昨日の敵は今日も敵

「よろしくお願いします!」


「よろしく、お願いします……」


「宜しくね! 二人とも!」


 これは何の冗談だよ。俺は頭を抱えた。


 促されるまま向かった街の出口には俺のパーティーメンバーと思しき三人組が居た。

 剣士の男と魔法使いの女のルーキーペアに、銀級の魔法使いの女。それが今回組まされる顔ぶれだ。そして、それらしい人物は眼の前で挨拶を交わし合っている三人組以外には見当たらない。


 元気一杯のガキ。人見知りがちに頭を下げる小娘。快活に笑う魔法使いの女。鑑定師イレブンとして活動してた時に、全員の顔を見たことがある。


 てか金貨千枚級の剣を持ち込んだルーキーペアとやたら口出ししてきた黒ローブじゃねぇか。なんだこの巡り合せ。ルーブスの野郎、まさかわざとやってねぇだろうな。コイツらにはいい思い出が無い。


 特にガキだ。剣を鑑定した時のあのすっとぼけた態度は忘れねぇぞ。俺は恩は踏み倒すが恨みは死んでも忘れねぇ。文字通りな。

 どうするか。それらしい人物が見当たらなかったから現場に向かったって言えば誤魔化せないかな。


 わりと本気で悩んでいたら黒ローブがこちらを向いた。嫌そうな顔を隠しもせずに顔を顰め、つかつかと歩み寄ってくる。馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らして口を開いた。


「ギルドマスター直々に頼まれたから同行してあげる。あの子達の前で無様な姿を晒さないでよね、鉄錆のエイト」


 どうやら黒ローブも俺のことを快く思っていないらしい。まぁ当然か。銅級に上がろうとしないってのは即ちこの街に貢献する気はないという強烈な意思表示だ。好まれる理由がない。

 だからといって努力する気は無いがね。法を破っているわけでもないし、甘い汁を吸えるだけ吸える立場の鉄級が一番俺にとって都合がいい。


 ガキに向けていた目とは正反対の視線を寄越す黒ローブ。体格差ゆえに俺を見上げているが、内心は見下しているのだろう。俺はへらっとした笑みを浮かべた。


「自分は別に一人で狩ってきてもいいっすよ? 貴女がいればあの二人の安全は確約されているでしょうし」


 黒ローブは眉間に更に深いシワを刻み、苛立った様子で俺に杖を突きつけた。先端に嵌められた拳大の紅い魔石が陽の光を受けて剣呑な光を放つ。


「黙って付いて来なさい」


 有無を言わさぬ口調。眼光が槍の形を成して飛び出してきたみたいに鋭い。どいつもこいつも冗談が通じなくて困るね。


 しかし、ここで勝手にしろと言って追い出さないってことは……やはり十中八九俺の監視として派遣されたんだろうな。

 なにが俺にとっても悪い話じゃない、だ。悪い話でしかない。ここまでして俺の正体を突き止めたいかね。酔っぱらい相手にはめっぽう強いだけの補助魔法使いだってのに。


 さて、どこまで手の内を晒すかね。あんまり隠しすぎて次もまた同じようなことをさせられても厄介だ。補助魔法の一つ程度使えることをバラしてもいいか。


 俺はルーキー二人と黒ローブの自己紹介を軽く聞き流しながら、冒険者エイトの戦闘面の能力を事細かに組み立てていった。


 ▷


「はあぁッ!」


 裂帛の気合と共に剣が横薙ぎに振るわれる。無策で飛びかかってきた小鬼が腹から両断され、どちゃりと地に汚い染みを作った。一切の抵抗を感じさせないほど真っ直ぐに振り抜かれた剣。それを為したガキは周囲に敵がいないことを確認してからフッと息を吐いて残心を解いた。


 小鬼。醜い顔と赤い肌をした、人の腹部程度の身長の魔物だ。知能は低く、落ちている木の棒や石で武装し、いざ人間をぶち殺さんと躍起になって襲ってくる雑魚だ。連携も戦術もへったくれも無いので、ルーキーだろうとそれなりの腕があれば勝てる相手である。


 荒事に慣れてないやつらなんかは、武装した脅威が悪意を持って襲いかかってくるという状況に怖気づき、ろくな抵抗もできずにそのままなぶり殺しにされることもある。ぽこぽこと発生するため、大規模な群れを作る前に見つけ次第始末することが推奨されている魔物だ。


「やるわね、ルークくん」


「そんなことないですよメイさん。この剣と、あとはニュイの支援のおかげです!」


「うん、調子に乗らないのは良いことね。だけど少しくらい誇ってもいいのよ? 確かにその剣は凄いけど、それを扱う身のこなしは鉄級にだって引けを取らないと思うわ」


「ありがとうございます! メイさんに鉄級並だと言ってもらえるように頑張ります!」


 なんの危なげもなく小鬼を斬って捨てたガキは生意気に謙遜などして笑った。俺はその輪に混ざることなく真っ二つになった小鬼の胸をショートソードで掻っ捌き、小指の先程の石を取り出す。魔石。討伐証明に必要なので忘れずに回収する必要がある。


 血と肉をかき分けて引き千切るように魔石を摘出すると、ぶち撒けた血肉と共に小鬼がグズグズに崩れて消えていく。手についた汚れも、剣に付着した血脂も綺麗サッパリ無くなる。まこと便利な生態をしてやがる。まるで人間みたいだ。


「あ、ありがとうございます」


「ん」


 寄ってきた小娘に魔石を手渡して俺の仕事は終了。これで五匹目だ。目的地である森に入ってからそこまで経過していないのになかなかのペースで進んでいる。


 現れた小鬼をガキが一振りで片付けるので、俺と黒ローブの仕事はない。せいぜいが魔石回収程度だ。めんどくさいと思っていたがその実、意外と悪くないんじゃないかと思い始めていた。こんなぬるい作業で討伐ノルマを達成できるなら、わざわざ金を払わなくて済む分お得だったかもな。


「じゃあそろそろあなたの実力も見ておきましょうか?」


 悪くないと思った途端にこれだ。唐突に水を向けられた俺は曖昧な笑みを浮かべて片手を上げた。そんな態度が気に入らなかったのか、黒ローブは一瞬視線を厳しくし、すぐに目を逸らした。和を乱すなよな。


「エイトさん、では先頭をお願いします!」


「あいよ」


 声を掛けてきたルークに短く答えて歩き出す。メンバーには斥候だと自己申告したのであんまり適当な仕事は出来ない。疑われる可能性がある。後続が歩きやすいように枝葉をショートソードで払いながら進む。


 魔力が溜まりやすい区域は独自の歪な生態系を有することが多い。植物が異常に成長して人を拒む鬱蒼とした森を作ったり、逆に植物が一切根付かない砂漠地帯に変化したりと様々だ。


 エンデの近辺は魔力溜まりが多く見られ、森や砂漠はもちろん、溶岩地帯や氷雪地帯といった危険地帯まで完備している。ちょっとした魔境だな。そりゃ冒険者なんて組織が必要とされるわけだ。


 今俺たちが進んでいる森は危険度で言えば最低だ。視認性は最悪に近いものの、魔力の濃度が薄いのか発生する魔物は雑魚が多い。

 ルーキーたちはここで生き残るための術を学び、敵を打倒する腕を磨き、更なる魔境に挑むための力を蓄えていく。自然の恵みも豊富なので、石級の見習いや孤児たちの小遣い稼ぎの場でもある。森の浅部は魔物も滅多に現れないので比較的安全なのだ。


 そのはず、なんだがな……。


「おらよっと!」


 顔面めがけて飛んできた石を首を傾けてかわして急接近。隙だらけの小鬼の胸を蹴り倒して踏みつけ、勢いそのままにショートソードを首に突き立てる。

 汚いうめき声を出した小鬼はビクンと痙攣し、やがて硬直した四肢を放り出した。胸を掻っ捌いて魔石を取り出せば駆除完了。これで俺が担当したのは三体目だ。


「なんか出くわす頻度が高くねぇか? こんなもんだったっけか?」


 森に入ってからおよそ一時間。俺たちはそこまで深い部分に立ち入っていないというのに合計八匹目の小鬼と遭遇していた。

 俺が冒険者になった直後で首斬り転移を使う前は真面目にこの森で薬草を漁っていたが、ここまで頻繁に魔物と遭遇した記憶はない。


 魔物とは浅部で出くわさないし、遭遇率もそこまで高いものではないので、この森が収入源となる石級の儲けは低いのだ。この頻度で遭遇し続けたのなら一日で銀貨一、二枚の儲けになるぞ。さすがにおかしくないか?


「あなたはここで薬草拾いに熱を上げてたんじゃないの? 普段と様子が違うなら真っ先に分かるはずでしょ」


 おっとそうだった。最近は森に入って一、二分のところで首を掻き斬っていたから詳しいことは知らないが、設定的には知っていないとおかしいか。


「いやぁ、ほんの少し多いかなって感じただけっすよ。なぁチビ?」


「えっと、そうですか? いつも通りだと思いますけど……」


 そこは肯定しとけや。お前やっぱわざとやってんだろ。俺を陥れて何か楽しいのか?

 まあ楽しいよな。人がボロ出してあたふたしてるところを見ると心が洗われるよな。わかるわかる。


「気のせいだな。忘れてくれ」


 黒ローブの訝しむようなじっとりとした視線から逃れるように背を向け、強引に誤魔化して先に進む。


「私は得意魔法が火だからあんまり森に入ったことがないのよ。正直詳しいことは分からない。何か気付いたことがあったら言いなさい。ルークとニュイも、分かった?」


「はい!」


「はい」


「へい」


 ▷


 三匹の小鬼がたむろしている。

 木の棒を振り回しながらぎぃぎぃと耳障りな声を上げている様はおよそ知性というものを感じないが、それでも仲間内である程度の意思疎通は取れているのだろう。微妙な抑揚の違いくらいは聞き取れる。わざわざ声を出して居場所を知らせてくれるのだから、こちらとしてはやりやすくて良い。


 木の陰に身を潜めながら隙をうかがう。すぐ後ろに控えているルークに小声で伝える。


「背を見せたら斬りかかる。後に続け。俺が右の二匹を引き受ける。左はお前がやれ」


「分かりました」


「あの、【耐久透徹バイタルクリア】を掛けますか?」


「俺の分はいらん。温存しとけ」


「僕もまだ大丈夫」


「分かり、ました」


 ルークの相方のニュイは回復魔法と耐久強化の補助が使える。典型的な後方支援役だ。しかしまだ駆け出しなのでバテるのが早い。無駄遣いは控えるのが吉だ。それに小鬼三匹程度では遅れは取るまい。


 何を話し込んでいるのか、小鬼どもはひたすらぎぃぎぃと言い合っていて動く気配がない。仕方ない、気を逸らすか。俺は足元の小石を拾い上げた。


「そろそろ行くぞ。準備しとけ」


「はい」


 一つ頷き、俺は石を山なりに放る。石は小鬼どもの頭上を越し、向かいの茂みに音を立てて落ちた。反射的に振り向いた小鬼どもを確認してから仕掛ける。【敏捷透徹アジルクリア】。


 背を向けて油断している小鬼の延髄に速度を乗せた剣で一突き。まずは一匹。

 遅れてこちらに気付いたもう一匹の小鬼の飛び掛かりを屈んで交わし、ガラ空きの背に剣を落とす。二匹目も始末完了。

 残りの一匹を見ると、ルークがちょうど首を落としたところだった。群れていたとはいえ、三匹程度なら話にならんな。


「そっちの魔石は頼む」


「はい!」


 元気なガキだなぁ。そんなことを考えながら小鬼を捌く。一体目から魔石を取り出したところで黒ローブが話しかけてきた。


「あの初速……あなた補助魔法使えたのね」


「まぁ、それしか使えませんがね」


 エイトという冒険者の戦闘面の能力を考えた結果、敏捷性強化の魔法を使えることにしたら都合が良いのではという結論に至った。

 喧嘩騒動の際に知られていた可能性が高いし、なによりソロで活動してた言い訳が立つ。逃げ足が早いってのは場合によっては腕っぷし以上の武器になる。


「見た限りでは腕だって悪くない。真面目にやればそれなりに評価されると思うんだけど?」


 評価されたくないから真面目にやらねぇんだよ。俺にとっては順序が逆なんだ。

 もちろんそんなことは口が裂けても言えない。下手したら冒険者証を剥奪されかねない。


「臆病な性分でね。安全マージンは最大限取るようにしてるんですよ」


「それにしたって薬草納品しかしないってのはどうなの。小鬼程度なら普通に勝ててたじゃない。鉄錆なんて言われて悔しくないの?」


 勇者なんて呼ばれて持ち上げられるよりもずっとマシだよ。


「まあ、自分でも情けない自覚はありますんで。それよりとっとと引き上げましょうや。魔石は集まったことですし」


 今の三匹を倒したことで俺のノルマは達成された。パーティーで倒した分も加算されるらしいからな。なんだかんだで楽な仕事だった。


「何言ってるの? これはあなたのノルマを達成するためのパーティーじゃなくて、連携を鍛えるためのものよ。まだ必要十分な経験を積んだとは言えない。先に進むわよ」


 チッ。そういやそういう名目だったな。やっぱり楽な仕事でもなんでもねぇ。


「……やっぱり、この遭遇頻度はおかしいかもしれません。一旦引き上げてギルドに報告しましょう」


「はいはい嘘はいいから進んだ進んだ」


 駄目か。俺は苛立ちを発散させるように残りの小鬼の腹を力ずくで掻っ捌いて魔石を引きずり出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る