第43話 孤独なる男

     ……………


 柳生流は複雑な表情のまま吐き捨てるように大声で言う。


 「おれには……もうわかんねえよ! ……テメエがどういう事情か知らねえが勝手に大会抜け出して……四番のお前が抜けた事で攻撃の要は崩壊……そりゃそうさ、ウチは元々強豪校でもなんでもない、二年で飛びぬけた実力のあるお前と何とか追いつこうとしてきた俺以外は順当に三年でレギュラー入りしたもののここまで来れる様な実力じゃあねえ……公立の進学校なんざそんなもんさ……」


 遠くを見つめ柳生流は思い出すようにそう言った。


 「それでも、それでも! 最初はほんっの少しの恨みだった! 殴ってやろうなんて思ってもみなかったさ! 小言を言ってやりてぇぐらいの気持ちだ。てめえが居なきゃここまで来れなかったんだからな……だが……部活で散々お前と能力を比較された!」


 柳生は坊主頭をガリガリと搔きむしりながら叫ぶ。


 「テメエあの顧問野郎がどんな練習やってきたかわかるか?! 『金田はやる気はなかったが能力はピカイチだった』だの『金田は責任感はなかったが基礎はしっかりしていた』だの『金田』『金田』『金田』……うるせえんだよ! 競おうとお前を追っていた俺に……あてつけがましく……ことあるごとに……ワザワザ……お前が居なくなってからチーム成績も振るわねえ……。それに、俺らはお前が、自分勝手に抜けたんだと思ってたんだ! 顧問の野郎が何にも言わねえからな……ボコボコにしてやらなきゃ気が済まなかった! ……でも……」


 柳生は頭を抱える。


 「最初からテメエはずうっと無抵抗だった。調子に乗って殴りまくった……。そしたら急に休みと留年。流石に何かあったと責任を感じた。……でも、戻ってきてもお前の態度は変わらねえ……意味が分からねえ!」


 柳生は混乱と困惑と謝意と怒りがないまぜになって泣いている。その涙目で金田を睨みつけている。


 「俺はお前が嫌いだ、お前のこと何一つ知らねえし、お前は何も言わなかったから……部活の頃でさえも……。でも、おれは……昨日のお前の……言葉とか……周りのヘンな状況とか……違和感は覚えていた……。顧問あの野郎は俺がお前を殴ったことをダシに脅しをかけて、お前を殴り続けさせた! お前はお前で他の奴の為に、退学でも何でもしてやるって……無責任野郎が言うわけないコトを吐きやがる! それで……俺は気づいちまったんだよ!」


 息を切らして、柳生は金田に言う。その表情は言葉を紡ぐことで、感情と状況が整理され、そしてろくでもない現実に気づいてゆき、失望してゆくことが物語られるように動き。声はうわずった声で、小さく、発せられた。暗がりでその顔と声が、金田に向けられている。


 「……顧問あの野郎に利用されてた……俺は……。でも、俺は紛れもなくお前を憎んで殴り、お前をいじめてた……。金属バットで人をぶん殴るんだぜ……? ははは……。いかれてる……。俺は……。俺は……ただの、犯罪者だ……」


 そう言って膝をついて涙を落とす柳生を、金田は哀れむような目で一瞬見たが、すぐに、その表情は変わった。


 「俺が部活で何も話さなかったことが始まりだ。成績不良、部活も辞める、無断欠席する様な奴を体よく追い出す弱みを作ってしまった……。言い訳がましく聞こえる前に事情を話すべきだったのは俺だ。……だからこの件の決着も責任も俺が片づけるさ」


 そう言って金田は路地を出ようとする。柳生は「どこへ行く」と問うた。


 「学校行って直接退学書類でもなんでもサインしてやんだよ。お前が回りくどいことしなくてもそれで全部終わる」


 「それじゃあ俺が……」


 「お前に俺の退学は関係ねえだろ」


 そう言って金田は去っていく。

 柳生は光の中へ消えて行く金田を拳を握り締めてただ見ていた。そして少しした後、路地の中で、拳を地面に叩き付けて、その痛みに涙した。

 

     ―――――


 金田はそのまま、時間違いのバスに乗り学校へ向かう。学校に着くや職員室に直行した。

 職員室の戸が開かれ、づかづかと金田が出てくると、非番の教員が立ち上がりようを聞こうとするが、奥の机で作業をしていた教頭がすぐに立ち上がる。金田は教頭を見て言う。


 「話があります……退学の事で」


 他の教員が疑問の表情を浮かべている中、教頭は職員室の奥にある個室を指さして、金田を招き入れた。

 個室のソファに金田を座らせ、教頭はその向かいに座って話し始める。


 「退学とはまた急な話だね。……何かあったのかい?」


 乾いた笑いをしながらそう言う。


 「一身上の都合です。書類をください」


 それを聞き、教頭は少し黙り、ぎょろぎょろとその浮かび上がっているような目で金田を疑り深く見た。


 『キーンコーンカーンコーン』


 学校の二限目終了のチャイムが鳴る。だが、沈黙は続く。そしてチャイムが鳴り終わると、教頭は鼻を鳴らしてわらい、深々と刻まれたシワを歪ませて口を開く。


 「……フン。……ほら、これだ。ハンコとサインが必要だ……」


 教頭は用意していた退学用書類を出す。そして一言続ける。


 「自主退学勧告寸前だったのだ。こっちとしても手間が省けて助かるよ……」


 金田は黙ってそれを受け取ると立ち上がる。教頭はそれに念を押すように言う。


 「状況が変わらねば明後日、『パソコン部』の事が職員会議の議題に上る」


 金田は振り返って言う。


 「状況は変わりますよ。明日にはね」


 そう言って部屋を出て行った。

 ――不良問題一件、解決。

 教頭はそう考えた後一息つくと、すぐに立ち上がり、職員室での仕事に戻っていく。


     ―――――


 金田が職員室を出るとそこには授業を終えた國山先生が授業を終え、一旦職員室へと戻ってきていたようで、蜂合わせてしまった。


 「あっ」


 そう言う金田の手元にある『退学書類』を國山先生は見逃さなかった。


 「金田君それって――教頭が?」


 「俺が貰いに来たんです」


 そう言って金田は立ち去ろうとする。國山先生は金田の腕を掴んで引き留め、叱るように言う。


 「待ちなさい、金田君。あなたが退学するのを黙って見ているわけにはいかないわ」


 金田はうつむきがちに言う。


 「……スイマセン。先生。でもこれ以上迷惑かけたくないんです。誰にも」


 國山先生はそれにすぐに答える。


 「迷惑だなんて誰も……」


 「すみません」


 そう言って金田は先生の腕を振り払い、玄関の方へと走っていく。國山先生はそれをなりふりも構わずに必死に追いかけるが、金田はその健脚ですぐに後を追うこともできないほど遠くへと逃げて行ってしまった。

 ――金田君……。このままだと彼は……周りの人まで傷つけてしまう。なんとしても止めないと……!

 國山先生は息を切らしながら、学校の玄関でそう思い悩んだ。 


 (続く)

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