第2話

 外灯の光が灯り始めた時、男の影は悪魔のシルエットになっていた。

「この物件、実は曳家なんです。」

「え?珍しいですね。」

「まあ、話すと長くなるんですがね……。ここを建てた方は実は建築関係の仕事のお偉いさんで、部長をされてた方なんですよ。」

「へえ。まあこういう建物を建てられるぐらいの方ですもんね。結構有名な建築企業の方なんですか?」

「うーん……。今はもうないんですよね、その会社。まあ私もどこまで話してよいかわかりませんが、あくまで今のオーナーの方から聞いた話なので、話せる範囲であれば説明させていただきますよ。」

 これだけ好奇な建築物を建てる人物。今のオーナーと施主は別人なのか?――

「昔は結構地上げ屋が幅を利かせていた時代で、この辺一帯も再開発の計画に組まれていたんですが、この物件を建てられた方、持ち主の方が地上げに反発していたんですよね。で、最後までこの建物が残っていることで少し様相が独特になっているって感じですね。」

「……ってことは、地上げ反対に成功したってことですか?」

「……まあ、そうなりますね。それによってこのままビル群に囲まれてここに残っている、というか取り残されているって感じにはなってしまいますね。結構見た目も独特なので、なかなか契約まで進まれる方がおらず、内見だけされるという方が多いので……。まあ、気に入っていただけたらすぐにでも契約できる状態ですので、何なりとお申し付けください!」

「……はい、わかりました。まあ、検討してみます。」

「はい!こちら契約書等々の書類になります。こちら見本も同封しておりますので、検討していただいて5営業日以内にご記入・郵送いただければこちらから手続きを進めさせていただきます。」

 男からは分厚いA4の茶封筒を渡され、会話はいつの間にか終わっていた。

 「では!」と男は軽い挨拶のやり取りの後、セダンに乗って赤坂の街へ消えていった。

(これだからチェーンでもない街の不動産は……。)

 心残りがある。この物件の契約云々に関わることについてもそうだが、この物件について知りたいことがもっとあった。ただ、もう既に男が敷地を赤坂と隔てる門、この場合玄関を指す門ではなく、門扉もんぴ(とでも言うのだろうか?)に簡単な施錠がされてしまっている。不法侵入しようと思えばできないことのない高さの門である。

(しかし、あの男、曳家って言ってたな。その話もされてないし、施主と現オーナーが違うのも気になる……。)

 その時、隣接しているビルの陰から、なにやら爺がこちらを見ていることに気付く。と同時に、爺はこちらに歩み寄ってくる。と同時に「お前さん、ここの内見に来た人かい?」と尋ねられた。

「はい。(……めんどくさそうなことになったな。)」

 ただ、少しばかり好奇心があり、この建物について知る情報が欲しかったのも事実だ。

「ここ内見来る人あんまり見ないんだけどさ、ここはやめておいた方が良いよ。……俺、ここの建物作った人間と知り合いなんだけどさ、まあ、嘘みたいな話でさ、ここはいわゆるなんだよ。」

 見ると爺はAir Maxを履いていた。

「いわくつき、ですか?」

「うん。ここ建てた人は建築会社の部長でね、今はもうなくなっちゃったけど、酉島電設工業って電設会社のエンジニア部の人で、俺も良くお世話になってた人なんだよ。昔バブルの時なんか建築ラッシュでね、いつしかこの辺一帯が再開発の地区に指定されてさ、この辺全部地上げ屋にやられちゃってね……。」

「あ、その話先ほど不動産会社の方に説明されましたよ。」

「……そうか。まあ(不動産会社の人が)どこまで知ってるかわからんけどな。MKアメニティサポートって言ってさ、俺も不動産会社で働いてたんだ。その時によく酉島さんとは仕事しててね、パートナーみたいな感じでどんどんマンション建ててたよ。」

「へえ。……あ、ちなみにここって曳家なんですか?」

「お?うん、そうだよ。地上げ反対するのに一時的にんだよねここの建物。」

「消してた?」

「うん、地上げ反対のためにさ仕方なくしかなかったんだ。地上げ屋もいきなり建物が消えてるもんだから驚くだろうね、普通なら。」

「え?(ってなんだ?)」

「まあ驚くよね。だから曳家ってことになってるんだ、この物件。ここに建物はんだから。ここの建物建てたサトウさん。今は消息不明で連絡も取れないんだけどさ、彼、魔術師でね、この世の人間じゃないんだ。信じられない話だろ?」

 と言って男は気まずそうに笑った。返す言葉を探しているうちに、男は話を続けた。

「でね、一時的にここを消してまたに空き巣が入ったんだ。そいつが堅気の人間じゃないのはわかってる。……話戻るけどよ、サトウさんの部下で友人のフジタさんって方がいたんだ。その人とも仲良かったんだけどな……。その、サトウさんとフジタさんが二人で新しく独立しようとして建てた事務所兼自宅みたいな感じのところだったんだ、この物件。そこでフジタさんがな、門のセキュリティ代わりの装飾になってたんだ。これはサトウさんがやったのかもわからん。」

 聞いていて一切の情報を咀嚼できておらず、飲み込むことすらできない。いきなり未知の食べ物を目の前に運ばれたようで、箸が進まない。と言ったら適切だろうか?

「門の装飾、見たろ?あれ。元は生きてる人間だったんだぜ。何言ってるのか分からねえだろうが、この鬼のような顔の装飾は間違いなくあのフジタさんなんだよ。もう二十年以上もこのままだ。少し前まではこの顔が動いてな、表情豊かで、よくここに腰掛けて酒を飲みあったこともあるんだよ。」

(あの門の装飾が生きている人間だった?)

 既に情報量が多すぎて脳内は処理落ち、フリーズしてしまっている。しかし、装飾に何か不気味なもの、普通ではないと直感に訴えかける違和感は感じていた。

「そのさっき言ってた空き巣が入ったとき以降かな。門のセキュリティを務めていたフジタさん(装飾)を空き巣がぶっ壊したんだ。侵入されて室内は荒らされて、金目の物はほとんど取られてたみたいなんだ。そこで話を聞いて駆けつけてみるとさ、破壊された門の装飾(フジタさん)と散らばった室内があって、フジタさんの表情もその時の切羽詰まった表情のまま本当に装飾のまま動かなくなってしまったんだ。」

「本当にSFを読んでいるような気分です。そんなこと本当にあったんですか?」

「そうだよ。俺はここの今のオーナーなんだ。その辺の契約関係済ました後にサトウさんとも音信不通になってね。あの人もまあ堅気じゃないからね。」

「反社みたいな感じですか?」

「いや、魔人だ。魔法を扱うことが出来る人物だったんだ。多分だけどさ、もうこの世にはいないんじゃないかな。魔界に帰ったんだと思う。きっとそうだ。」

 爺が遠い目をしている。疑問になっていたことはすべて解決したように思えた。しかし、ふと駆け込み乗車のように一つの疑念が沸き上がる。

(あのさっきの不動産屋とこの爺さん、どういう経緯で繋がってるんだ? 貰い手を探してる割には物件を"やめた方が良い"って言ってるのもおかしい。……まあ、不動産屋の男もあまり積極的に進めてくる感じもしないし、焦げ付いた物件なのは一目瞭然だ。)

「あの、すいませんがお名前はなんていうんですか?」

「俺は村主っていう者だ。」

「僕は渡邉って言います。村主さん、なぜこの家を貸し出そうとしてるんですか?」

その時、男の表情が曇り、深刻な表情になった。

「……実はな、早い話がこの物件についてもっと知ってもらいたいんだよ。この事件、警察も空き巣被害として捉えて、犯人も結構すぐに捕まってるんだよ。でも真犯人でないというか、なにかが絡んでる気がするんだよな……。サトウさんは行方不明者届け出してるけど見つからないし、一連の事件に何か巻き込まれてる気がする。黒幕がいると思ってるんだ。」

(……まあ、事情が込み入り過ぎて裁判にもできないでしょうしね。)

 一度吐きかけた唾を飲み込んだ。どうにも煮え切らないが、良い歳をこいた大人二人が突っ立って話す場所ではない。ここで話を打ち切ってまた別物件の内見を予約する、という気分にもならない。

「俺は、この世界にサトウさんと同じ魔人が何人か存在してると思ってる。もう一人は空き巣に入った男と言うか、その黒幕になる人物だ。」

 爺が話を続けたことで、夜は伏さなかった。


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