第2話 出会いとラベンダー

 ヘレンは物心がついたときから、孤児院で暮らしていた。その髪色と血筋のせいで、彼女を引き取ろうとする里親はなかなか現れず、結局18歳になって看護師として就職するまで、ヘレンはそこで暮らし続けた。

 年上として院長をささえ、他の子供たちを束ねるということも普段からしていたので、リーダーシップはまあまああった。


 看護師になってからも特に彼女の人生に変化はなく、ヘレンはただただ働き続けた。その髪色ゆえ、理不尽な扱いをされることもあったが、彼女は特にそれに怒ることもなかった。慣れすぎていたのだ。

 恋愛もなにもする機会はなかったが、そのことにもヘレンは特に悲観せず、このまま一人で生きていくことを覚悟していた。


 だが、状況は変わった。それは病院にとある人物が入院してきたからである。


「失礼します。点滴を変えに来ました」


 病室へ入ったヘレンはてきぱきと仕事をこなしていく。患者の数人は彼女に好奇の目を向けるが、気がつかないふりをする。

 視線は最後の患者のものが一番目立った。少し不気味な気分がしながらも、18の少女はそのままやることを終えた。部屋を立ち去ろうとしたとき、ふと手を掴まれる。


「ねえ、君……!」


 振り向いたら黄褐色の色をした髪をした先ほどの患者だった。彼の大きな丸い海よりも濃い青い瞳が、ヘレンの顔を映した。


「その……! もし、良ければ……名前教えてくれない?」


 なんで、とヘレンが問う前に、男は続ける。


「その、髪、とっても綺麗だと思って……。本当にもし良ければでいいんだけど……」


 少女はそこでかたまってしまった。今まで誰も、誰ひとり、彼女の髪を褒めた者はいなかったのだ。初めてのことにどう反応すればわからず、彼女は口をぱくぱくさせる。逃げたくなったけれども、その大きな目は期待にあふれていて、ヘレンはついに伝える。


「ヘレン……、私の名前はヘレンよ」


「そうか!」


 男は嬉しそうに、目を輝かせた。


「俺はジョン。ジョン・ウィルソンだ」


 これが将来の夫となる、自分に生きる意味と幸せを与えてくれた、自分と同じく歌うことが好きな彼との出会いだった。


 このとき、病室にはちょうどラベンダーの花が花瓶にさしてあった。この花の香りは、二人の出会いという大切な記憶を、優しく包み込むようなものとなった。

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