第39話 忍び寄る悪意

     ……………


 一層のボス部屋から逃れ、三本は重吾に訊く。


 「どうしてここが……」


 「お前を探してたら、渡瀬さんが教えてくれてな。モラクスのところに一応行ってみたら、妙な壁が出来ていて……モラクスはそんな魔術持っていない筈だったから、何かおかしなことが起きてるんじゃないかって……。一体何だったんだ?」


 「バグみたいなものだろう……。それよりも、何故僕を探していた?」


 三本は肩を担がれながら重吾に訊いた。重吾は真剣な面持ちで答える。


 「修君がお前のことでかなり責任を感じている。それに、他の奴らの『いやがらせ』や親御さんの体調も絡んで退学させられそうになってんだよ」


 「え?」


 三本は全く知らない事情を聴き、呆然となる。


 「……お前に伝える機会を作れなくて申し訳ない。修君はお前も知っての通り元野球部のエースだったが、親御さんの病気介護で大会直前に部を止めて以来、逆恨みやら成績不振やらで一部の教員や生徒から……目の敵にされてるんだよ、抵抗もしないのでやりたい放題なんだ」


 三本は心の中心を支えてきたものが、先程の敗北と一緒にぐらりと崩れ、片隅にあったものが急に前面に出る様な感覚を覚えた。金田への怒りや不満は全部自分の単なるわがままであり、さらに言えば金田や他の面々に対しても、三本は知ろうという行動や努力をしていなかった。目をそらし続けていた。


 『もう少し受け止めてもいいんじゃないか?』


 『ああそうだな。留年の暴力野郎となんざ話し合いたくはねえだろうな。だが他の奴は違う……。お前はそれすら避けている』


 心のどこかで、それが客観的な事実だと認めていた。そして心の中心にある対抗心やプライドがそれから目をそらさせ、上昇志向へと繋げていた。誤魔化していた。

 そして、三本は、その事実を認め、プライドが壊れ、次なる思いを脳裏に抱いていた。

 

 ――相手の正論を、相手が気に食わないからと言って……。相手を知らないからと言って……。僕は知ろうともせずに、知ろうという努力すらせずに、僕は逃げ続けた……。僕は、僕は恥ずかしい人間だ。……僕はただただ逃げ続けた、クソ野郎だ。

 重吾の抱える肩から抜け出すように、力を失った三本は、その場で座り込み、留まる。


 「おい、健……」


 顔を手で覆い、髪を掴み、三本は矛先の変わった怒りを自らにぶつけ、呟く。


 「僕は……。僕は……」


 重吾が両肩を掴み、諭すように三本に伝える。


 「健。修君はおれが思うにお前のことを怒ってはいない。むしろお前と同じく、自分を責めている。お前らはどっちも状況は全く違えど同じような状態になっている……。けどそれなら解決法は簡単だ」


 「解決法……」


 涙目の三本が重吾を見る。彼の顔には励ますような微笑みがあった。


 「顔つき合わして謝るんだよ、話し合えば解決する。おれが保証する」

 

 「でも、僕は……」


 「ん? 謝る気無かったか?」


 「い、いや……謝りたい……でも、謝って許されたくはない」


 重吾はそれを聞いて笑う。


 「ははは! だったら謝った後にでもそう言っとけ! とにかく謝りに行くぞ。……修君の方も色々わだかまってるんで一仕事あるがな」


 「……ああ」


 重吾は三本の肩を担ぎ、エントランスへと引く。三本もまた自ら足を前に進める。

 少し薄暗い通路の先に、ゆっくりと強い光が射して行く。エントランスホールの眩いように思える光の中へ、通路の暗がりから、三本は重吾に引かれて入ってゆく。温かさを感じるその光に包まれると、三本は瀕死状態を脱し、みるみるうちに体力を回復していった。

 エントランスの光の中心にはDMダンジョンマスターがいつもの如く微笑みを浮かべ、その翼を広げ、自らの両手を正面で握り、空中にふわりと浮きながら、待っていた。

 三本はその時、目の前の彼の手のひらが真っ赤な色をしていたことをふと思い出した、その記憶は少々不穏な感覚を三本に呼び起こしたが、DMダンジョンマスターの優しい声色を聞くとその感覚は忘れ去られた。


 「ふむ……三本さんが一層でそこまで苦戦されるとは……。何事かあったのでしょうか?」


 三本はその言葉に、先程の惨事を思い出し、そのことの仔細しさいを彼に説明した。

 DMダンジョンマスターは頷き、一切の動揺も様子の変化もなく答える。


 「どうやら、モラクスに何らかの『悪霊』が『混交』した様子ですね……。たまにあるのですよ、名前や性質の似た『悪霊』同士が『混交』……混ざり合う事が……。モラクスは特にそれが顕著なご様子……。一度私が直接調整しますのでご安心ください。もうこのようなことは起きません」


 「ああ……。わ、かりました……」


 三本はその言葉を少々疑ったが、特に反論や反対する必要性もなく、何より重吾が急いでいる様子だったので詳細を聞くことはしなかった。

 その会話が終わったのを確認するや否や、重吾は急かすように三本の腕を掴み、出口を指して言う。

 

 「早く行こう。修君、ちょっとまずい状況なんだよ。健も時間空いているの今ぐらいだろ」


 三本は腕時計を確認し、親の迎えがまだまだ先なのを見て「ああ、早く行こう」と、そそくさと出口へ向かっていった。

 その様子をDMダンジョンマスターは相変わらずの笑みで見ていた。そして、彼らが去った後、前で組んでいた手を広げ、迷宮の通路へと向かっていく。その顔は誰にも見られてはいなかった。そして同時に、この場所にいる冒険者の誰にも、見られてはならない表情だった。


 (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る