へなちょこ聖女

「……ま、精々トチらないようやってくれよ。それよりも……そっちの願いは叶えてやったんだ。約束は守れよ?」


 約束……約束? はて。何かあったっけか。俺は首を傾げた。


「おい! ざけんなよテメェ! クロードにアタシを紹介するっつう約束だっただろうが!」


「あーはいはいそれのこと。どうでもよすぎてすっかり忘れてたわ」


 そう言うとオリビアがこれ見よがしに舌打ちして睨みつけてきた。どこのヤカラだっつの。クロードに気に入られたいならもう少ししっかりと猫を被るべきだと思うがね。


 まあそこはコイツの努力次第だ。俺には関係ない。はった惚れたは当人同士が決着をつける問題である。口出しをする気は微塵もない。


 だがそうだな。契約は守らにゃならん。そこを曲げるつもりはない。俺は意思を飛ばした。


(おーす。起きてるかー? お前に会いたいってやつがいるんだけど、明日の昼とか空いてるか?)


(ええ、空いてますが……僕に会いたい人、ですか?)


(おう。詳しくはそん時な。じゃ、明日の昼に宿のロビーで)


 告げるだけ告げて【伝心ホットライン】を切る。距離を無視した意思のやり取りができるのは便利だが、あまり長いこと発動していると余計な意思まで伝わってしまうのがこの魔法の難点だ。

 要件を告げてすぐに切る。これがコツである。


「今のは遠隔、共鳴式、か? ってことは、おいっ、今のって……!」


「おう、約束を取り付けたぞ。明日の昼に宿のロビーに来い。そしたら軽く紹介くらいしてやるからよ」


「あ、明日か……!? チッ、早ぇな……っ。もう少しこう、準備とか……!」


「そこまで斟酌しんしゃくしてやる義理はねぇ。それに善は急げっていうだろ? モタモタしてて他のやつに取られちまってもしらねぇぞ?」


 そう冗談めかしたところ、オリビアは人様をコケにするかの如く鼻先を鳴らした。『聖女』の面をかなぐり捨て、いっそ気持ちの良いほどにあくどい笑みを浮かべて言う。


「はン。そんな心配いらねぇよ。アタシを誰だと思ってんだ? そこらの女に絆されてようと関係ないね。一発で虜にして略奪してやるよ」


 これは……また随分と大きく出たもんだ。大言壮語も行き過ぎれば耳に心地よい大見得に化ける。心底からどうでもいいと思っていたが、なかなかどうして面白い見世物になるかもな。


「そんだけ大口叩けりゃ上等か。んじゃ、予定通り明日の昼にな。俺らの泊まってる宿の場所は分かるんだろ?」


「ああ。じゃあ、明日な」


 短く応えたオリビアが修道服を翻して宿の一室から出ていく。

 俺を勇者と知っていながら傲岸不遜な態度を取り、平気な顔して男の部屋に乗り込んでくる肝の据わりよう……いやはや大したもんだ。俺は素直に感心した。


 押しに弱そうなクロードのことだし、もしかしたらあっさり食われちまうんじゃねぇかな。

 ま、そうなったらそうなっただ。オリビアが害を及ぼす存在ではないと分かった以上、やつの行動を阻むつもりはない。


 ……むしろ、『聖女』という後ろ盾があるくらいが丁度いいのかもしれねぇな。トラブルに巻き込まれる頻度も増えるだろうが、それを加味してもメリットの方が――


「……やめるか。あいつの恋愛沙汰を損得勘定で量るなんて、馬鹿らしい」


 あれこれ考えを巡らせる必要なんてない。

 俺は自分にそう言い聞かせ、【鎮静レスト】を発動して頭の中をクリアにし、【無響サイレンス】を常時使用しなくていい心地良さを堪能しながら眠りに就いた。


 ▷


 オリビアはクロードに一目惚れしたと言っていた。

 結構な理由なんじゃねぇかな。心根に惚れた、なんて取り繕わないあたり正直で、むしろ信頼感が増す。切っ掛けなんざどうだっていい。最終的に必要なのは当人同士の合意だからな。


 それに、やつの特異体質について聞きかじった程度の知識しかない俺ではその苦悩を推し量ることはできない。

 周りの人間が光の模様にしか見えないというオリビアにとってはクロードこそが人間であり、好意を持つことができる数少ない存在であり――もはや一種の救いなのかもしれない。


 そう考えれば難儀なもんである。これはオリビアにとっては甘酸っぱい恋模様などではなく、全霊を賭すに値する一世一代の大博打なのかもしれない。緊張の一つでもするのが当たり前だろう。


 だからといってこれはねーよ。俺は小さくため息を吐いた。


「あっ…………ぁの…………あっ…………」


「…………はい」


「ぇ…………ぅ…………あっ…………そっ、いい天気、ですねっ」


「ええ……」


 オリビアとクロードを引き合わせてからおよそ三分。定宿のロビーには居た堪れない空気が充満していた。


「あっ…………あっ…………」


「…………」


 さっきからずっとこんな調子である。どういうことだよ。昨日までの尊大な態度はどこへいったんだよオイ。話が違ぇじゃねぇか。


 クロードが助けを求めるような視線を寄越す。俺はあえて見ないふりをした。

 この件に首を突っ込む気はない。場をセッティングして欲しいと請われたからそうしたまでで、俺はそれなりに場が暖まってきたら適当なところで中座する予定だった。


 問題はその機会が一向に訪れなさそうという点である。


「失礼を承知で尋ねさせて頂きますが……『聖女』オリビア様、ですよね?」


「ぁ……ひゃい……」


「今日は……その、どうされたのですか?」


「その…………ぁの……………………」


 俺は一体何を見せられているんだ。なぜこんな空気を吸わにゃならんのか。宣言通り一発で虜にしてみろよ聖女コラ。


「用事があるとお聞きしたのですが……」


「用事…………用事は…………なっ、無いんで、その帰りま」

「あー、少しいいか? しばらく待ってろクロード。お前ちょっとこっち来い」


 置き物と化したオリビアの腕を引っ張って自室に引っ込む。【無響サイレンス】発動。説教だ説教。


「お前さぁ……この体たらくのクセしてあんなに自信満々だったのかよ。自信過剰にも限度があるだろ。さり気なく帰ろうとしてんじゃねぇよ。このままだとクロードに変なやつ紹介するんじゃねぇって言われちまうじゃねぇか。どうするつもりだ? おい」


「しっ、仕方ないだろっ! だってよぉ……目が合うんだぞっ! クロード……めちゃくちゃこっち見てくるし……いつ見ても目が合うんだよ……あいつ絶対アタシのこと好きだぞ……」


「いいことを教えてやる。あれが不審者を見る目ってやつだ。覚えておけ」


 人の視線の種類についてレクチャーしてやると、昨日までとは打って変わって挙動不審になったオリビアが上ずった声で吠えた。


「アンタが悪いんだぞっ! そんな、翌日急になんて……準備ができなかったし、寝れなかった……話題も用意できなかったし……」


「話題なんていちいち用意するもんじゃねぇだろ……」


「でもっ! へ、変なこと喋って見限られたらどうしようって……」


「お前クロードのことを馬鹿にしてんのか? あいつがそんな狭量な訳ねぇだろ!」


「でもっ、万が一があるだろっ! そこまで言うならなんか例を挙げてくれよ! 好きな人に対しての話題の例をさぁ!」


 なぜ俺がこんなくだらねぇ相談事に時間を取られにゃならんのか。やるせない気分がとめどなく溢れてくるが……考え方を変えよう。

 これは好機だ。『聖女』という冒険者ギルドの中核を担う人物に貸しを作る好機。そう考えれば少しは前向きになれる。


 好きなやつに対する話題、ねぇ。


「本当に、んなもん何だっていいだろ。自分が好きなモンを語ったり、最近やったことなんかを面白おかしく話したりよぉ。んで時々そちらは? ってな具合で水を向けてやりゃ話なんて勝手に進むだろ。急ごしらえの話題で興味を引こうとすんな。在り方で目を引け。金級ならそれなりの場数を踏んできてるんだろ? それくらい朝飯前にやってみせろっつの」


「アンタ……本物の勇者様、だったのか……?」


「黙れヤブ聖女。仕方ねぇな……【鎮静レスト】」


 オリビアの額を小突いて魔法を発動する。これで少しはマシになっただろう。


「おら行け。今度はヘマすんなよ」


「……! ああ、任せな!」


 キリッと表情を整えたオリビアは意気揚々とした足取りで部屋の出口へ向かい、むんずとドアのノブを握り、そしてしばらく硬直した後、ゆっくりとこちらへ振り向いた。へにゃりと眉を曲げて一言。


「……付いて来てくんねーの?」


「はよ行けッ!」


「頼むよぉー! 隣で座ってるだけでいいから! 今度なんか一つ言うこと聞くからさぁ!」


「驚くほど自分を安売りするのなお前……わーったよ。だけど今度は絶対に口出ししねぇからな!」


 早くも【鎮静レスト】の効果が切れはじめているオリビアを連れてロビーへ向かう。

 ホントに大丈夫なのかこいつ……。今更すぎる感想を抱きつつ戦場へ。第二回戦の開始である。


 ▷


 待たせたな、とだけ言って俺は席についた。それからは黙して語らずである。俺が気を利かせて喋らなければならないようでは進展もへったくれもない。

 ただでさえ第一印象でコケたんだ。ちっとは気合い入れて取り返せ。そう発破をかけたのだが……思ったよりもダメそうである。


「おっ……お待……せ……ま……した」


「いえ僕は気にしてないので。……何を話されてたんですか?」


「ん゛っ……何でも…………ないです」


「そう、ですか…………」


 オリビアは膝の上でギュッと手を握り、テーブルの木目を数えるかのように俯いて震えている。時々顔を上げてクロードの様子を窺い、そうして目が合ってビャッと俯く。その繰り返しだ。もうダメかもしれんね。


 まぁ……ダメだったらそれまでのこと。何事にも相性ってもんはある。人によって使えない魔法や技術があるようにな。言っちまえばそれと同じことよ。

 俺はもう口出ししない。目を瞑り、腕を組む。不干渉の構えだ。後はなるようになれである。


「あっ…………す…………好き……な……もの」


「大丈夫ですか? 随分顔が赤いですけど……」


「んえっ!? ぁあ……これは…………大丈夫です……その、実は、さっきそこで一杯引っ掛けてきて……へへ……」


「…………」


「酔っちゃった、かなァー……好きなんですよ……安酒……へへ……」


 …………。


「そう、ですか……」


「あっ…………そう、最近……したこと……最近その、私、こういうものを販売してまして……」


「…………」


「祝福水、っていうんですけどね……? これさえあれば滋養強壮に、開運の効果とか、諸々期待できまして……へへ……」


「…………」


「あっ…………恋愛成就の効果も……あったり、なかったり…………」


 ……………………。


「あっ、こんなのも売ってますよ……! 幸運を呼ぶツボです……」


「…………」


「すごく、ご利益があるツボで……あのっ……く、クロードさんっ! つ、ツボとか好きですか……? あの、これ、本当は金貨十枚するんですけど……へへ……お近づきの印に、このツボを九割引で」

「ちょっといいかなぁ! おい! 何やってんだお前こっち来いオラッ!」


 流れるように霊感商法を展開し始めたオリビアを見てしまっては我関せずの姿勢を貫くことはできなかった。再度腕を引っ掴んで自室へ向かう。説教だ説教ッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る