、歩くのではなく、両足を揃えてぴょんぴょんと飛び跳ねる必要があった。葉っぱや花びらの上もそうだった。

「冬子、かなしいね」

「そうかな」

 否定された感情を右手でポケットに入れる、ことができたなら私は手品師になれるだろうな、と思う。ポケットに入れたはずの感情が今胸のこの辺にある。ポケットに入れてもポケットに入れても胸から飛び出す感情を照れ隠しでハンカチで拭う。そのような手品を観客はあまり喜ばないかもしれない。観客になったことないからわからない。映画なら話は別かもしれない。やっぱり、まだ、一年半しか通っていなくてたいした思い入れもない校舎とはいえ、壊されていく様は少しさびしいものだな、と思う。

 少林寺拳法。

 けど、壊されても壊されても校舎の増殖は止まらず、人足たちは次々と押しつぶされ、「これはまずいね」「逃げたほうがいいね」ということで、私と冬子は知らん顔をして歩み去った。背後で原子力爆弾みたいな爆発音が響いた。少しだけ規模の大きい放射線治療。

 脱いだばかりの冬子の看護服が、空中で、はたはたとはためく。

 私たちは、爆風で背中を押された。強く風を感じるのは気持ちが良い。癌治療には痛みが伴う、それは人間でも校舎でも同じこと。ボロボロに、ボロボロになる。何もかもあとかたがない。歯型の残ったバウムクーヘン。尊くない命だったのだろう。たくさんの人が死んでいる。転校先、探さないとな。

 とことこと歩く。

 とことこと、とことこと歩く、ここどこ。

 どこそこを歩く。どさくさと歩く。土足で歩く。

 とことこと、とことこと歩く、どこまでも歩くと、床屋まで歩くは、似て非なるもの。

 似て非なるものは、宝玉に似ている、私はそう思う。煮て火なるものには注意が必要。家庭科の授業で唐揚げを揚げる時。

 私は冬子と手を繋いで歩く。他にすることもなかったから。

「冬子、冬子」私は小学生だった。中学校が消滅してしまった以上、私たちにはもう、小学校へ進むか、高校へ進むかの二通りしか道はなかった。だから、私は小学生になった。ダンゴムシがまるまるような具合に、緊急避難先として、人生を後戻りした。一方、冬子は高校生だった。背伸びをした。アドヴェンチャー映画のように、階段の中ほどが崩れてしまった、上の階と下の階に私たちは分かれてしまった。冬子は、酸っぱい表情をしていた。高校数学についていけてなさそうな表情をしていた。私は鼻高々だった。算数の試験で三平方の定理を駆使して得点をあら稼ぐ小学生のような顔をしていた。私は優等生だった。冬子は劣等生だった。私は冬子の尻尾を掴んだ。「冬子、冬子」

 劣等生には尻尾が生える。

 優等生にはお耳が生える。

 私と冬子は三次元空間を過ごしているけれど、私と冬子の重ね合わせた手のひらと手のひらの隙間は、二次元の世界だった。手相がDNAのように、減数分裂して絡み合った。私の運命と冬子の運命を半分ずつ受け継いだ、二次元を生きる女の子が、二つの手のひらが生む摩擦熱で、誕生した。私たちはその誕生を祝うために、残った方の手のひら二人分で、シンバルを叩く猿のおもちゃのように拍手をした。手のひらと手のひらの隙間には私たち二人の子がいる。

 虹子、と名付けた。

 二次元を生きる虹子。

 私たちが、手のひらを離すと、虹子は、ひらひらと紙片のように風に煽られ、舞い上がった。真っ白な鶴は、どんな鷲よりも、和紙って感じがする。

 私たちの手のひらには、半分だけの手相が残されていた。

 私は結婚できません。

 爪の伸びる早さも、髪の伸びる早さも、同じならいいのにな、と思って、いつだったか、私、秋子、夏子、冬子で、それぞれに、切った爪、切りそろえた髪の毛を、ビニール袋に詰めて集めた。ビニール袋に集められた、爪、髪の毛を、理科室の天秤で比べっこした。当たり前のようにたいした違いはなく、用を終えた爪、毛髪は、近所の河川に撒いた。

 その近所の河川を、息を揃えて跨いだ。

 川を流れる爪、毛髪は、石油のようによく燃えた。川の流れに間切れているというのに、人体はよく燃えた。

 俺は、と、私は思ってみた。俺は、春子。

 しっくりとはこないな。

 理科室の天井に引っかき傷。誰かをいじめた痕。理科室に羽交い締めにされた後。

 私は冬子の瞳を見た。冬子の瞳には、私が映っている。私は、微笑んでいる。私のえくぼ。

 冬子の両目に私が映っている。

 冬子の両目に映る私は、少しかわいい。

 ふわふわと舞い落ちる、初雪の粉雪は、見開いた眼球で、キャッチしたいと思う。

 冬子の両目に映るには、冬子の両目の前にいないといけない。けれど、それはむつかしいことだった。

 僕は、と、私は思ってみた。僕は、冬子。

 冬子じゃない。僕は、冬子じゃない。

「冬子」

「何か適当な台詞を冬子は言った」たとえば、ほととぎす、カテゴリー表、紙細工、など。

「冬子の、尻尾かわいいね」

「冬子は怒りを表す台詞を言った、あるいは、身振りをした」たとえば、うるさい、ばか、このやろう、など。

「私は言葉に窮した。窮余の策として、窮余の策として、鏡の前で身動きを止めていると、時間が止まった気がするけれど、冬子の瞳に映る私の身動きが、いくらマネキンみたいに硬直したからといって、冬子は、ずっと、

「冬子は、ずっと、時計の針金の代役を仰せつかった兎小屋の番人みたいに、

「カチ、カチ、カチ、クチ、と口の中で、時計の声真似をしていた、

「けれど、私は、怒ってないよ、と冬子が言った」

 冬子が怒るのも仕方がないと思った。私の見ている前で、冬子の尻尾はどんどんどんどん伸びていった。

 気がついたら、私は秋子になっていて、冬子のことぎゅっと抱きしめていた。

 春子は、少し離れた電信柱の陰から、抱きしめている秋子と抱きしめられている冬子を眺めている。尻尾の長い冬子を、襟巻きにしたい、猟師みたいに。本当は知っているんだ、誰かへのプレゼントのために、冬子が、狐毛の尻尾をぐんぐん伸ばしていることを。冬は、間近だった。私は、頭の上に、冬子とお揃いで生えた、狐毛の耳をパタンと折りたたんで、赤くしもやけした生まれた時から生えている人間の耳を遮蔽した。

 気がついたら、私は夏子になっていて、夏子は、ひとりきりのリビングで、夏子はリビングデッドで、ぼんやりとテレビの前に座っている。誰かの部屋。夏子の部屋。テレビは座布団みたいな顔をしている。座ってくださいよ、という顔をしている。夏子は、器用なのか壊れているのか、テレビを聞き流しながら、本を読んでいる。文字は踊らないから、読みにくい。たとえば、25メートルプールを泳ぐ際、両手に、金魚すくいのぽいを握りしめてクロールしたならば、なおかつ、塩素を薄めた市民プール一面に、金魚が泳ぎ回っていたなら、一クロールごとに、ぽんぽん、ぽんぽんぽん、と金魚が掬われ跳ね飛ばされていって、しまうだろう、などという文章を読むとき、夏子は、文章がぷるぷる踊っていてくれたなら、今より少しわかりやすいのにな、と思う。私は夏子になったために、初めて夏子の気持ちがわかった。夏子は、本を読むことに飽きて、たまたま隙間風に乗って舞い込んできた、虹子を見向きもせずに宙空で掴み取ると、ページとページの間に、虹子を挟み込んだ。虹子は滲んだ。ページに滲んだ。夏子は、テレビをじっと見つめた。テレビには相変わらず警察官が映っていた。例えばだけれど、本を、公園やプールや遊園地に連れて行ったならば、文字もぷるぷると震えて、はしゃぎ回るかもしれない。あるいは、俳優養成学校に通わせるなどしてみようか。そこまで、夏子が考えた時、私は今更気がついたのだけれど、夏子は、教科書に、義務教育を学ばせるために、私たちと一緒に、中学校に通わっていた。夏子は、いま手元にある教科書をすべて学生鞄に詰め込んで登校していた。朝、教室にたどり着くと、独り言を呟きながら、教室のいたるところに、黒板の見える位置に、持参した教科書類を並べていた。その作業を、私は何をしているのかな、と眺めていた。夏子の一連の作業は、私の記憶の中で、風景になり、私が頭の中で学校について考えるときはいつでも、私の考える学校の教室の片隅で、夏子がせっせと作業に没頭していた。夏子は一通りの作業が済むと、ホームルームが始まる前に、学校を抜け出した。

 気がつくと私は春子で、杉林の中を歩いていた。幹と幹の間をピンポン球が跳ね返り行ったり来たりしている。

 秋子と冬子が共謀しているのを私は眺める。夏子はぼんやりバス停に佇んでいる。

 ぼんやりとバス停に佇んで、なぜそこにあるのかわからない時刻表の真ん中にインターフォンが貼り付いており、それを夏子は、だだんだだん、と連打している。

 私たちが、爆心地となると思った。

 思った後の予感の中、ずっと、長い時間が過ぎていく。

 塩の味を感じ、目が醒める。眠っている間に、塩饅頭を口に押し込められたら、目が醒めると思うけれど、それと似た感じだった。発泡性の外皮は、唾液にやんわりと溶けて、塩味が咽喉へ伝わるけれど、唾液では溶けきらない餡子が、上顎にべったりと貼りついた、そんな喉の渇きを私は覚えた。私はしばらく一人のようだった。まるで、どこか遠い場所からずっと歩いてやってきた男の人がいて、その男の人は、ずっとここまで歩いてくる途中、自分がどれだけ遠くから長い時間をかけて歩いてきたのか私に伝えるたくなって、だから、彼は自分の足音をずっと録音してて、それから、その録音した無数の足音を、一足一音切り分けて、一列に並べて合成した、音のようだ、と思った。何万何億回分という足音を一斉に聞くようだ。思った後で、本当にそうか、私は本当にそれをそうと思っているのか、と不安になって、私は私の心の中を一つ一つ点検してみることにした。けど、その点検を不確定性定理が阻害する。波音。

 波音がする。

 波打ち際の汀に私は寝そべっていて、ねそぼっていて、濡れそぼっていて、先細っていて、私の髪は円錐形に先細っていて、波濤の音を気がついたら聞いていた。

 右手に見えますは、汀。

 右手は、汀。

 右は、汀。

 左は、一人。

 私は、一人か。と思った。

 さっきまで、ふたりだったり、さんにんだったり、よったりだったりしたのにな、と思った。

 月夜だった。

 夜空に浮かぶ満月とは、手を伸ばし、人差し指でほじくり返したくなるちょうど良い穴だった。私は、少しもの憂くもあったけれど、寝起きで喉が私のために稼働するかどうかわからなかったけれど、喉が渇いていたから、感情にはいつだって理由がある、私は身を起こし、肩をあげ、肘を伸ばし、指を開いて、満月に、人差し指の第一関節を引っ掛けた。そして、そのまま、じーこ、じーこ、じーこ、じーこ、とダイヤルを回した。私は、まだ子供だから、社会科の資料集でしかみたことないのだけれど、私が生まれるそこそこ前に一般家庭に普及していたという、黒電話のように、月のダイヤルを回した。回しながら、なんでボタン式じゃなくて、こんな、じーこ、じーこ、じーこ、じーこと半回転を繰り返さなくちゃならないのだろうか、と思った。

 月のダイヤルを回し終えると、月は三日月になって受話器になった。

 電話が鳴った。

「もしもし、私は、今、一人です」

 私は、癌細胞、癌細胞の増殖、というとき、俗称うんこ花火、通称ヘビ花火のあのもりもりという膨張を連想する。それは死んでしまう、と思う。身体中があんなになっちゃ、死んでしまう。

「一人なので、夜風が寂しいなあ、と思います。さきほど、考えていたのですが、ふっと、ずっと流れていた微弱なBGMに気がつくあの感じと、或る日、物心を覚えるその感じは、きっと似ていると思うのですが、いくら似ているな似ているな、と思っていても、私は、物心を覚えたその感じを、手繰り寄せるようには思い出せません。少し、もやもやします、懐かしさしか、感じられないというのは、手触りだけ与えられた、この世界を断絶する、壁みたいじゃないですか。ベルリンの壁は、フェルト生地でできていたんです。知っていましたか」

 私は、頭の片隅で、膨張して私を追いかけてきた、学校を思い返す。うわわわわ、って感じだった。うわあああ、じゃなくて、うわわわわ、母音でごまかさず、一々、芝居染みて、子音をさし挟む。ボーカロイドみたいに、一々、子音をさし挟むあの感じ。もっと言えば、うわぁわぁわぁわぁ。

 私は立ち上がった。

 立ち話もなんですから、腹筋運動しながら話しますか、と、反復横跳びしながら話しましょうか、のどちらが話を盛り上げるだろうかを考えながら、受話器越しにぶつぶつと呟きながら、立ち上がった。

「私は話している。立ち上がって、それから歩き出しながら話している。それにしても、私は一方的に話している。それは、話している、というより、叙述している、といった方がふさわしいのかもしれないな、って思う。そんなことを呟いている、呟いていると、漸う受話器の向こうから返事がある、『こんにちは』、私は驚く。だって、返事なんてないものと思っていたから。ずっとこのまま、私が一人、ぶつぶつ、呟くだけの電話だと思っていたから」

「こんにちは」とその声は、男の人の声だった。

「こんにちは」受話器のマイクとスピーカーが内蔵された部分に、ぶつぶつと穴が空いているけれど、

「もしもし」その穴が全て毛穴になって、にょきにょきと青い濃いヒゲが生え出しそうなほど、

「もしもし」野太い男の声だった。

「僕は、探し物をしているんです」

「そうですか」

「狂言師誘拐とも関係があるんです」

「そうですか」

「あなたはどこにいるんですか」

「どういうことですか」

「つまり、僕は探し物をしていて、あなたは、鎖の真ん中の輪っかなんです(もしも、あなたが鎖の輪っかという表現がお嫌いなら、あなたは、銀の鎖の輪っかなんです、と言い換えても、僕はやぶさかじゃないです。けれど、金はいけません。金は強度に劣りますから)。僕が探しているものを見つけるには、まず、前段階として、別のあるものを見つけなくてはならないのですが、その別のあるものを見つける前段階として、あなたを見つけなくてはならないんです。つまり、あなたは、僕の探し物と僕の間に挟まれた鎖の輪っかみたいなものです。にわかには信じられないですか」

「いろいろ大変ですね。そうですね。私にたどり着きたいならば」と私は少し考えて、その野太い声の男の人に答える。「例えば、これが小説だったとしたら、最初のページから読み進め、順々にページをめくり、今、この私がいるページにまでたどり着けば良いのではないでしょうか」

「できれば、緯度、経度で、現在位置を教えて欲しいのですが」

「そんなの分かるわけナイジェリア」言葉が思わず漏れてしまった。

「ナイジェリアのどの辺ですか」

「そんなの分かるわけ内地です」汀なのに。それは海ではなく、ニジェール川だったのか。

 男の人がやってきた。

 ヘリコプターに乗ってやってきた。そのヘリコプターには、頭が凹の字型に凹んだ、白いワンピース姿の女の人も乗っていた。年若かったけれど、二十歳は過ぎていたな。

 私は、ぷらぷらぷら、とヘリコプターに運ばれた。大観覧車のゴンドラにプロペラとしっぽをつけたかのようなデザインのヘリコプターだった。中もそのようなデザインで、向かい合うように座椅子があった。座椅子とは、the 椅子。ある晴れた日に、蛹から蝶や蛾や蜂や鴎に羽化するように、大観覧車のゴンドラが、ある日、ヘリコプターに羽化したのかもしれないな、と思った。遊園地の回るコーヒーカップの中に熱湯を注いだら、人身事故、というより、新しいタイプの血の池地獄。インスタントラーメンのように伸びないでください、お客様。ヘリコプターは疲れると、バオバブの木に留まり、木の精気でも吸い取ったのか、しばらくするとまた元気よく飛び立った。

 そんなの気のせいだろう。

 野太い声の男の人は、内科医だった。

「僕は、あなたの親切な提案を真に受け、ここまできました。最初のページに、居た、そのまま置き去りにされたかのような登場しっぱなしで一向に顧みられない内科医の僕を、サイドバーをスクロールする要領で、指先でタップして、そのまま押し上げて、ぐんぐん、ページの先へ先へ、あの内科医を、ここまで推し進めてきたんです。途中、あなたのお友達や亡くなった男子生徒、月の役者、警察官などなどの脇をすり抜けながらね。すこし、指が疲れました。それにしても、どうしてこんな日本から遠く離れた場所にいたのですか」

「わかりません」

「いつか、わかる日が来るかもしれませんね」

「きませんよ」私は辟易とした。捕まって、しまった、と思ったからだ。

 それからしばらく、談笑した。

 社交ダンスは踊らなかった。

 揺れるヘリコプターの中で、ワルツを踊れたなら、とてもリズミカルだろうに、と思った。

 それは新種の音符のようなもので。

 見る人が見ると、音を発する。

 揺り籠が墓場になっちゃうな。

 捗々しくないな。

「僕の隣にいる、この女の人、頭が凹んでいるでしょう。この凹んだ頭の女の人の凹んだ頭の部分に、這入って欲しいんです」

 頭が凹んでいる、ということは、顔面も正面から眺めると、凹という形に見え、すると、口角なども、それにつられて、凹という形に近づき、だから、その頭の凹んだ女の人は、ずっとにこにこ笑っているようだった。

「僕は内科医です。彼女は、僕が受け持っている患者さんです。記憶障害、なんですね。彼女には、頭ががっぽりと凹んでいることからもわかる通り、記憶が、ないんです。だいたい生まれてから中学生くらいまでの記憶が。だから、中学生のあなたを、彼女の頭の中に移植して、彼女の失われた記憶を補完しよう、と僕は考えているんです。大丈夫です。怖がらないで」

 私は、悩むふりをした。

 私は溶けた。

 彼女の凹んだ頭の中に溶け込んだ。

「春子、春子何をしているの」

「ハロルド、ハロルド何をしているの」

 夏子は、ポテトチップスの入った袋を開封するように、ポテトチップスの詰まったお袋を開封した、お袋とは母のことだ、母は朝ごはんにポテトチップスを食べたばかりだった。夏子は、テレビをぼんやりと眺めながら、油で指先がべとべと汚れるのがいやだなあ、と思いながら、ポリエステル製のお袋から、できるだけ指の先っぽしか触れないようにポテトチップスを摘み上げると、新しい味だなあ、と思いながら、ぱりぱりと食べた。まず、餡子を胃がはちきれるほど食べる、その後で、胃に穴を開ける、そして、ふん、と腹に力を込めると、胃に空いた穴、つまり胃瘻から、うにょうにょと半溶解の餡子が、ある一定の形状を保ちながら絞り出される、これがういろうと称され名古屋で売られている、そのような内容の旅番組なのか料理番組なのか、ともかく、購買意欲をそそるきらきらしたテレビを夏子は見ている。ういろう味のポテトチップスないかなあ、と思いながら見ている。お袋のい袋からポテトチップスを摘み上げながら、夏子はそんなことを思う。

 私はまるで入浴剤だった。

 こういう、いろいろな記憶も、この人に混じっちゃうのかな、と思った。私の今までの記憶が、この多分二十歳は過ぎてるなって女の人の十代後半から今に渡る十年弱の記憶の下積みに、冬物のセーターみたいにしまい込まれるのかな。私の昨日の記憶が、十年と一日前の記憶に。私はタイムトラベラーになりそうな関係の中で、プロペラの音を、何か特別な音のように聞いていた。よく見ると、そのヘリコプターのプロペラは、小さな四角い箱状のものの天井に、例の警察官の男の人が仁王立ちに立って、フラフープを回しているだけだった。「なにをしているんですか」と小声で尋ねると、「潜入捜査だ」と教えてくれた。警察官の人が、フラフープを回しているだけなのに、そのヘリコプターは、ぷかぷかと空中を漂った。「た・た・た・い・へ・ん・で・す・ね」

 秋子のことを思う。

 なぜ。

 それは、私の勝手だろう。

 その時、秋子は、水滴だった。そんなこともあった。そんな秋子は、素敵だった。秋子は、ストローの中を流れる秋子は、素敵だった。かわいかった。乾いてはいなかった。ストローの端からは、ぽたぽたと、水滴がこぼれた。それも秋子だった。素敵で水滴で、水素的でもあった。水素水でもあった。私の記憶の中を、小川のように流れる秋子は、レテ川を逆流する鮭のようでもあった。わかってる。わかってれ。ストローの中にとどまる秋子を、私は、ぱしゃりぱしゃりと写真に写した。友達の写真を友達の許可得て撮るのは、私にとりて、好きな行為だ。ぽしゃんぽしゃんとストローの端から、秋子が滴った。写真には映らない何か。水の滴るドブネズミ。けど、私は友達を撮った。友達は、ピンボケになるのを計算に入れたかのように、くすくすと笑った。

「したたかな女だ」と警察官が言った。「こんなところにいたとはな」

「それでは、僕はしばらく、保険点数の計算に入りますので、邪魔しないでください」と内科医が断りを入れると「一足す一は一、二足す二は二、三足す三は三・・・」と呪文のように唱え始めた。

 私は、

 通学路を歩いている。つーばくろはツバメである。水蒸気のように、無数のツバメが飛び交っている。春が訪れている。寒い寒い、と私のもろ腕がざわめいている。腕は、手の別名だから、う手の方が似合う。通学路を歩いていると、数十メートル先の交差点の横断歩道の前で、顔が凹の字型になった女の人が、高等学校の制服姿で、白いスカーフを首に巻いて、キャラメルマキアートみたいなジグザグの模様の入ったセーラー服着て、私知らないなあ、あんな制服の学校、そう思いながら私は、彼女を見つめた。

「こっちへ来い」

 私は、高校へは行かないつもりだったから、地元も含め、高等学校の女学生の制服の種別を、データベースとして記憶してはいなかった。だから、彼女の服飾にピンとくることはなかった。

凹の字型の顔が、言葉を発すると、ブーメランのように歪んで、ぶるんぶるんと変則的な動きでカーヴするようだ。私の目の前数センチのところまで、その言葉は飛んで来たかと思うと、急激な半楕円の、石包丁の切っ先のような軌道を描きながら、

「い来へちっこ」と彼女の声は聞こえた。

 ちょっと、こわかった。

 私は立ちすくんだ。翼の生えた苔のような鳥たちが、飛び交った。でも、その苔に根をおろす盆栽はどこにもいなかった。

 私は私を生きているけれど、私は彼女の記憶なのだった。困ったな、と思った。

「困ったな」

 私は仕方ないから、来た道を引き返した。

 彼女も私を追いかけてくるけれど、追いつかれない程度の速さで、引き返した。

 ゆっくりと、こめかみに押し当てた拳銃の引き金を引くときの速度だった。

 私は、中学三年生から中学二年生になった。二十歳を超えていそうな彼女は高校生の制服を着たまま、二十歳を超えていそうな年齢から中学三年生になった。すっと縮んだ。第二次性徴期分だけ若返った女性が、私を追いかけて来た。

「保険点数で、麻雀をしないでください」と内科医が、冬子の看護師姿に怒られている。

 横断歩道を後戻りしていると、横断歩道の白が黒に、アスファルトの黒が白になった。信号機の三色が、私の好きな色になった。

 私は少しだけ、笑うのが得意だ。

 私は後ろ歩きで逃げていた。

「看護師と看護婦の違いは、なんですか」すぐそこにいた冬子に聞いてみた。看護服を着ている冬子には、なぜだか、ついつい、丁寧語を使ってしまう。

「何事もそうですけれど、笑い方です」

「笑ってください」

「笑えないなあ、今は」と冬子が言った。いつの間にか、冬子の尻尾は、とてもとても育っていた。

「もしもだけれど、看護婦から看護師へ名称が変わったように、そこそこ新しい呼び方として、看護師から看護姫に呼び名が変わったらどうですか、嬉しいですか」

 冬子は少し困った風に、私の周囲を浮遊していた。

 私は中学二年生だった。もうすぐ、中学一年生になる。同級生には、三人の友達がいる。担任の先生は、いない。落ち穂拾いに出かけているから。一つ上の学年には、顔が凹の字型になった女の先輩がいて、目をつけられている。いつも、いつも、目をつけられている。

 或晴れた日、ナイジェリアから、ヘリコプターに乗って、生まれ故郷に戻って来たら、秋子、夏子、冬子が、私を出迎えてくれて、それから、土手くんの葬式を挙げることになった。そうだった。土手くんは、死んでから、あまり間が経っていなかった。左官屋さんが、棺桶の外装にペタペタと土手くんの死骸を張り付けた。棺桶は、タイル張りの浴槽のようになった。バラバラになった死体をバラバラになったまま鮮度を保てたならば、このまま。私は、玉ねぎをキュビズムにして、泣いた。違う。私は、玉ねぎを、みじん切りにしたから、涙が出て来た。しかし、私は、毎日のように、キュビズムを食べていた。ちがう、今日食べたキュビズムは野菜炒めだった。

 私が中学二年生から中学一年生になる頃、土手くんの死体も中学一年生に戻った。同級生たちが、顔が幼く丸く赤らんでくる様は、なんだか、さくらんぼ畑に実るさくらんぼのようで、私たち、夏だなって思った。私たちは、思わず、ホームビデオを撮影していた。だって、自分たちが幼くなっていく様を、写真じゃ残せないと思ったからだ。自分たちが幼くなっていく様を、自分たちの手で、残したいと思ったからだ。ゆっくりと男女差がなくなっていく様はなんだか。少しずつわかっちゃうんだ。より相手を求める動機に繋がらないなだろうか。土手くんは、ずっと死体だったんだねえ。そうだよねえ。時を巻き戻しながら、恐怖感からとはいえ、時を巻き戻しながら、既に死んでしまった人たちの時が巻き戻る様を眺めていると、私は、近づいてしまう。既に死んでいたんだよねえ。そんなことなどあり得るだろうか。ありえないよ。ただの、バイアス。月の役者は、引力を発していたんだ。月の引力。二次関数が一次方程式に身を縮める様は、少しだけ、かわいらしかった。干からびていくみみずみたいだ。

 ありうべき。未来。過去。

 あいうえお。未来。過去。

「春子・春子・春子」と三人の友達が私の名を呼んだ。

「なに」

「書道の時間だよ」

「書道?」

「うん」返事は三人揃っていた。その分、説得力があった。

 けど、書道の時間は一向にやっては来なくって、だって、それどころじゃ、なかったからだろうし、それに、私の友達は、よく、私に、嘘をつくのだった。

 私だけに、嘘をつくのだった。

 私一人だけが、教室の中で、書道の道具を両手に構えていて、私以外のクラスメイトみんなが、国語の教科書を開いていた。仕方がないから、私は、みんなが見つめる教科書へ、一文字一文字毛筆で文字を書いた。「私は、春子。こんにちは、こんにちは。私は、春子」たわいもない文字だけれど。一文字書くごとに、黙って座っていた生徒が、私の顔をじっと見つめる。教室には、先生はいない。いなくてもいいような気がしたから、いない。そんな様も、ホームビデオに記録していた。記録しなくても、いいだろうに。カメラマンは、秋子で、全てを写しとりたいのか、視点はめちゃくちゃ、後で見返したら、画面転換の多さに酔いを覚えるだろうな、手首だけで踊っているみたいに、カメラのレンズの反射光が、ちらちらと、教室の隅から隅へと揺れ惑う。

「夏子の髪の毛は、漆黒で、墨汁みたいに真っ黒で、透き通らないところが綺麗。一方、冬子の膚は、色白で、半紙みたいに透き通りそうなくらい、羨ましいな、と出会った当初は思ったっけ。だから、私は、夏子の髪の毛を墨汁に見立てて、筆でくしゅくしゅってして、冬子の膚をまっさらな白紙に見立てて、筆でくしゅくしゅってする。私は、ごっこ遊びに勤しむ。二人の友達をもの扱いして、ごっこ遊びに耽る。一方、秋子は、文鎮みたい」

「文鎮?」

「うん、文鎮」

「どこが?」秋子の声には、ふてくされたような不満げな声だった。

「どことなく、そんな感じがするから。ぎざぎざの、鰐みたいだから」

 夏子の髪の毛をくぐらせた毛筆で、黒板に文字書こうとすれば、黒板から、大量に、夏子の髪の毛がほとばしった。

「私が、文鎮っていうならなあ」秋子にしてはできうる限り野太い声で、そう唸ると「こうしてやる。こうしてやる。こうしてやる」と言いつつ、秋子は、冬子の両手を掴んで、冬子をべったり、リノリウムの床に押し付ける。

 白紙みたいに白い肌をした冬子を、文鎮と化した秋子が、文鎮と半紙の関係を模すように押さえつけている。

 冬子は仕方がなさそうに、されるがままになっている。

 私たちの知性は未成熟な発達段階なのだろう。だから、時には、こうして、肉体を使わないと、腑に落ちないこともある。だから、冬子は諦めたように無抵抗だし、秋子は次に何をしたらいいのか、目的を見失いがちに、衝動に身を任せている。「私は、秋子のこと文鎮だとは思っていないよ」と冬子が呟く。「でも、少し重い」

 多分、なのだけれど、私は、秋子がさっきからずっとビデオ撮影をしていたから、秋子のこと文鎮に思えたんだろう。ビデオに記録される思い出の思いと、文鎮は重いの重いが、私の中で曖昧に、秋子を間に挟む形で、重なって、私は思ったことはすぐ口に出してしまうから、秋子に対し、そう言ってしまったのだろう。

 黒板から生えた、夏子の毛を引っ張ると、その分、夏子の頭から生えている夏子の髪の毛は、引っ込んで、夏子はショートヘアになった。黒板と夏子の頭皮は、ひょんな事で、繋がってしまったようだった。面白いから、私は、黒板から生えている夏子の髪の毛に、糸こんにゃくを結びつけた。結構な時間がかかった。

「私で、遊ぶのはやめてほしいな」と夏子が文句を言いはするけれど、怒っているわけではないと思う。きっと。

 今度は、黒板ではなく夏子の頭皮から生えている髪の毛を引っ張ると、夏子の頭からは、最初は髪の毛、次に毛先に結びつけられた糸こんにゃくが、むりむりと、生え出した。私はそれを、ぞくぞくしながら、見つめていた。

「どんな気分?」

「少しだけ、気持ちいけれど」

「気持ちいの?」

「ヘッドスパみたい」

「そう」

「ヘッドスパゲティみたい」

「生えているのは、糸こんにゃくだよ」

 私は、少しだけ後悔した。糸こんにゃくではなく、スパゲティを結わえつければよかった、と思えたから。でも、スパゲッティだと気持ちくなさそう。私は、泰然自若と、夏子の糸こんにゃくヘアを撫でている。夏子もそれを気に入っているようだ。チワワみたい。プードルみたい。

 夏子の髪の毛は、半分くらい、糸こんにゃくになってしまった。でも、見慣れたら、そんなに変じゃない。脱色した髪の毛ってこんな感じ。生卵を絡めれば、金髪だけれど、すき焼き。夏子は、自分の糸こんにゃくに対して、愛着を抱いてしまったらしく、あんぐりと口を開けた私に向かって、「ううう」と威嚇した。威嚇にはいつだって意訳がいる。「食べるな」ということなのだろう。

 そんな様を、秋子は、冬子を押さえつけながらの片手間ではあったけれど、ずっとビデオに記録している。後で見返した時、私たちは、懐かしさを感じてしまうのだろう。こんな思い出、ビデオに記録しなくても、忘れない、と思う。けれど、記録しないと、何にも残らない。

 窓の外を眺めると。

 雪。

 どの窓の外か、というと、そこには、たくさんの窓がずらずらと並んでいたわけだけれど、どの窓から眺めても、雪。

 冬だった。

積もっても積もっても、昼の日差しに溶けてしまう雪みたいに、私の背丈も、成長しても成長しても、溶けてなくなってしまう気がしていた。ずっと昔。

 分厚い毛糸のセーターを脱ぐと、その分だけ、体の輪郭が、小さくしぼんで、赤子へ戻ってしまうのではないか、と思っていた頃もある。

 その雪は、テレビだった。雪の一粒一粒がテレビで、カラーテレビで、ぴかぴか光っていた。年末年始の大放出、家電売り尽くしフェア、そんなテレビコマーシャルを明滅させながら、何千何万じゃ数えきれないだろう数の雪が、テレビで、ピカピカと、芸能人とか映しながら、降り積もっていた。私たちは興奮した。すき焼きの似合う季節だった。書き初めにもちょうど良い。余った墨汁を雪にぶちまけた。歌ったり踊ったりしながら雪原をはしゃぎまわった。雪を見て、すぐに屋外へ飛び出してよかった。校舎は、もうすでに、降り積もる雪に埋まっていた。街もほとんど埋まっていた。あれは、鉄塔の突端。けれど、今は、生クリームの塗りたくられたバースディケーキに突き刺さった極細の蝋燭、みたいな感じ。だいたい、何もかも、埋まっていた。私の鼻も埋まっていた。私の手足も埋まっていた。呼吸が困難になるけれど、楽しかった。

 私たちは楽しげに徴兵され、雪合戦に動員された。

 武器を支給された。

 大半の人間は死んでいたので、ずいぶんと寂しい雪合戦ではあったけれど、「寂しいけど楽しい」と思ったり、「寂しいのが楽しい」と思ったり、「寂しくて、楽しい」と思うことはできたから、よしとした。「弔い合戦だね」私にはそれは、頭の芯が、しんしんと冷え込む感覚だった。雪玉を受け止め過ぎて、倒れ伏した兵士は、その臀部や太腿をつんつんとつつくと、がばりと、感度の良い地雷のように、積雪を吹き飛ばしながら立ち上がって、でも、口先だけ「もう、ダメ。疲れた」などとほざくのだった。私は、そんな土手くんを二、三度蹴飛ばしてみた。痛そうに、ひくひくするから、もう大丈夫だろう、と思った。

 支給された武器は、綿雲産だった。

 しばらく、名前を呼ばれない、ということは、また、はぐれてしまったんだ、すごい雪だもの、秋子、冬子、夏子が、私のそばにいない。

 秋子が、録画していたホームビデオは、今更だけれど、8ミリビデオテープで、なんで、こんな古い記録媒体使うのだろう、と思わなくもなかったけれど、相手が私より年上で、古い人間であるから、仕方がないのだった。私は、秋子から貰い受けた8ミリビデオテープを、顔が凹の字型に凹んだ女の人の、凹んだ部分に、ポストに投函する気分で、はめ込んだ。これで、もう、大丈夫だろう、と思った。どうせ、何年も経てば記憶は薄れる。幼年期の記憶など、ビデオテープ一本分で十分な気がする。

 空は青い。

 私が吐き出したのか、と思うけれど、ぽっかり空いた私の口の中は赤い。

 川の流れを千切ったら、人間だった。私は春子の名前を呼んだ。私が春子じゃない気がしたからだ。

「春子」私が春子の名前を呼ぶと、私が春子じゃなくなった気がして、試みに、「春子さん」と呼び方を変えると、さらに、私が春子から遠く離れて、ふわふわ浮いてしまう気がした。「あれは、春子さんではないですか」と遠くに見える、人影にも見えるけれど、きっと何かの看板だろうと思しき影を指差して呟くと、さらに私は春子ではなくなった。たまたま目の前に転がっていた、束子に向かって、「これこそが春子さんです」と私が呟くと、今度は、春子が春子でなくなった。爪と肉の間に、束子のトゲトゲが食い込んだ。痛かった。

 あるいは、「あれも春子、これも春子」と手当たり次第に指差した。全てが春子になってしまった。電飾が灯るみたいに、一斉に春子が笑った。

 私は目を閉じる。私はまぶたをもう一度開こうと思ったのだけれども、まぶたの代わりに、胴体が、ぷっつりと上下に分かれる。

「秋子・夏子・冬子・春子」とそれぞれの名前を呼んでみるのだけれど、返事はない。どこか遠くで遊んでいるのだろう。

 私は、寂しいな、と思う。

 一人きりでいても仕方がないから、私は、どぷん、と海になった。そんなこともできた。けれど。

 何人かの人間が、私を海水から引き上げてくれた。「春子」誰かの声が私を呼んだ。けれど。

 私は、もう、植物だよ。

 なので、返事はしない。

 成長は終わっていく。

 幼き頃、打ち上げ花火のような感覚で、蝶々結びを、夜空に結んだ。きっとだよ、と、いう気分で、きゅっと結んだ。バースデープレゼントを包んでいたリボンを、ずっと握りしめていた。そのリボンの端が、カタカタと星々に絡まりついていた時は、いつも少しだけ驚いた。私の指先と同じくらい、星座は私のリボンを握りしめていた。とてもとても長い線が、女の子と夜空との間で、電線のように、ぶらんぶらん、と垂れ下がっていた。夜空と女の子との間を通過するものが、迷惑そうな、緩慢な仕草で、リボンをくぐったり、またぎ越えたりしていた。ぐるぐると滞留するものもあった。「春子・夏子・秋子・冬子・春子・秋子・夏子・冬子・また、春子」とどこまでもその四色が、折り重なっていくのが、視界の途切れるところまでずっと、続いていた。私が春子でなくなったところで、なんだ、と言うのだろう。「これが私です」という文字をノートに書いた後で、くんくんと、消しゴムで消した。消しゴムは、くんくんと、消えていく文字の匂いを嗅いでいた。消しかすは、消しゴムにとっての記憶だった。鉛筆が削った溝と、消しゴムに引っ張られた撓みと、灰色の中身のない輪郭と、に重ねるように「これが私です」と書いてみた。また消してみた。蛍光灯のスイッチをかちゃかちゃと点けたり消したりを繰り返すよりは、手間暇がかかるけれど、「これが私です」をなんども書いて、「これが私です」を続けて消した。「言いたいことがあるけれど、言えないな」と書いて、消した。「これが私です」「私が光っている」「私の手のひら」何かの動作とその後の擬音のように、消しゴムを動かして、文字を消した。ぱたん、ぱたん、ぱたん、ぱたん、とページをめくるだけの動作のように、文字を書いて、文字を消した。それを見ていた。

 ノートを燃やしてはいけない。

 郵便ポストが赤いのは、燃えているから。

「春子が、まだらだ。黄色と緑でまだらだ。春子には、苔が生えている、それに、いぼいぼもある、無数の把手への成長過程のようないぼいぼが、春子の半身を覆っている、春子は、ぬめぬめしている。春子の所々には、電光掲示板が、縫い付けられている。春子には、関節がない、だから、決して曲がらない、石仏のように、転がっている。時間がない。そう思った。」

 吸殻を拾った。

 春子の吸殻を拾った。

 春子の吸殻は、まだ、燃えていた。

 でも、春子は燃えていなかった。

 春子が、私でなくなって、もう、何年も経つ。

「だから、私は、春子ではない」

「もっと言えば、私は私でもない気がする」ジャンガリアンハムスターを、バリカンが追いかけた。小さな目が、ぷつんと、はじけて、ころころと転がった。真珠を握りしめたジャンガリアンハムスターが、烏貝の殻の中で、身を震わせて、隠れている。私は、それを見つけて、食べる、獣。

「たとえば、笑う時、私には、えくぼができるけれど、そのえくぼはなんだか、未確認飛行物体の、着陸跡みたいだ」

 春子は、燐寸をこする。春子が、煙草を吸うのだ。もう、それだけで、春子は私じゃないみたいだ。私は春子を見つめている。春子の目の前に、私がいる。春子が、煙草を、吸い終わり、吸殻を捨てる度に、そこがバスの発着場所であったとしても、私は、路上の春子が捨てたばかりの吸殻を拾い、私の口をふさぐ。春子は不思議そうに、私のことを見つめている。

「それ、私のだよ。私が捨てた吸殻だよ」

 私の口の中には、春子が、今までに捨てた全ての煙草が詰まっていた。私が口を開くと、それらがあふれ出した。

 春子はさりげなく、埃を払った。

「私が四頭身だったら、跳ねるバスケットボールの気持ちが、少しはわかったかもしれない」

「あるいは、私が、四歳だったらね」

「それは、寝間着だよ。春巻じゃない」

「春巻を、腹巻きにしていると、食べられちゃうかもしれないよ」

「誰かに」

「誰かに、見られている。私と春子をつなぎとめようとしている、誰かに」

 私は、ポケットに、バス停留所をしまい込むと、そこから溢れ出す、降車客も御構い無しに、歩き続ける、春子は、横に揺れる。

 もう、うんざりだ。うりざね顔にはうんざりだ。

 春子は、栞の代わりに、読んでいたバス停留所に、読んでいた文庫本に、バス停留所を挟み込むと、でもその文庫本は新潮社文庫に、私の目には見えたのだけれど、尻尾の生えている動物は、新潮社文庫のようだ、読んでいた文庫本のことなど忘れたみたいに、私の目の前で、ゆらゆらと揺れ始めた。

 私は、財布の中に、バス停留所をしまい込むと、そこから溢れ出す、降車客に、金を擦られ続けた。千円札を握って、人間が、また一人、私の財布の中から抜け出してしまう。

「私の奥歯は、バス停留所」

 春子は手を振った。

 私と春子の間には、様々なものが挟まっていた。

 だから、手を振ると、それらが一様に動くのだった。

 苦しい時は呻く。向かい合う二人が呻く。その呻きは、どこかトンネルに似ている。

「家の真ん中に、井戸があるから、毎日井戸を掘ったり、井戸から水を汲んだりしている。朝、目がさめるとね。井戸が歯を磨いて、井戸が嗽をするの。冬場は、凍りついて、寒いよ。家の真ん中にね、吹き抜けの、井戸があってね、私はその井戸で、体を洗うよ。可愛い手のひらが、畑に咲いているよ。冬の日に、UFOが我が家へ迷い込んで、今も迷っています。蛍光灯やLED証明にばちんばちんとぶつかるカメムシのように、出口を求めて、天井のあの辺へ、きらきら光る光広がるUFOが、ばちんばちんとアウフヘーベンされる、時折、父や母がアブダクションされて、乳搾りされる牛の乳もアブダクションされているようなものだけれど、家の中を、クラゲのように、たゆたいます。そんな過程と家族の秘密を、私は、誰にも漏らすことができない。許されない。しゅぼ」春子は、ライターの炎を吸う。煙草を耳に挟む。焦げた舌を吐き出す。

 春子は、全身刺青に覆われていた。その刺青は、私だった。私は、二次元だった。全身蜘蛛の巣文様に刺青を施した人間が、自分は蜘蛛だ、と思うことも、自分は蝶だと思うことも、蜘蛛の巣状に割れた防犯ガラスだと思うことも、それぞれあって、春子はその時々で、考えを変える。私は、春子を抱きしめる。

 私は手つかずの道を歩いている。でも、そこは、京都ではない。

 影が伸びるのは、いつも道の上だ。

 坂道に伸びる私の影は、なんだか、坂道を立方体にしたいかのようだった。補助線のように、私の影が伸びる。

 髭が伸びるのは、私の手のひらがグローブだとしたら、野球しかできないね。バットも握れないじゃないか。指先だけ蛍になったみたいに、瞬き出す。肉体の中で、尖っているのは、指先だけ。私は、それを貴重だと思う。硬貨みたいだと思う。

『秋子博物館』

『夏子記念館』

『冬子展覧会』

 そんなタイトルのバス停が、三人官女のように、身を寄せ合っていた。

『春子の家』

 春子の家族らしき、老若男女が、ポーズをとっていた。そこでは。

『私の屠殺場』特撮と屠殺。

 屠殺を特撮で。

 屠殺場の、特色は。

 雪のように降ってきた、その人は。

「そのバスは、カーブを曲がりました。交差点には、ダルヴィッシュ有選手が、立っていました。その彼から、放たれたバスが、カーブを曲がりました。私は、フルスイングのバットを握りしめた状態で、バス停留所で、バスが、私の目の前で角を曲がるのを、ただ、指をクワイエットで眺めていました。とても静かに、眺めていました。ところがです。マイケル・ジョーダンでしょうか。黒くて大きな人が、ダムダムとバスをドリブル運転したかと思うと、私にパスを、バスをパスしてきました。ああ、でもね、それはそれで、フェイクでミスリードでフェイントでした。私の着用している、中学校の制服のね、胸ポケットが、ゴールだったのです。バスは、ひょいと身をよじると、私の襟首をつかんでいた、素敵な男性の手によって、ダンクされたのでした。ふふふ。人身事故。人身事故だー」

 私は、ただ、黙って、糸を通した針を一本握って、「だって、私は縫い物をしたかったから、両手、寒いしね」秋子博物館、夏子記念館、冬子博覧会を順々に観覧した。

「人、を、殺してさ。その殺された人のさ。死体を、解体してさ。例えば、何十人の小指を、切り取って集めたとするじゃないですか。そして、その小指を、素敵なアクセサリーにするために、赤い糸で、ぷちぷちぷちと、数珠つなぎに繋いでいったとするじゃないですか。それって、悪いことかな」

 煙草が、タバスコかってくらい、赤々と、ぼんやり、ぼんやりした薄暗い中で、燃えていた。

「放火、放課後、放火、放課後の課外授業、放火、放課後の課外授業で、春子の美術館を巡るよ」

 私と、春子の会話は、ジグザグで、この界隈を、折れ曲がって、いる。ここが海で、私が、紅茶の、ティーバッグであるかのように。

「春子」

「お前に、名前はないわけだから、なんて答えていいものかしら」

「春子と春子じゃない私、そう呼び合えばいい」

 春子と春子じゃないもの、例えばそれは、春と修羅のようなものだろうか。

 それぞれの会場では、秋子、夏子、冬子が、生きているのか死んでいるのかよくわからない状態で、展示されていた。秋子は、水槽の中で。夏子は、釘に刺されて。冬子は、額縁にもたれかかって。彼女たちは、様々な姿形をしていた。そして、彼女たちの影が、イルミネイトされた東京タワーの影のように、広がっていた。

「春子」

「なに」

「春子を、数式にして、それでね」

「できるもの、なら」

 できるよ、きっと。

 私たちは、それで、しばらくの間、冷たい冷たい体をした、秋子、夏子、冬子を、眺めたり、触ったりしていた。

 春子は、そのうちに、消えて、私は、とりあえず、街を眺めた。

 春子は、いないのであった。

 私の名前を誰かが呼んだ。

 だから、

「はい」

「それでは、お元気で。お気をつけて」

 私は、一人で、家に帰った。

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冷たくて愚か @DojoKota

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