第40話 帰宅部、金田修

     ……………


 三本離脱の直後、金田は反省していた。彼が三本に目を合わせて話をしなかったこと、煽るような物言いをしたこと、今の彼もまた三本と同じく、焦りを抱いていること……。そして、三本がそこまで追い詰められていたこと。それは金田にとって……いや、この場の全員にとって予想外であった。

 重々しい空気が流れるパソコン室で金田は立ち上がり、國山先生に言う。


 「俺……部活辞めます」


 「なっ……金田君、あなた何を……」


 「三本が居なくなった責任もあります。それ以外にも、母の体調が最近また、ちょっと……。あんまりみんなに気ぃ使わせたくはないので……」


 重吾が立ち上がり、金田の肩を掴む。

 

 「修君、ホントかよ。良くなってたんじゃないのかよ? 親御さん」


 金田は重吾の方を見ず「ああ」というだけだった。その後すぐ、重吾の手を抜けて、荷物を取り、帰ってゆく。

 重吾は、その手から金田が抜けた際に、何かに気づいて「え?」と声をあげた。


 夕焼け射す廊下へと去っていく金田の後ろ姿を呆然と見つめながら、重吾は『まさか……いや、でも』と疑念を巡らせていた。

 その呆気にとられるようなその様子に、稲葉さんは心配そうに重吾に声をかけた。


 「重吾……? どうしたん? 金田君に何かあったの」


 重吾は考え込むような様子で、答える。


 「いや……その……。肩にあざがあったような……」


 「アザぁ!?」


 國山先生や靖穂も加わり、稲葉さんと共に驚く。國山先生や靖穂は『まさか迷宮で?』と考え驚いている。そんな中、重吾は言葉を続ける。


 「いや……でも、何時からついていたのか……見間違いかもしれない。迷宮でついたとも限らないわけだし……」


 稲葉さんは何かに感づくような様子で言葉を紡ぐ。


 「まさか……。野球部の人……。でも……」


 國山先生が稲葉さんのその言葉を聞き逃さずに、彼女に向かって訊く。


 「稲葉さん、何か噂を聞いているの?」


 稲葉さんはおずおずと頷いて言う。


 「はい、前の……陸上部の友達と喋っている時に訊いたんですけど……。野球部、未だに金田君が突然大会を抜けだした後、退部したのを根に持ってるみたいで……」


 國山先生が眉を動かし、疑念を抱いた表情で言う。


 「それは、教員から説明があったはずよ。……金田君の行動と退部の理由も……」


 「その噂ではドタキャンした後に突然退部したとしか……。ちゃんと伝わっているかは野球部に友達がいないので私には……」


 あわあわと答える稲葉さんに國山先生はすぐに「ありがとう、稲葉さん」と感謝を述べ、少々考え込むような様子を見せる。

 重吾もまた、そのことについて、國山先生に訊く。


 「修君、退部の際や停学の際に何かあったんですか? あいつ、おれにも詳細を教えてくれなくって……」

 

 國山先生は答える。パソコン室に差し込んだ夕陽、それの作り出す影が先生、重吾、稲葉さん、靖穂らの顔に赤と黒のコントラストを生み、セピア色の世界が作り出されていた。


 「彼……。野球部二年でレギュラーに大抜擢された優秀な生徒だったそうなんだけれど、全道大会決勝に、親御さんが交通事故に遭って、それで大会を当日に抜けだしてしまったのよ……」


 稲葉さんはそれを聞き顔を曇らせる。靖穂は今までの金田の行動を鑑みてその先を予想する。重吾は、その予想された行動を口にする。


 「それで……修君は事故に遭った親御さんの介護を……」


 「元々、お母さん一人だったそうだから……。介護と言ってもヘルパーさんに頼むこともしていたのだけれど、それでもやれることを全部やりたいといって、内密にバイトしてたみたいでね……。そこは流石に私も注意したけれど……。気づくのが遅くて、他の教師も察知して、停学……。そのまま留年。……だけど、少しおかしいのよね」


 そう言った國山先生は、重吾たちが自分を見る目を見て、「あっ……」と声を出す。靖穂が訊く。


 「なんです」


 國山先生は苦々しい表情で言う。


 「あんまり……今の話は他言しないで、信用問題だから……」


 靖穂はそれに頷いたうえで訊く。


 「ええ。それで、少しおかしいというのはどう言う事でしょうか」


 國山先生は溜息をついて、自分の失敗に呆れつつ、懇願するように言う。彼女のその言い方は心苦しさも見て取れる、息の詰まった物言いだった。


 「それは、立場的に言い難いのよ……。確定したわけでもないし、何より生徒が訊くべき様なことじゃ……」


 重吾はそれに口を挟む。

 

 「でも、先生。おれたち、ここに居ない健も含めて、友達だし、仲間なんです。勿論、先生も含めてね。……修君に何か起きてるかもしれないし、先生の言いかけた話は修君のその直面している問題に関係しているかもしれない……少なくとも先生はそう思っている。それなら、おれたちにも、教えてほしいです」


 稲葉は口走る重吾をはじめ止めようとしたが、すぐにそれを止め、先生の目を見た。靖穂も頷いて先生を見る。

 國山先生は三人の眼差しを見て、一瞬目を瞑り、そして、重吾を見て口を開いた。


 「……私は金田君の停学、そして留年に対して職員会議で抗議していたの。たまたまバイトを見つけて注意して、事情を知っていたのもあって、彼のことを放っておけなかったのよ。それに、一度注意を受けた後はすぐに辞めていたのよ。けれど学校は一度の過ちで彼を停学、更には留年に……」


 重吾が口を開く。夕焼けに赤く照らされたその顔は何かに気づいたような表情だった。

 

 「学校側が故意に留年させたってことですか……?」


 (続く)

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