第48話 打ち破られし悪意

     ……………


 「ただいま」


 金田は家に帰ると出迎える母にそう言った。金田の表情を見て、母は安心した様子を見せた。

 

 「……学校はどうだった?」


 「少し、問題があって解決にもう二日かかりそうだけど……。部活の先生と友達が協力してくれて、退学はしなくてよくなりそうだよ……。ごめんなさい。急に、辞めると言い出して」


 謝らねばならないと金田は考えていた。彼の母はすぐに答える。


 「いいのよ。あんたの事だから、きっと友達の為に色んな責任を感じて、私に言えない事情があったんでしょう? でも、そんなあんたの友達なら……あんたが昨日みたいな顔で思いつめていたら……きっと面と向かって会えば、助けてくれる。……それでも辞めるのならその意志は大事にするつもりだったけど……」


 足を引きずりながら金田に近づき、肩に手を置いて母は言った。


 「ゆっくりでいいから、もっとあなたの事を教えて。もし学校に行かないとしても私は別の色んな道があると思うし。……他にも、いろんな選択で迷ったら、一緒に迷うわ」


 ――勝手に決めつけていた。人の負担や、反応を。

 金田はそう思いながら、母の言葉に何度も頷いた。


     ―――――


 二日後、野球部の顧問の男『巴山朔弥はやま さくや』は未だ退学せずに登校もしていない金田と、同じく休みになっている柳生の存在に気をもんでいた。


 ――昨日、教頭に言って今日の放課後にはパソコン部への圧力として立ち入って『監査』を行い、不正をでっちあげてもらうはずだが……。安心はできない。金田の『追い出し』に使った柳生も居ない……。アイツは俺が言う前に、勝手に金田を虐めていたクソ野郎だってのに……今更金田と結託しやがったのか? まさか。いやでも……。


 体育館内の教員用の一室で体育教員のトレードマークとも言えるジャージ姿で、椅子に座り指で机をたたきながら、イライラした様子で事務作業をしている。ただでさえ強面な彼の顔はその苛立ちで一層不機嫌な様子を表情に示している。

 そろそろ昼の時間。昼休みが迫るにつれ、巴山はちらちらと神経質に時計を見る頻度を増やしていた。

 昼休みのチャイムが鳴った時、事務作業をそそくさと終わらせ、すぐに立ち上がって部屋を出る。体育館の扉を開き、校舎への渡り廊下に出ると、すれ違う生徒が 「あっ」と言った妙な反応を示したり、目を逸らしたり、何か噂のようなものがされていることに、彼は気づいた。

 ――なんだ? ……まさか……。

 すぐに巴山は不審な反応をした生徒の一人を問い詰める。


 「おい、妙な反応をして……何だ」


 問い詰められた男子生徒はおどおどした様子で答える。


 「その……野球部の生徒が……せ、先生の……」


 煮え切らない答えに巴山は一層怒りをあらわにする。


 「ああ? 野球部が何だよ?」


 「先生が……何時間も説教をしてる録音をばら撒いたみたいで……」


     ―――――


 「教頭! は、話があります」


 巴山は慌てた様子で職員室に飛び入ると周囲の教員の好奇の視線に目もくれず、そう叫んだ。教頭は事務作業を中断し、落ち着いた様子で立ち上がり奥の部屋を示して、


 「呼ぶ予定でしたが……巴山先生、ここではなんですのでどうぞ奥へ……」


 と巴山を職員室奥の小部屋に招き入れた。その声色はいつもよりも努めて、冷静な印象を与えるものだった。

 巴山はいそいそと奥の部屋に入る。

 教頭は落ち着き払った様子で扉を閉めると、振り返り、座ることもなく、立って待っている巴山に近づいて話し出す。


 「放課後のパソコン部への『監査』ですが……昨日國山先生と話しまして、取りやめることになりました」


 巴山は唖然として、口を開き、そこから漏れ出る呼気が弱々しく「は」と音を出している。状況が理解できず、混乱と困惑だけがその顔の中にある。先程までの憤怒の消えたその強面の眉間の皺も、弱々しく緩んでいた。淡々と教頭は続ける。


 「國山先生は金田修君の件に関して成績および出席日数の保証を申し出ました。また、柳生流君に関して……あなたの『虐待的指導』の証拠となる音声データを複製して託され、私へ渡しました。私はそれを受理した……。意味はお分かりかな?」


 特に気にも留めない様子で教頭はそう答える。巴山は青ざめ、言葉を、なんとか必死に紡ぎ出す。


 「まさか、私を切るつもりですか? ……虐めてる柳生を利用して金田を追いだそうって計画だったじゃないですか! 私に柳生を脅せと言ったのはあなただ!」


 「金田君に関しては退学勧告を確実にするために打った一手に過ぎなかったが、目論見は失敗し、利用した柳生君に関しては、君の不手際の証拠まで持っていた。私の工作を公衆に晒しかねないうえ、学校の名に傷をつける可能性さえ出てくる。それは割に合わない。……さらに、金田君と柳生君の対立は既に解決し、金田君の成績と登校まである程度の保証が為される……。反面、私が君と同調する理由はないだろう?」


 無感情に教頭はそう訊く。巴山はうろたえる。


 「その、証拠を……教頭が教育委員会へ提出するんですか」


 「既に終わった。……君も知っての通り、生徒がその情報を手にするほどにばら撒かれている。昨日の取引の時点で手遅れだった。私が引導を渡したことにしなければ、学校の責任が問われる。だから私はキミを処分するしかないのだ。……ばら撒かれたデータは生徒が誤って流布したと言う事で納める……。そう言う取り決めだ」


 巴山はすっかりと感情を失い、呆然とした様子で立ち尽くす。反応が返って来ないのを見て、教頭はなおも淡々と事務的な報告を続ける。


 「事務作業はさっき済んだが、今日明日で君は停職、その後処分が決まるだろう。君には悪いが……パワハラに当たるような指導を行った責任は重い」

 

 話を終えると教頭は巴山の反応がない事を確認すると、そそくさと部屋を出て机に戻り事務作業を再開する。

 巴山は自分が教頭と共謀して柳生を金田にけしかけた証拠や教頭が行おうとしていたパソコン部への圧力の証拠も自分が持っていない事を悔いた。

 ――今、録音できていれば……。あの柳生のカスが隠れて俺の説教を録音してやがったように、俺もできていれば……。教頭の話に乗っかっていなければ……。いや、どうせ柳生のデータでバレる。……柳生のせいか。柳生のせいだな。そうだ、柳生のせいだ。

 巴山はトボトボと視線を背中に受けながら自分の部屋に戻る中で、そう心の中で繰り返し繰り返し考えていた。


 (続く)

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