馬鹿につける薬なし
馬鹿につける薬なし
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「……まぁ、まぁ…………色々と物申したい気持ちはありますが…………それは置いておきましょう。人が式で出来てるとかって話は、正直どうでもいいです。私が私であることに変わりはありませんし、やるべきことも変わりません」
やはりこいつ図太いな。変なところで気を揉んでそうなルーブス殿に聞かせてやりたい言葉だ。
「ただ、色々と納得しましたよ。そうですね、納得です。エイトさんが知らない間に禁制品をたんまり持ち込んでるのも、なんか凄い魔法を使えるのも……全部辻褄が合います」
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「納得はしました。……でも、理解はできませんよ。何を血迷ってそんな秘密を打ち明けたんですか……」
アーチェは寝起き眼もかくやの目付きで俺を睨めつけた。ひくひくと震える瞼は厄介な情報を持ち込むんじゃないと訴えているかの様だった。目は口ほどに物を言うとはよくいったもんだね。
世の中には知らない方が良いことがある。人間関係における相手の素性なんかもその一つだ。知ってしまうとこれまでと同じ関係を続けていくことが難しくなるなんて例はざらである。
場末の酒場で知り合ったオッサンが実は国の重鎮でした、なんて事実を知っちまったら下世話で盛り上がることもできなくなるだろう。
話題も選ぶようになるし、眉を読んで機嫌を損ねないよう気を払う必要に駆られる。気が滅入るこの上ない。
権力に伴うつまらない威光ってやつだな。名声や威光は遥か遠くにあるから耳に心地よく響き、目に輝かしく映るもんだ。それが身近にあっちゃ暢気でいられない。
聞けば気の毒、見れば目の毒。勇者ってのはその最たるモンだ。
そして、だからこそ俺はアーチェに正体を明かしたのだ。
「単純な理由さ。俺は今後色々と動かなくちゃならなくてね。その計画の一部には、アーチェ……お前を組み込んである」
「えっ……初耳なんですけど……?」
「当然だろ? 言ってないからな。正体を明かしたのは、あれだ、保険ってやつだな。いざって時に逃げ出さないよう釘を刺しておく的なね?」
「……それは私が逃げたくなるような厄介事を持ち込んでくるっていう宣言ですか?」
「そりゃ少し違う。要は説得力の補強ってやつよ」
アーチェは賢く、強かで、何よりも保身に長けている。聞けばこいつは溶岩竜騒動の折、真っ先に避難を選択したそうだ。
ギルドや俺といった強力な取引先を捨てることを躊躇わない。死ねばそこで終わりという現実を理解しているからだ。
身に迫る危機に対して冷徹な判断を下すことができる。そんなこいつに正体を明かさなかったらどうなるか。
「アーチェ、もしも鉄級のエイトが……これまでの数倍の量の禁制品を卸してきたらどう思うよ」
俺がアーチェに売り付けた品は多数ある。そこそこ流通しているハッパやキノコから、入手自体が困難な原生生物の毒などだ。
検問を突破することすら難しいそれらを、もしも一介の冒険者であるエイトが有り得ないほど大量に入手して売り付けてきたら。
「……手を引く、かもしれませんね。明らかにおかしいですし、関わり続けるのはリスクが勝ります。そのうち始末されそうですし」
そうだろう。何か厄介な陰謀に巻き込まれていることに気が付いて然るべきだ。
「だが、鉄級のエイトが実は勇者だったとしたら……どうだ?」
「……なるほど。だから説得力の補強ですか」
そう。その通り。
要するに、俺が禁制品をポンポン調達できる理由を包み隠さず明かしておくことで邪推を防いだのだ。そうでもしなければアーチェは人知れず夜逃げでもしていたことだろう。これはイカれ錬金術師を警戒させないために必要な手続きだったのだ。
「これまでは相場崩れやら身分バレやらを気にして手心を加えてきたが……今後はそれも無しでいくつもりだ」
今後は更に扱き使うつもりでいる。そう表明したところ、アーチェはゆっくりと目を閉じた。頭の中の秤を働かせているのだろう。
「…………見返りは大きい、ですが……リスクを無視することは難しいですね」
ごもっともな結論だ。ハイリスク、故にハイリターン。至極明快な構図である。今さら口に出すまでもない。
そんなことは分かってるだろうに、ここへ来て常識人ぶって迷っているなど――らしくない。
俺は何でもないことのように言った。
「んなこたぁ今までと何も変わらねぇだろ?」
アーチェがゆっくりと瞼を持ち上げてこちらを見た。
俺は一歩距離を詰め、視線を真っ向から受け止める。
「ご大層な夢を叶える為にはリスクが付き物だ。学術機関を追放されたそん時から身に沁みて理解してるはずだぜ?」
アーチェの研究は、ぶっ飛んだ連中が席を占める錬金術師界隈の同志連中にさえ真っ当なものであると認めて貰えなかった。
異端の烙印を押された者の末路は一つである。アーチェは錬金術師界の門戸を跨ぐことを禁止され、エリートの世界から粛々と追い出された。
専門機関との関係を絶たれた一介の娘にできることなどたかが知れている。誰もがそう思っただろうが……アーチェはエンデへと辿り着いた。そして鉄級のエイトという
深く考えることはない。これからは扱う毒の種類が変わるだけじゃないか。
「勇者という毒すら使い熟して見せろよ。それでこそ、最優の錬金術師ってもんだろ?」
アーチェが僅かに目を見開く。俺は笑みで返した。
ちと臭い殺し文句だったかもしれないが、プライドを刺激するにはこれくらいがいい匙加減だろ。
「…………ふうー。分かりました。分かりましたよっ!」
ヤケクソ気味に言い放ったアーチェが勘定台の裏から一本の瓶を取り出した。
見覚えがある。あれは漫画稼業に手を染めていた時に拝借した強壮薬だ。
飲めばキマるクスリを取り出したアーチェは、酒を呷る野郎よろしく瓶の中身を飲み干した。瞳にギラつきを宿したアーチェが獣のように呼気を吐き、服の袖で口元を雑に拭う。
「いいでしょう。ええいいでしょう。勇者が毒だというなら完全完璧に取り扱ってみせますよっ! 私は最も優れた錬金術師ですからね! そのくらい朝飯前に熟してみせますとも!」
決まりだな。それでこそだ。やはり俺の目に狂いはなかった。
狂気を孕んだ異端児。世界を覆すにはそんくらいのお供がいて然るべきだろう。
「よく言ってくれた。というわけで、お前にはこれまで以上に働いてもらうことになる」
「やれるだけのことはやりますよ。ただし……私の夢を叶える協力もしてもらいますからね」
「それについては安心しろ。契約は違えないさ」
信用を長持ちさせるコツは相手に甘えないことだ。互いが互いに欲するものを与え続ける限り良好な関係を築ける。
そこに情が介入する余地はない。繋がりとしては最小単位に近いだろう。しかし、そんな繋がりも終生まで続いたならば一種の絆と言えるのではないか。
俺とこいつはそういう関係でいい。素直にそう思えた。
「なぁ、一ついいか?」
一人蚊帳の外になっていて、店の薬棚をいじり回っていたオリビアが唐突に割り込んできた。
「さっきから聞くべきか迷ってたんだけどよぉ、アーチェの夢がどうのって話は一体何なのよ。禁制品を使って叶えたい夢って時点でろくな想像ができねぇんだが?」
そういやまだ話してなかったか。さてどうしたものか。
どう切り出すか悩んでいたら先を越されてしまった。クスリをキメてハイになったアーチェが勘定台を引っ叩いて立ち上がり吠える。
「よくぞ聞いてくれましたっ!! 私の夢はですね……錬金術で世界に愛と平和をもたらすことですッ!!」
「…………は?」
大口を開けて硬直するオリビアに構わずアーチェが続ける。バッと両腕を広げ、さも至高の論を説くかのように。
「ラブアンドピースです……! 過去どんな為政者ですら成し得なかった理想を……錬金術で完成させる。素晴らしい偉業だと、そうは思いませんか?」
「おい勇者、こいつクソやべぇやつじゃねぇか」
「だから言ったろ。イカれ錬金術師だって」
「はぁ〜〜っ! 分かってませんね二人とも。いつか私の研究の成果に度肝を抜かれる日が来ますよ? その時になってから手のひらを返しても遅いんですからっ!」
強壮剤の副作用で少しばかりパァになっているらしいアーチェが勢いそのままに自分の理想とやらを語りだす。
これが機関を追放された異端の真骨頂だ。薬で作る愛と平和ってなんだよ。狂気として完成されすぎてるだろ。
「なぁ、こいつは具体的にどんな薬を作ろうとしてやがるんだ……?」
「飲むと幸せになれる危ないクスリと、あとは惚れ薬だな」
「ッ!? そ、その惚れ薬ってのをちと詳しく」
「てめぇクロードにクスリ盛ったらどうなるか分かってンだろうな? あ?」
「じょ、冗談だって……」
「二人とも聞いてるんですかっ!」
オリビアと俺が真剣に話を聞いていないのが不服らしいアーチェはバンバンと勘定台を叩いた。駄々をこねるガキかよ。
「そもそもその惚れ薬っていう言い方が気に食わないんですよ! 私が作ろうとしてるのは飲んだ相手がコロッと惚れるような洗脳薬じゃありません!」
「えっ? 違うのか?」
そりゃ初耳だ。薬で作る愛っていうからてっきり自由意志を剥奪する類の危険物かと思ってたぞ。
「心外ですね……私が作ろうとしてるのは俗物的じゃないプラトニックなやつですよ! 相手に抱いている愛を褪せないものへと変える……そういう、純粋な薬です!」
いやぁ……それも十分凶悪だと思うがな。心変わりを許さないってことだろ? 本質的には何も変わらないだろうに。
言っても詮無きことである。俺は話題をそらした。
「そっかそっか。なら平和になる薬ってのは危ないクスリとどう違うんだ?」
「苦痛や悲哀を感じさせなくするのが目的です。けして飲むだけで頭がパァになってスカッとする薬を作ろうとしてるわけではありません!」
なるほどね。俺はパンと平手を打った。
ビクリと肩を震わせたオリビアとアーチェに笑みを投げ掛けて言う。
「そいつは素晴らしい薬だな! 人は苦痛を忘れることで前向きに生きていけることもあるだろう。その一助となるのであれば、それは確かに優れたる発明だ」
俺はそれっぽい言葉でアーチェを褒め称えた。その気にさせるためである。今日、オリビアを連れてきたのはこのためだ。
「……! やっとエイトさんも私の崇高な理念が理解できたようですねっ! ふふん! もっと褒め称えてくれてもいいんですよ?」
「あー凄い凄い。凄いぞー。……で、その薬の開発状況はどんな感じだ?」
「試作品は二十種類ほど作製しましたよ。製法と材料をほんの少しずつ調整しただけですが、その創意工夫が新薬開発に必要なんです!」
アーチェは自信満々に持論を語りつつ小瓶を取り出した。まるで違いのわからない液体がずらりと並ぶ。
この一本一本にどれだけの金と時間が注ぎ込まれているのやら……門外漢である俺には想像もつかん。錬金術師連中が知ったら卒倒ものの一品だろう。
オリビアが適当な一本を手に取って検める。
「……分かっちゃいたが、見ただけだと何が何やらだな」
「そうなんですか……?」
「アタシが見てるのは薬が及ぼした効果だからな。そっから逆算して薬効を特定してるに過ぎねぇ」
「ふーん。なるほど? なんであれ、薬の効果を完璧に特定して頂けるなら助かりますね。全ての試作品の効果を詳らかにできれば傾向を掴めます。改良の足掛かりになることは間違いありませんよ!」
アーチェは鼻息荒く意気込んだ。光明が差し込んだ気分なのだろう。夢の成就が現実味を帯びてきて浮かれるのも頷ける。分かるよ。俺は試作品の一つをスッとアーチェに差し出した。
「……? エイトさん?」
「ま、そういうわけだ。オリビアの目を使うには……薬を飲むやつがいなきゃ始まらん」
「…………えっ。被検体は別で用意してくれるんじゃ……?」
「アタシの目のことは言い触らすつもりはねぇ」
「そういうことだ」
俺はずいと瓶を差し出した。形容し難い色をした液体がちゃぷんと波打つ。粘性の高い液体が瓶の内面を撫でた。
アーチェが冷や汗を浮かべて背をのけぞらせ、締まらない笑みを浮かべる。
「えへへぇ……あの、エイトさん……私は製作者として経過観察を行う義務があるので、自分で飲むのはちょっと……」
「なんだ? 自分が作った薬を飲めないってのか?」
「いやぁ……副作用、とか、あるかも? じゃないですかぁ……」
「最優の錬金術師は万が一に備えて解毒薬も併せて開発している。そうだろ?」
「……あの、エイトさん……いや、勇者ガルドさん……不躾は承知なんですけどぉ……勇者様ならどんな薬を飲んでも平気だったりするんじゃないですか……?」
それはもちろん考えた。俺が薬を飲み、そして死ぬってのを繰り返せば確実に捗る。それは間違っていない。
だがそうすると確実にこいつは脇へと逸れる。これ幸いに俺を使って知的好奇心を満たすべく別の研究をおっ始めるだろう。
そして俺たちはその裏切りに気付くことができない。専門的な知識がないからな。上手いこと丸め込まれて余計な遠回りをさせられる。そりゃ面白くない。
俺はこいつを信用している。だが信頼はしていない。甘やかすつもりは微塵もない。その方がこいつも本気になるだろうよ。
「飲め。自分で飲むんだアーチェ。俺は――お前の腕を信用している」
「ひっ……う……!」
「愛と平和のためだろ? これは偉大な一歩だ。研究が完成した暁にはみんなで祝おうじゃないか。だから飲めおらっ! こいつはそもそも自分で作ったモンだろうが! 躊躇ってんじゃねぇッ! お前が平和の礎になるんだよっ!」
▷
薬効の特定作業はつつがなく終了した。それぞれの試作品ごとに詳細な効果をしたためたので新薬開発の助けとなること請け合いだ。
「よーし、終わったぞーアーチェ」
「うふぇ…………お腹がちゃぷちゃぷする…………」
大量の薬と解毒薬を飲み干したアーチェはだいぶ苦しそうだったが、薬効を書き記した書類の束を眺めるその顔はだらしない笑みを浮かべていた。頭の中で何かしらの閃きを得たのだろう。自分を犠牲にした甲斐があるってもんだな。
「なぁ、勇者様よ……この薬、ホントに完成させて大丈夫なのか? 試作品段階で世に出回ったらまずいもんが複数あったんだが……」
「平気だって。気にすんな」
「……解毒薬がなかったらパァになる薬もあったぞ?」
「そうならないための完成品を作るんだ。何も問題ない」
「……使い道に関しちゃ聞かないほうが良さそうだな」
やましいことになんて使わんさ。平和のために役立てるつもりである。それがアーチェの願いでもあるみたいだしな?
「それじゃあエイトさん……これが必要なモノになりますので……調達宜しくですぅー」
勘定台に頬をくっつけたアーチェがだるそうにメモを手渡してくる。ふむ、こりゃまた随分と注文が多いな。
メモを覗き込んできたオリビアが思わずといった仕草で口を抑えた。
「おいおいおい……法に喧嘩売るにしても程度があんだろ……やべぇブツの見本市じゃねぇか。……なぁ、もしかしなくても……さっき飲んでた薬の材料って……」
アーチェはにへらと笑みを浮かべた。俺もつられて笑みを浮かべた。オリビアは天井を仰いだ。
「……今日だけで何回後悔すりゃいいんだよ。ギルドにバレたら終わりじゃねぇか」
「オリビア様……いい言葉を教えましょうか?」
「……聞くだけ聞く」
「毒を喰らわば皿まで、です……!」
これはこれは。アーチェにしては中々に上手いことを言う。俺たちはカラカラと笑った。
「真っ先に馬鹿につける薬を作ってくんねーかな……」
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