第49話 対峙

     ……………


 放課後のパソコン室で靖穂、稲葉、金田、柳生が國山先生と話している。重吾はわざわざ屋上の三本が利用しているであろう迷宮ダンジョンへの入り口を使って三本を捜索に出て行った。

 靖穂は國山先生に確認する。


 「……それで、昨日の『交渉』を教頭は承諾したんですね」


 國山先生は少々不安のある表情をしながらうなづく。


 「少なくとも対面上は……ね。あの先生はどう動くのかちょっと読めないから……。こちらの条件を直ぐに受諾したし……」


 靖穂はそれに答える。


 「向こうが素直にこちらの申し出を受け入れるのは確かに今までを思うと不安ですが……。こちらとしては事前にできることはしました。音声データの流布によって相手の対応を急がせたために、すぐに受諾した可能性もあります」


 國山先生はまたうなづき、話を総括する。


 「何にせよ、今できる事は終えたわ。この件については、後は向こうの出方を伺うだけ。一区切りよ」


 柳生はそれを聞いて立ち上がる。


 「じゃあ、俺はおいとまさせてもらうよ。もし教頭が本当に交渉を承けたんなら、顧問も変わって部活も大変だろうからな……。そうだ、金田」


 金田は自分も立ち上がろうとしている時に柳生に呼ばれ、少し驚く。


 「……ちゃんとお前の部活に戻れよ?」

 

 そう言って柳生は振り返り、扉へ向かって歩いて行く。金田ははにかむような、困ったような複雑な表情でそれに答える。


 「和解できれば……な」


 柳生は振り返らず手を振って出て行く。金田のその言葉に反応して稲葉さんはおずおずとうかがう。


 「金田君……やっぱり三本君のことで部活に戻るのを……」


 金田の顔は先程と変わらず、暗い様子で返答する。


 「重吾からの話を聞く限り、あいつも『あいつ自身の問題』の渦中にいる。……俺はあいつと直接会って、ぶつかり合って……和解できるまで、部活には戻れない。あいつが出て言った責任は俺にもあるのだからな」


 そう言って金田は柳生に続くように部屋を出ようと扉へ向かう。だが、丁度、彼が扉に手を掛けた時、ガラガラと音を立てて扉が開き、走ってやって来た三本と重吾に鉢合わせた。


 『あっ』


 三本と金田はその場で立ち尽くして固まる。放課後の静謐な廊下に二人が言った驚きの声が響いている。だが、重吾は気にせずに話す。


 「丁度良かった。修君、健が話があるって……」


 言い終わらぬうちに、三本が廊下に立ったまま、頭を振り下げ、声を張って謝罪した。


 「ごめんっ! ……君の言っていたことは正しい……。僕はずっと、逃げていた。皆との会話も、自分のミスや失敗、反省からも、自分の事を話すことからも。ただでさえ問題を抱えていた君に責任を感じさせるようなことをした。皆にも心配をかけた。……本当に済まない」


 金田はそれを見てすぐに、自分も頭を下げ、声を張った。


 「俺の方こそごめん。俺もお前や他の皆から……逃げていた。逃げていたのにお前にあてつけがましく小言を言っていた。本当は自分には助けが必要なのに……。それから目を背けるようにお前を勝手に心配して、ぶつかりそうになれば逃げた」


 三本は顔をあげ、金田に言う。


 「次からは、面と向かって文句でも提言でも話してくれ。……きちんと、反省して、きちんと反対したい」


 金田はその言葉を聞いて顔をあげ、三本に応える。

 

 「ああ。その通りだ……。面と向かって文句を言わせてもらう。俺も困ったら助けを求めるぞ……。きちんと、な」


 重吾はそれを聞いて、にっと笑い、金田と三本の肩を叩く。


 「ようやっとそろったぜ。さあ、迷宮ダンジョン行こうぜ! みんなでよ!」


 靖穂は呆れながら重吾に言う。


 「もうそんな時間ないでしょ。……確かに数日ぶりにそろったけど」


 稲葉さんが笑って言う。


 「『放課後ダンジョンクラブ』は明日からだね……。良かった……みんな戻ってきて」


 國山先生も一つ肩の荷が下りたように息をつきながら微笑んで言う。


 「ふう。やれやれ、明日からも大変ね」


 久方ぶりに放課後のパソコン室は生徒の話し声や笑いに包まれ、朗らかな午後の日差しがゆっくりと夕焼けに変わっていった。


     ――――― 


 阿嘉霧極東高校から少し離れた街『阿嘉霧市三須香町あかむしみすかちょう』の商店街にて、複数名の青少年たちがたむろしていた。彼らは、周辺では有名な不良……いや、半グレと呼ぶべき集団である。徒党を組み暴力行為や恐喝等を稀に行い、たまに暴力団関係の麻薬取引等に首を突っ込む。暴力団の組織に入るでもなく、かといって定職や学校に行くでもない無軌道な集団だ。

 だが、現在、彼らはその暴力団に追われていた。

 

 「おい、どうするよ。これから……相手は地方の小せえ組とは言えヤクザだぜ? ヤベェんと違う?」


 星型のレザーアートが刈り込まれた体格の良い男が、黒シャツ黒ジャケットの男に訊く。


 「大丈夫だ……。『いい場所』見つけてよ……。そこに暫らく潜伏すんだよ……。金ならある。暴力団から盗んだ金だから足もつかねえ。何なら社会貢献だぜ?」


 そう言ってその男は長髪を整えながら笑う。そして、彼ら一行は商店街の路地へと向かい、忽然と姿を消す。

 暴力団はおろか、警察すらも行方不明となった彼らの足跡は追えず、それから数日間、彼らはこの街のあらゆる場所から姿を消すのだった……。


 (続く)

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