自分アパート26号室への内見

枠井空き地

懐かしい部屋と見知らぬ部屋

「こちらが6号室となっております」

初老の、いやおじいさんといった方が似合う案内人がドアを開ける。部屋に一歩足を踏み入れる。その第一印象は

「うわっ!せまっ!」

……狭かった。こんなに狭いとは正直思ってなかったなぁ。


 後ろから咳払いが聞こえる。

「そういうものでございます、この時はお子様でございましたから、その頃と比べれば狭く感じるものですよ」

「えぇ~、そういうもんですかねぇ」

僕は室内を見回す。部屋にある二段ベッドは自分こそがこの部屋の主役とばかりに鎮座し、その横にぽつねんと学習机が位置している。いたって普通の子供部屋だ。


「このベッドもねぇ~結局二段では使わなかったんだよな、二段の意味なし!ただ高いだけ!学習机だってになんか使わなかったもんなぁ!」

僕は笑いながらベッドをギシギシ揺らす。

「そうでございますね、お客様は一人っ子でございましたから」

「うん、ちょっと寂しかったかもなぁ……」

しみじみと、僕は部屋を眺める。真新しい棚には絵本やおもちゃがまばらにおいてあった。思えば、親の買ってきたもので遊ぶことがなかったなぁ、少し申し訳ない気分になった。

「うん……そろそろ別の部屋もみたいですかね」

少し、気を紛らわせたかった。


案内人は持っていたバインダーを閉じ応える。

「承知しました、では何号室がよろしいでしょう?」

「う~ん、もうちょい大人になったとこが見たいから、14……とかどうですか?」

「14号室でございますね、では、行きましょう」

僕は案内人について部屋を出る、廊下に連なる部屋には今出た6の文字、その隣に7、8と続き、そのまま14号室の前へたどり着く。


「こちらが14号室でございます」

「うわぁ!せっめぇ!」

「?先ほどと同じ部屋ですのでサイズは同じかと」

「う~ん、カタいなぁおじいさんは……」

ともかく部屋を見てみる。二段ベッドは普通のベッドへと姿を変え、オモチャばかりだった棚にはぎっしりと、煩雑に、マンガが詰め込まれていた。そのラインナップはその時代のヒットというより、自分のヒットを映し出していた。

「ああ、こんなん読んでたっけ、すっげ懐かしいわぁ……ていうか、この漫画十年前からやってたのか……なんかちょっとショックだわ~」

そうボヤキながらマンガをパラパラめくっていると再び咳払いが聞こえた。


「お客様、確かにこの部屋のものはすべてお客様のものですが、のものではございませんので……」

「そうですよね、大人の俺が勝手に触ったら、絶対怒るもん、僕だからわかります」

僕は持っていたマンガをもと通り戻す。

 

 ふと、ある考えが浮かんできた。

「……これって未来の部屋も見れたりします?」

「可能でございますよ。一つ、ご案内いたししましょうか?」

「!お願いします、ぜひ見てみたいです」

 

 部屋を出ると、今度は階段で上に昇り三階の部屋まで案内された。部屋の扉には、「30」の部屋番号。そうか、30号室かぁ。

「こちらが30号室でございます」

 中は14号室と違って広く、そしてきれいに片づけられ、シックな雰囲気に包まれていた。グレーのソファ、きっちりと整理された本棚、幾つかの写真たて。

こ、この雰囲気は……

「こ、これは女の気配!野郎、やったな!」

「交際三年目、とのことです」

「そっか~じゃあ来年かぁ、どんな人なんだろ……うわ、きれいな人だな……」

写真たてにはうれしそうに微笑む女性がいた。僕はその写真を見ながら思う。

 この先、どうなるんだろう?


「次の部屋にご案内いたしましょうか」

まるで考えを読み取ったかのように、いや実際読まれているのかもしれないが、ちょうどいいタイミングで声を掛けてきた。

「えぇ、そうだなぁ、あんま小刻みに見てもしゃーないし、10年後とか見てみたいです」

「40号室、でございますね承知いたしました。ではこちらへ」

僕は案内人に連れられて次の部屋へ行く。その部屋はまた階段を上がった先にあった。さっきの流れから少し予想がつく、部屋の形が大きく変わると階が変わる。

多分、また引っ越したんだろう。


「……こちらが40号室となります」

 妙な間があった気がするがともかく僕はドアを開ける。開けた瞬間、何か独特の匂いがした。何だっけかな、コレ。

 

 一歩足を踏み入れた部屋は今までのワンルームではなくリビングのようだった。低いテーブルとまたもや新しいソファ、部屋は少しものが散らかり気味だったが、汚い、というよりも生活感のある散らかり方だった。

しかし、一番僕の目に留まったのは部屋の片隅にある「ソレ」だった。

 自分が知っているソレは黒光りする、人の背丈くらいあったが、これは小さく、とても簡易的だった。でも同じ役割のものだとわかる、これは仏壇だ。となるとさっきの匂いの正体もわかる。あれは、線香だった。

 僕は恐る恐るそれに向き合う。仏壇におかれていた写真たてにはさっきの部屋で見た女性が変わらぬ笑顔を浮かべていた。


…………そうか、大切な人になったんだな。

それ以上の言葉は浮かばなかった。それ以上写真を見ていられなかった。たまらず、他のところに目を移す。そして、あることに気付く。

「……そうか、そういうこともあるんだ」

壁に飾られていたのは幾つかの絵、クレヨンで下手くそに書かれた三人、その上にはもう少し上達して書かれた二人の似顔絵。

「大切な人が、出来たんだな」

それだけで十分だった。一瞬冷え切った胸に少しだけ明かりがともった気がした。

「……うん、もういい、かな。これ以上みても仕方ない気がします」

「承知しました。では最後のお部屋にご案内いたします」

僕は無言で付いていく。


「では、こちらが最後のお部屋、26号室でございます」

その部屋はわかりやすく空き部屋で、家具はなくガランとしていた。間取りは30号室と同じく、窓は広く午後の日差しが部屋を柔らかく照らし、カーテンは静かに揺れていた。

「……うん、やっぱいい部屋だ、日当たりもいい」

僕は思い切って床に倒れ込み、大の字になる。スッキリした部屋のおかげか、心も少し晴れた気がした。思わず手足をバタバタさせてみる。

「広いってやっぱりイイな…………何も言わないんですね」

「はい、こちらはお客様ご自身のお部屋となるわけでございますから」

「そっか、僕の部屋かぁ、ところで案内人さん」

僕は上体を起こして話し出す。


「ここまで見てきたものって、起きたらちゃんと全部忘れるんですよね?」

「はい、起きた段階で全てをお忘れいただくようになっております、何か不都合がございましょうか?」

「いえ、むしろそれでいいですよ。全部知ってたって詰まんないし……それにあんな綺麗なひと、ちゃんと初対面で一目惚れしたいし」

「フフッ、そうでございますか」

初老の案内人は少し、ほほ笑んだ。が、しかしすぐに口を真一文字に戻すと、少し重い面持ちで話し始めた。


「————今ならまだ私共は26をご案内できますが……ここで本当によろしいのですか?」

「うん………………ここでいいですよ」

少し言い淀み、ぼくは息を一度吸い、言葉と共に吐き出す。

「別れる悲しみがあるってことは出会う喜びがあったってことじゃないですか、僕はそれで…………いいんです。」

大きそうな本音と小さくはない強がりの入り交じった言葉だった。


「そうですか、承知いたしました。ではこの部屋でよろしいということですね、それではこれをお渡しいたします。それと、26歳のお誕生日おめでとうございます」

 案内人も少し息をついたのか、ほんのわずかな沈黙の後にそう答え、僕にカギを差しだした。


「はい、ありがとうございます」

受け取った新居のカギを、僕は強く握りしめた。

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自分アパート26号室への内見 枠井空き地 @wakdon

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