第42話 無間地獄
……………
金田修は夕日が沈み、夜の闇が訪れようとしている薄暮の歩道を走っている。流れる並木は今しがた点いた電灯に照らされて影絵のように浮かび上がって、走り行く金田の顔に映る電灯の光をチカチカと定期的に遮ってゆく。一瞬一瞬光に照らされる金田の表情は、少々考え込むような様子だった。
――金属バットで殴られても、打撲だけ……。明らかにおかしい。……何故骨折の一つもしない? 俺の身体に何が起きている? ……だが、柳生を人殺しにせずに済んだので良しとするか。……。
金田は走るのに意識を集中し始める。悩みがある時は彼は何かに集中することにしている。そうすることで悩みを考え続ける思考を一度リセットし、精神衛生を保つという彼なりの合理的な行動である。
金田修は成績こそよくはないが、そう言う面での合理性は優れていた。
バス利用する帰路を小一時間走り、彼は自宅である市営アパートの三階に着く。
「ただいまー」
「おかえりなさい、夕飯出来てるから早く手洗いなさい」
足を引きずりながら金田の母はキッチンから玄関へ顔を出す。彼女の怪我は既に完治し、後遺症こそ残ったが、生活に大きな支障をきたすことはなかったのだ。
「はいはい……」
そう言って金田は洗面所へと向かう。
―――――
金田が夕食のカレーを食べている中で向かいに座る彼の母が質問を投げかける。
「学校、部活はどうなの?」
金田は手を止める。彼の母は話を続ける。
「最近、楽しそうにしてたのは新しい部活のおかげなんでしょう? 上手くいってるの?」
金田はちょっと考えながら訊く。
「……そんなに楽しそうにしてた?」
彼の母は笑って言う。
「ええ、ちょっと前まであんまり元気なかったのもあって、余計ね」
彼は目を一瞬逸らして答える。
「そっか……。学校は……まあ、楽しくやってるよ」
「そう、あんまり家のこととか気に病みすぎるんじゃないよ。あんたが元気に通ってればそれでいいんだから」
「ああ」
――このカレーだって、一年前と比べれば一人分減っているのに母さんの食べる量も減っているのに、俺が食べる分が変わっていないのに、もう全部なくなっている。……親父が死んでから……母さんの私物が少し無くなっているのも知っている。家計簿を横目で見て、苦しいことも……。全部知っている。だから、俺は……。
彼は目を逸らしたまま、食事を続けた。
―――――
食後、金田は自分の部屋に戻り、スマホでバイトアプリを利用して、周辺でのバイト情報を次々見て行く。
――やれやれ……バイトじゃ足しにもならねえよ……。だが、どうせ来週にでも俺は退学を迫られるだろう。いや、今日の事で向こうも急ぎ足になって明日にでも強行突破してこようとするかもな。……どっちでも、どうでもいい。元々学校は辞めるつもりだったんだ。それを重吾に誘われた部活……『ダンジョンクラブ』が思いのほか……。
「……っ」
金田は自分でそう考え、気づく。さっき母親に指摘されたように、パソコン部での活動を自分の思っている以上に、自分で楽しんでいたことを。
そうして、ため息を吐く。
――いつの間にか部活に熱くなりすぎてしまった。……三本の奴、確かにいけ好かねえが、それ以上に俺も良くない態度を取っていた。アイツの気持ちを思った以上に踏み込み過ぎて、踏みつけてしまった。……悪いのは俺だ。……だが、辞めるにはいい機会だ。みんなにまで被害が広がらねえうちに……。
部屋の電灯の明かりが金田の丸坊主から少々髪が伸びた短髪の頭に当たり、その表情に影を落としている。その悲痛な表情は闇の中にあった。
だが、彼はすぐに顔をあげ、考えるのをやめてベッドに向かっていった。
――方針は決めた。そのまま進むだけだ。
彼はそう決意し、眠りにつくのだった。
―――――
翌日。彼が最寄りのバス停に向かうと、そこで柳生が待ち構えていた。彼は思いつめた表情と周囲をちらちらと見る落ち着きのない様子をしていて、明らかに周囲から浮いていた。だが、バスを待つ学生らは特に気にした様子もない。
彼は金田を見つけるとすぐに駆け寄り、小声で話しかける、しかしその声には怒りが込められていた。
「ツラ貸せや」
「……?」
金田は不審に思いつつも先行する柳生の後に続く。
柳生は人気のない路地裏で立ち止まり、金田に振り向く。そして先ほど以上におどおどとした様子で話す。
「……お前、昨日、パソコン部に手を出さなけりゃ、退学でも何でもしてやるって言ってたよな」
金田はそれを聞き、呆れた様子で答える。
「……そのことか、ああ、してやるさ」
だが、柳生は首を振って答える。
「パソコン部に圧力がかかることになった……。許可なく危険な遊びをしてたとかでな」
「……はぁーっ……」
――ダンジョンのこと、『教頭』の連中が知ったのか……? あいつらが圧力をかけずとも俺は辞めるってのに……!
金田は顔を手で覆いため息を吐く。そして、何かに気づいて、目の前の柳生に訊く。
「お前はなんでそんなことをワザワザ伝えに来たんだよ」
柳生はニキビ跡の残るその顔を少ししかめながら話す。
「俺がお前を追い込みすぎて休ませ、退学に持ち込んだことにする。そうすりゃお前のお仲間が追い込まれる理由が薄くなる」
金田は深まるばかりの疑念を問い詰める。
「だから、なんでお前がそんなことを……」
「俺だってわかんねえよ!」
柳生は路地裏に響く大声をあげる。その拳は固く握られ、肩は震えていた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます