第46話 激突

     ……………


 柳路地裏の小道は昼の日差しが差し込んで午後に来るよりもずっと明るい。その小さな路地に、金田の自信のない弱々しい声が響く。


 「……どうして……俺に押し付けずに……」


 柳生がいまだ息が整わないままに答える。


 「それだけお前が……大事な仲間なんだよ……! ……お前は、そう思ってないのか? お前はそんな、自分を犠牲にするほどに仲間を大事に思って、負担になりたくねえと言って、でも仲間が、お前にそう思うのは駄目だっていうのか?」


 「それは……。だが、お前は……」


 話を逸らすように金田はそう言う。

 柳生はすぐに答える。


 「お前が何の落ち度もなく俺の……『八つ当たり』を受け入れ、俺はお前に……申し訳ないんだよ! あれだけクソみてえな……もしお前に落ち度があったとしても許されないような行動をとっていた自分を……どうにかして、少しでも償いてえんだ……。情けねえ……。だが、そんなことよりも、お前は退学書類なんざ破り捨てて部活の連中と向き合いに行け。とにかくそれが今のお前に大事なことだ!」


 そう言って柳生は金田を掴んだ手を離し、息を整える。金田は困惑したような表情を見せながらも言う。


 「……俺は……部活の仲間を追い詰めてしまった……。俺の責任だ……今更戻ったって……」


 言い終える前に柳生は再び金田を掴み、目をカッと開いて怒り、叫ぶ。


 「それでも! あいつ等はお前を待ってる! お前が追い詰めた奴も追っている! お前は逃げてるんだよッ!」


 先程も指摘された『逃げる』という言葉に、金田が再び反応する。

 ――『逃げる』……俺は……三本と顔を合わせて話さなかった……。

その気づきを更に深めるように、柳生の言葉が続く。


 「お前は、必要ない責任を背負いこむぐらい良い奴だ……。だがな、それと同じくらい、人にぶつからねえ。避けて逃げてる。俺はそう言うお前が気に食わなかった! 拳の一発でも俺に、ぶつけてくれりゃ……不満の一言でも……弱みの一言でも教えてくれれば……俺は……俺は……。クソッ……!」

 

 金田を離し、どうしようもない感情を拳に乗せ、柳生は自分の腿を殴った。

 金田の脳裏には彼の言った言葉がこだまするように響き、巡っていた。

 ――『人にぶつからない』『避けて逃げてる』『拳の一発でも』……俺は……。俺は思えば、他人に自分の気持ちや自分が今どんな状況にあるか、一言も言ったことはなかった……。

 だから、三本にも……あんな風な事をしてしまった……。それ以外のやり方を知らなかった……。

 それに……俺は……柳生に……。


 柳生は顔を拭い、「すまねえな」と言いながら金田の方を向く。だが、彼は金田が真っ直ぐこちらを見て、何か決心のある様子を見せていたことに少し驚き、すぐに真っ直ぐ金田を見据えた。金田が口を開く。


 「お前は、全部俺が背負いこんでしまったら、自分が納得できねえ……そう言う事か?」


 柳生は彼の問いにはっきりと答える。


 「ああ。あれやこれやとグチグチ言いまくったが……お前が退学するというのなら俺は全力で止めて、俺が責任を取る」


 金田は拳を突き出す。


 「俺は、部活に戻る。だが、お前には退学だのなんだのしてほしくない。何か禊が欲しいというのなら、俺が、お前と喧嘩して……ぶん殴ってケジメ付ける」


 金田のその突拍子もない決断に、柳生は答えは見えていたかのように笑いを浮かべて答えた。


 「ああ、来いよ……ぶっ飛ばしてやる」


 柳生は前に金田にバットを振ったことでわかっている。自分は絶対に勝てない。そして柳生は理解している。一瞬前の、逃げ出した金田ならばそんなことは絶対に言わない。

 今、目の前にいる金田は、ぶん殴ると宣言するのに合わせて言ったように『部活に戻る』……逃げずに立ち向かう人間になったのだと、柳生は理解した。

 

 金田は柳生が構えるとすぐに格闘家の如き俊敏さで柳生の腹を狙う。対応の間もなく、ボディーに重い一撃を下された柳生は膝をつくが、しかし、それでもなお金田にしがみつく。金田は肩を貸そうかと一瞬思うが、柳生の目を見て、次なる拳を構える。

 柳生は身体に向けて振られる次なる拳に、覚悟し、受ける。


 『ドガッ』


 「うぐッ……」


 膝をつき、その場に倒れ込む。震えた声で柳生が言う。


 「……お、俺への……恨みは……晴れたか……?」


 金田が言う。


 「……お前に恨みが一切なかったわけじゃない……。お前が俺の部活を悪く行った時……俺はお前に怒りと憎しみを覚えた。俺以外狙うなと言ったのはその時の怒りもあっての当てつけだった。でもお前に退学してもらいたいなんてこれっぽっちも思わない。だから、俺だってお前を追い詰めた……お前も俺を追い詰めた……これでチャラだ。……駄目か?」


 金田が柳生に手を差し伸べる。

 柳生は笑ってその手を掴み、立ち上がって言う。


 「今まで、済まなかった」


 金田も同じ言葉を言った。


 「今まで、済まなかった」


 二人の罪人の同じ罪は同じ罰と共に贖われた。 


 (続く)

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