不労所得は蜜の味
スラムのガキに盗みを代行させる試みは予想以上の成果を上げていた。日に銀貨十枚なんてもんじゃない。初日に銀貨七十枚、次の日には金貨一枚と銀貨三十枚、更に次の日には当たりを引いて金貨三枚強の好記録を叩き出した。
わずか三日で金貨五枚分。ちょっとした一財産だ。そして俺は三割の上納金を得る。金貨一枚と銀貨五十枚。
ボロくね? 俺は初日にガキ共の才能を見抜き、補助魔法が使えそうなやつには指導をしたが、それ以降は遊んでいた。実働時間は五時間あったかどうかってところだ。
だというのに、日に銀貨五十枚も得られる。大金だ。闇市を覗きすぎて金銭感覚が狂ってるが、日に銀貨五十枚なんて凄腕冒険者でもないと稼げない。豪商レベルだ。
もちろん日に銀貨十枚程度しか稼げない日も来るかもしれない。だが、そんな心配を覆すくらいの鬼札がこちらにはある。
「アンジュがすげーんだよ! ほんとにめちゃくちゃ金持ってるやつをピタリと当てるんだ!」
「ね! あの人はやめておこうとか、そういう判断もすごいの!」
「そんな……持ち上げ過ぎだよ……」
アンジュ。【読心】と【
強化した勘である程度の目星をつけ、読心で対象の人物の危険度を読む。そうしてイケると判断したら、各種補助を活かした集団で財布をいただく。この連携が上手いことハマっている。
アンジュが自身に掛けた洗脳は既に解けているようだが、成功体験が彼女の心理に大きな影響を与えたらしく、以前のような影は無い。若干の照れはあるものの、その顔色は良好だ。
よしよし、いい傾向だ。この調子ならしばらくは俺の手足として働いてくれるだろう。技術を授けた甲斐があるってもんよ。
「なぁ、オッサン。ちょっといいか……?」
「なんだツナ」
「ティナだ! あんたわざとやってんだろ!」
「俺はフォルティだっつってんだろ。お前が俺をオッサンと呼び続ける限りお前の名前はツナだ」
「じゃあもうそれでいいよ……それよりオッサン、少し話がある」
周りのガキ共を気にするような素振りを見せるツナ。内密な話か。目端が利きそうなガキだし、何かしら気付いたことがあるのかもしれない。話を聞いてやるか。
俺たち二人はガキ共の輪から中座して路地裏に引っ込んだ。ここなら話は聞かれないだろう。
「で、話って?」
「ああ……皆が勢い付いてる時に言うのもあれだけど、このままだと良くない気がするんだ」
「……ほう、具体的には?」
「仲間の誰かしらが、その、失敗したときに酷い目にあわされないか心配なんだ」
酷い目、ね。そりゃあ要らぬ心配ってやつだ。ガキの保護はこの街の共通認識。目を光らせている治安維持担当はガキの軽犯罪を見逃すし、腹を立てた大人が折檻しようもんならすっ飛んできて取り押さえる。ドジを踏んだとしても、まあ軽症で済むだろう。
なにより、俺がガキに目を付けた最も大きな理由がそれだ。スリが許されるってのは本当にデカい。エイトとして喧嘩売られ商売をしていた時においしい思いをした俺が言うのだから間違いない。
治安維持担当の目があるからと油断したやつは大金を抱えていることが多い。無用心な商人や、大物を仕留めて宴会を開いて酔っ払った冒険者。最近では呪装で当たりを引いた冒険者も多い。
そんなやつらの儲けをまるっと頂けるってのは効率が良い。もちろん危険度は高いが、俺は補助魔法で成功率を底上げ出来た。冒険者ギルドに目を付けられたから今同じ事をするのは難しいが。
そこでガキ共だ。失敗しても痛手を負わない戦力。これ以上ない駒だ。何を心配することがあるというのか。
……まぁ、ガキにしかない視点というのもあるか。一応、聞いておこう。
「ガキの保護は街の掟だ。何をそんなに心配している?」
「そりゃ知ってるさ。でも、人ってカッとなったら何するか分かんねぇんだよ。……この前スリしたときにちょっとしたドジ踏んだんだけどさ……その時に盗んだ財布に金貨が何枚か入ってたんだ」
この前ドジを踏んだ、か。そういや……俺が冒険者エイトとしてツナに初めて接触した時に言ってたな。フォルティである今は初耳だ。話を聞いておこう。
「ほう、それで?」
「そんときのオヤジの形相がさ、殺意に溢れてたっていうか……何が何でも取り返すって表情をしてて、その、怖か……ったんだ」
そりゃそうだ。スリってのはそういうもんだ。他人の儲けを労せずパクるような奴に誰が好意の視線を向けるものか。
「そこでビビっちまって、動きが鈍ったところを捕まった。思いっ切り足を蹴られて……殺されるって思って財布を放り投げたらなんとかなったけど、その後しばらくは使い物にならなくなって、仲間に迷惑をかけちまった」
……なるほどね。ツナが金銭を狙いたがらなかったのはそれが理由か。一種のトラウマ。失敗体験に引きずられてるわけだ。
くだらんな。顧みるに値しない。
「そうならないための補助魔法だろ。何のために才能を見抜いた上に力を授けてやったと思ってるんだ?」
「いや、そりゃ分かってるんだけどさ……万が一ってこともあるし、そこまで恨まれることのない飯の盗み程度で終わらせておいた方が良いんじゃないかって思うんだよ」
論外だな。甘ったれた考えだ。俺は低めの声を出し、脅すように言った。
「俺との契約は覚えてるか?」
「ッ! や、それは……覚えてる、けど」
「なら何をすべきかは分かってんだろ?」
自身の才能を知れる。こっちはそんな破格の報酬を前払いしてやってるんだ。全員で協力し、最低でも十日で金貨一枚分は儲ける。これが俺とガキ共の間に交わされた契約。
正直難しい話でもなんでもない。後になってからやっぱり嫌だなんて通じねぇだろう。
「でも、何かあってからじゃ取り返しが付かなくなるって言うかさ……」
うじうじしてんなぁ。切り口を変えるか。俺は柔和な笑みを浮かべて諭すように言った。
「あれだけの儲けが出たから、金を出し合って武器屋で槍を購入できた。槍使いの才能を持ってたやつは嬉しかっただろうな?」
「それ、は……」
「回復魔法の才能を持ってるやつも、授業料として銀貨を数枚払えば冒険者との交渉もスムーズに行くんじゃねぇかな。先立つ物ってのぁ何にだって必要になるんだ。その歳にもなりゃわかんだろ?」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような声色。先程の恫喝するような声との落差で揺さぶりをかける。ガキめ。大人を甘く見るなよ?
「それとも何か、お前はあいつらの腕を信頼もしてなければ、自分があいつらを無事に帰還させる自信も無いってことなのか?」
「違う! そんなことは言ってない!」
「なら行けるな?」
「っ……ああ。やってやる。やってやるさ」
それでいい。将来冒険者になることを見据えるなら、臆病であることは武器になるが敵を前にして怖気づくのは話が変わる。
第一、お前は冒険者エイトに果敢に立ち向かってみせただろうが。ヘラヘラとした態度だったから命の危険までは感じなかったのかもしれないが、それでも格上にビビらない肝は持ち合わせてるんだ。
吹っ切れろ。失敗が許されるうちに山ほど失敗を積み上げろ。その経験は才能にも劣らない財産だ。ガキめ。そして俺に貢ぐんだ。
「ま、安心しろって。アンジュさえ居れば危ない橋を渡らなくて済む。なんなら少しペースを落としてもいい。やれることを確実に熟していけ」
「ああ。分かったよ、オッサン」
「行け、ツナ」
まだ何か思うところがあるのか、しかめっ面のまま輪に戻っていくツナ。ま、そんなあっさり説き伏せられるとは思っちゃいないさ。こういう問題はあいつら同士で落とし所を見つけるもんだ。
そうだな……あと一月もすりゃある程度の問題にもカタがつくだろう。安定した頃を見計らって配下のグループを増やしていって儲けを大きくしていけばいい。俺はそんなふうに考えていた。
俺が実験として起用したガキ共の数は二十人。そして、その半数の十人が戻ってこないと騒ぎになったのはそれから三日後のことであった。
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