第44話 孤高の男
……………
退学書類を受け取った後、金田は母親にどうそれを伝えるべきか、考えあぐねていた。公園のベンチに腰掛けて、荷物を降ろし、金田は頭を悩ませている。日差しは初夏の昼下がりの陽気を示し、金田は少し汗をかいていた。もう、いったいどれほどここで悩んでいるだろうか。普段の彼ならば有り得ない熟考が続いた。
――俺の責任である事を示さなくてはならないが……。恐らく教頭たちが根に持っている事項はどれも過去の俺の振る舞いについてだ……。それも正当な退学勧告理由にはならない……。
素直に働いて家計を支えたいと伝える……? それだと……駄目だ、母さんがそれを許すとは思えない。
野球部の件の行動に責任を感じて……。勉学に追いつけないこと……。そういったことが重なって、複数の理由を挙げて行けば……大丈夫だろうか?
金田はいったん考えを打ち切って立ち上がり、荷物を背負うと飲み物を買いにコンビニへ歩き出した。気付けば時間も結構経っている。住宅街の歩道を歩きながらいつもの道へと歩みを向けて行く。『放課後ダンジョンクラブ』になってから、反省会の為にコンビニへ向かう道だ。
――毎度、靖穂が中心となって反省会での分析をしていた。他人の目から見た動きと判断をすり合わせて行くのがチームワーク……。賢い奴は見て動きを合わせられるが、それは一朝一夕のその場しのぎのチームプレイに過ぎない。パターン化と相手への信頼、こちらの動きと判断への相手の理解。それが連携してようやっとチームワークが成り立つ……。
金田はふと、いつも歩いていた道を眺めながら、反省会の事を思い出していた。そして、そこに居なかったもののことも。
――思えば、三本の事を俺自身も見ていなかったし、理解できなかった。……当然だ。これから学校辞めますと言っているような奴に大学に入るためにずうっと勉強している様な奴の事が理解できる筈がねえ。休み時間もずっと単語帳だのなんだのを開き、帰り道は親の車……それもきっと塾か家に直行しているのだろう。……俺はアイツの家さえどこだか知らない。友達でもなんでもない、ただの部活仲間……。そんなのに口うるさく小言をいわれりゃ誰だってうんざりするさ……。
金田はいつものコンビニへと入店し、スポーツドリンクと缶コーヒーを買う。コンビニ店内は涼しく、店内放送がやかましかった。
「あっ」コンビニを出ると金田は稲葉さんと鉢合わせる。稲葉さんは学校から結構な速度で走ってきたようで、一呼吸だけ置いた後、話始める。
「金田君、退学って……本当? みんな、心配してるよ」
金田は目をそらして答える。
「ああ、勉強について行けないし……家の方も大変でな……元々素行不良だ。いつ退学勧告されてもおかしくはなかったからな」
稲葉さんは首を振る。
「素行不良なんて言われる理由ないでしょ。皆知ってる。……今、國山先生が金田君の退学を止めるために動こうとしてる。……重吾は三本君を金田君に会わせようと動いてる。私と靖穂ちゃんはあなたを探して回ってた。……みんな金田君に退学してほしくないから」
金田は顔をしかめ、言う。
「……俺が決めた事だ。誰かに言われたからそうしようとしてるんじゃない。俺の選択だ」
稲葉さんは反論する。
「でも、金田君、野球部の柳生って人と……」
金田は咄嗟に大きい声で反論する。
「あいつは無関係だ!」
それに怖気づいて稲葉さんは黙る。金田はそれを見て、小さく「すまない」と言って立ち去る。稲葉さんは少しの間、自責と後悔からその場で立ち尽くしていた後、スマホで『放課後ダンジョンクラブ』の面々に金田と会ったことを伝えた。
―――――
――怖がらせてしまったな……。これで俺との関わりを断ってもらえると良いのだが……。
金田はアパートに帰る道でスポーツドリンクを飲みながらそう考える。歩道脇の並木が流れてゆく。まだまだ昼間。いつも見ていた夕刻の帰り道とは異なり、木々の影もそう長くなく、車どおりは少し少ない。少々曇り気味の空模様に変わってきたが、それでも初夏の気温が金田を包んでいた。
『今、國山先生が金田君の退学を止めるために動こうとしてる。……重吾は三本君を金田君に会わせようと動いてる。私と靖穂ちゃんはあなたを探して回ってた。……みんな金田君に退学してほしくないから』
――みんなが動いている……。俺の為に。それに重吾は、三本と俺を……。
金田は雲の間から射す陽光に揺れる木の影を歩きながら眺め、そう思いを馳せる。自分の決意が、揺れ動いている様なそんなことに気づいて、彼は首を振る。
――駄目だ。もう、書類は受け取った。それに、教頭の野郎は俺がいる限りは皆を目の敵にする。俺以外の奴でも既に二人、退学に追い込まれた奴さえいるそうだ。
金田は今日対面した教頭の蛇のような顔を思い出した。職員室ではわずかながらにうわべを装っていたが、金田が一対一で対面した時にはその本性のような表情で金田を睨みつけていたのだ。
――國山先生は俺の担任でもないのに、前から親身にしてくれたが……。あの先生は三本や重吾たちに必要な人だ。俺は一人でいい。
そう考えながら金田は、アパートに帰り、自宅の玄関を開く。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったのね……」
足を引きずりながら出迎える母に重吾は重々しく、口を開く。
「母さん……。その……」
(続く)
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