お引越し
ゆかり
お引越し
「ねぇ、お引越ししない?」
庭の桜の木の陰から
それを聞いて、
「いやよ。ここがいい」
「うん。ここがいい」
菖蒲と桜花は顔を見合わせ首を傾げて
「ねー」
と笑う。
もうすぐ桜の花が咲く。
今は梅にうぐいす、ホ~ホケキョ。
この家の庭は広くて綺麗だ。
夏には良い風も通る。
五人は随分昔にここへ来た。ひと月前に死んだ小夜子について来た。小夜子が嫁に来た時に。
次の棲家を決めあぐね、神社でみんなでかくれんぼ。そこで見つけた白無垢姿の小夜子についてここに来た。
それから月日が流れ家は栄えて生まれた子らも大人になった。大人になった子らに、また子供が出来て大人になった。
沢山の孫やひ孫に囲まれて小夜子は星々からの迎えの牛車に乗って旅立った。
「いっちゃん、ここが嫌になったの?」
月子が桜の木の上から一子に問いかけた。
「わからない。でも木々がざわめいてる」
「じゃあ、夜になったら星に聞いてみればいい」
雪音がお手玉をしながら数え唄のように言った。
「いっちゃん、小夜ちゃんはもういないの?」
菖蒲が聞いた。
「もういないの?」
桜花も聞いた。
「小夜ちゃんはもう別の星で暮らしてるのよ」
一子が空を見上げて言った。
「どうして? この星でずうっと暮らせば良かったのに」
石ころをひとつ蹴とばして菖蒲が言った。
「うん。この星でずうっと暮らせば良かったのに」
桜花も真似して石ころをひとつ蹴とばした。そして二人でコロコロ笑う。
「人間には寿命があるの。寿命が来たら、別の星にお引越し」
一子が膨らみかけた桜のつぼみを見つけてほほ笑みながらそう言った。
「良い家ね」
「うん。広いし庭もある」
「駅からは少し遠いけど自転車ならすぐね。それに散歩にはちょうど良い距離」
「ここなら君の母さんも一緒に暮らせるよ」
来客だ。
「そうでしょう? とても良いお家なんです。手入れも行き届いてますし。ただ、広すぎて少しお値段も張りますし、買い手がなかなかつきませんで」
住宅を見に来た夫婦と、委託先の不動産屋だ。
一子と月子と雪音に菖蒲、そして桜花は屋根の上。
「ほら、ここには違う人達が住むみたい」
「私たちはどうするの?」
「どうしよう?」
「このままここに居ても良いけれど」
「あのね、さっきね、あの女の人と目が合った」
菖蒲が言うと
「うん。目が合った」
桜花も言った。
それを聞いた他の三人が息を呑む。
「あの人達が住むのなら、私たちは棲めないね」
一子がつぶやく。
「見えてる人とは棲めないね」
月子が頷く。
「お星様に聞かなくても良くなったね」
雪音が歌うように言った。
「どうして? 見えてる人とは住めないの?」
「住めないの?」
菖蒲と桜花が一子にまとわりついて聞く。
「小夜ちゃんには見えてなかったの?」
「見えてなかったの?」
「小夜ちゃんには見えてなかったよ」
一子が答える。
「小夜ちゃんは感じてただけ」
月子も答える。
「春の花に、夏の風に、秋の夕暮れ、冬の風花」
雪音が歌う。
「小夜ちゃんは見えなかったけど、私たちの匂いを知っていたの」
「じゃあまた、そういうお家をみつけに行こう」
「うん。みつけに行こう」
でもね、小夜子は牛車に乗り込むその時に、五人の童を見たんだよ。最後に一度だけ五人の姿を見たんだよ。まるで幼馴染を見つけたように微笑んでいたよ。
木々のざわめきと星々のまたたきが今夜もうわさ話をはじめている。そうして夜は更けてゆく。
お引越し ゆかり @Biwanohotori
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