人は踏み台にしろ
「だから言ったんだ! このままじゃ恨みを買うって! どうしてくれんだよオッサン!」
スリ部隊帰らずの報を受けた俺は迅速に溜まり場に顔を出したところをガキ共に囲まれた。みな葬式みたいな辛気臭い表情をしている中、ツナがいきり立って俺に突っかかってくる。
強い敵意と憎悪を宿した眼。それは本当に仲間を思うが故の感情なのだろう。
だがそれを俺に向けるってのはお門違いだ。まぁ手近な大人に当たり散らすのはガキの特権。喚くツナを無視して集団に問い掛ける。
「昨日出稼ぎに出たやつらが戻ってこないって話だったな。詳細を知ってるやつはいるか?」
全員をぐるりと見渡す。どいつもこいつも俯き情けない顔をしている。声が上がらない。誰も、何も知らないってことか?
「ここに残ってるのは別行動をしてたグループだ。購入予定の武器を見て回ってたグループと、回復魔法を教えてくれそうな冒険者を探してたグループだ。だから詳しくは知らない」
不機嫌を隠そうともしない声色でツナが言う。出来れば感情的になりやすいコイツとは別なやつと話がしたいんだが……他のやつらはだんまりか。せめてアンジュがいればよかったんだが、あいつもいない。
やむなし。俺は半目で睨むツナを睨み返しながら言う。
「今までに同じようなことは?」
「ない。夜は必ずここで落ち合うことになってる。夜は危険だからな」
それは賢明な判断だな。ガキへの制裁を禁止していてもスラムの中までそのルールが徹底されているわけではない。群れるのは最も手っ取り早い自己防衛だ。最低限の危機感はあるらしい。
しかし前例無し、か。厄介だな。俺は瞑目して深く息を吐き出し、低い声を作って言う。
「しばらく様子見だな。一旦活動を控えろ。その間のノルマは無視していい。いなくなった連中が戻ってきたら教えろ。戻ってこなかったら、理由を突き止め次第考えるとするか」
「戻って、来なかったらだぁ!? ざッけんな! てめぇが巻き込んだことなんだから何とかしろよッ!」
「うるせぇな。ガキが集団で居なくなるような事件を治安維持担当が見逃すわけねぇだろ。なんかの事件なら既にやつらが動いてるはずだし、俺が動くよりよっぽど頼りになる。どうしても気になるってんならお前らが勝手に動け」
ギリと歯ぎしりしたツナが親の仇でも見るような目で俺を見る。なんだと言うのか。まだ理由すらはっきりしてないってのに、俺に全責任があると言いたげな態度だ。
「そんな言い方……あんまりだ」
ぼそりと呟いたガキを見る。そいつはハッと顔を上げ、俺と目が合うや否や息を飲んで顔を背けた。甘っちょろい認識だ。俺を保護者か何かと勘違いしてる輩が多すぎる。
俺はわざとらしく大きくため息を吐いて注目を集めた。情を排した表情を作り、底冷えするような声で告げる。絆されぬ我を貫き、契約に忠実なフォルティであるが故に。
「俺がお前らにどういう条件で契約を持ちかけたか忘れたのか? そして、それを快諾したのは何処のどいつだ。ヘマする無能は切り捨てる。事前に言っておいたはずだが?」
ガキ共が何も言い返せずに押し黙る。唯一反抗心を顕にしてるのはツナだけだ。契約ってもんを分かってねぇな。これはビジネスだって言っておいたというのに、まるで理解できてなかったらしい。
この事業は失敗か? 駒としての性能と有用性に文句は無いんだが、あまりにも情緒不安定すぎる。このまま手を引いたほうがいいかもしれないな。ガキ共が集団で反旗を翻したら面倒なことになる。
そうだな、よし、決めた。フォルティは捨てる。アンジュという鬼札があっても失敗するようならどうしようもねぇ。俺は一転して笑顔を浮かべた。仕方ねぇなと言いたげな顔で告げる。
「だがまぁ、お前らには期待してるからな。今回の件は俺も動くさ。けど、俺が協力するのはこれっきりだ。分かったな?」
嘘だ。このまま街に繰り出して適当なところで【
「待ってフォルティさん! 皆が捕まった場所、わたし知ってるの!」
おっとアンジュ。無事だったのかよ。
息も絶え絶えに駆けつけたアンジュにガキ共が沸く。タイミング悪ぃなおい。協力するとフカした後に出てきやがって。
「アンジュ! 無事だったのか!」
「心配かけてごめんね。それよりもフォルティさん! みんなが捕まっちゃったの! 治安維持の冒険者たちがみんなを捕まえて、それで、犯罪者の収容所まで連れて行かれて……。お願い! みんなを助けて!」
おいおいおいキナ臭くなってきたな。治安維持担当がガキを拉致した? よりによって本来ガキを守るはずの治安維持担当が、だと?
そんなの……絶対に罠に決まってんだろ。高度に統率された動きを見て、裏で糸を引いている存在に勘付かれた……そういうことか。
チッ。治安維持担当ってのは本当に厄介だ。冒険者ギルドはいつも俺の邪魔をする。だがその情報に気付けたのは僥倖と言っていい。見えてる罠は罠とは言えねぇ。俺はトンズラこかせてもらうぜ。
「分かった。俺がなんとかしよう。お前らはここで待ってろ。いいな?」
ホッとした顔を浮かべるガキ共。馬鹿め。お前らと顔を合わせるのはこれで最後よ。簡単に騙されやがってちょろいやつらよ。
ん? なんだアンジュそんな能面みたいな顔で俺を見て……ッ!? まさか、【読心】……ッ!?
「フォルティさん……?」
クソ! 厄介な能力持ちってのは油断ならねぇ! こいつ勘付きやがったな?
だが考えを知られたからなんだと言うのか。このまま【
ッ!? なんだ、なんだこの気持ちは!? 仲間への愛、思いやり、友情……心配、不安、焦燥……感情の糸を力ずくで引き回されるような感覚……【感応】か!
やめろ! クソが! 頭ん中掻き回されるような不快感だ! そんな善意で俺を汚すんじゃねぇ! うおおおおぉぉぉぉォォ!! やめろ! 浄化されるッ! 分かった、分かったから! 助けに行くからやめてくれ! 俺の心を汚すんじゃねェ!! あああああああああああああああぁぁぁぁぁァァッッ!!
▷
とんでもない才能を目覚めさせてしまった。路地裏から目を皿のようにして俺を監視しているアンジュを尻目に収めながらそう思う。
やって来たるは犯罪者を一時的に勾留しておく施設だ。治安維持担当が詰めている建物でもある。重罪人は即刻ギロチン行きだが、容疑者や軽犯罪者なんかはここに連行される。ここにいるガキ共を救うことが俺に課されたミッションだ。
この一仕事を終えたらフォルティとしての活動はやめよう。俺は決心した。
アンジュはちょっと俺の手に負えない。【読心】は俺の天敵だ。【
しかもあいつ【
げんなりしながら【
施設内でそれっぽい箇所を物色し、見取り図を発見したので牢に向かう。施設内の警備はそこまで厚くない。まあこんなところに忍び込むのなんてよほどの命知らずだろうしな。死ににいくようなもんだ。そもそも侵入者自体が少ないのだろう。
お目当ての地下へと向かう扉の前には看守が突っ立っていた。誰が来るわけでもないだろうに、真面目くさった顔をして職務を全うしていた。勤務態度も査定に響くんかね?
どうでもいいことを考えながら遠慮なく腹に拳を叩き込む。
「かはッ!?」
【
牢のある部屋にいたのは鍵束を管理する看守が一人だけだ。随分手薄な警備だ。罠だと思っていたが……考えすぎだったのか? 普段通りなのか知らんが、いくらなんでも不用心すぎる。
酒など飲んで油断している不良看守だったので【
腰に掛かっていた鍵束を拝借して牢に向かう。どうやらガキ共以外には収容されている連中はいないようだ。それぞれの牢にいなくなった九人が揃っており、みな大人しく座っている。そら看守も酒飲んで油断するわな。
【
俺の姿を認めたガキ共が立ち上がって騒ぐが、魔法の効果であらゆる音はシャットアウトされる。危ねぇな。外の看守に気付かれたらどうするんだよ。ちっとは考えろっての。
俺は口元で人差し指を立てる。黙れという意思表示。しかし未だにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるガキ共。いや黙れよ。【
仕方がないので俺だけ範囲から除外する。慣れるとこういう便利な事も出来るのだ。外の看守に聞こえない程度の声で言う。
「落ち着けやガキ共。ったく、そんな考え無しだから捕まるんだよ。俺の計画を台無しにしやがって」
俺が警告してるってのにガキ共は騒ぐのをやめない。檻を掴んで揺らしてるアホもいる。お前ら俺が魔法張ってなかったら一発でバレてるからな?
「落ち着けって言ってんのが分かんねぇのかガキ共。今からお前らをここから出す。そしたら俺はしばらく姿をくらます。その前にお前らが儲けた分はきっちりもらうがな。今後はミスを……おいおい何だってんだよ」
俺が喋ってるってのにガキ共は騒ぐのをやめない。檻を掴んでいたアホが指を立てた。そのままツンツンと腕を動かす。ん? イチ? いや、上、か? 俺は上を見あげた。
目が合った。小柄な女だ。何をどうしたらそんな体制を維持できるのか、天井にピタリと張り付いたそいつが無機質な瞳をこちらに向けていた。観察するような、今から食い千切る獲物を見るような、そんな視線を寄越している。
やっぱり罠じゃねーか! 完全に油断した!
【
「厄介な補助魔法を使いますね。早めに対処できて幸いでした」
「『遍在』……ッ!」
怜悧で冷徹な瞳が俺を見下している。一切の熱を感じさせない冷めた表情。街への貢献を最上に置く彼女は不穏分子の抹殺に躊躇いがない。昆虫のように無機質な瞳。俺なんかの演技では出せない雰囲気は、これが本物なのだと強く悍ましく実感させる。
「網に掛かるかは賭けでしたが……引き際を見極められない欲深のようで助かりました。探す手間が省けたというものです」
クソが! 俺だって学んでるんだよ! ほんとは逃げ切れたんだッ! アンジュに脅されてさえいなければ、脅されてさえいなければなぁ! なんでガキに脅されてんだよ俺はッ!?
「汝、保護すべき対象である孤児を欺き、犯罪に駆り立てた上に脅迫して利益を掠め取る大罪人。女神様の許でその罪、存分に雪ぐと良いでしょう」
「……一つ、聞いてもいいか?」
「何か?」
「天井に張り付いてたあれ、どうやってたんだ?」
「気合です」
気合かぁ。さすがにあれは予測できなかったし、ちょっと便利そうだったからコツを聞こうと思ったのに参考になんねぇよミラさん。
▷
「離せッ! 俺は飢え死に寸前のガキ共に生きる術を教えてやっただけだ! 礼として金を貰うのは当然の権利だろうがッ! クソがっ! クソがーッ!」
「これより、保護すべき孤児を唆して犯罪に駆り立て、あまつさえ脅迫して金銭を搾取した極悪人フォルティの処刑を執り行います」
首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。
「保護すべき孤児だぁ!? ふざけた大義名分を掲げやがって! てめぇらだってアイツラのことを将来使い潰すための駒程度にしか思ってねぇだろうが! 本当に守ろうとしてるならもっと手厚く保護するはずだ!」
「一から十まで手ほどきするつもりはありません。厳しい環境で自主性を育むのもまた必要な素養です」
「物は言いようだなぁおい! 要は死なない程度に生かしておいて、冒険者として死地へ追いやる以外の択を奪ってるだけじゃねぇか! ギルドってのは保護なんて耳触りの良い言葉で人的資源を浪費する最低な組織だ! それに比べて、食い扶持を提供してやった俺は称賛されるべきなんじゃねぇのか!? そうだろ、お前ら!」
俺は集まった冒険者や街の住人共に同意を求めた。うまい具合に博愛精神を刺激出来れば賛同の声が上がってこのふざけた処分も撤回されるかもしれない。
「ざけんな! てめぇの入れ知恵のせいで俺の店は商売上がったりだ!」
「偉そうなこと言ってるけど、要はただの犯罪幇助じゃねーか!」
「ワシの金貨が入った財布を奪わせたのは貴様かッ! ワシの受けた被害は貴様の素っ首で贖え!」
「ざまぁ見やがれピンハネ野郎!」
クソ共ぉ……! 被害に遭った心の狭い輩の声に掻き消されて擁護の声が上がらねぇ……。
だが。だがしかし、だ。
俺は鼻を鳴らした。ふん。言わせておけばいいさ。今回の俺は一味違う。無惨に首を落とされた前回とは違う。
俺に莫大な恩があり、なおかつ買収されてない強力なフォロワーがいる。それが俺の勝ち筋だ。俺は広場に集ったガキ共に視線を投げかけた。叫ぶ。
「お前ら! ここに集まったグズ共に、自分たちが誰のおかげで飢えから解放されたのか言ってみろ! 放置を決め込んだギルドや街の連中がお前らに何をした!? 何もしなかっただろう! 確かに俺はお前らから金を取ったが、それでも以前よりはマシな生活をおくれたはずだッ! そうだろお前ら! わかったら高らかに宣言しろ! 知らしめろッ! 俺の偉業を!!」
仲間意識。やつらが抱える、どうしようもないほど致命的な弱点だ。それをちょいとつついてやれば状況は傾く。ガキ共が涙ながらに訴えれば処刑を強行するギルドに非難の目が向く。そうすりゃ晴れて生存確定よ。俺はガキ共の善意に縋った。
「わ、わたし達は……あの人に脅されていたんです! ほんとは犯罪なんてしたくなかった……だけど、脅されて仕方なく……」
アンジュが喉を震わせた声で叫ぶ。潤んだ瞳は聴衆の心を同情で染め上げるに足る威力を有している。
アンジュの一言を皮切りにガキ共が吠える。
「そうだ! あいつは飢えを凌げればそれでいいって言ったのに、金銭を奪うように命令してきたんだ!」
ツナ。
「冒険者になった後も俺に貢ぎ続けろって……まるで奴隷みたいな契約を交わされたんだ!」
槍使いのガキ。
「冒険者から金を掠め取ってこいって命令されました! 私は、この街を守ってくれている人から、そんなことしたくなかった!」
回復魔法のガキ。
「金を持ってそうなやつからスリをしてこいって脅された! ぼく、怖くて……そんなことしたこともなかったのに」
【
ガキ共は俺の擁護どころか、有る事無い事を涙ながらに訴えた。真に迫る様子で心情を吐露するガキ共を疑う者はいない。はしごを外された。つまり、そういうことだろう。
俺を悪し様に罵る声が上がる。ガキ共が上げた悲痛な叫びに感化された聴衆どもが俺の首を落とせと責め立てる。知性の欠片も持ち合わせていないこの街のゴミ共は処刑を娯楽として愉しむ癖がある。
ガキ共。恩を忘れて俺を裏切ったガキ共。恥も外聞もなく大勢に寝返ったガキ共――――
――――それでいい! 俺は笑った。
恩は押し付けるもの、借りは踏み倒すもの。なんだよ、やれば出来るじゃねぇか。
『俺はお前たちがヘマしたら切り捨てる。お前らもそうしろ。これは助け合いじゃねぇ。ビジネスだ。無能は切り捨てる。俺がお前らに求めるのは忠義じゃねぇ。利益だ。ギブアンドテイクでいこうや』
教えが確実に根付いている。俺は満足した。
俺は今、ヘマをした無能だ。ミラに捕まり命を散らす寸前の無能。そんな無能に情けをかけて自分らに累が及ぶような真似をする? 愚かの極み。蒙昧の所業。
もしも俺を庇っていたら、やつらは進んで犯罪行為に手を染めていたことを自白するようなもんだ。俺に脅されたという証言をすることで哀れな被害者を装える。実に合理的な判断。
もたらす害が利益を上回ったら迅速に切り捨てる。損切り。それは必要不可欠な処世術だ。ガキめ。ここへ来て致命的な弱点を克服しやがった。
免許皆伝。誇れよ、お前らは正しい判断をした。俺はつい嬉しくなって歯を見せて笑った。
「ッ!?」
「……!」
「ぅ……」
おいおい、情けない表情するんじゃねぇよ。まだ情を捨てきれて無いのか?
演技するならやり通してみせろ。疑われたらどうするつもりなんだ。ったく、まだまだあまちゃんだな?
「……最期に、何か言い残すことはありますか?」
「無ぇ」
「……宜しいので?」
意味深な問い掛け。さてはこいつ……気付きかけてるな?
余計なことはさせない。ガキ共が羽化の瞬間を迎えているんだ。それを見守るのが大人ってモンだろ?
「やれよ。示しが付かねぇだろ?」
「ですが…………いえ、では」
ガコンと音がした。歓声が沸く。ガキ共の新たな門出を祝う祝砲のように俺の首が飛ぶ。
しっかりと目に焼き付けておけよガキ共。俺と同じ轍を踏むんじゃねぇぞ。俺を捨て石にして、そして俺の屍を越えてゆけ。
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