第11話 魔王

     ……………


 異様な雰囲気を纏うその牡牛頭の男は重吾たちを睨みながらも、身動ぎ一つせず佇んでいる。しかしながら、その男の持つ『圧』は全員にわかるほどに練り上げられ、緊張感を覚えさせる。

 その中で、三本が、先んじて動く。彼は手で十字を切り、呪文を口ずさむ。


 「これらの日の患難ののち直ちに日は暗く、月は光を放たず、星は空より隕ち、天の万象、ふるひ動かん」


 電気を帯びた文字の紐が真っ直ぐその『悪霊』へと飛び掛かってゆき、当たる。

 これが三本が得た攻撃魔術。避けることのできない強力な電撃が相手を襲う。悪霊の前に120の文字が映る。

 重吾が言う。


 「でかした、健! 開幕でこれだけ削れば……!」


 靖穂が前を見て言う。


 「……兄貴。ステータスを見て」


 前に出ようとする重吾はステータスを参照する。


 伯爵にして総裁・モラクス HP1095/1215 

 ・戦闘点BATTLE POINT:89

 ・知力点INTELLIGENCE POINT:211

 ・感知点SENSE POINT:50

 ・予知点PRECOGNITION POINT:26

 ・技能点TECHNIC POINT:50

 『呪い』『火球』『爆発』『ウィスプ招来』を使用する。


 「知力211!? いや、それよりも……全てのステータスが……!」


 その時、國山先生が叫ぶ。


 「みんな離れて!」


 『パチッ』


 悪霊が指を鳴らす。その瞬間。その指の先から急速に言葉の紐がこちらに飛ぶのを三本はかろうじて視認する。

 次の瞬間。


 『ドガァアアアアアアアアン!』


 國山先生の予知により九死に一生を得た各々は50近いダメージを負い倒れながらも立ち上がる。


 ――クリーンヒットを避けてこの威力! ゴートマンの時のような予備動作もない。一瞬でこんな魔術を……!


 靖穂はそう戦慄し、なんとかよろめきながらも起き上がる。彼女は瀕死状態にあるのだ。

 彼女はその耳で、ホールに響く耳鳴れない声を聴く。


 「……やはり魔術を使ってもこの程度か……忌まわしき『封印』めぇっ……サルガタナス様に顔向けできぬ……!」


 「……あの悪霊……喋っている……?」


 モラクスは怒りで食いしばりながら、腕を横に振る。それはまるで軍を制止するかのような動きであった。その瞬間、彼の後方の空中に36の青白い火の玉が現れる。それらは彼が横に振った腕を重吾たちに向けることで一斉に突進を開始。重吾たちめがけて飛び掛かって来た!


 「な……なんて数だ!」


 そう叫ぶ三本の目にはあの火の玉の情報が映る。


ウィル・オ・ウィスプ HP100/100

 ・戦闘点BATTLE POINT:40

 ・知力点INTELLIGENCE POINT:0

 ・感知点SENSE POINT:50

 ・予知点PRECOGNITION POINT:10

 ・技能点TECHNIC POINT:0

 『自爆』を使う。


 ――『自爆』するタイプ……僕の『電撃』じゃあ一体一体を倒していく必要がある……MPが足りなくなるのは明白だっ!


 そう考え、逃げることを選択する三本にウィスプが7体突撃してくる。重吾や稲葉さん、そして最前にいる金田も同時にウィスプの餌食となる。

 

 「うわああああ!」


 『ドガァアアアアアアアン!』


 5、3、7、4、5、7、4と三本は計35ダメージを受け、無事だった。彼の背には國山先生から伸びる紐が繋がり、魔術が施されていたのだ。次々とウィスプの爆発を受ける面々であったが、前列に居た三本の他、重吾、稲葉さんらは先生の術により魔力の防壁に守られ軽傷で済む。


 「クッ……!」


 だが、國山先生は3人同時の魔術使用によりMPの不足で倒れ、気絶する。そこへ残ったウィスプの大群が総攻撃を仕掛ける。


 「させるかァアッ!」


 煙に巻かれながら、一人、最前の位置からすぐに走り抜けて来た金田がウィスプの雨に一人ぶつかる。彼は國山先生の盾となるように15体のウィスプの爆発を一人で受け止める。


 『ドガガガガガガガ……』


 爆発の鳴り止む頃、金田は『死亡状態』となり、國山先生も『気絶』および『瀕死』の状態となっていた。

 土煙舞う中、靖穂は重吾と稲葉さんに位置を指定し、動けない二人を担ぎ、逃げることを指示。三本もまた必死に立ち上がり、おぼつかない足取りで逃走に入る。

 一行が必死で逃げ去る中、モラクスは遥か後方のホールの中心で黙って佇んでいる。攻撃するでも、ウィスプを招来するでもなく、腕を組み、その暗い瞳で眺めていたのだ。


 ――あの『モラクス』という悪霊……さっきも気になることを呟いていたけれど……追撃もしてこない……この迷宮ダンジョンやはり、何か気になることが多い……。

 そのように思いながら靖穂は、重吾と稲葉が煙を抜けるまでの間、黙って観ているだけのモラクスに疑念の目を向けていた。


     ―――――


 一行は一目散にホールから逃げ、エントランスへと戻って来た。そこではDMダンジョンマスターが中心に佇んでおり、事情を察した彼はすぐに全員のHPを最大まで回復させた。

 

 「これでいいでしょう。……私としてもそろそろ皆さんを探す頃合いでしたので手間が省けました。今のうちならば皆さんが迷宮ダンジョン内で全滅されてもその日のうちに必ず回復させるのでご安心を。ですが、最小限の犠牲でここまで戻る経験もまた重要なものです。随分と魔術も習得されたようですしね」


 DMダンジョンマスターのその言葉のあと、靖穂が、彼に質問する。


 「あの『モラクス』という悪霊、他の者とは違うようだけど、一体何なの」


 DMダンジョンマスターはその質問に笑顔のままながら、一瞬、返答の間を置いた。靖穂にはそれが意味のある間に感じられた。


 (続く)

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