第2話 ようこそ『ダンジョン』へ

     ……………


 「コイツは……一体……」


 重吾はそう呟く。彼の目線の先に立つ、羊の角を生やした半裸の男は西欧風の顔つきと180センチはあろうという長身に筋骨隆々の体格を持つ者で、生徒たち全員がその威圧感に少々の恐怖を覚えている。

 その男は口を開き、何かを呟き、手を前にかざす。

 健が何かに気づく。


 「!? おいおい、嘘だろ!」


 その男のかざす掌の前に、どこからともなく火の玉が出現し始めたのだ。

 その火の玉は男の何語とも知れない呟きが終わるのと同時に目の前の重吾に向け飛ばされる。


 「!」


 重吾はすかさずその球を避ける。だが、彼の後ろにいた健は運悪く足にその炎を受ける。

 

 「ウワァアアッ!」


 「大丈夫か健! ……な、なんだ!?」


 重吾は脚に炎を受けた健を見るが、彼の目には健の他に、文字と数値、そしてゲームのHPバーのようなものが映っていた。


 三本健 Lv1 HP35/60 MP15/15

 ・戦闘点BATTLE POINT:8

 ・知力点INTELLIGENCE POINT :9

 ・魔力点MAGIC POINT :15

 ・感知点SENSE POINT:18

 ・予知点PRECOGNITION POINT:10

 ・技能点TECHNIC POINT:9


 ――これは……ゲームのステータス? ……まさか、ここは、ゲーム!?

 重吾はすぐにそう悟る。この不可思議な迷宮はきっとあのインターネット小説で読んだ『現代ダンジョン』そのものなのだと。

 炎を受けた三本には外傷はなく、炎も『25』という数字が表れた後、すぐに消えた。

 三本はつぶやく。


 「これは……まるで……ゲームじゃないか」


 そう言った三本に向け、山羊角を生やした男が、殴りかかる。

 重吾が、横から、三本に突進する男に蹴りを入れる。10の数字が衝撃と共に現れる。


 「よっと! ……どうやらターン制RPGとはいかないようだぜ」

 

 男は横に倒れつつもすぐに立ち上がり、攻撃態勢を緩めない。

 距離を詰めようと重吾は男に近づくが、それよりも早く、靖穂が、男の胸に飛び込み、シャープペンを勢いそのまま腹に突き刺す。16の数字が浮かび上がる。


 「アアアッ!」


 そのままペンを刺したまま、靖穂は離れる。だが、刺さったペンは男の身体をすり抜けるように地面に真っ直ぐすとんと落ちる。

 靖穂は冷静に分析する。


 「……へえ、勢いを付けるとダメージは上がるみたいだけど……得物は残らないみたいだね」


 三本は引き気味に靖穂に言う。


 「お前、こんな時でも冷静なのは少し怖いよ……」


 「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、三本先輩。少なくとも向こうはこっちを殺す気みたいですし、さっきの魔法みたいな攻撃をまた先輩がくらえば死にかねないんですから」


 「痛みはないけどな……」


 二人がそう話すうち、重吾は山羊角の男の足を払うように蹴りを入れる。だが、男はそれをひらりと一歩下がることで避け、重吾の顔に拳を振るう。


 「うぐっ!」


 重吾の顔面に重い一発が入る。16と表示される。

 だが、重吾はそのまま男の腰にしがみつき、倒す。


 「よし、皆、来い!」


 重吾は馬乗りになって男の顔面を殴る。殴る。殴る。一発ごとに10の表示が出る。三本や靖穂が近づき、男の胴体や脚を踏み10の表示を出していく。

 

 だが、男の口元は先程と同じく、何語かの言葉が紡がれていた。


 ――こいつ……呪文を!

 気づいた三本はマウントを取る重吾の肩を掴み、引いて叫ぶ。


 「離れろ!」


 『ドガァアアン!』


 三本、重吾、靖穂はそれぞれ自身の目の前で26、25、20の数字が表れるのを見ながら爆発に巻き込まれ、倒れた。

 すぐに重吾は起き上がる。痛みはない。だが。


 「健! お前……」


 三本は傷だらけになり、息も絶え絶えの様子を示している。そのHPは9と表示され、『瀕死』の文字がステータスバーの横に示されている。まさに今、彼は瀕死の傷を負っているのだ。

 

 「クソッ……ハァ……ハァ……呼吸が苦しい……だが、血は出ていない……?」


 彼は困惑しながらも立ち上がろうとして、膝をつく。

 彼が前を見ると、爆発によって舞い上がった土ぼこりの中から、あの山羊角の男が現れる。

 重吾がそれに気づく。


 「健!」


 『ドガッ!』

 

 16と表示され、三本は動かなくなる。重吾の目に映る、三本のステータス表示には『三本健 死亡』と上体が表示される。

 

 「嘘……だろ?」

 

だが、その時、迷宮のレンガの壁の中、何者かの声が響き渡る。


 『天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように』


 その別の言語と思われる言葉が響いたのち、共に周囲が光り輝き、山羊角の男の胸を雷鳴が貫いた。


 「なっ……!」


 焼け焦げた男はどさりと倒れ、少し痙攣している。

 唖然とする重吾たちだったが、彼らの後方で國山先生と共に震えながら始終を見ていた稲葉さんは迷宮の奥から、また何者かの影が現れるのに真っ先に気が付いた。


 「だ、誰!?」


 「恐れることはありません……私はこの迷宮を管理する……『ダンジョンマスター』と言う役職を仰せつかる者です」


 薄暗がりの中から大きな影の持ち主は穏やかな声色でそう語る。

 足音なく近づくその影は、近づくにつれ、姿がはっきりとわかっていく。

 靖穂はつぶやく。


 「……翼……?」


 現れた男は中東系の顔立ちをした、ゆったりとした白い衣をまとう男性で、背中には大きな黒い鷹のような翼を持っており、数十センチほど宙に浮かんでいた。

 穏やかな微笑みを絶やすことなく全員に向けながら口を開く。 


 「ようこそ、『ダンジョン』へ……『冒険者』たちよ」


 (続く)

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