4.執筆、創作、設定。


 人間誰しも王道に還っていくものなのだろうか。


「世界の謎を解き明かす者」である【サヴァン】としてこの世界に降り立ったプレイヤーは、この世界【オルビス】で謎と神秘を解明する旅に出ることになる。

 戦いを、魔法を、【幻棲生物】を、歴史を。紐解き理解し、【失われた智識アカシック・レコード】という文献を完成させることが大まかな目的らしい。


 文献そっちのけでロールプレイやPVPに励んでいるプレイヤーも多いようだが。


 とにかくプレイヤーの第一目標は【失われた智識アカシック・レコード】の完成。それに付随して、街の問題や人々の依頼をこなしていくことがストーリーの軸になっているとか。メインクエストとサブクエストというわけだ。ほかにもマルチ用や素材用のクエストもあるが、そちらはおまけだ。

 私がいる最初の街は【プログレ】と言い、平和な代わりにモンスターが弱く素材も低レアしか取れない。まぁ初心者が遊ぶの街だ。


 NPCのことはざっくり【ドール】と呼ぶらしい。その中でもストーリーに深く関わったり、積極的に話すことができるのが【アクティブドール】、賑やかし的な役割が多く、特に設定も練られていないNPCは【オルタナティブドール】と言うらしい。

 まぁこれはプレイヤー間での細かい識別に使われるくらいで、普段は【ドール】のみで伝わるしよく用いられているようだ。NPCを単純に指すだけなら必要無いと言うことだろう。


 用語が多く出たが、これをどううまく使うのか、そして現時点でまだ全てのストーリーが公開されていない以上、どれくらい解釈の余地を残して料理するか。それが重要になってくるな。

 とりあえず舞台は【プログレ】にするとして、主人公を【サヴァン】にするか【ドール】にするか……それはあとで決めるか。


 チラッと出た【幻棲生物】はモンスターの総称で、敵だったりテイムして仲間になったりする。つまり私にはあまり縁が無い。街から出る予定は今のところ無いし、戦闘を作中に出すつもりもあんまり無い。日常を書きたい。

 いや、【幻棲生物】を主人公にするのもありだろうか? しかしそれでプレイヤーがそれと同じ敵を倒しにくくなるのはよろしく無い気がする。運営にも目をつけられそうだし。もっと安全が確立してからやるべき題材だろう。

 というか初手からあまり尖るのも私としてはモヤっとするし。


 せっかくこの世界でまた小説家となるなら、処女作は王道あるいは自分の中でスタンダードとなる題材にしたい。大体処女作が代表作になることが多いし、「最初尖ってたのに2作目から日和りだしたよね」なんて言われたくない。

 読者の言葉は時として深く作家の心を刺すのだ。


「となると、やはり共感を集められるのは【サヴァン】ですね」


 どうせならプレイヤーという存在ではなく、過去存在したサヴァン、という設定で書いてみようか。それなら今のプレイヤーのロールプレイやプレイスタイルに水を指すこともないだろうし、世界観を崩さなくて済む。

 どうにも現実とゲームで区別をつけてしまうプレイヤー視点は世界観に没入できないしな。


「それでも少しでも共感を得るために、記憶喪失で【オルビス】のことを何も知らないキャラにして……そこで【プログレ】の住民である少女と出会うボーイミーツガールとか」


 恋愛は太古より愛されてきたジャンルであり、まぁ安牌だ。ロマンスやカタルシスを作りやすいし、下手に戦記なんかを書いてこの世界の歴史に矛盾を生み出すのも、まだ情報が揃ってない今やりたくない。ならば身近な恋の物語にすれば、世界観を崩さずかつ設定も活かせるわけだ。


「あまり用語を詰め込みすぎても、発売してまだ早い今よくわからないまま読み流されてしまうかもしれませんね。このくらいにしてあとはシンプルにまとめますか」


 早速私はペンを持った。草案は手書きで書く派なのだ。流石に本番は校正のしやすさも含めてデジタルにするが。


 くるりと羽ペンを回す。やっと物語を書ける。本の素を創れる。

 今から自分の書いた話が本になるのを想像して、初めて賞を取ったあの日を思い出す。泣いて喜んだ報せは、今はもう来ないけれど。それでも書くことの楽しさを忘れてはいない。

 紙をなぞるインクの音が、私一人の部屋に響き始めた。


 *


「脱稿……!」


 別に締め切りも何もないが、終わった時そう呟いていた。


 あれから夢中で草案を組み立て、すぐに本文作業に入った。電子生命体になったことによりタイピング作業やいちいちカーソルを動かしてルビや傍点を付ける必要も無くなって、かなり快適な執筆作業を行うことができた。

 腱鞘炎とはおさらばだ。

 もちろん校正も一瞬。ありがたい。初めて電子生命体になって良かったと思っている。


 気づけばゲーム内時間で4日経ち、爽やかな朝の日差しを浴びていた。


 そうしてできたのが約6万字ほどの恋愛小説。ほんのりと青さを交えつつ爽やかに切なくなるよう仕上げた。処女作にしては自信作である。大御所の作家さんに頼んで帯とか書いてもらいたいくらいに。


 しかし現時点ではこれもテキストウィンドウになってしまう。それはいけない。私の求める読書体験は紙の本をめくることだ。スクロールではない。


 その場合、どうするか。そう、魔法だ。

 4日も経っているし魔力も回復しているだろう。日数で回復するのはテキストデータを漁っていた時に知っている。やはり最初だけだと世界観の深さに不安が出て、あれから追加でデータを漁りまくったのだ。主にゲームシステムや仕様についても詳しくなったと思う。

 小説に活かすも殺すも私次第だ。


 現時点では量産や重版は想定していない。一点ものとして作る。

 需要や価格設定が未知だし、自己満足の部分が強いからだ。

 あ、いや2冊作っておこうかな、やっぱり。


 そう、私はこの本をプレイヤーに売るつもりなのだ。

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