魔物の首より自分の首
「あァ? 討伐ノルマだぁ? 初めて聞いたぞそんな話!」
「初めて言いますので」
俺は鉄級冒険者の立場を維持するために冒険者ギルドを訪れていた。いつも通り月イチ恒例の薬草納品の依頼を受けようとしたところ、目つきの悪い受付嬢に意味不明な制度の説明をされた。
討伐ノルマ。寝耳に水だ。
俺が前回ギルドマスターに呼ばれた次の日に制定されたそれは、要約すると一ヶ月の間に最低でも魔物を数匹は狩らなければならないと定めた新制度だ。
見習い期間である石級は免除されるものの、鉄級からは実力に応じたノルマが設けられる。要職に就く金級や怪我をした冒険者も免除されるそうだが、特別な手続きが必要だそうだ。
めんどくせぇことしやがるなオイ。完全に俺を狙って潰しに来てるじゃねぇか。冒険者エイトって存在はそんなにギルドマスター様の癪にさわったのかね。
「いま初めて聞いたから猶予は一ヶ月後、ってことでいいんだよな?」
「いえ。エイトさんは三日後が期限なのでそれまでに討伐して来てもらいます」
「そりゃあちと横暴が過ぎるんじゃないのか? こっちにだって武具の整備や予定の調整だってあるんだ。そこら辺を一切考慮しちゃくれねぇってのか?」
「武具の整備は常日頃からしておくのが最低限のたしなみでは? それに、更新の期限が差し迫っているというのに他の予定を詰めるということは、冒険者としての仕事を全うする気がないという認識をして宜しいですか?」
ねちねちと嫌味ったらしい女だ。ギルドマスターの薫陶でも受けていらっしゃるのかね。
「エイトさんよぉ! 武具の整備ってのぁなんの冗談だぁ? 使ってねぇ武器にどんな手入れが必要なんだか言ってみろや!」
「やる気がねぇなら辞めろッつってんだろ! 今回の制度だって普通に冒険者の活動してたら必ず耳に挟むもんだぜ?」
「二十日以上もギルドに顔出さねぇやつが文句垂れてんじゃねぇぞ鉄錆が!」
馬鹿共も相変わらずうるせぇ。街を守るというご立派な思想を掲げるやつらは、俺みたいな
昼間っから呑んだくれてる景気のいい馬鹿共の罵声を右から左へ聞き流し、神妙な顔を作って言う。
「実はいま病気を患ってるんだ。あと一ヶ月待ってくれよ」
「ではかかりつけの医師の診断書を持ってきてください」
この冷淡さよ。取り付く島もねぇ。嘘だと決めつけて掛かるのは受付嬢としてどうなんだ? まあ嘘なんだけどさ。
しゃあない、やるか。これ以上揉めても面倒だし、小鬼数匹狩って黙らせよう。
「わーったわーったよ。討伐証明は魔石でいいんだろ?」
「……ええ。鉄級なので、種類問わず十個以上の納品をお願いします」
魔力溜まりから発生する魔物は、体内に魔石と呼ばれる物質を醸成する。魔石は魔物の核を成しており、ぶち殺してから魔石を剥ぎ取ると魔物はその姿を霧散させる。
誰がどんな魔物を何体殺したかなんて自己申告でいくらでも盛れてしまうので、証明として必要になるのが魔石だ。例外はあるものの強力な魔物ほど大きな魔石を持っているので、その立派さで狩ってきた獲物の質と冒険者の腕の程が測れる。
立派な魔石は取引価格も高い。魔石は燃料から錬金術の触媒まで幅広い需要があるのでギルドが買い取っている。まあ小鬼程度の魔石は十個集めても銀貨一枚にもならんがな。ぼったくりやがって。
ん? 待てよ……これ薬草納品と同じ事できるんじゃね?
魔石は薬草ほど気軽に売られているものではないが、王都でなら簡単に手に入るだろう。薬草よりは値段が張るし、王都だから物価は高いがそれでも低品質なものなら銀貨五枚程度で必要数が揃うんじゃないか。
なんだよ。討伐ノルマっていうから身構えたが、結局やることはいつもの薬草納品と変わらねぇじゃねぇか。首斬ってカネ払って終わり。なんだ、簡単じゃねぇの。
「分かった。んじゃ早速ぱぱっと片付けてくらぁ」
そうと決まれば話は早い。問答するだけ時間の無駄だ。
唐突にやる気を出した俺を見て受付嬢がキョトンとしている。頑なに討伐をしてこなかったやつが急に態度を翻したらそうなるわな。まあ討伐なんてしないわけだが。
俺を狙い撃ちにする小賢しい策を弄したようだが、どうやら空振りに終わっちまったみたいだな? くくっ。まさかギルドのやつらも俺が自由に転移を扱えるなどとは思ってもみまい。無駄な努力ご苦労さん。所詮は浅知恵よ。
「おや、久しいな鉄級のエイト。これから魔物の駆除かね?」
おっとルーブス殿。めったに姿を現さないギルドマスターがわざわざ出張ってくるとは……こいつさてはタイミングを見計らってやがったな?
面倒なことになりそうだ。俺は早々に会話を切り上げた。
「えぇ、まあ。期限が差し迫っていますので失礼します」
「まぁ待ち給え。君に簡単なお願いがあるんだ。なに、君にとっても悪い話じゃない」
初手嘘やめろ。【
どうするか。引き受けたら絶対にろくなことにならない。かと言って断っても角が立つ。相変わらずめんどくさい男だ。俺にとってプラスになる要素が何一つとして無い。
よし、穏便に断ろう。同等以下には横柄で、権力者には平身低頭。それが鉄級冒険者エイトなのである。
「いや、いや。ギルドマスター殿の依頼なんて自分にはとてもとても……。他に優秀な適任はいくらでも居るでしょう」
「内容は石級冒険者二人の護衛だ。既に何度か魔物討伐を熟しているが、未だにペアでしか行動したことがなくてね。そろそろパーティーを組ませて経験を積んでもらいたいのだよ」
話し聞けやタコ。思わず口からまろび出そうになる暴言をすんでのところで飲み込む。
お願いだなんて言っておきながら、こいつの中では俺が引き受けること前提なのだろう。不愉快な話だ。
しかもなんだ? 初心者の介護ぉ? おいおいどういうつもりなんだよコイツ。人選ミスも甚だしい。こちとらソロ専門だっつの。連携なんて取れるわけねーだろ。
「その、自分はソロ専門でやってるものでして、パーティーを組むなら別の冒険者のほうがいいかと」
「ほう、ならば丁度いい機会だ。銅級に上がったら君も有事の際にはパーティーを組んで動くことがあるだろう。今のうちにお互い基礎的なことを学んでおくといい」
「教えられることなんてありませんよ?」
「鉄級までソロでやって来たのだ。生存の術を教えこんでやるといい」
クソが。口じゃ勝てねぇ。間髪入れずに逃げ道を塞いできやがる。
飲んだくれ共がニヤニヤしながらこちらを見ていて腹が立つ。見世物にしてくれやがって。こうまでされると何が何でも断りたくなってきた。
「自分にはちょっと、人には見せられない技術があってですね……。飯の種を知られるのはちょっと」
「それは人に知られた程度で立場が揺らぐような技術なのかね? それに、後ろ暗いものでないのなら隠す必要はないだろう。我々は魔物に対して結束を深める必要がある。有用な技術ならむしろ誇ってほしいものだ」
「……共倒れになっても知りませんよ?」
「ふむ、ならば人をつけよう。銀級を一人出す。それで問題はないな?」
問題しかねぇよ。こいつ、まさか俺が抵抗することまで読んでやがったのか? 自然な流れでお目付け役を寄越しやがった。
確実に俺の手の内を暴くための仕込みだ。どんだけギルドに警戒されてるんだよ。ちょっと喧嘩でやんちゃしただけだってのに。
「フリーの銀級がいるならば自分は必要ないのでは……?」
しつこく食い下がる俺に業を煮やしたのか、ルーブスが一歩距離を詰めてくる。顔は笑みの形をしているものの、その眼は少しも笑っていない。
射殺すような眼光を湛えたルーブスにポンと肩に手を置かれる。五指に力が篭められる。ギリと音がしそうなほどだ。それはけしてお願いをする側の態度ではない。こんなのもうただの脅しだろ。
「やってくれるね?」
「……はい」
非常にダルいことになった。監視されながら見習いのお守りとかなんの罰ゲームなんだよ。
ま、手の内なんて明かさなければいい。無難に目立たずやり過ごすとしよう。
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