作家NPCー不可視のペン先は紙を紡ぐー

５.この空にうまれて

【アブソリュート・サヴァン-ONLINE-】はMMORPGであり、巨大なサーバーによって、それこそ一つの街レベルの人口が集まっている。国によって分けられているらしいが、他国サーバーを使う人もいるだろう。

　そんな彼らプレイヤーが交流する手段、コンテンツのひとつに【オークション】がある。

【タソガレ商会】によって運営されている商業コンテンツで、プレイヤーランク１０以上のプレイヤーなら出品も購入も可能。レアアイテムを売って儲けるのもいいし、掘り出し物を狙うのもいい。

　まだ配信序盤だというのに、すでに多数の出品、競り合いで賑わっている。【タソガレ商会】はこれにはニッコリだろう。

　この【オークション】に、私の作品を出品する。

　これはゲームシステムを漁っていた時に思いついた案で、紙の本の布教をしつつ私の作品を楽しんでもらうことができる。一石二鳥だ。

　ほんの少し承認欲求もあるが……この狭い世界で生きることが確定した以上、自分の存在が誰にも知られず、ただ一人生きていくと言うのは寂しいし悲しい。せめて自作の本を放流する形で、自己顕示欲を発散したい思いもあった。

　居場所を知られたくはないが、存在していることは知って欲しい。難儀だ。

　ともかく製本だ。

　表紙は……今回はシンプルな青空のイメージにしようか。世界観に合わせてハードカバーにすこし粗悪な紙質。

　肝心のタイトルは……「この空にうまれて」とかどうだろう？　雰囲気が出るんじゃないか。

　タイトルセンスに関しては今までは編集とよく話し合って決めていたため、自信に溢れているわけではないが……未来のセンス自体わからないし、私流で良いだろう。

　特別な存在である少年と平凡な少女の青春恋愛小説。処女作としては手堅いのではないだろうか。

　そうして出来上がった本は、私の理想通りのデザインだった。きちんと本として出来上がっている。テキストウィンドウも出てこない、正真正銘の本だ。

　感動した。やはり紙の本は良い。それにここには私が苦労して書いた物語が詰まっている。それだけで感慨深い。

　早速【オークション】に流そうじゃないか。

　値段は……「魔法教養初級-基本編-」が１３００チカ─この世界の通貨だ─らしいから、１２００チカにしよう。６万字でめちゃくちゃ文量があるわけでもないし、ハードカバー単行本なら日本円でも妥当な値段じゃないだろうか？　紙の本は高いからな。

「ん？　……そういえば出品者名を決めていなかったですね」

　システムに干渉してNPCでありながら【オークション】に参加できるようにしたところまでは良いが、肝心の出品者名を決めていなかった。

　本名にするか、ペンネームにするか。

「まぁペンネームでいいか」

　本にも書いてある私のペンネームは「入力未遂」。我ながらよくわからないネーミングセンスだが、このころは太宰治が好きで、流石に「入水未遂」と名乗るわけにはいかないから入力に換えたのだ。雑だと思う、自分でも。

　でも長年連れ添った名前だから、そこそこ気に入っている。前世で使い倒してもまだ使いたいと思うほど。

　設定ウィンドウにそう入力し、ようやく著書を出品することができる。

【オークション】で購入した人は出品者にメッセージを送れるが、私はこれを受け付けない設定にした。何かの拍子に私がNPCだとボロが出たら困るし、「フレンドになりましょう！」とか言われたら断るを得ないからだ。

　本の感想は欲しいが、妥協する。

　別にチヤホヤされたくて書いたわけではないし……存在証明ができたら十分だ。

「出品……と」

　売れたら通知が来るらしい。売れると良いのだが……それを待つあいだに、また小説を書こう。今度は恋愛じゃないテーマで書きたい。

　私は次の作品の構想を浮かべながら、初めて作った本の表紙を撫でた。

　お祝いにコーヒーで乾杯だ。私一人だけど。

　＊

【笑う出品者】オークションについて語るスレPart９【泣く購入者】

318：名無しのサヴァン

　競り落としたククリナイフ耐久値１だったんだけどふざけんな

319：名無しのサヴァン

　そういうもん

　想定してない方が悪いだろ

320：名無しのサヴァン

　ッカーやってられませんわオークションなんて

321：名無しのサヴァン

　そう言いながらまた戻ってくるんですよね

322：名無しのサヴァン

　我々、学ばないなぁ

　本当に学者か？　

323：名無しのサヴァン

　次こそは安く競り落としてやらぁよ

324：名無しのサヴァン

　ねぇオークションってプレイヤーIDって伏せられるの？　

　自分も伏せればよかった

　フレンド申請ウザい

325：名無しのサヴァン

　≫324

　伏せられない

　不正防止用に表示は取れないはず

326：名無しのサヴァン

　え？　できないの？　知らんかった

327：名無しのサヴァン

　嘘

　俺が買ったやつプロフィールも無かったぞ？　

328：名無しのサヴァン

　チーターでしょ

329：名無しのサヴァン

　管理AIがチーターなんか許すわけないだろ

　≫327

　何買ったの？　

330：名無しのサヴァン

　本。でもテキストウィンドウ出ないから読めない

331：名無しのサヴァン

　いくら？　

332：名無しのサヴァン

　最低額そのままで１２００

333：名無しのサヴァン

　ゴミやんけww

　金ドブに捨てたなww

334：名無しのサヴァン

　こういうのがあるからこのスレにいるのやめられねぇ

335：名無しのサヴァン

　そんなー（ ; ; ）

　良さげなタイトルに表紙だったから買ったのに

　詐欺かよ

336：名無しのサヴァン

　本の表紙なんてみんな同じだろ

　みろよ魔法教養のわかりづらさ

337：名無しのサヴァン

　基本編だと思ったら応用編買ってて詰んだ人割といるしな

338：名無しのサヴァン

　いや全然違う

　綺麗な青空の写真

339：名無しのサヴァン

　青空の写真ン？　

　今時太陽が見えなくなってどれだけ経つと思ってんだよ

　CGだろ

340：名無しのサヴァン

　それが綺麗な青空なんだよ

　うっすら白い雲もあってさ

「この空にうまれて」ってタイトル

341：名無しのサヴァン

　なんかいいな

　エモいじゃん

342：名無しのサヴァン

　でもそれで中身無いんでしょ？　

　やっぱ詐欺じゃんね

343：名無しのサヴァン

　悲しい（ ; ; ）

　どんな中身なんだ（ ; ; ）

344：名無しのサヴァン

　そもそも中身なんて無いんじゃね？　

345：名無しのサヴァン

　それよりも競りのコツ教えてくれよ誰か