人材派遣

「お前には……槍使いの才能があるな。正直、街ん中で使えそうな技能はねぇ。絵画の才能があるが、中途半端に伸ばしても使えなさそうだ。今から冒険者になるべく鍛えとけ。それだけでだいぶ違う。真面目にコツコツやってりゃ稼ぎ頭になれっかもな」


「わかったよオッサン!」


「わ、私は何かありますか……?」


「どれ。……おぉ、回復魔法の才能があるな。俺は指導してやれねえが、適当な冒険者を見つけて指導を乞うてみろ。運が良ければ教えてもらえるかもな。後は踊りの才能……これはまぁ、オマケみたいなもんだ。まずは回復魔法を狙ってみろ」


「は、はい! 頑張ります!」


「運良く覚えられたら、怪我してる冒険者に治療代をふっかけろ。銅貨二十枚とでも言っとけば喜んで払ってくれるだろうさ」


「はい!」


「オッサン! 次俺な!」


「俺も! 俺も頼むよ!」


「騒ぐなガキ共。一列に並んで大人しくしとけ」


 新たな人格フォルティを作った俺は、スラムのガキ共に【孜々赫々レイディアント】を使って各々の適性分野を調べていた。


 才能を埋もれさせている人間ってのは想像以上に多い。踏み出す道を一歩間違えただけで、平坦な道を歩めるはずだったやつが谷底の闇に真っ逆さまなんてのはありふれた話だ。


 そして逆もまた然り。ある日突然何かしらの才能に気付き、塗炭の苦しみを味わっていたやつが甘い汁を吸っておいしい思いをすることだってある。

 一寸先は闇とはよく言ったもんだ。落ちたら終わりの崖になってるか、光り輝く栄光の道かは踏み出してみなきゃ分からない。


 そこで俺だ。

孜々赫々レイディアント】。資質の看破。これさえあれば成功間違いなし……とは言わずとも、光の当たる歩むべき道を示してやることは出来る。

 ま、その先であぐらをかいて人の道を踏み外す可能性もあるが、そこまでは面倒見るつもりは無い。


 俺は何も唐突に博愛精神に目覚めてガキ共を導いているわけじゃない。そこにあるのは利害の一致だ。ビジネスライクな関係ってやつよ。


「お前は……【触覚曇化プレスジャム】使えるじゃねぇか! 掛けた相手の体の感覚が鈍くなる魔法だ。これさえありゃスリ放題だぞ! 食いっぱぐれることはなくなるんじゃねぇか?」


「お、俺にそんな魔法の才能が……?」


「すげぇ! やるなぁ!」


「いいなぁ……私も魔法使いたい」


「へへっ! ま、上手くいったら串焼きくらいは奢ってやるよ!」


 ちょっと持ち上げてやったら上機嫌になったようだ。早くも成功したつもりでいる。

 ったく、調子に乗りやがって。約束を忘れちゃいねぇだろうな?


「おうガキンチョ。今後は儲けたらまずは俺に三割流す。それが掟だ。わかってんだろうな?」


「分かってるって! 俺らはこう見えても義理堅いんだぜ!」


 人材発掘。俺が目をつけた新たな事業だ。

 俺がスラムのガキ共の才能を見抜き、ガキ共はその才能を伸ばす。そして得た利益の一部を俺に還元し続ける。そういう契約だ。


 ガキ共は埋もれていた才能を知ることによって指針を得られる。示された進路に従うことで必ず何かしらの技能が身に付く。それは将来にわたって輝き続ける財産にほかならない。


 とりわけこのエンデでは冒険者稼業に関連する技能を身に付けられたら職には困らない。具体的には武器運用や各種魔法の技能だ。

 魔物の脅威に対抗できる存在は居ても居すぎるということはない。腐らない技能というのは、場合によっては金銀財宝以上の価値を持つ。


 冒険者の世界では実力が物を言う。若いうちから才能を磨き続けたやつと、食うに困って流れ着いたならずもの崩れ。どちらが重宝されるかなんてのは火を見るよりも明らかだ。


 俺はガキ共にそんな輝かしい未来を指し示してやってるんだ。ちょっとした心付けを貰ったところで誰も咎めやしないだろう。

 なに、俺も鬼じゃない。一生支払い続けろなんてみみっちいことは言わないさ。十五歳。冒険者登録出来る歳だ。それまではこちらに還元してもらう。何より、街で盗みを働いても見逃されるのはその辺りまでだからな。そこから先は縁を切る。足が付くと面倒だし。


 ぐるりと集まったガキ共を見渡す。集まったのは二十人。適当に目を付けた小グループだ。なんの偶然か、昨日のガキ……名前なんだっけか……ツナだったか、そんな名前のやつもいた。


 こいつらが才能を十全に振るえば日に銀貨十枚ほど稼ぐのは難しくない。それだけで俺は何もしなくても銀貨三枚手に入るわけだ。慣れればもっと上を目指せるし、運が良ければ金貨をパクって来るかもしれない。そうすれば俺もウハウハよ。


 当然ながら、スラムのガキはコイツラで全員じゃない。同じようなグループはまだ複数ある。そいつらにも同じ事をやれば取り分は倍々に増えていく。完璧な計画だ。


 不労所得。なんと素晴らしい響きか。労せず得する、贅沢の極みだね。


 当面の心配事としては、このガキ共が裏切らないとは限らないってことだ。儲けを少しばかりちょろまかす程度なら大目に見てやってもいいが、結託して襲いかかってきたり、【孜々赫々レイディアント】のことをバラされたら困る。


 口封じのための補助魔法もあるが、正直あまり使いたくない。故にこうする。


「俺はお前らの自己申告なんて信じてねぇ。だからお前らには相互監視をしてもらう。身内の裏切り行為を発見したら俺に密告しろ。それが事実だったら、報告したやつの負担を三割から二割へと軽減してやる。裏切ったやつは目覚めた才能を全て消し去るからそのつもりでいろ」


 才能を消し去る魔法なんて無いがな。脅しとして機能すれば十分だ。


「信頼されてねぇなぁ。俺たちは受けた恩は忘れないぞ」


「恩は押し付けるもの、借りは踏み倒すもの。人ってのはだいたいそんなもんだ。仲間意識を持つのは結構なことだが……信頼なんてのは場合によっては枷にしかならねぇってことを覚えとけ」


「オッサン……生きてきてなんか辛いことでもあったのか……?」


 うるさいぞツナ。断頭台に送られた経験のある人間にしか分からない感覚ってのがあんだよ。


「俺はお前たちがヘマしたら切り捨てる。お前らもそうしろ。これは助け合いじゃねぇ。ビジネスだ。無能は切り捨てる。俺がお前らに求めるのは忠義じゃねぇ。利益だ。ギブアンドテイクでいこうや」


「……ま、そっちがそう言うならいいけどさ」


「話は纏まったな? じゃあ続きだ。次はどいつだ?」


 釘を刺し終えた俺は作業を再開した。

 武器運用の技能や攻撃魔法は小銭稼ぎには向かないが、それなりに育てば狩りに向かわせてもいい。適当な石級よりは稼げるだろう。


 主力はやはり補助魔法を使ったスリ部隊だろう。当たりを引けばでかい。今後の活躍に期待である。


「お前は……風魔法と、視覚強化、後は踊りの才能か。難しいな……風魔法を教えてくれるやつが見つかるまではペア組んで補助魔法を活かせ」


「はい! ありがとうございました!」


「よし、これで全員終わったか?」


「あ、オッサン、こいつも頼むよ」


 ツナが連れてきたのは白髪のガキだ。俯いていて表情は暗い。服を握りしめた拳が小刻みに震えている。ふむ。対人恐怖症か?


「こいつ、ちょっとすごい力持ってるんだけど、自分の力があんまり好きじゃないらしくてさ。どうにかなんねぇかな?」


「カウンセリングは契約の範囲外なんだがな……ま、見てみるさ」


 目を合わせようとしない白髪のガキの頭に手を添えて魔法を発動する。どれどれ。


【舞踊】 【感応】 【読心】 【洗脳】 【六感透徹】


 おおう……こりゃすげぇな。尋問官でもやったらトップに上り詰められそうだ。一つ疑問があるとすれば、なんでこんなに踊りの才能があるやつが多いんだ。


「どうだオッサン?」


「精神に作用する能力が多いな。そんな態度なのも納得だ。心がついて行けなかったんだろうな」


 感応と読心は魔法じゃない特殊な技能だ。制御出来なくて精神がやられたんだろう。しかし……こいつは原石だな。磨けばこれ以上なく光る。

六感透徹センスクリア】はそれ単体でいろんな状況をひっくり返せる。この集団の核になれる。


 どうするか。俺は少し悩み、特にこれといった解決策が思い浮かばなかったので直球を投げ付けた。


「お前、人の心を読むのは怖いか?」


「っ! それ、は……」


 読心。目を見た相手の考えをぼんやりと読むことができる能力。

 感応。他人の感情の波の感知、及び自分の感情や思考を伝播させる能力。

 これで精神をやられたな。内向的そうな性格だし、嫌になって塞ぎ込むのもやむなし。だがそれも今日までだ。今日からは俺の手足としてその力を振るってもらう。


「お前のそれは途轍もない能力だ。他のやつらには無い無二の才能と言っていい。だが、使うのを嫌がってたら宝の持ち腐れだ。このままだと集団のお荷物で終わるわけだが、それでいいのか?」


「おいオッサン! 言い方ってもんがあんだろ!」


「黙れツナ」


「ティナだ!」


 ギャアギャア喚くツナに【無響サイレンス】を掛ける。声が響かなくなって目を白黒させているツナを無視して続ける。


「お前、名前は?」


「……アンジュ」


「よし、アンジュ。いいことを教えてやる。お前にはもう一つ才能がある。【六感透徹センスクリア】って言ってな、その便利さは他の魔法とは比べ物にならない。心と感情を読む力と併せれば敵無しだ。どうだ、やる気になったか?」


「……無理、だよ。わたし、人と目を合わせるのも、イヤ……」


 こりゃ相当参ってるな。根が真面目なのかね。

 しかたねぇ。俺は懐に手を突っ込み、ポケットから出した振りをしてインベントリから手鏡を出した。アンジュの目の前にかざして言う。


「おいアンジュ。これを見ろ。お前のひでぇ顔が映ってるぞ」


「……うぅ」


 アンジュはためらいがちに顔を上げ、ひどく自信なさげな顔が嫌になったのか、すぐにそっぽを向いた。


「目を反らすな。見ろ。弱ぇ自分を変えたくねぇのか。それともなにか? お前一生他のやつらにおんぶに抱っこで過ごすつもりなのか? そんなんじゃ近いうちに死ぬぞ? 迷惑かけるだけかけて、役立たずのまま終わりたくないなら顔を見ろ!」


 ツナが殴りかかってきたので【耐久透徹バイタルクリア】を掛けて無視する。邪魔すんな。これはお前らが甘やかした結果でもあるんだぞ。


 アンジュはぷるぷると震えていたが、俺の言葉に思うところがあったのか、意を決して鏡に映る自分と目を合わせた。それでいい。


「今から俺が言う言葉を復唱しろ。私は力を持っている。やれないことはない」


「……わたしは、ちからをもっている。やれないことはない」


「心を読んで道を読み、センスクリアで危機を読む。私は皆を導ける」


「こころをよんでみちを読み、センスクリアで危機を読む。わたしは……皆を導ける」


 震えが止まる。紅水晶のような目に光が灯る。


「私はやれる」


「わたしはやれる」


「私にしか出来ないことがある」


「わたしにしか出来ないことがある!」


「皆は私が生かす」


「みんなは……わたしが生かす!」


 ぐっと握った拳に今までのような迷いは無い。思ったよりも上手くいくもんだな。俺は手鏡をしまった。


 アンジュの豹変っぷりに周りのガキ共はついていけていない。アホ面を浮かべているみんなに向けて、アンジュが高らかに宣誓した。


「今まで迷惑掛けてごめんね。でも、これからはわたしが皆を助けて見せる!」


 洗脳。補助魔法の一つだ。俺が唯一使えない補助魔法である。

 使い勝手がわからないのでぶっつけ本番だったが、どうやらうまく行ったようだ。

 自分で自分を洗脳したアンジュは、自信たっぷりの笑顔を浮かべて薄い胸を張った。性格がまるっと変化している。詐欺みてぇな魔法だな。


 ぽふと腹に衝撃が走った。見ると、ツナが俺の腹に拳をくれていた。ああ、【無響サイレンス】を掛けたままだったか。

 補助を切ると、ツナがアンジュに聞こえないよう耳元で囁いた。


「どうにかしてほしいとは思ったけどさ……やりすぎじゃね? もはや別人だろ。どういう魔法使ったんだよ」


 魔法を使ったのは俺じゃねぇ。ぶっちゃけただの自己暗示だ。

 アンジュは状況を飲み込めていないガキ共を率いて街へと繰り出す気満々だ。期待が出来そうで何よりだが、まあ待てって。まだ魔法教えてないだろ。


 逸るガキ共に俺は各種魔法を仕込んだ。これだけやったんだ、おいしい金の卵を産んでくれよ?

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