彩の部屋にて

 ある日の夜のこと、髪の毛を乾かし終えて自室へ戻ってきたあやは、ベッドに放り投げていたスマホの画面が点灯していることに気づいた。


 恐らく夏美なつみだろうが、彩は警戒しつつ誰からのメッセージかを確認する。


『今なにしてますか?』


 そのメッセージの主は案の定夏美であった。


 彩は安堵の息を漏らしつつ、スマホを取ってベッドでうつ伏せになる。


 枕元に置いてあるカワウソのぬいぐるみを抱きしめながらメッセージを返す。


『なにも』


 そう送ってから、素っ気なさすぎるかと思って追加で送る。


『風呂入って髪の毛乾かしてた』


 これなら別に、あんたと話したくない、なんて風に捉えられないだろう。


『そうなんですか』『じゃあ少し話しません?』

『いいけど、別に話しすることなんてないと思うけど』


 とりあえず同意はする。だけどいつもと違いすぎると嫌われるかもしれないから、いつものような対応も忘れない。


『私にはあるんです』『だから話しましょう』


 そこまで言うのなら仕方がない、と誰に対するかは分からない言い訳を心の中でした彩。


『あっそ、勝手にすれば』


 そう送った瞬間、彩の持つスマホが音を立てる。


 いきなりのことで身を弾かせた彩は速くなった鼓動を落ち着かせる間も無く、ほぼ反射で通話をタップする。


『わっ、出てくれた……!』

「なに? 話って」


 いつも通りの変わらない返事。


 どうしても変えられない。


『ええっと、いざ話すとなると緊張するような……そう構えられると話しにくいと言いますか……』

「あっそ」

『…………』

「夏美?」


 声は聞こえず、夏美の息遣いが微かにスピーカーから聞こえてくる。


 自分の素っ気ない態度のせいで夏美が困っているということは明白だ。


 どうにかしようと、彩はなにか言おうとするが口をもごもご動かすだけになってしまう。


 なかなか言葉を出せないことに彩は焦りを感じる。


 いつまでもこの態度で接していると、夏美に嫌われてしまうのではないか。


 常々心に抱いているこの懸念が鎌首をもたげて彩を追い詰める。


 だけど彩の背後には奈落だ。接し方を変えて嫌われるかもしれない。


 変えたくても変えられない。


 大切な人夏美が憧れている自分ではなくなるから。


「いつも……何時に寝てんの?」


 それでも少しづつ、分からない程度に変えていかないといけない。


 

「えっ⁉ あっ、十一時ぐらいです‼」


 自分から話しかけなければならない、と思っていた夏美にとってその言葉は不意打ちだった。真っ白になりかけた頭を必死に動かしてなんとか答える。


『そう、あたしもそれぐらいに寝てるから、それまでだったら繋いどいたげる』


 そう言った彩の声音は夜だからか、いつもより少し丸い気がする。


 突然した電話だ、彩を不快にさせて嫌われたらどうしようかと思ったが、嫌われていないようだ。


 ホッと安心したのも束の間、この好機を逃す手は無い。


「先輩も私と同じ時間なんですね! 寝落ち、しちゃいます?」


 ベッドの上で正座していた体勢から、ようやく横になった夏美であった。



「はあ? する訳ないでしょ」

『もうっ、先輩の意地悪』


 いつもの調子で話してくる夏美に安心した彩もいつも通り返す。


「意地悪でもなんでもないでしょ」

『えへへ、そうだ先輩! 明日放課後寄り道しません?』


 突然話が変わったが問題無い。夏美が話せるようになってよかった。


「ええ? まあ、別にいいけど」

『やったあ!』


 夏美の喜んでいる声を聞くと彩も嬉しくなってくる。


 電話越しでよかった、この表情はとても人に見せられるものではない。だけど、いつか夏美にだけでも、この表情を見せられるようになればと思う彩であった。

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