内見
淡雪
第1話ニャーズの為に
「ここのお部屋はどうでしょう?」
茶色の三角耳がついた帽子を被った不動産の従業員が、少々高い声で言った。
「生まれてきたニャーズ様達には、丁度良い広さかと思いますが?」
「そうかしら……」
“もう少し広い方が……”と、右頬に手をつきながら呟く客。
“出窓は可愛いのに”と、何処か口惜しそうに再び呟いた客に、どうにか力になれないものかと、従業員は頭を捻る。
さて、この不動産の従業員は何故、こんな可愛い帽子を被って賃貸住宅を案内しているのかというと……
実はこの店、猫に助けられたという伝説があるからなのである。
数十年前のある日、まだ開いて間もないこの店は、当然ながら客の足取りも疎らであった。
ある年の2月22日の早朝、店の扉に箱が置いてあるのを不動産の店主が見つける。
中には産まれたばかりの可愛い子猫9匹が、母親恋しさに鳴き声をあげていた。
店主は育てることに不安が過ったが、意を決して全部引き取ると決め、せっせとお世話を始める。
すると、どうだろう。
不思議なことに、徐々にではあるがお店が繁盛し始めたのである。
それはまるで、猫が恩返しをしているのではないかと思う程、高い物件が飛ぶように売れた。
その感謝も込めて、この不動産は毎月22日に猫の仮装をして、物件を探すお客様をもてなしているのである。
さて、従業員は何かとっておきのアイデアが浮かんだのだろうか?
この物件でいいかどうか悩んでいたお客を部屋に残し、何処かへ出掛けてしまう。
数分後、右手にチラシらしきものを握りしめて帰って来た従業員は、
「ありました!」
と開口一番にそう告げた。
驚きの眼で見つめる客に従業員は
「お客様のご希望に添える物件を見つけましたよ」
と、肩で息をしながら嬉しそうに伝える。
「それなら、今すぐ行きたいわ」
「どうぞ、どうぞ、そこで決めてしまいましょう!」
従業員は胸を踊らせながら、早速その物件へと案内した。
そこは先程の物件から奥ばった場所にあり、日当たりが良くて人が行き交うという、防犯上安心出来る一軒家である。
中に入ると、説明が出来ない程広く、冷暖房設備もしっかりしていた。
お客は気に入ったようで、“ここを契約する”と満面の笑みで従業員に伝える。
「分かりました、少々お待ち下さい」
従業員はさも嬉しそうにそういったかと思うと
「店員さ~ん、この方がいらない段ボールを買ってくれるそうですよ!」
と、今にも通り過ぎようとした、そのお店の店員に伝わるように、声を張ってそう言った。
立ち止まった店員は、最初こそ疑いの眼で見つめていたが、彼等の説明を聞き、“店長を連れてくる”と言って、その場を離れる。
「本当に適度な大きさの箱が何処にもなくて困っていたんですよ」
「見つかって良かったですね」
「これで、ニャーズちゃん達の立派な部屋が作れるわ」
“従業員さん有難う”とお礼を言いながら頭を下げたお客は、小走りで近づいてきた店長と店員と合流して、サービスカウンターへと向かった。
「いやぁ、今回も無事に契約に漕ぎ着けることが出来て良かった」
従業員はホッとひと安心すると、品物を選んでいるお客達の間を縫ってその場をあとにした。
お仕舞い
令和6(2024)年3月4日~7日21:25作成
内見 淡雪 @AwaYuKI193RY
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