みじめにやれ

「くそ! 離せよオッサン! しつけぇな!」


「わかんねぇガキだな。お兄さんと呼べ」


「やめろ性犯罪者! 小児性愛者! 社会悪! 人類の敵! 魔王!」


 キャンキャン喚くな。どこで覚えてくるんだそんな言葉。あと魔王は女だ。

 あんまり騒がれても面倒だ。ちょいと興味を引きそうな話題で黙らせるとするかね。


「おいクソガキ。お前、さっきなんで俺に演技がバレたかわかるか?」


 分かりやすくびくりと震えたガキが黙り込む。スラムのガキにとって物乞いは基礎技能の一つだ。これが出来ると出来ないとでは過ごしやすさに大きく差が出る。危険な思いをせずにメシにありつけるわけだからな。


 目を瞑ってむむむと唸るガキ。考え込んでも答えが出なかったのか、ぶっきらぼうにポツリと呟いた。


「…………なんでだよ」


 傾聴の姿勢を見せたので肩からガキを降ろして座るように促す。ある程度の賢さはあるらしく、逃げることなく素直に腰を下ろした。

 後ろ暗いことをして糊口をしのぐこいつらにとって、飯の種は多いに越したことはない。使い物にならない演技がマシになるなら耳を貸すのもやぶさかではないのだろう。


 俺は肉がついてない串をビッと突きつけて言った。


「わざとらしい、それに尽きる。正直に言うが……お前に演技は向いてねぇ。諦めろ」


 俺の一言が予想外だったのか、それともあんまりな理由だと思ったのか、ガキはポカンとした顔を浮かべた。その顔がみるみるうちに赤くなっていく。ギリと歯ぎしりをして吠えた。


「わざとらしいって……どこがだよ!? こんなに準備してきたってのに!」


「どこがって……そこがだよ」


 俺は串をビッと襤褸ぼろ切れに突きつけた。


「お前、その服わざと傷つけただろ。穴の空き方も擦り切れ方も不自然すぎる。傷がついてない部分との差異が酷すぎるぞ。節穴じゃない限り騙されねぇよ」


「うっ……」


 図星だったのか、言葉に詰まるガキ。それだけじゃないぞ? 俺は串をビッと顔面に突きつけた。


「その黒ずんだ顔もだ。炭でも塗ったのかしらんが……指で塗った跡が付いてる。同情を引くための演出なんだろうけど、怪しすぎてむしろ警戒されるぞ」


「ぐッ……」


「おまけに、そんな顔してるってのに手が清潔ってのはどういう料簡りょうけんなんだ? 衛生的で結構なことだが、ちぐはぐ過ぎて違和感しか無ぇ」


「び、病気しないために……」


 正しい。実に正しい考え方だが、物乞いするのにそれじゃあ駄目だろ。

 俺は突きつけた串をクイクイと動かした。


「ま、総合すると中途半端なんだよ。やるなら徹底的にやれや。孤児でも着ないような服を漁って、ドブ川に浸して臭ぇニオイを染み付かせたのを着て、卑屈な態度で縋り付けば効率は今の三倍は目指せるだろうさ」


「イヤだよ! 何でわざわざそんなことしなきゃならねぇんだよ!」


「何で、だぁ? おいおい食いもんを恵む側の立場の考えを読めよ。施す側ってのはな、自分より下の立場の人間を見て安心したいんだ。そして優越感を得るんだよ。善意だけで動けるやつってのはほんの一握りってことくらい分かるだろ? 人を見下すことで己の地位を確認したいやつが殆どだ。惨めで哀れな存在に慈悲を与える自分はなんて徳が高いのだろう、ってな具合よ。相手の自尊心を心地良く撫で付けてやれるやつが成功を収めるんだ。だから進んで泥を被る必要がある。分かったか?」


「えぇ……人って、そんなもんなのか……」


 何を当たり前なことを。俺は串を指でくるくると弄びながら言った。


「まあ、スラム住みってのはぶっちゃけ底辺に近いからな。そこらへんの機微に疎いのもしゃあない。なぁガキ。人ってのはどうして頼み事をするときに頭を下げるんだと思うよ?」


「頭を下げる理由……? そんなの、誠意とか真面目さとかを示すためなんじゃねぇのか?」


「ほら見ろ。相手の立場に立ててねぇ。いいか? 頭を下げるってのは、『私はあなたよりも格下の存在です』ってアピールなわけよ。究極まで簡略化された太鼓叩きだ。そこにあるのは誠心誠意のやり取りじゃない。どれだけ媚びへつらって優越感を与えられるかの駆け引きだ。しゃちほこばった顔で腰を直角に曲げられてみろ。まぁ、そこまでするなら言うことを聞いてやってもいいかってなるわけよ」


「な、なるほど……」


「それをお前はどうだ? 中途半端に整えた体裁で妥協しやがって。さっきの例だと、お前の態度は『頼み事する時は頭を下げるのが普通らしいし、とりあえず下げておくかー』って感じに映るわけよ。それじゃ下卑た感情を満たせねぇ。成果も得られねぇ。ないない尽くしよ。ゲットナッシング!」


 ぐ、ぐ……と呻いたガキは何か反論をしようと口を開き、しかし何も言い返せぬままため息を吐き出した。ガリガリと髪を掻いて言う。


「自分でもガラじゃないことしてんのは分かってんだけどさぁ……この前ドジ踏んでケガしたときに他の奴らに世話になっちまったから、できるだけ安全策を採りたいんだよ。これ以上迷惑は掛けたくねぇ」


 なるほどね。

 エンデのスラムは王都のそれと違って闇は深くない。生活困窮者や孤児が流れ着く区域、といった感じだ。弱者が身を寄せ合うスラムでは、ガキ共は持ちつ持たれつの集団を形成する。迷惑をかけた分、なんとかして貢献しなければならないと奮起しているのだろう。


 だがやり方がぬるい。プライドを秤に乗せてる時点で二流三流よ。


「迷惑をかけたくないってんなら、なおさらやり方にこだわってる場合じゃねぇだろ」


「いや、そうかもしれないけどさ……さすがにそこまでやるのは抵抗があるっていうか……」


 どっちつかずの反応だ。まぁ気持ちは分かる。俺もやれって言われても絶対にやらないしな。

 そこで俺の出番ってわけだ。串を放り投げて立ち上がり、無言でガキに迫る。


「っ! な、なんだよ」


敏捷透徹アジルクリア】。反応を許さない速度で踏み込み、ガキの頭を引っ掴む。油断した一瞬、心の隙に魔法をねじ込む。


「【寸遡リノベート】」


 直前直後の記憶を飛ばす魔法。ボケっとした虚ろな目に変化したのを確認し、新たな魔法を発動する。その希少さゆえ、使えることが知られたくない魔法。


「【孜々赫々レイディアント】」


 才能の精査。可能性の探求。

 歳を食うたびに効果が薄れていき、二十歳を超えたあたりで殆ど効かなくなる魔法だが、このくらいのガキなら適性を調べることができる。自分に合った成長の方向性を知れるというのは大きなアドバンテージだ。


 どれどれ。


【歌唱】 【転写】 【敏捷透徹】 【聴覚透徹】


 お。やっぱりあるじゃねぇか。しかも【聴覚透徹ヒアクリア】まで持ってやがる。こいつ斥候に向いてるな。いいスリ師になるぜ。


「んぁ……あ? あ、れ……いま、何が……」


「ガキ。おいガキ。いつまでボケっとしてんだ」


 俺はしれっと元の位置へと戻ってガキへと呼びかけた。目をしばたたかせたガキが正気に戻り、眉を吊り上げた。


「ガキガキ言うんじゃねぇよオッサン! ティナって名前があんだよ!」


「そうかよガキ。んじゃ、早速練習するぞ」


「は? 練習? 何いってんだあんた」


「おいおい、あんまりにも嬉しくて記憶飛んじまったか? さっき言ったことをもう忘れたのかよ?」


 俺はとっさに存在しない記憶をでっち上げた。何がなんだかよく分かっていないガキに笑みを向けて言う。


「お前には補助魔法の才能がある。さっきの戦いで分かった。俺がそれを伸ばしてやるって言ってんだよ」


 ▷


 魔法を上達させるには専門の機関に通うのが手っ取り早い。

 才気溢れる教師陣に体系化された教育過程。専門の道具。知識の蔵。それらが用意された学び舎で自身の適性を測り、判明次第伸ばしていく。それが常道。


 まぁ俺の手にかかればそんな煩わしい過程はまるっとスキップできる。総当たりで適性チェックなんて低効率極まる。無駄な回り道をカットして最短経路を突き進む。これが俺流。


 そんなわけでガキに補助魔法のコツを教えてやることにした。教えるのは【敏捷透徹アジルクリア】だけだ。あんまり詳しいと色々と疑われかねない。


 なんで才能があるなんて分かるんだと訝しがるガキの追及を、似たような冒険者を知っているの一点張りで突っぱねて指導する。


 一時間もすれば、はしっこくて鬱陶しいガキの完成よ。


「すげぇ……! 自分の身体じゃないみたいだ……!」


「魔力量もそれなりだな。これなら飢えには困らねぇだろ」


「うっ……そう、上手くいくかな……」


 なんだなんだ? 失敗したのがトラウマにでもなってんのかね?

 しかたねぇ。俺は少しばかりレクチャーしてやることにした。路地裏から顔を出し、人が疎らになりはじめた目抜き通りを覗き込む。ガキが俺に続く。俺は古物商の露店を指差して言った。


「あいつは狙い目だな。警戒が薄い。運動慣れしてなさそうだし、財布をパクって走り去れば簡単に撒ける」


「うーん……恨みはあんまり買いたくないから出来れば飯だけを狙いたいんだよなぁ」


 あまちゃんめ。まあ、将来冒険者として活躍するつもりならあんまりやんちゃしない方がいいか。俺は反対側の串焼き屋を指差した。


「ならあっちの店だな。ロケーションがいい。すぐそこにある路地裏は狭いから追ってきにくいだろう。欲張らずに即離脱すれば手堅く取れる」


「スラム上がりじゃないのに詳しいな……。オッサン、もしかして路地裏全部把握してんのか?」


「当然だろ。逃走経路の確保は基礎の基礎だ」


 相手が金級じゃないなら余裕で振り切る自信がある。金級はちょっと人間やめてるから無理。目を付けられたら終わりだ。


「そう緊張すんなって。補助魔法が使えるようになったお前は昨日とは違ぇ。おら、行け!」


 俺はガキの背をひっぱたいて路地裏から押し出した。恨みがましい視線を寄越したガキだったが、一呼吸したあと目標に向かって歩き出した。


 店主のオヤジが客に金を渡した瞬間ガキが仕掛ける。風のような疾走。視覚外からの急襲に店主の反応が遅れ、拳を振り上げた時にはそれを振り下ろす相手は路地裏に消えていた。

 忌々しげに舌打ちをした店主はそれを追わない。追えない。店を空けたら売上金も狙われる可能性があるからだ。冷静さは失っちゃいない。盗まれたのは一度や二度じゃなさそうだ。


 戦果は串焼き三つ。パーフェクトだ。あれだけ動ければちょっとした有名人になれるぜ。将来は冒険者ギルドからお声が掛かるかもな。いやはや、いいことをした後ってのは気分が良い。


 しかしあれだな。ガキってのぁいいご身分だよな。盗みをしても逮捕されねぇし、トチっても殺されることはない。好き放題やっても許されるなんて羨ましい限りだ。成果を分けてもらいたいね。


 ――――!


 その時、天啓が舞い降りた。なるほど、なるほどね?


 俺は路地裏に引っ込み【偽面フェイクライフ】を発動した。

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