抗争の火種
強力無比で稀有な魔法の使い手は首輪を嵌められることが多い。具体的には監視や拘束、呪装による自由の抑制などである。
持って生まれた才能が平和や経済を脅かす類のものってだけで散々な処遇を受ける……と聞いたら哀れなモンだが、仕方ねぇよなと思う気持ちも否定できない。その魔法の使い手が高潔であることを信じるよりもずっと効率がいいのだ。
良心を信じて自由を与えた結果、いざという時に牙を剥かれて大損害を被りましたとなったら笑い話にもならない。難しい問題だ。飼い殺しという名の懐柔策を採択するのは、まぁ、理に適ってるといえる。
こういうこともできちまうからな。俺は首を斬って王都へと飛んだ。
転移に類する能力も厳重警戒を要するモンの一つである。犯罪者に遠くへ高跳びされたら追跡はほぼ不可能だからな。事件の規模の大小によっては国が動きかねない。常日頃から寝首を掻かれる危険性があるとなったら内心穏やかではいられないだろうしな。
使う側からしたらつくづく便利な能力なんだがね。闇の売人シクスに化けた俺は王都のスラムにある色街へと足を運んだ。
王都の色街はエンデのそれとは違って営業を認可されていない。裏に住む連中が人と場所を揃えて勝手に店を開いており、一部の有力者の資金源として使われている状態だ。欲は金になるという好例だな。
貴族や豪商の常連を多く抱えている店も多いためか、猥雑な裏通りは摘発されることなく今日もそれなりの人で賑わっている。禁制品の取引とは違って一般人も利用しているのだろう。闇市は客を選ぶが、こちらは来るもの拒まずの構えであるらしい。
その一般人が丁重に扱われるかは別問題だがな。
「おにーさん、予算いくらで遊ぶつもりなん?」
見るからにカタギではない風貌の男が辺りをきょろきょろと忙しなく見回していた男へ声を掛けた。返事を待つことなく肩へと腕を回す。即座に逃げ道を封じる手際の良さは練達のそれであった。
「えっ……あっ……銀貨五枚ほど……」
「……そかそか。そんじゃコッチだな。ほら付いて来い」
「え、ちょ……あッ!」
優柔不断そうな男は諾否を表明する間もなく薄暗い通りへと引きずられていった。
……ありゃイイ思いはできないだろうな。予算を告げた後の案内人の顔に見下すような表情が走ったのを俺は見逃さなかった。きっと質の低いところへぶち込まれて終わりだろう。可哀想なこって。
狩られる獲物の側面を少しでも覗かせたら食い付かれる。ここはそういうところだ。権力、武力、ないしは財力といった分かりやすい鎧を纏っていないやつは恰好のエサと見なされてケツの毛まで毟られる。王都の闇を照らすには分かりやすい力が必要ってわけだ。
その点に関して俺に抜かりはない。
見捨てられた区画、廃屋と瓦礫が散乱する裏の色街を我が物顔で闊歩する。身に纏うのは漆黒のファーをこれでもかとあしらったガウンだ。
大振りの宝石を嵌め込んだアミュレットを首に下げ、精緻に編まれた金のチェインブレスレットをじゃらと鳴らし、一部の人間だけが価値を知るレザーの靴を衆目へ見せ付けるように大股で歩く。
「アイツは……」
「闇市をシメてる……」
ヒビ割れたタイルをレッドカーペットに幻視させる。それが財力という鎧の力だ。
誰に憚ることなく通りの中心を闊歩すれば、通行人が間違って俺の衣服を汚さぬようにと端へ退き、しつこい客引きが目を逸らしながら道を譲る。まさしく無人の野を往くが如しってね。闇市で上げた評のほどは伊達じゃない。
どれ、この辺りでの風聞も集めておこうかね。【
「今までこっちには不干渉を貫いてきたのに……」
「どういうつもりだ……」
「まさかココまでシノギに加えるつもりか……?」
畏怖に警戒、そして敵意が少々ってとこだな。歓迎はされていない。客として、ではなく縄張りを荒らしに来た商売敵として見られてるんだろう。
俺が作ったシクスという人格は闇市を主な活動圏に据えている。そして周囲から『安易に関わるべきではない人物』との評価を頂くに至った。
理由は単純だ。莫大な量の金を動かして禁制品を買い漁り、誰も知らないルートを用いてしょっぴかれることなくブツを売り捌き、得た金で再び闇市で物を転がす謎の人物。注目の的にならない方が不自然ってもんだろう。
極めて異常な実績がシクスという男に権力の匂いを漂わせる。
検問を悠々と突破する手段も、衛兵の摘発から逃れる術も、禁制品を卸す先も、数年働きかけた程度では手に入らない部類のコネクションだ。その全てを持っているシクスは何か大きな権力と繋がっているとしか考えられない。故に一廉の人物として認識されているのだ。
加えて、シクスは確かな目利きの才を有している。このお陰で『権力の犬』という評価を下されずに済んだと言っても過言ではない。
闇市の商売には騙されたほうが悪いという暗黙の了解が影のように付き纏う。店を開いているやつらは、隙あらば口八丁を並び立てて粗悪品を法外な値段で売りつけてくるのだ。一定の信頼を得てから唐突に裏切ってゴミを売りつける、なんてクソのような所業は日常茶飯事である。
シクスはそんな魔境で活動を開始してから一度たりとも騙されたことがない。
珍品奇品の山から本物だけを購入し、悪質なセールストークにはけして耳を貸さず、自身にとって価値のあるものだけを狙って買い漁る。言うは易し、行うは難しだ。【
おまけにシクスは自分をハメようとした者に酷く寛容だ。より正しく言うならば歯牙にも掛けないというべきか。
どれだけ吹っかけても商売人と上客という関係が崩れないから闇市の連中にとって非常にやりやすいのだろう。道を歩いているだけで旦那旦那と手招きされるのはそのせいだ。
闇市の実力者。
そんな存在は色街では歓迎されないらしい。
場所が異なれば一帯をシメているやつも変わる。周りの連中は俺が色街にちょっかいをかけにきて争いにでもなるんじゃないかと気を揉んでいるのだろう。
酷いもんだぜ。俺はただちっとばかし経営戦略を学びに来ただけだってのにな?
「おっ……? 旦那? こんなトコでなにしてんですか、シクスの旦那ぁ!」
聞き覚えのある声。……故買商のオヤジか。スラム住みとは思えないほどにツヤのある顔をしたオヤジがいつも以上にツヤツヤした顔で寄ってくる。
「いやぁ、こんなとこで会うなんて奇遇ですねぇ! 旦那は女に興味ないって話が広まってやしたけど、ありゃホラだったんですかい?」
「周りが勝手に騒いでるだけだろう」
「はっは! ちげぇねぇ!」
オヤジはカラカラと笑いながら俺の肩に腕を回してきた。そのまま何気ない仕草で立ち位置を変え、周りのやつらに背を向ける。唇を読まれないためだろう。
スッと表情を消したオヤジが呟く。
「……ついにここいら一帯もシメるんすか?」
んなわけねぇだろ。
思わず否定の言葉を吐きそうになるが、愚直に表明すると株が下がる。俺は思わせぶりな笑みを浮かべるに留めた。ぶると身を震わせたオヤジが口を弧のようにひん曲げて一言。
「そん時ぁこっちにも一枚噛ませて下さいや」
肩を竦めて返す。言質を取らせないことは基本中の基本だ。吐いた唾は呑めないからな。こうしておけば後々になってお前が勝手に勘違いしたんだろという弁が通る。沈黙は金ってね。
なんとなくの流れができたので、色街の常連であるらしいオヤジを連れて通りを歩く。ちょうどいい。色々と話を聞いておこう。
「色街がどんな手段で儲けてるか、ですか……。ま、そりゃ闇市となんら変わらねぇっすよ。アホと貧乏人は身ぐるみ剥がされるし、揉め事を起こそうとするやつは叩かれる。金と頭がよく回るやつぁ笑顔で歓迎される。分かりやすくていい」
「アホどもはどう身ぐるみを剥がされるんだ?」
「よくあるぼったくりは安い値段で釣ってから追加料金を毟る手口っすね。金を渋ったら続きはナシって言われて渋々払ってたらそのうち……ってな寸法でさ」
ふむ、使えそうな手だが……エンデの色街は明朗会計が基本である。少し手を加える必要があるな。
「他には?」
そう聞くとオヤジはそれとなく口元を隠し、声を潜めた。
「……強い酒で昏倒させて財布を拝借、酔った野郎はそのまま路地裏へポイ……ってやり方もあるとか」
さすが王都の闇。やることがえげつない。
だが……さすがにこの手は使えないな。目を付けられる。俺はあくまで穏便にエンデの連中から金を巻き上げたいのだ。
「金回りがいいやつは歓迎される、って話だったな。質の良いところは上客を捕まえておくための策を練ってたりするのか?」
「そりゃあもう。綺麗所を揃えるのは当然として……最近は常連にこんなモンを配ってますぜ?」
オヤジが懐から取り出したのは半券ほどの大きさの紙だった。差し出されたので指で摘んで検める。どれ。
「会員証ではない、か。割引券の類か?」
「店を利用するごとに貰えるタダ券ですよ。数を集めなきゃ使えませんがね。おまけに期限があるから寝かしておいたらゴミになっちまう。少なくない額がパァになる前に枚数を集めよう、ってなるんでしょうね。単なる割引券を配るよりも客が足繁く通ってくれるようになったって話を聞きますぜ」
なるほど、なるほど。これは使えるな。数を集めることで使える期限付きのタダ券……持ち腐れを防ぐための再訪を狙える。実に合理的だ。
やはり王都のスラムはいい。欲が渦巻く場所にはそれを利用しようと企むやつらの集合知が溢れている。あとは原案を拝借してちょいと手を加えれば他でも通用する経営戦略の完成ってわけだ。
これぞ転移の利点よ。各地で最新の情報を取得できるから他の連中の一歩先を行ける。出し抜ける。商売ってのは同業者と横並びになって行うもんじゃない。どれだけイニシアチブを握り続けられるか、そして他の足を引っ張れるかで勝者と敗者が分かれる。俺が手にしたのは、つまるところ『勝者』という目的地への片道切符ってわけだ。くくっ……待ってろよ、エンデ。
「オヤジ、これ貰ってもいいか?」
「おっ! 勿論でさ! へへっ……その店は中々ですぜ? まぁ楽しむにはそれなりのコレが要りますがね」
オヤジは下卑た笑みを浮かべながら指で丸を作った。禁制品や盗品を取り扱うだけあってこのオヤジは相当稼いでいるのだろう。言動は三下のそれだが意外とやり手なのかもしれん。
だからこそナメられないために正しく付き合う必要がある。俺はほんの少し眉根を寄せて応えた。
「へぇ……俺の懐を疑うか」
闇市の連中は人の眉を読むのが癖になっている。習慣化していると言っていい。その技能がどうしようもなく生存に直結するからだ。故にこんな安直な脅しが覿面に機能する。
「いや、いや……けしてそういう、旦那のことを低く見積もったとかではなくてですね……あっ、そうだ! 旦那、今からヤるならこれはどうっすか?」
失言を悟ったオヤジは唐突に話題を変え、懐から陶瓶を取り出した。
「
【
幻覚作用と性的興奮、そして快楽を増幅する堕落の酒。ほんの少量でも効果があると聞くし、それなりに使えそうだな。
「買おう。いくらだ?」
「十五で」
「使用済みだろう? まだ下がるはずだ」
「へへっ……抜け目ねぇや。なら、十二で」
「よし」
交渉成立。金払いが良い上客とアホな金蔓は紙一重なので、こういう細かいところで手を抜いてはならない。裏の売人も楽じゃないぜ、全く。
「……あとは、この呪装はどうですかい? 壁一枚を透かして見ることができる眼鏡でさ。これさえあれば優良店が一発で分かっちまう! お値段は金貨三十枚で」
「いらん」
「……一回きりの使用なら金貨二枚で」
「いらん」
隙あらばゴミを売りつけられるしな。
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