2.LINE

 夏休みが終わってもまだ暑さが残る教室の黒板に、二次関数のグラフが書き込まれる。眼鏡をかけた達磨の様な数学教師の解説を聞き流しながら、私は机に突っ伏していた。6限の終わりを告げるチャイムが鳴り、鞄に教科書とノートを詰め込み背負おうとすると、机の上に置いていたスマホが震えた。右手に持ったノートを机の上に置き、手に取って通知を確認する。見慣れた吹き出しに表示された彼女の名前に驚いて、奇声を発しながらスマホを落とした私に、教室に残っていた数人の視線が集まる。椅子の横に落ちた鞄とスマホを拾って肩にかけ、逃げる様に教室を飛び出した私は、廊下を走り階段の前まで来ると画面を触ってLINEを開いた。

 トーク画面を開くと、白いウサギのキャラクターがお辞儀するスタンプの下に、

《よろしく!》

というメッセージが表示されていた。窓から差し込む西日に目を細めながら文字を打ち込み、青色の三角形をタップして返信する。

《よろしくお願いします》

すぐに既読の文字が黄緑色の吹き出しの横に付き、返信が帰ってくる。

《今どこにいるの?》

《1年生の教室の近くの階段の前です》

《わかった》

どうして彼女は私の居場所を知りたがっているのだろうか。そんな疑問は次に送られてきた8文字で跳ねるような心臓の鼓動に変わった。

《一緒に帰らない?》

数回瞬きをした後、震える指をキーボードに伸ばそうとすると画面が縦に動く。

《外で待ってるね》

慌ててスマホを制服のポケットに突っ込んだ私は、階段を転げ落ちるようにして駆け下りる。階段を靴底が叩く音と、午後5時を告げる町内放送が静かな校舎に響いていた。

 

 細長いタイルが貼り付けられた校門の前に制服姿の彼女は立っていた。開いた校舎の玄関を潜り抜けた私は彼女に走り寄り、少し上がった息を整えながら話しかける。

「ま、待たせてすみません。」

少し驚いたような表情を浮かべた後、彼女は笑い出した。

「待たせたって、まだ3分も経っていないんじゃない?」

左腕に巻いた腕時計を見ると、分針は12と1の間の小さな目盛りを指している。鞄を肩にかけ直して歩き出した彼女の後を追いながら、私は外れたシャツの第二ボタンを止め直した。

 「なんで私のLINEが分かったんですか?」

県道と国道が交わる交差点の信号に引っかかって足を止めると、私は少し上擦った声で尋ねた。学年も部活も違い、共通の友人もいないはずの彼女から何故メッセージが送られて来たのか、私は不思議だった。

「体育祭の団のグループから探したの。」

彼女は振り返りながらそう言った。夏休みが明けてすぐに「緑団」という名前のグループに招待されていた事を頭の端から思い出し、それと同時に、並んだアイコンと名前の中から彼女が私の名前を探している姿を想像して口の端が上がる。不思議そうに私を見上げる彼女が視界に入ると、私は慌ててにやけた顔を元に戻した。青に変わった信号が電子音を鳴らし始めると、私と彼女はたわいもない話をしながら駅へ歩き始めたのだった。

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