情けは人の為ならず

「わかってます? これ……相当な無茶やってますよ」


「んなもん承知の上だ。だから自分の身体でやったんだろ」


 記憶の共有を可能にする【共鏡インテグレート】。こいつの出力を最大まで上げれば記憶そのものの吸い出しが可能になった。使い所がなかった魔法も研究次第でご覧のとおりよ。

 他人の記憶も吸い取れるので口封じに使えそうだと思ったのだが、中々に不快感が強い上に抵抗されると割とあっさり失敗するので期待の結果は得られなかった。

 やはり口封じは命を天秤にかける【奉命オース】の方が効率的だな。今のところは魔王の洗脳を破るくらいしか使い道がない。……今のところは、だがな。


 この辺りの研究は追々完成させるとしよう。エルフやアーチェの協力も必要になりそうだ。気長に構えておくとするかね。


 差し当たりは自由時間だ。いつも通り鉄級の身分を最大限に活用して贅沢をしつつ適度に金を稼ぎながらのんべんだらりと過ごしますかね。


「真面目に働けばいいのに……」


「そんなのつまらねぇだろ。人生ヒリついてなんぼよ」


 真面目にコツコツやって数年かかる稼ぎを一発ドカンと当てて数日で稼ぐ。これが気持ちいいんだ。有象無象が足踏みしている難所を一足飛びで駆け抜けていく快感は筆舌に尽くし難いものがある。そうは思わんかね?


「……まあ、失敗しなければいいんじゃないですかね」


 言うようになりやがったなクロードめ。まるで俺が失敗前提で動いてるような言い方をしやがる。

 まあ前までの俺は魔王に一部の記憶を封印されてたからな。それが色々と悪い方面へと結び付いたから無様を晒したんだろう。


 しかし、俺は既に全と成った。もはや失敗なんてありえんよ。そうクロードに諭したところ眉根を寄せた微妙な表情を返された。あんだよ。


「いえ……何も」


 微妙に鼻につく態度だが……構わんさ。疑心も不信も結果一つで黙らせることができる。大成功の土産話と金貨の山を持ち帰ればふざけた認識を改めるだろうよ。


 そんな駄弁りを交えつつ定宿の食堂で自前の飯を食う。


「冒険者登録は終わったんだろ? どうだったよ。クソみたいな輩に絡まれなかったか? お前みたいな優男然としたソロは目を付けられやすいからな」


「ええ、まあ、色々な人に声を掛けてもらいましたね。……例の修復屋事件があったので」


 クロードはダブルツ修復店の下働きをしていたことになっている。処刑騒動の時に妙な注目を集めたせいで言い寄ってくるやつが多かったのだろう。


「おいおい大丈夫かよ。怪しい連中はいなかっただろうな? クソどもは善意をチラつかせて警戒を解く懐柔策を弄してくるぞ。中には駆け出しの保護を名目に傘下へ誘ってアガリを要求してくるやつらもいるからな……。そういうやつらに引っ掛かってないか? 何なら俺が声を掛けてきたやつらの背後を洗ってもいいぞ」


「いや……それっぽい人たちは追い払ったんで大丈夫ですよ」


「本当か? ああ、あと装備も整えておけよ。そこらのナマクラを腰に差してたらそれだけで侮られるからな。防具も安物のお下がりなんか着けるなよ? 安くて質の良いモンを纏ってればそれだけで一目置かれるからな。そこら辺の感覚は修復屋ん時に学んだだろ? それを活かせ。なんなら俺がそれなりの評判の店をリストアップしてやってもいいぞ?」


「いや……知識はあるので大丈夫です」


「ああそうか……記憶は共有してるんだよな。ならそれなりに使えるやつらと顔を繋ぐ役にでもなってやろうか? 同じ石級のチビ二人と知り合っておいたら何かと話がスムーズに進むんじゃねぇかな。俺はさっさと駆け上がっちまったから石級の仕事について詳しくねぇが、あいつらなら美味い仕事を知ってるかもしれねぇ。あとあいつらの保護者面をしてる黒ローブに取り入っておくのも悪くないかもな。腐っても銀級だし、上手いこと立ち回れば飯やらなんやらを奢ってもらえるかも」

「あの」


 冒険者として活動していくにあたっての諸々を説いていたところにクロードが割って入った。眉根を寄せた困惑顔でポツリと呟く。


「ちょっと……過保護じゃないですか?」


「は? 別に過保護でもなんでもねぇだろ」


 俺はクロードの意思を尊重すると決めている。俺の意思で縛る気は毛頭ない。

 だが、あとは勝手にやれと放り出すのも違うだろう。要はちょっとした責任ってやつよ。一から十まで道を敷いてやるつもりはないが、踏み出す一歩を綺麗にしてやるのは俺の仕事だろう。


「割と過剰な支援だと思いますけど……」


「んなことねぇって。……随分自信過剰なんじゃねぇの? ……やっぱ中途半端に勇者の力を持ってるのが悪い方面に出てるのか? 油断してあっさり命を落としちまうんじゃねぇだろうな……チッ、やっぱ暫くは俺が付いてサポートするしかねぇか? 鉄級、いや銅級昇格まで……いや、銀級になるまでは……」


「過保護じゃないですか」


 過保護じゃねーって。

 これはあれか、ルーキーが抱く分不相応な独力志向かね。村で害獣駆除を担ってたから、なんて理由で調子付いたチビが小鬼の群れに手ひどくやられるのは名物みたいなもんだ。そんな愚かな小物と同じ轍を踏もうとしている……チッ、仕方ねぇ。裏で手を回しておく必要がありそうだな。ったく、手の掛かるやつだよほんと。


 飯を食いつつ今後について思考を巡らせていたところ、珍しいことに宿の扉が開いた。

 この宿はクソと評判なので宿泊客は滅多にこない。無知な旅行客が騙されて門戸を叩いたのかと思ったが。


「ただいまぁ〜」


 どうやらクソ宿の犠牲者となる客は居なかったようである。


「おかえりなさい女将さん。……今日もお客さんが来なかったんですか?」


「そうなの! 聞いてよクロちゃん……もうお店開いてても無駄だって言われて帰ってきちゃった」


「それは……大変ですね」


「ねー。鳴くのは閑古鳥じゃなくて女のコだけで十分なのにね?」


「あはは……」


 女将は軽い冗談を口にしながらテーブルに座り、俺が買ってきた煎り豆に手を伸ばした。そのままポリポリと食い進める。


「おい、自分で買えよ」


「いいじゃない。エイトちゃんはいっつも羽振り良さそうだし。不景気とか関係なさそうでいいなぁ〜。……なんの仕事してるの?」


「探るな探るな」


 エンデはいま空前の不景気に沈んでいる。

 魔物畜生が沈静化するということはつまり冒険者の飯の種がなくなるということだ。懐が寂しくなった冒険者は倹約を強いられる。結果として関係各所の商売も冷え込んでいるというわけだ。


 色街も特に強い影響を受けているらしい。あそこは魔物とやりあって気が昂った連中の欲を発散させる場でもあるからな。戦わない、儲からないとなれば色街からも足が遠のくのだろう。健啖家連中は食費を削れないだろうしな。


 女将が憂いを帯びた表情を作り、頬に手を当ててハァとため息を吐いた。


「困るなぁ……貯金が底をついちゃう。誰かお店に来てくれないかな〜。鉄級なのに妙に羽振りのいい冒険者さんとか……」


「知らんね。そもそも女将は稼ぎ頭なんだからそう簡単に貯金が尽きるわけねぇだろ」


「まぁ、ちょっと理由があってね?」


「ならさっさと身を固めたらどうなんだ」


「…………それは、いいかな」


 そんなつもりはなかったのだが、何気ない一言は女将の忌諱ききに触れたらしい。

 消え入るような小声で応えた女将はしばらくぼうとテーブルを見つめ、上の空になっている自分に遅れて気付いたのか、はっと気を取り直して愛想笑いを浮かべた。


「あはは、ちょっと疲れてるのかも。私寝るからお客さん来たら相手しておいてもらえる?」


「分かりました。おやすみなさい」


「いや客に店番任せるなよ……」


 女将はヒラヒラと手を振って自室に引っ込んでいった。自由すぎるだろ。店の経営をする人間の考えじゃねぇぞ。


「……さっきの言い方はあんまりなんじゃないですか?」


「身を固めろってやつか? んなこと言われてもな。相手ならいくらでもいそうなもんだし、別に悪かねぇだろ」


 俺と女将は互いの素性を探り合わない。それが暗黙の了解みたいなもんだ。過去に何があったかなんてこれっぽっちも把握してない。世間話で痛いところを突いちまうこともあるだろうよ。

 ……まぁ、今の反応である程度の想像はつく。女将は後家だろうな。必死こいてカネを稼いでるのは借金でも背負ってるのか。


 俺と似たような結論に至ったのだろう。クロードが水を飲み干してから言った。


「どうにか、してあげられないですかね」


「やめとけやめとけ。そういう問題に首突っ込むのは相応の覚悟ができてからにしろ。中途半端な善意じゃ疎まれるだけだ。むしろ傷付けるまである」


 面倒な方向に拗れてそうな問題だ。補助魔法やカネを用意してハイ解決、ってわけにもいかんだろう。宿の客という関係でしかない俺らが首を突っ込むのはナンセンスってもんよ。


 クロードは押し黙った。俺の言葉に一定の理を認めたようだ。

 しかし甘ちゃんであるこいつは簡単に割り切ることもできないらしい。


「なんかこう……別方面で助けになれないですかね?」


「思うだけじゃ無意味だぞ。具体的な案を出せ」


「ん……お店の売上をどうにかするとか」


「どうにもならんからこうなってるんだろ? なんつーか、悪いこと言わねぇからこの件に関わるのはやめとけよ。色街の経営者だって無策じゃないはずだ。すでに八方手は尽くした後――」


 そこまで言って俺はふと思った。本当にそうだろうか。

 色街は普段からギルドの強力なバックアップを受けている。手厚いサポートに備品の提供、店の宣伝に面倒な輩の対処などだ。

 今までは店と娼婦を揃えれば客が勝手に入ってくる仕組みになっていた。……色街の店の連中は自発的な経営努力なんてしたことないんじゃないか?


 色街の経営不振にギルドが介入しないのは、他ならぬギルドもカネに余裕がないからだろう。溶岩の竜騒動を沈静化させるために相当な量の金貨を積んだと聞く。色街への補助が後回しになってもおかしくない。


 となると……俺はサクッと勘定を済ませた。

 色街はいま、手付かずの金鉱脈と化しているのではないか。ほんの少し手を加えるだけでカネが溢れる楽園が目と鼻の先にある……これを利用しない手は、ない。


「クロード、お前がそこまで女将の身を案じているとは思わなかったぞ。しょうがねぇな、俺が一肌脱ぐとするかね!」


「えっ……この一瞬で急に手のひら返してきた……どういう心の移り変わりなの?」


「お前の心根が俺を動かしたんだ。誇れよクロード」


「……もしかして、またヒリついてるんですか?」


 ヒリついてないさ。俺はふるふると首を横に振った。

 今はまだ、な。


「安心しろクロード。不景気の波なんて俺がサクッと吹き飛ばしてやるからよぉ……!」


 この街はエンデだ。どんなに沈んでいようと火を熾しさえすればたちまち燃え上がる。

 さて、街の男衆には欲も財布の中身も吐き出してもらうとしますかね……!

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