第38話 封じられた悪霊

     ……………


 モラクスはその口を開き、ホールに響き渡る重低音によって紡ぎ出される声を発する。三本はその声に、以前戦った際には感じた事のない何かを覚え、全身が逆毛立つ。


 「久しいなぁ、吾が魂の解放者よ……」

 

 三本はその言葉に疑念を抱きながらも、姿の定まらないこの状況の把握を優先し、黙ってモラクスのステータスを確認した。

 

 

 伯爵にして総裁 モ/?ロ……ラdddクdddス HP2-・ss1hhh/215 

 ・戦闘点BATTLE POINT:89#(0$00000)

 ・知力点INTELLIGENCE POINT:211’%&「50”0//!!00

 ・感知点SENSE POINT:50?&0’’0/””00!0

 ・予知点PRECOGNITION POINT:26xx0!00?0

 ・技能点TECHNIC POINT:50”’&00%「00??0


 ――やはり、バグか? しかし、これは……。

 姿さえも不確定、ステータスも不可解な目の前のモラクスに対して三本は今までの行動への執着心などをいったん忘れ去り、純粋な困惑と疑念を覚えていた。

 それを嘲笑うかのようにモラクスは口を開く。


 「……やはり『分離』後の身体は未だ封印の中にあるか……。『癒着』も不安定で、貴様も吾が存在を認識しがたいと見えるな。フン」


 三本を見定めるように、その漆黒の瞳をモラクスは動かし、反射する光が黒い体毛の中でうごめいている。姿の定まらない相手に対して、三本は、しかし、当初の目的を思い出し、魔術の詠唱を開始する。


 「フフン……何かに囚われている様子だな。しがらみに囚われ、欲望に囚われ……全く生きるとはままならぬものよ。まあ、吾輩は生きてはおらぬがな」


 朗々と目の前の状況を気にもせずに話すモラクスめがけ、三本は自らの怒りと共に魔術を発する。


 『ドガアアアアアン!』


 三本の期待通り、その魔術はモラクスに到達すると、魔術結合をしかと結ぶ。だが、モラクスは誇りを払うように手でその結合を解呪する。

 ――何!?

 三本の驚く顔を見つつ、モラクスは話を続ける。


 「小手先の呪術か。『システム』による些末な強化もこの身体には侮れぬが……本来の力を取り戻しつつあるな。フフフ……。システム……。フフフフ。口にするだけでも苛立ってくるわ……。この苛立ち、悪いが貴様に向けさせてもらおうか……」


 モラクスはその悠然とした振る舞いのまま、笑い、そして黒き体毛に覆われた人間の腕を三本へ伸ばし、てのひらを開く。そこからは魔術的結合が生き物のようにうねり、アルファベットと不明な記号で綴られたそれが地面へと張り付いてゆく。


 ――モラクスが地面を使った技……!? 知らない技だ!

 身構える三本の目の前、飛翔する鳥のような速さで地面を這った魔術的結合は力を発揮し、触れていた地面の石畳を動かし、変質させ、無数の針を隆起させる!


 『ドガガガガッ!』

 

 先程の魔術的結合と同等の速度で隆起するその針は三本をしっかりととらえる。彼はその攻撃を寸前まで予想できず、針を咄嗟に避けようとして、みじろぎ、隆起によって作り出された地面の突起につまづいて倒れる。

 

 「う、うわあああ!」


 『ガガガガガッ!』


 三本は必至に逃れようとするが、針の連撃を受け、瀕死状態へと陥る。だが、それでも、三本は地面に這いつくばって逃走を試みる。憎しみと怒りとが入り混じった罵声と上げながら、三本は進む。


 「気絶せずにいるか……。だが退路は断たせてもらおうか」


 モラクスのその言葉と共に三本の目の前の石畳が壁となり、塞がれる。


 「クソッ……! クソッ……!」


 三本はそう言いながら、魔術を準備する。モラクスは三本に向けてゆったりと歩み寄りながら話す。

 

 「ほう、割り切りは良いようだな。まあ、そうかっかするな。どうせこの迷宮では死なぬのだから……」


 『バリバリバリィイッ!』


 三本の電撃が有無を言わさずモラクスへと飛来する。だが、それを予測していたモラクスは手を煙を払いのけるように軽く動かす。雷とも思える電撃はあっけなく霧散してしまった。


 三本はすぐさま次の魔術を用意する。壁にもたれ、瀕死状態で立つことすらも難しい状態、形勢は不利、相手は圧倒的格上、自らの魔術も効かない。しかし、その目には未だ闘志があった。それは決して自棄になっての行動ではなく、だが勝算あっての行動でもなく、ただただ目の前の物に対する対抗心からであった。

 ――負けて、たまるかッ!

 怒りとプライドからくるその闘志に、三本は無自覚に燃えがっているのだ。

 モラクスはそれを見透かすように見つめ、口を開く。


 「フン、未だその闘志を燃やすとは。随分な向上心、いや、その根底は『しがらみ』か……。何とも哀れだ……。だが、いい友を持ったようだな」


 モラクスがそう言って笑い、ホールの中心へ振り返る。

 三本は呆気にとられ、用意していた呪文の詠唱も寸断し、状況を理解できない瞬間が訪れる。そして、その一瞬後。


 『ドガララララッ!』


 三本の後ろの壁が崩れ、彼はその壁にできた穴から出た手に捕まれ、そのまま、壁の中へと連れていかれた!


 「なっ、あっ……!」


 三本に肩を貸し、走る、その男は重吾だった。

 

 (続く)

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