やっぱりろくなことにならないじゃねぇか
魔物は魔力が溜まりやすい区域で発生するということは周知の事実であるが、詳細な発生のメカニズムはあまり知られていない。それは人知れずひっそりと発生するからだ。眼の前でポンと発生したという話は聞かない。
すぐ近くに人が居ると魔力がそちらに吸われて発生しなくなるという説や、人に授けられた女神の加護が魔物の発生を抑制するなどといった駄法螺の類いはいくつかあるが、もっともらしい方便から分派した俗説に過ぎない。
視覚を強化した研究者が何日も張り込んだところ、魔物は足元から構成されてその形を成すという事実が分かったが、それがどれほど後学の役に立ったのかは不明だ。根本的な解決に寄与する情報ではないだろう。
要するに何も分かっちゃいない。人に対して害意をばら撒く魔物に対して、人は定期的に駆除する以外の選択肢を持たない。ま、勇者に縋りつくという方法を採る街の方が多いがな。
しかしエンデは勇者に頼らない。統率された荒くれ共が血と汗を流してその脅威を水際で食い止めている。国防の要と称される程度には豊富な戦力が集っているのだ。
そんな街の近辺でも脅威度が低く見積もられている森は、言わば冒険者たちの餌場だ。資源に経験と得られるものが多く、かつ比較的安全だ。駆け出しでも身をわきまえてさえいれば命を落とすことは稀である。
だからこそ、この状況はおかしい。
「そっち行ったぞ! 右!」
「ッ! はい!」
群れていた小鬼の数は十。ルーキーであったらちょっとした油断で重傷を負うか、ぽっくり逝くだろう。先手を取られたらなす術なくやられる可能性が高い。対処を誤れば鉄級だって怪我を負いかねない。数の差とはそれほど脅威足り得るのだ。
黒ローブが延焼しない程度の火弾を群れの中心にぶちこみ、標的が散り散りになったところを二人で急襲した。
五体無事な個体から優先して片付ける。小鬼は基本的に知能が低く、どれだけ混乱していても人間を見つけると瞬時に我を取り戻し、殺意にまかせた特攻を繰り返す。光にたかる虫のように、本能のままに。なので抵抗してきそうなやつから潰しておく必要がある。
そんなセオリーは分かっていたはずだろうに、手近な手負いの雑魚にかまけていたせいでルークが無事な個体に狙われた。ナイフ型の呪装を持った個体だ。
呪装を扱うのは人間の専売特許じゃない。魔物だって呪装が落ちてれば拾うし、それが有用だと感じたら遠慮なく振り回す。二足で立ち、自由な両の手を持つ魔物はこれがあるから油断ならない。
ルークが避け損ねる。俺の声を聞いたらすぐに跳べばよかったものを、わざわざ目視を挟んだため反応が遅れた。ナイフがわき腹をかすめて血が散り、幼さが残る顔に苦味が走る。致命傷ではないがパフォーマンスには影響が出そうだ。
【
強張った顔で小鬼を睨んでいたルークが大きく息を吐いて座り込む。木陰に隠れていたニュイが蒼白な表情で駆け寄って回復魔法を発動した。
この慌てよう、血が流れる程度の怪我を負ったことすら無かったのか? 偶然にも強力な剣を手に入れたのは幸運だろうが、どんな敵でも一振りで切り捨てられるってのは、裏を返せば立ち回りに幅を持たせられない事も意味する。
剣筋を見てから避けてくる敵や、身体の一部を切り飛ばされた程度では怯まない敵と相対した時、自分がその剣にどれほど甘えていたか思い知ることになるだろう。この程度の怪我であたふたしてたら身が持たねぇぞ。
まあそんなことは人に言われるまでもなく自分で気付く事だ。他人に言われてようやく自覚する程度の認識なら、どっかで大怪我でもして引退したほうが本人のためだ。
命ってのは、本来は一つなんだからな。
怪我の具合を確かめている三人をよそに俺は魔石を取り出す。これで全部合わせて二十五個。……やっぱりおかしい。戦闘用の補助を切り、【
脳裏にチリと走る嫌な予感。警鐘と胸騒ぎが止まらない。……この遭遇率はやはり異常だ。いくら出現する魔物が雑魚ばかりとはいえ、このまま疲労が溜まれば状況が傾きかねない。
それに例外もある。森で強力な魔物が出た例が無いわけじゃない。適度に間引いていればそういった魔物が出る可能性は低いはずなのだが、これだけ雑魚で溢れてるってことは万が一があり得る。
そうなれば面倒だな。どうにかして帰還する方向に話を持っていかなければ。
ルークの無事を確認した黒ローブがこちらへ寄ってきたので進言する。
「やっぱり異常ですよ。群れを作りやすい小鬼とはいえ、深部でもないのにこの規模の群れを作るのはおかしい。いくら森に詳しくなくてもそれくらいはわかるでしょう。戻りましょうや。これ以上はルーキーには荷が勝つ」
黒ローブは状況を吟味するように瞑目し、俺の言葉に理を付けたのかゆっくりと頷いた。
「そうね。一度戻りましょう。最近は森で狩りをする冒険者が減ってたから間引きが足りてなかったのかもしれないわ」
「そりゃ初耳だ。なんでまた?」
「フリーの呪装鑑定屋の話は知ってるでしょ? 詐欺を働いて処刑されたけど、それでも腕は確かだったし、大金を得た冒険者は多いわ。それに触発された冒険者たちが、少しでも有用な呪装を手に入れようっていって危険な狩り場に向かうことが増えたのよ」
…………んん? まさかこの状況、俺のせい?
呪装は危険な区域で拾えるものの方が良い品であることが多い。ルークが森で拾った剣のように例外はあるが、それは本当に一握りだ。
なるほど、呪装熱が上がるとこんな弊害もあるのか。だがそういった調整はギルドがやるべき仕事だ。うん、俺は悪くねぇ。ちゃんと首を飛ばされて罪を清算したしな。
俺は小鬼が振り回していたナイフの呪装を拾った。手からすっぽ抜けやすい柄を持つナイフ。失敗作のゴミだな。俺は黒ローブにナイフを手渡した。
「どうぞ、リーダー」
「……あなたはいらないの?」
「あいにくと懐が寂しくてね。鑑定代が払える気がしないんでさ」
ふぅんと気のない返事をして黒ローブはこちらを訝しむように見た。ルーブスの野郎からどんな情報を吹き込まれたのか、黒ローブは俺の全てを疑ってかかってくる。戦闘中の観察するような視線も正直居心地が悪い。とっとと帰って解散してぇな。
そんな考えを浮かべたからだろうか。事態は思わぬ方向に転がっていくことになった。
「待ってくださいメイさん! 今日は同期の友人たちもここにいるはずなんです! 僕たちよりも先に来ていたはずで……どうにか合流出来ないでしょうか?」
黒ローブがルーキー二人に帰還の旨を告げた途端にこれだ。
他人の心配をしてる場合か。たったいま自分が怪我を負ったのを忘れたのか。
黒ローブはルークの頼みに否を突き付けなかった。杖の石突きで地面ジリと掻き、ひねり出すように言った。
「……消費が激しくて一回しか使えないけど、広範囲の探知ができるわ。探知にそれらしい反応が引っ掛かったら合流して帰還、引っ掛からなかったら既に帰還したものとみなして私達も戻る。それでどう?」
「はい! お願いします!」
「お願い、します!」
まてまて。なんでそうなるのかね。そっちで勝手に話を進めてんじゃねぇよ。俺は乗り気の三人に冷や水を浴びせた。
「俺は賛成できねぇ。非常事態だってのに、パーティーの要である銀級の消耗を進めてどうするよ。帰り道が安全とは言えない以上、明らかに下策だ。このまま帰るのが最善だろう」
「……あなたには人を助けようっていう気概は無いの?」
「それで死んだら元も子もない。被害を最小限で食い止めるために俺たちは迅速に情報を持ち帰る必要がある。違うか?」
情に絆されて感情的になった相手には冷静な理詰めが効く。
黒ローブの瞳が揺れている。命を預かる立場にいるコイツは軽々な判断を下せない。瞬間的な感情の沸騰を理屈で強引に冷ましてやれば必ずこちらに傾くはずだ。
「待ってください! 最悪の場合は……僕たちを見捨てても構いません! だからお願いです……力を貸してください! エイトさん、メイさん!」
「私からもお願いします! 同じ故郷の大切な友人なんです!」
ここは狩り場のド真ん中だってことを失念してルーキー二人が叫ぶ。直角に腰を折ってつむじを見せつけるルークにニュイ。白くなるほどに拳を握りしめ、力みすぎて体が震えている。表情は見えないものの、歯を食いしばっているさまが容易に想像できた。
これは……もう無理だな。冒険者ってのはその場のノリで生きてる人間だ。自分のことを見捨ててもいいだなんて吐き捨てた輩の意気込みを買わないやつはいない。
力強くまなじりを決した黒ローブを視界の端に収めた俺は説得を諦めた。案の定面倒なことになりやがったよ。
「探知を使うわ。文句はないわね?」
あるよ。ないわけがないだろ。
だがもう無駄なことだ。これ以上の問答は気力も時間も無駄になる。俺は肩をすくめて両手を挙げた。見たまんまお手上げだ。
黒ローブが返事とばかりに杖の石突きを打ち鳴らし、広範に探知の魔法を展開した。
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