まずいメシは食いたくねぇんだよ
あの流れで『よし、誰も探知に引っかからなかったから帰ろう!』となるはずもなく。
それらしい二人の反応を捉えた黒ローブの指示に従い、俺たちは森の深部へと足を伸ばしていた。
ルーキー二人と同期二人の四人でパーティーを組めよと言ったところ、同期の二人は恋人同士らしく、気を遣って別々のパーティーを結成したとのこと。男女関係で揉めるのはパーティー崩壊の要因の一つなので分からなくもないのだが……そのせいでこんな状況に陥っていると思うと腹立たしい。
はぐれの小鬼が一匹いたので、【
「結構補助魔法を使ってるみたいだけど、まだ余裕はあるのかしら?」
「あと五回くらいが限度だ。あてにしないでくれよ」
いざという時の戦力として数えられたら困るので嘘をつく。相変わらず疑うような視線を隠しもしない黒ローブだが、問答してる暇が無いことは承知しているのか、何も言わずに歩を進めた。
「ありがとうございます。エイトさん」
「礼なんていらん。戻ったらメシを奢れ」
「はい! ギルドの酒場で飲みましょう!」
「あそこはうるさいから却下だ。串焼きでいい」
「ちょっと! 後輩にたかるなんて情けない真似しない!」
黒ローブのツッコミが冴え渡り、和やかな空気が流れる。おどけて舌をペロリと出してやれば、ルーキー二人も破顔した。
逃避の一種だな。冷静な頭で判断を下す。
不穏な空気を纏ったままでいると、それに呼応するように死は間近に忍び寄ってくる。足を引っ掴んで奈落の底に引きずり込もうとするそれを振り払えなければ、待っているのは惨たらしい最期だ。
そんな姿を想像しないよう、冒険者たちは馬鹿騒ぎする。依頼を終えたら酒を呑み、俺は生きているぞと大声で叫ぶ。生の実感無くして人は闇に立ち向かえない。これもそういった儀式の一つだ。
「二人はどうして冒険者になったの?」
内容は次第に雑談へと変わっていった。探知の結果によると、しばらくは魔物と遭遇しなさそうとのことなのでリラックスしているようだ。緊張しっぱなしでも良いことはない。警戒するふりして俺も適度に気を抜いておこう。
「僕たちは勇者様みたいになりたくて冒険者になったんです!」
「魔物に襲われた私達の街を、勇者様が救ってくださったんです」
思わず舌打ちが漏れそうになった。勇者。この街では滅多に話題に上がらないから居心地が良かったんだがな。
勇者って存在を崇めている連中を見るたびに吐き気がする。
救世主。英雄。女神の剣。どれも装飾華美なメッキに過ぎない。
その真相は国の上層部にていよくパシられる兵器みたいなもんなのにな。幼少の頃から徹底した刷り込みと教育を施され、国のために安い命を賭けて殺戮の限りを尽くせと命じられる存在。それが勇者。
奴隷と何が違うんだって話だ。歴史も有する力も関係ない。顔も知らない他人のためにどうして体を張らにゃならんのか。こちとら親の顔すら知らねぇってのに。
チッ。最悪な気分だ。こんな依頼、適当な理由付けてすっぽかしておくべきだったな。
苛立ちが表情に出そうだったし、話を振られたくなかったのでさり気なく先頭に移動する。力任せに枝葉を払うが溜飲は下がらなかった。
「勇者、ね。私はこの街で育ったからおとぎ話と噂話でしか知らないなあ。そんなに凄かったの?」
「凄かったんですよ! 剣を振るったたけで魔物が細切れになったんです!」
「もうダメなのかなって思ったのに、あっという間に退治しちゃったんです」
剣、か。魔法が得意な方じゃなかったか。竜でも出たのかね。
しかし、そうか。勇者に憧れて遊び気分で冒険者になったってわけか。くだらねぇな。それで他人を危険に晒してるんだから尚更だ。ったく、勘弁してくれや。
「へぇ。ルークくんもニュイちゃんも勇者みたいに強くなれるといいわね!」
「あ、えと、まあ……強さもそうなんですけど、僕がむしろ憧れたのは生き方っていうか……恩返しっていうわけではないんですけど、僕でも誰かを救えることが出来ないかなって思ったんです」
「私たちの街の大人たちは、勇者様に任せておけば世界は安泰なんだから冒険者なんてやめておきなさいって言ってたんですけど……なんか、その考えは嫌だなって思って反対を押し切って四人で飛び出してきた来ちゃったんです」
…………。
「僕たちが、勇者様がもしもいなかったらどうするのって聞いたら、女神様の使徒がいなくなるわけないだろって、みんなそればっかりで……。変なものを見るような目で見られて、それが耐えられなかったんです」
「魔物たちに滅ぼされる寸前だったのにまるで安心しきってて……それが当たり前になるのは少し怖いなって思ったんです」
…………。
「なんて、大層なこと言っても足を引っ張っちゃってるのが現状なんですけど……すみません」
「何言ってるのよ! その考えは立派よ! まだ駆け出しなんだからそんなこと気にしないの。この程度の事態なら私達が何とかするから。そうよね、エイト」
「…………ま、そうだな」
「あっ、すみませんエイトさん! 僕が先頭を歩きますよ。この剣なら枝葉を払うのも楽ですし!」
俺は前を向いたまま行く手を阻むように手を伸ばし、駆け足で俺を追い抜こうとしたルークを押し留めた。
「いい。先頭は俺が歩く」
「えっと、でも」
「チビがいっちょ前に気を遣ってんじゃねぇよ。温存しとけ。いざという時に足手まといになられたら面倒だ」
「え、と。はい、分かりました……」
大人しく引き下がったのを確認してから進む。何を勘違いしたのか、黒ローブがからかうような口調で話しかけてきた。
「言い方ってものを知らないのー? 柄にもなくカッコつけちゃって」
やかましい。ほっとけ。
▷
探知で捉えた二人は予想通りルーキー二人の同郷の友人だった。足に怪我を負った弓使いの女を剣士の男が背負って撤退していたが、遅々として進まずに難儀していたらしい。
ニュイが回復魔法で彼らを癒やして話を聞き出したところ、どうやら小鬼どもの集落がすぐ近くにあったという。厄介な話だ。それは知恵の回る上位種が発生したということである。
そして状況は思った以上に悪い。魔物の集落とは、言わば
黒ローブが険しい顔で考え込んでいる。退くか、進むか。
順当に考えれば退くべきだ。探知を使った黒ローブは消耗しているし、ルーキー四人は正直足手まといになりかねない。集落の制圧は、万全を期して銅級か銀級の複数パーティー合同であたる作業だ。数の差を侮ってかかるのはあの世への階段を駆け足で昇るようなものである。
しかし、もしもいま退いたら。それに合わせて魔物たちが進軍を開始したら。そして他の初心者パーティーが運悪く森に残っていたら。
まあ間違いなく死人が出る。あの時、退くことよりも敵の足止めを優先していれば、となるわけだ。
所詮はたらればの話。もしもそうなった場合に誰が悪かったっていったら、そりゃ魔物が悪いって話になる。ルーキー四人は迂闊ではあったが、それが原因で死人が出たのかと言われればそんなことはない。
運が悪かった。ただそれだけの話だ。
しかしその一言で割り切れない連中もいる。どうやら黒ローブもそうらしい。ゆっくりと目を開いた黒ローブが杖をぐっと握って口を開いた。
「石級の四人は迅速に撤退、ギルドへの状況報告を最優先。エイトは補助を活かして広範を探索しながら撤退、ほかの冒険者を見つけ次第撤退を促して。私は集落に一発でかいのを見舞ってから撤退する。数を減らせば進軍を遅らせることくらいはできるはずよ」
なるほど、そう来たか。
力強く頷く石級の四人。このまま指示通りに作戦が遂行されればどうなるかは明白だ。指摘するべきか迷う。このままでは色々としこりが残りそうだ。
黒ローブを見る。杖を握る手は力を込めすぎて白くなっていて、寒さに抗うかのように小刻みに震えていた。強がりやがって。俺は指摘することにした。
「死ぬ気か?」
自己犠牲。それが黒ローブの出した答え。
銀級ならば、いくら身体能力が低い魔法使いといえど小鬼程度には遅れを取らないだろう。
しかしそれが複数なら。さらに上位種が混じったなら。かてて加えて魔力を消耗してる状態なら。
まぁ死ぬわな。多を生かすために自分を犠牲にする。まこと高潔な精神だ。反吐が出る。
俺の言葉にルーキー四人がハッとして振り返った。黒ローブが余計なことを言うなと言いたげな表情で俺を睨む。悪かったな。人の善意を見ると邪魔したくなるのが俺の性分でね。
「……馬鹿なこと言わないで。私は銀級よ。こんなところで死ぬわけ無いでしょ」
「問答してる暇はねぇ。俺も行く。補助があれば撤退も容易だろうよ」
「鉄級が銀級の心配なんて笑わせないで。いいから指示に従って」
「一人より二人のが成功の可能性は高いだろ」
「あなたも共倒れになるわよ!?」
「共倒れ? やっぱり死ぬ気だったんじゃねぇか」
「それ、は……」
ボロを出した黒ローブは二の句が継げずに言い淀んでいたが、開き直ったのか杖の石突きを打ち鳴らして吠えた。
「いいから従いなさい! リーダーの命令よ!」
「うるせぇ。俺はこのあとチビ共にメシを奢ってもらうんだよ。パーティー組んだやつを犠牲にしたとなったらうるせぇ奴らがヤジを飛ばしてくる。そんな中で食うメシがうまいわけねぇだろ。いいからお前が従え」
口をもにょもにょと動かして何かを言おうとしていた黒ローブを無視して歩き出す。ルーキー四人が立ち止まっていたので注意を促す。
「お前らは早く退け。ギルドに報告するのがお前らの仕事だ。ボケっとすんな」
「待ってください! 僕も行きます! こういうときに誰かを守るために僕は冒険者になったんです!」
「私も! 怪我くらいなら治せます!」
危うく黒ローブを見殺しにするところだったと悟ったルーキー二人が声高に随行を主張した。瞳に宿った光が不退転の覚悟を示している。義を見てせざるはなんとやらってか。この短期間で随分信頼されたじゃねぇの、リーダー。
「……もう、勝手にしなさいッ!」
説得を諦めた黒ローブが怒り泣きのような表情で怒鳴り、バッと身を翻すとずんずんと進んでいった。自分達も付いていくべきかと迷ってるチビ二人の同期に補助をかけ、早く戻れと促した。さすがに四人も付いてきたら庇いきれる気がしない。
「んじゃ、行くぞ」
軽い調子でチビ二人に声を掛ける。力強く頷いた二人を確認してから、先行している黒ローブの後を駆け足で追う。乗りかかった船だ、溺れそうなら手を差し伸べるくらいはしてやるよ。
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