コーヒー店にて
「ねえ先輩」
入口付近で立ち止まった夏美が、後ろに立つ
「私ここ初めてなんですよ」
「えぇ……」
迷うことなく歩くから、何度も来たことがるものだと思っていたのだが。
「あたしも初めてなんだけど」
正確に言えば入ったことはあるのだが、それはショッピングモールに入っている店舗だ。道路沿いにあるこの店舗はついでで寄れる場所ではない。
「先輩とお揃いですね‼」
「そういのいいから、早く入るよ」
止まる夏美を横切って、店内へ足を踏み入れる彩である。
通された席でメニューを睨みつけている彩とその様子を見ている夏美。
彩はメニューを睨みつけながら、その学年トップレベルの頭をフル活用する。
確か米を冠するコーヒー店は一品のサイズが大きいことで有名だ。調子に乗って頼みすぎると、食べきれなくなってしまう。
そして、せっかく二人で飲食店に来たのだ。夏美を甘やかしたい。
夏美自身の注文でお腹いっぱいになるのでは無く、あと少しなにか食べたいな、という状況に持っていきたい。そしてそのあと少しを自分の分から分けてあげたい。
大きかったら半分こにしよう、なんてことは彩には言えない。そのため、こうやって遠回しにするのはやむを得ないのだ。
「……私もメニュー見たいんですけど」
いつまでも決まらない彩に、少し申し訳なさそうな表情で夏美が言う。
「え? ああごめん」
躊躇いながらも彩は夏美にメニューを渡す。
「先輩決めたんですか?」
「まだだけど」
「じゃあ一緒に見ましょうよ」
そう言って夏美はメニュー表をテーブルに置いて二人で見られるようにする。
隣合って密着してメニューを選んでいる訳でもない。それなのに少し恥ずかしくなってきた彩は、頬杖をついてメニューを見下ろしていた。
「えー、どれにしよっかな」
「なんでもいいんじゃないの?」
ずっと睨みつけていたくせに、メニューを決められない人間が言うセリフではないのだが――。
「もうっ、そんな冷たいこと言わないでくださいよ」
そう言って夏美はメニューを選びに戻る。
――その時、彩の学年トップレベルの頭脳が天才的な案を思いついた。
「あたしなんでもいいわ。だから適当に選んで」
そう、相手に任せる。
こうすることによって、夏美が食べたいものを選ぶことができる。それに、凄く自分っぽい。
「えー、先輩が好きそうなのってなんですか……」
「あんたが好きなの選んだら? 別に魚系とか無いし」
そう言うのならと、夏美はメニューを持って、なにを頼もうかと唸る。
以前彩に好きな食べ物は、と聞いたら、魚系以外と答えられた。
ということは、魚系以外は好きだということになるが本当だろうか?
考えても分からない夏美は、彩の言葉通り、自分が食べたい物を選ぶ。
「じゃあ……決めました」
夏美がそう言うと、彩は呼び出しベルを押すのだった。
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