第41話 帰宅部のやられ方
……………
金田修はパソコン室を飛び出して、一階へと階段を駆け下りた。そのまま渡り廊下を進み、正面玄関を出る。夕陽は学校の駐車場を照らし、金田の額に深々と示されているシワをくっきりと浮かび上がらせる。金田はそのまま駐車場から校門へと一直線に向かうが、それを止める声がグラウンドから響いた。
「オイ、待て、金田」
金田がその声の方を見遣るとそこには三人の野球部員が立っていた。一人は金田の元同級生・
柳生は夕陽の当たらない木陰で、笑っているような、怒っているようなどちらともとれる奇妙な表情で金田を呼び止めていた。薄暗い中に立つ彼に向け、夕陽の中にいる金田は、何も言わずに木陰に足を踏み入れた。柳生は金田が近づくと、すぐに胸ぐらをつかみ、木陰の奥、グラウンド倉庫裏に引き連れ、そこで、笑いと怒りの滲んだ声を震わせた。
「テメエ……。まだのうのうとくだらねえ部活やってんだってな? 聞いたぜ? ゲームだかで他の陰キャどもと一緒になって、『ご活躍』してるってな……。いい御身分だな、オイ。お前はそうやってくだらねえ野球なんざ飽きたら捨てて次のモンに手ェ出して成功できるんだもんなァ? ああ?」
周囲も冷徹な目線を金田に向けている。金田はその目を見て、黙ってその怒りと笑いを含んだ罵声を聞き終えると、一言いう。
「部活はやめたよ」
その言葉を聞いて柳生は笑う。
「ハッ! テメエはまた見棄てるってか! クソッタレの自己中野郎がよ! ハハハハ! テメエは何にも続けられねえクズだって、パソコン部の奴らも気づいたろうよ! とんでもねえクズだな、やっぱテメエはよッ!」
『ドン』
野球部で最も身体が発達している柳生は体重をかけて金田を押し倒そうとする。その動きを察知した金田はわざと後ろに重心をずらすことで、倒されたように見せかける。
「ハハハ……。運動辞めて鈍ったんだろうよ……。パソコン室にバットなんか持って行く未練タラタラの癖に、練習はさぼってんのか? 前から俺はそういう、テメエの中途半端な所が気に食わねえんだよ!」
そう叫んで柳生は馬乗りの状態から金田の肩に向け拳を振り下ろす。何日も何日も殴り続けアザになっている筈の箇所だ。
『ガッ!』
だが、その拳は金田には効かなかった。柳生は金属を殴ったような痛みを覚え、すぐに手を離した。
――コイツ……先週あたりから……おかしいぞ。どんどん身体が固くなっている気がする……。
柳生がズキズキと痛む手を抑えながらそう考える中、他の二人の野球部は不審な顔で、柳生に伺う。
「流、どうしたんだよ」
「……こいつには拳じゃ足りねえことがようやくわかったんだよ」
そう言って柳生は、地面に転がる、先程まで金田が背負っていたバックから、バットを引き抜いて拾い上げる。野球部の一人がそれを見て、柳生に言う。
「流石に金属バットはヤベエよ、流!」
柳生は彼に向けて耳打ちするように言う。
「頭狙わなきゃ大丈夫だよ……お前らが抑えてりゃあいい、それに、先生からもお墨付き貰ってんだ、おれらが学校にどうこう言われることはねえんだよ」
「あ……ああ」
そう言って野球部員の一人は、すぐに金田を抑えるような姿勢をとる。もう一人も察して動く。だが、金田は完全に無抵抗で、抑える必要などなかった。無表情で赤く染まる空の流れる雲を眺めている金田に、柳生はぼそぼそと話す。
「テメエ……余裕ぶってんじゃねえよ……! 先公に助けてもらう気かぁ? そん時はテメエの周りの奴も……」
その時、ぎょろりと金田の目が柳生を捕らえ、重々しい声が響く。
「俺の周りだと?」
柳生はそのすごみに一瞬怯え、そしてすぐに怒りを覚えて叫び、バットを振り下ろす。
「状況を考えろバカがァッ!」
『ガァアアン!』
金田は歯を食いしばり腹部に振り下ろされたバットを耐える。不思議と彼には拳で殴られたくらいの痛みにしか感じられなかった。
だが、手ごたえを感じている柳生は少し怯えたように金田を覗いている。
金田は、柳生を見てさっきの言葉をつづけた。その声に震えや焦燥感は全くなく、完全に先程と変わらない様子だ。
「俺の周りの奴をどうするって?」
柳生はその言葉に驚きを覚え、バットを握り、更に錯乱した様子でガンガンと金田を叩きまくった。見ている二人の野球部員は少々恐怖を覚えたが、顔色をあまり変えずに受け止める金田を見て、柳生への恐怖よりも、金田への畏怖の方が勝っていった。
『ガンガンガンガンガンガン!』
滅茶苦茶に殴られる金属バットに金田は少々の痛みを覚えながらも通常ならば骨が折れているであろうに、全くそんな気配のない事に、本人さえも違和感を覚えていた。
――どうなっている? ……こんなに、頑丈なことあるか?
骨折した経験が一度もなく、大きな怪我をした経験もないとは言え、金田も自身のこの異常な頑丈さはおかしいと自覚し始めている。打撲としての痛みはじわじわと増えているが、一行に骨折や内臓的な痛みを感じることはない。
そして、肩で息をして柳生はバットを地面に落とす。金属バットの転がる音が響く。
金田は、打撲傷のズキズキとした痛みを感じながらも終わった途端にすくっと立ち上がる。金田を抑えていた二人も、後半は抑えることもせず、ただぼうぜんと柳生の必死のバット乱打を眺めているだけだった。金田は息切れもせず、ただ痛みに少々顔を歪ませながら柳生に言った。
「俺以外を狙うな。それが守られるなら、お前らのお望み通り退学でも何でもしてやるよ」
そう言ってバットをしまって、荷物を持ち、木陰から夕陽の当たる校門への道に足を踏み出して行った。
柳生はその少し後、「クソッ!」と言ってグラウンドの地面を薄暗い中で殴っていた。
(続く)
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